百十四頁 栗鼠 参 『半分』
百十四頁
栗鼠 参
『半分』
私、負けたく無い。負ける訳にはいかない。
英治と涼子と私、三角関係になってしまった。私は、恋愛というものを、知らな過ぎたんだ。付き合うって言葉で、最終地点に進んだ気がしていた。甘かった。辛いから、もう恋愛なんてしなくていいって言葉、聞いた事がある。こういう事だったのか。
辛い、辛いよ。心は、張り裂けてしまいそうだよ。私を抱いた次の日に、彼は涼子を抱いて朝を迎えるんだ。迎えて居たんだ。それだけで、この心はキリキリと軋んで、涙が、一つ二つ、幾つも溢れ出してしまう。そんなの、ドラマや映画じゃ教えてくれなかった。テレビは、無垢な所だけ摘み取って、こんな闇の部分は放送してくれ無かった。みんな、こんな痛みを伴っていたんだ。恋愛の、綺麗な所しか私は知らなかったんだ……
でも、考え得る中でも、英治が優しい人で良かった。だって、中には暴力を振るって来たりする人も居るんでしょ? 英治は、優しいもん。それに私、他の人に裸を晒す勇気なんて、もう、持てないと思う……
でも、英治は新しい彼女を作る事を積極的に続けて行くと言っていた。私と涼子は、友達に紹介して誇れる程のランクの女じゃ無いと言っていた。……そりゃそうだと思った。私は、今まで恋愛経験なんて無くて、野暮ったくて、田舎臭くて、垢抜けなくて……彼の横に立つのに相応しい女じゃ無い事を理解していた。ベッドで、彼に聞いてみた。
「私と外を歩くの、恥ずかしい?」
「何で? どうしたんだ急に?」
彼は、私の髪を指で梳かしながら応えた。
「だって……私、ダサいから。流行りとか、よく分からないし、友達も、居ないし……ファッションとか、どうして良いか分からなくて。英治に、ここはこうして欲しいとか言ってもらえたら、そうする! 私、こだわりとか、別に無いから。ただ、英治に、こんなダサい格好の奴と一緒に居るの見られたく無いとか、思われてるんじゃないかなって、不安でさ……」
「鈴香は、いつも無地の服着てるよな?」
「……うん。何か、主張激しい服着るの、抵抗あって……」
「俺は、鈴香のいつも着てる服、好きだよ? 無地で良いんだよ。英語書いてある主張の強いヨレヨレのTシャツとかマジ萎えるから。オシャレとかより、エロさだろ? 鈴香よく同じ服着てるなとは思うけど、身体のラインはっきりとしたニットとか、中のTシャツの手触りも最高だし、俺的には百点だよ。非の打ち所なんて無い。不安なら、今度一緒に服を買いに行こう! 鈴香に着て欲しい服、買ってあげたいよ」
「買ってあげたい⁉︎ い、いやいいよ! 私は、だって……試されてる身分だもん……」
「試されてる? どういう事?」
「だって……涼子とも、会っているんでしょ? それに、新しい子だって増えるかもしれないのに、そんなの、良くない」
「鈴鹿は、何の話しをしてるの? さっきまで俺達は、服を買うかどうかの話しをしていた様に思うんだけど?」
「そ、そうだよ? だ、だから……英治に、負担掛けたく無いから。一緒に買い物に行きたいけど、無理して、英治が買ってくれなくて良いから……」
「無理してって何? 俺は、君が喜んでくれるなら、買ってあげたい。そして、君の着るエロい服が増える。何の負担にもなって無いんだけど? 鈴香? 君は何か勘違いしているんじゃない?」
「勘違い?」
「俺は、金持ちの息子でも何でも無いけど、別に、鈴香から、涼子からだって、金を引っ張りたい訳じゃ無い。愛を、求めてるんだ。だから、そういう気遣いは止めてくれ? 俺が、君にプレゼントをしたいんだから、そのままの意味で受け取って欲しい。俺は、歌舞伎町のホストじゃ無いんだよ? 鈴香からお金を搾り取りたい訳なんて無い。それを、分かって欲しい」
「い、いや! 私だって貯めてたお金があるよ! それで、逆にあなたの欲しい物、買ってあげる。何でも買ってあげるよ? 買ってあげたいの!」
「いやいいよ。別に欲しい物無いし。ただ俺が君に似合うエロい服を買ってあげたいだけだから」
この人どんだけエロい服買いたいの⁉︎ そして着せたいの⁉︎ エロい服への執着半端無くない⁉︎
「……そうなんだ」
「どうしたの?」
私、本当は心の中で、この人、お金が目的なのかなと思っていたんだ。でも、違うみたい。この人、本当はとっても純粋な人なんだ。純粋な、馬鹿なんだ。私ずっと、彼の事が好きで、見ない様にしてた。最低な人間なんだって、本当は分かってた。
でも、違った。この人、ただの馬鹿だ。何か、もうどうでも良いや! 普通、ここまで心酔させてたら、金銭要求してもおかしくなくない? そんなつもりで居たのに、それ、頑なに断るかね? 私に、もう金銭を要求しないの? したら終わり。金の切れ目は縁の切れ目って言葉あるでしょ? 一回でもそんな話しし出したら、辛いけど、別れるよ。そもそも、お金無い人と未来見据えれ無いもん!
……………………
あれっ? 一年経っても、そんな話しして来ない。そしてまだ、同じベッドで、終わった後、身の上話しをしている。
「はぁ……飽きないんだよな、鈴香ってなんか」
他の言い方無かった? たまに気に触る事言うよねあなた?
「おべんちゃら要らない。涼子とは、まだ仲直りして無いの?」
一年も経つと、そっちが上手く行って無い事に不満さえ感じていた。
「まぁ会ってはいるんだけどね」
「なにそれ? また英治が酷い事言ったんでしょ? ちゃんと謝りなよ?」
「だって涼子、すぐ怒るからさ。そういう思考回路あり得ないとか、叩き直すとか言ってくるんだよ……」
「叩き直してもらいなよ? あなたの思考回路、やっぱ大分おかしいから」
「鈴香までそんな事言うのか? 君は、俺の事が好きなんじゃ無かったのか?」
「まぁ、好きだよ。でも、最低な人なんだとは思ってる。色々恋愛相談聞いてくれる友達とか増えてさ、他の子の話し聞いたりするけど、断トツで英治が最低なんだもん」
「他の子の恋愛なんて聞くなよ。良い事なんて一つも無いだろ?」
「まぁ、私の相手があなただからね。英治との関係を話したら、滅茶苦茶引き攣った顔されるし」
「話すなよ? 自分が傷付くだけだろ?」
「その位は分かってるんだ?」
一年も付き合っていれば、好きっていう感情も落ち着いて来て、出逢って恋に落ちた頃の様な陶酔も無くなってはいた。それでも、私は彼と離れられずに居た。
涼子と話しをする事は、あれから一度も無かった。大学も卒業して、顔を見合わせる事も無い。それでも、英治からの情報で、私と涼子は繋がっていた。
「涼子も同じ様な言って来るよ。何か最近似て来たよ。鈴香と涼子。同じ女と付き合ってる感覚になって来た」
「涼子は、何て言って来るの?」
「だから、同じ様な事だよ。他の子はこんな恋愛してるとか、自分の最低さ分かってんのか? みたいな。あと、鈴香は何て言ってた? って、いつも聞いて来るよ」
「そっか……」
私は、もしかすると、涼子との縁を完全に切りたく無いから、英治と付き合っているのかもしれない。いつだって私は、英治の後ろに彼女の存在を意識している。負けたく無いって思ってたけど、相手が涼子なら納得出来る。でも、他の女に横取りされるのだけは、どうしても嫌だった。
「そういえば、他の子も積極的に狙って行くとか言ってたけど、本当にそれは無いの?」
英治は、いつも新しい出逢いは無いの一点張りだった。
「ああ、無いよ」
「別に良いんだけど? 言ってくれても。じゃ無いとあそこまで最低な事宣言した意味無くなるでしょ?」
「そのつもりでいつも居るけど、モテ無いんだからしょうがないだろ? 大学の時、気になった子にアプローチした事は何回かあった。断られて、悪い噂が立ち始めたし、もうどうしようも無かったね」
「えっ? そうなの?」
「そうなの? じゃ無いよ。大体涼子からだけど、鈴香と二股掛けてる話しが大学内で広まってたんだよ。その癖手当たり次第女の子に言い寄るものだから、裏で俺はクズとかカスとか呼ばれていたよ」
私と涼子、クズでカスな男の彼女なんだ……
「初めて聞いたよその話し。まぁ、そりゃ新しい子は無理だね」
「一応合コンとかも積極的に参加してたんだけど、俺、意外とモテ無いみたいなんだ。お金も無いし、二人とも会わないといけないから、毎日合コンなんか行けない。チャンスが減るだろ? しかもその少ない選択肢の中から、鈴香と涼子以上の女を見つけて、落とさないといけない。なかなか、上手くいかないものだよ」
誰に愚痴言ってんだよ? 涼子も言っていた通り、思考回路はあの当時のままの様だ。
「ってか、たまに外に遊び行ったりするじゃん? 全部じゃ無いけど、大体お会計払ってくれるよね? お金無いなら、ああいうの割り勘にするとか、外に遊びに行くの減らせば、もっと合コン行けるんじゃ無いの?」
私も、何の提案をしているのか……
「だって、鈴香はあまり外に遊びに行きたいって言わないだろ? 俺が誘っておいて、鈴香に払わせるのは、何か違うだろ?」
「男のプライドってやつ? じゃあ何で英治は、私を外に誘ってくれるの?」
本当は、今でも遠慮している事はある。それはもう、癖って呼んでもおかしくない。英治に、面倒臭いって思われたく無いって、ずっと心の片隅にはあるんだ。
だから、私は二人で行きたい所、一緒に見たい景色、一緒に居たい時間……わがままを我慢して来た。クリスマスイブは、一人で過ごした。それが恋に不慣れな私の、精一杯の愛情表現ってやつだった。
「何でって、鈴香と行きたいって思ったからだよ。あそこ連れて行ったら、鈴香喜ぶだろうなぁって思ったら、誘わずには居られなくなっちゃうんだ」
はっ? ……本当偶に、当の本人にそんな気さらさら無いんだろうけど、キュンとさせられてしまう。まぁ、こういうの無かったらとっくに別れてるけどね。
「ってか、私達と会わなきゃ、新しい子と出逢うチャンス、増えるんじゃないの?」
「だって、二人の事好きだし。会わないと、不安になるだろ? 嫌われたく無いんだよ」
この人、本当バカ。
「アハハッ! 何その理由? 全然嬉しく無いよ」
「人が真面目に話してるのに、もういいよ」
真面目に話してそれかよ? 不貞腐れちゃったし。本当、バカだなぁ。私も、英治も、涼子も……
きっと、こんなおかしな関係を、終わらせる事が出来なくなってる。私は何故か、今生きていて、とても居心地が良いんだよ。彼が、週の半分彼女を抱いていても、クリスマスイブに、一緒に居てくれなくても。
週の半分私を抱いてくれれば、クリスマスに一緒に居てくれれば、この心は満たされるって事に気付いていた。




