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スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
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百十二頁    栗鼠 弐   『笑い話』

 百十二頁

 

 栗鼠 弐

 

『笑い話』

 

「私、英治君に告ってみようかなぁ」

 

 能天気にほざく友人に、憤りすらあった。でも、大丈夫。ここで何も言わない事が正解なんだ。だって、英治は私の彼氏だから。他の女になびく訳が無い。涼子には少し可哀想だけど、私が英治と付き合っているという事を誰にも言え無い約束がある以上、必ず失敗すると分かっている告白をして玉砕してもらうしかない。

 

 多分、大丈夫でしょ? だってあなた、人生で何十回告白した? その内の一回上手くいかなかったからって、大して傷付きもしないんでしょ?

 

 告白を前に張り切っている涼子を尻目に、私は席を立ち離れた事を覚えている。

 

 私の頭では追い付かない。意味の分からない会話が生まれたのは、それから一週間後の事だった。

 

 涼子と同じ講義になり、それとなく聞いてみた。

 

「小鳥君とは、どうなったの?」

 

「それ、聞いちゃう?」

 

 ……何、嬉しそうにしてんの? 振られてそこまで明るくいれるんだ? マジ、羨ましいよ。

 

「告白、したんだ?」

 

「したよ。先週鈴香と話してすぐだった! たまたま校門の前で会ってさ? マジ運命じゃない⁉︎」

 

「でも……運命じゃ無かったんでしょ? 大丈夫だよ。涼子にはもっと良い人見つかる筈だからさ?」

 

 私は、心にも無い言葉を言った。

 

「なにそれ? 鈴香、上手くいかなかった前提で喋ってない?」

 

「そんな事、無いよ?」

 

 流石に、わざとらしかったかな?

 

「ってか! 成功しましたー! パラリラパラリラ!」

 

 …………

 

「はっ?」

 

「えっ? なに? 祝ってもくれないの?」

 

 成功、しました?

 

「成功って、なに?」

 

「小鳥君と付き合う事になりましたー! 鈴香の後押しのおかげだよ? マジあんた、最高の友達!」

 

 えっ? はっ? はっ? ……ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ⁉︎

 

「なんかの、間違いじゃない?」

 

「いつまでそのノリ続けんの? まぁ良いよ! 言葉の通り、性交しちゃったしね!」

 

「せいこう? それって、何?」

 

「セッ○○に決まってんじゃん? 先週の土曜日、三回目のデートで結ばれたの!」

 

 う、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ……あっ、あっ、嘘だよ……

 

 先週の土曜日? 日曜日に私と会った時には何も言って無かったよ? 少し、気になってたから、「誰かに言い寄られてなんかいないよね?」って聞いたんだ。そしたら、「誰かに言い寄られても、俺には鈴香が居るから。あしらうに決まってるだろって」って、彼は言ったんだよ? 昨日の事だよ? 嘘、吐いてるんだ。

 

 この女は、自分が男に不自由無く、充実した人生を送っていると周りの女に錯覚させたいだけの妄想癖を拗らせてる女なんだ⁉︎ だから‼︎ 私の彼氏と寝たとかいう嘘を名女優かって程の演技力で謀って演じて来る。この女とは、付き合い方を考えていかないといけないなぁ⁉︎

 

 だって⁉︎ そんな女信用出来るか? 例えば、親友だったら、なんかトラブルが起きて十万程借りたいって言われたら貸すよ! でも、この女には十万貸せない。自分を優位に見せる為だけに嘘を吐く様な女に、金なんて貸せる訳が無い‼︎

 

 はっ、ははっ、化けの皮が剥がれたなぁ⁉︎ お前の戯れ言は、もう私には通じない。

 

「そっか、良かったね」

 

 そこで会話は終わった。私は、頭がグルングルン回っていて、帰る足取りすら覚束ず、歩きながら彼にメールを送った。「あなたの彼女は、私一人だよね?」何でそんなメール送ってしまったんだろう? 彼の事を、信じてるのに。彼の事を、愛しているのに。

 

 返信はすぐに来た。「そうだよ? 愛しているよ」私の抱えていた不安は一気に晴れて、涙を流しながらその文面をいつまでも眺めていた。

 

 彼は、魔法使いなんだ。私の沈んでいた心を、一気に雲一つ無い空に変えてしまったんだから。私は、彼の言葉しか信じない。尻の軽い女の妄言などに耳を傾けてやる必要なんて無い。それから、涼子と距離を置く様になった。

 

 受ける講義のルーティーンを変えた。それだけで、驚くほど涼子と顔を合わす事が減った。それもその筈、私と涼子は、大学一年の時から講義でよく一緒になるから喋る様になっただけの仲だったから。私と彼女の受ける講義のルーティーンは、四年間変わっていなかった。だから、ルーティーンを変えるだけで、涼子と顔を合わせずに済んだ。

 

 友達じゃ無い。それに、虚言癖のある女と仲良くしていくのは、自分の枷にしかならない。このまま、お前とはさよならだね。

 

 それから一ヶ月程経ったある日、廊下で涼子と出会した。私は、目を逸らした。

 

「ちょっと鈴香? なんか私の事避けてるよね? どうしたの? 私、どっかで悪い事言ったかな?」

 

 バレて無いつもりなの? 平気で自分を良く見せる為に嘘を吐く様な女と、仲良くなんてしたく無いんだよ。

 

「……別に。そんな事無いよ?」

 

「じゃあさ? 今日学校終わった後、喫茶店でも行こうよ? 久しぶりに鈴香と話しがしたいんだよ!」

 

「えっ? ……まぁ、別に良いけど」

 

 理由を付けて断っても良かったと思う。でも、あの話しが嘘だったんだって確証を得たかったから。小鳥英治とは上手くいかなかったんだ、とかいう始めから嘘のエピソードトークを聞きたかった。

 

 待ち合わせた、デリシャス美味という喫茶店に入った。奥の席で、涼子は思い詰めた様な顔をして座っていた。

 

「ゴメン。待たせた?」

 

「座って」

 

 大学内では聞いた事の無い、威圧感のある低い声で涼子は言った。なんなの? その言い方、キツく無い?

 

「あっ、アイスコーヒーを一つ」

 

 近付いて来た定員さんに注文をした。

 

「ねぇ鈴香? 私に、謝る事があるんじゃ無いの?」

 

 注文を聞き、店員さんが離れて言った後に、涼子は言った。

 

 はっ? 何、言っているの?

 

「無いよ。謝る事って、何?」

 

「英治の事。鈴香、英治の浮気相手でしょ?」

 

「はっ?」

 

 私が英治の、浮気相手? なにそれ? どういう意味?

 

「英治が寝てる時、彼の携帯に、メールが来たの。私、それを見たの。差し出し人は、すずかってなってた。気になって過去のメールも見ようとしたけど、全て消されてた。あなた、英治と隠れて会ってるんでしょ?」

 

 はっ? はぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ⁉︎

 

 私が、英治と隠れて会ってる? この女、妄想もイく所までイって、強い被害妄想に苛まれているのか? 思い込みって、怖いよね? オマエから、恐怖すら感じるよ。

 

「ここまで来たら言うしか無いよね? 私と、英治は付き合っているの。もう、英治に付き纏うのはやめてくれないかな?」

 

「何言ってんの? お前が‼︎ 英治と私が出来てるの知ってて、ちょっかい掛けて来たんだろぉが⁉︎」

 

「はっ? 何の話し? うそ、吐くなよ」

 

「ハァァァァッ⁉︎ 言っただろぉが⁉︎ 英治とセッ○○したって! お前、その事まで知らぬ存ぜぬで押し通すつもりかよ⁉︎」

 

 あの虚言の事言ってる? この女、本当に救えない。

 

「英治は……いつも、ベッドで、私に、愛してるって言ってくれるの。その言葉を聞くと私ね? 他の事なんてどうでも良くなっちゃうの。人を殺しても、もしかしたら何とも思わないかもしれない」

 

「イカれてんな……脅しかよ?」

 

 脅し? 何? ビビってんの?

 

 これはただの、恋だよ? 愛だよ? 好きな人の為だったら何でも出来る。その気持ち、あなたには分からないかなぁ?

 

「違うよ? 違う違う! でも、私ね? 今なら、何でも出来る気がする。人殺しも、アメリカの大統領にだってなれるかも! ねぇ⁉︎ 大統領になったら、きっと、気に入らない奴らを皆殺しにして、世界を平和に導くね⁉︎」

 

「お前ヤバ過ぎだろ⁉︎ 人の男横取りした挙句そんな浮世離れしたイカつい理想語られたら、何も言えねぇだろ⁉︎」

 

「その話しが本当だとしたら、横取りしたのはお前だろぉが⁉︎ 英治と……先に付き合ってたのは、私だもん」

 

 この女、まさか本気で言ってるの? 信用出来無い。私しか、彼の彼女は居ないんだよ。

 

「なんなのお前……? ここまで来て、まだそんな事言うのかよ?」

 

「そうだ、メール! 見てよ! 私と彼とのメール!」

 

 私は携帯を取り出し、彼とのメールを涼子に見せた。付き合った当初のメールのやり取りを見れば、流石に分かってくれる筈。

 

「おい? ここで止まってんぞ?」

 

 涼子が携帯を返して来た。私はそれを見て絶句した。ここ一週間から前のメールが、削除されていた。

 

「はぁッ⁉︎ なんで⁉︎ なんで消えてるの⁉︎」

 

 今、やっと気付いた。私が寝ている間に、英治は私とのメールのやり取りを消していたんだ。だって……そんな事が出来るのは、そんな事をする必要がある人は、一人しか居ない。

 

 私……騙されてたんだ。二股、掛けられてたんだ。

 

「白々しいんだよ」

 

「えっ?」

 

「お前が消したんだろ? 英治に消されたと見せかけてお前が消したんだろ? それで、私の方が先に付き合ってたとか妄言押し通そうとしてんだろ⁉︎ どんだけ汚ねぇ手使うんだよ? 見損なったわお前の事」

 

「こ、こっちのセリフだからァァ‼︎ 私、英治に言ってたの。私の携帯、いつでも見て良いからねって、やましい事なんか、何も無いからねって!」

 

「言い訳になって無いんだけど?」

 

「お前が、英治を使ってメールを消させたんだろ? 英治が、鈴香にだけはバラさないでくれとでも言ったのかな? あいつは俺の運命の人なんだとか言ったのかなぁ⁉︎ 俺は、アイツを愛してるからって言ったのかなァァァァァァァァッ⁉︎ だから、脅してメールを消させたんだろ⁉︎」

 

「言ってねぇし‼︎ 英治からお前の名前なんて一回も出てねぇし! お前、マジで自分見失い過ぎだから。話しにならねぇ。英治呼ぶか?」

 

「うん。だって彼は、私しか見えていないんだもん」

 

「二股掛けられてる時点で、その可能性がゼロな事に気付けよ……危ういぞ? お前」

 

 二人で、英治をこの喫茶店に呼ぶメールを送った。

 

「あ、あの……アイスコーヒーです……」

 

 随分遅かったな? 多分、私達の会話がヒートアップしているから出し辛かったのだろう。悪かったね。それから数分後、英治が現れた。

 

「待たせたかな? 二人共、どうしたの?」

 

 この男は、まだ二股がバレていない可能性を想定しているのか? そして、よくノコノコ現れたな?

 

「どうしたのじゃ無いでしょ? 私と鈴香と、二股してるのは確定してるんだから」

 

 涼子が、威圧感たっぷりに英治に言った。多分、私は英治にそんなに強く言う事なんて出来なかったから、助かった。

 

「確定したんだ? へぇー。あっ、エスプレッソ一つ。うんと濃くしてね?」

 

 英治は、席に近寄るか躊躇っていた店員さんに向かって、ドリンクを注文した。

 

「ちょっと? 何余裕ぶっこいてんの? 私達、二股掛けられてたっつってんだよ⁉︎」

 

 私は押し黙り、涼子が威圧すると、英治はいつもと変わらぬ落ち着いた口調で答えた。

 

「でっ、何?」

 

「えっ? 英治?」

 

「本性曝け出しやがったな? 謝りもしないんだ?」

 

「何故俺が謝る? 勝手に君達が俺を好きになったんだろ? 別に俺は、どっちでも良いんだよ」

 

「ど、どっちでもって、私と涼子、どっちでも良いって事……?」

 

 彼の言葉が信じられなくて、問い質した。

 

「んっ? 違うよ? 俺は、君ら二人と、付き合って行っても、別れてもどっちでも良いんだ」

 

 私の初めての恋は、側から見れば、きっと笑い話しにでもなるんだろうな。

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