5.流星群を見よう!
「ユーミちゃん、これどうすればいい?」
「うーん、雑誌のバックナンバーか、とりあえずあっちにまとめて置いとこうか」
アタシとシン君がやってるのは、部室の整理。
我らが天文部の部室こと、天文観察室は長いこと使われていなかったせいか、まるで物置みたいになっていて、よくわからないものがたくさん置いてある。なかには天文と全然関係ないような、運動会のオブジェとかがあったりする。まずは要るものと要らないものを分けないとね。
他のメンバーは子の部室を便利なたまり場とぐらいにしか考えてない感じで、整理作業にはあまり乗り気じゃない。机と椅子ぐらいはあるからそれで充分だと思ってるんだろう。
「はあ、他のみんなもシン君ぐらい興味もってくれたらいいのになあ」
「あきらめちゃだめだよユーミちゃん。いつか分かってくれるよ~」
シン君はポジティブに励ましてくれる。おっとりしておとなしいヤツだと思ってたけど、最近話すようになって思ったのは、シン君はけっこう熱血タイプなのかもしれないってことだ。
アタシがちょっと悩んでる様子だと、すぐに「だいじょうぶだよ~」「ボクもがんばるよ~」って言ってくれる。すごいポジティブで、弱音を聞いたことないかもしれない。
正直言ってだいぶ助けられてる。シン君がいなかったら、部長なんてすぐに嫌になってたかも。
「ねえ、また出てきたよ~」
「あー、なんなんだろうねこれ。とりあえず同じものは同じところにおいとこ」
シン君が見つけたのは、三角形の形に切ってある段ボールだ。大きさは両手を肩幅より少し広げたくらい。そして、それと同じものがどうやら何枚もあるみたいなのだ。
最初はごみに捨てようかと思ったんだけど、同じものがいくつもあるのが気になって、取っておくことにした。
あ、またあった。アタシの前にももう何枚目か分からない三角形の段ボールが現れる。
いちおう折り曲げないように注意しながらそれを持ち上げた。ほんとになんなんだろう。
なんとなく裏返してみる。まあ別に変ったとこなんてないけど……ん? 端っこに何か書いてある。
我らが天文部よ永遠なれ
たぶんマジックで書かれたその文字は、大きくないけど確かにしっかりと書かれていた。
これって……
「ねえシン君、これ見て」
「なに~? わ、これ誰が書いたんだろう」
「たぶん、アタシたちの先輩だよ」
「先輩?」
「うん、天文部がなくなる前の部員が書いたんだよきっと」
「そっか、ボクたちより前にも天文部あったんだったね~」
「うん、だからこの段ボールは、天文部の活動で使ったんだと思う」
「でも、いったい何に?」
「それは、分からないけど……でも、これは単なるゴミじゃないってこと。とりあえず、同じやつ出てきたら全部とっておこうよ」
「うん、分かったよユーミちゃん!」
そう言って整理に戻るシン君。それにしても、先代天文部の活動成果が出てくるとはね。謎に包まれた廃部の理由とかにもいつか迫れるかもしれない。
さて、アタシも整理に戻らないと。これはいる、これはいらない。地道に分類していく。
ガラクタをかき分けた先でたどり着いた戸棚には本や雑誌が詰め込まれている。その中の一冊に目が留まる。背表紙には「星空写真」と書いてある。
思わず手に取って開いてみた。それは、星空を撮影した写真が何枚も収められているアルバムだった。
「うわ、きれー……」
これも先代天文部の活動のひとつなのかな。でも星空の写真なんて、望遠鏡といいカメラがないと撮れないよね。
でも今の天文部には、カメラどころか望遠鏡のひとつもないんだ。部室はこんなに立派なのにね。アタシが部の活動に悩んでいる理由のひとつだ。
アタシは片づけそっちのけでアルバムに夢中になる。
天の川やいろんな惑星の写真がいくつもあった。これはたぶん先生のだれかが撮ったんだろうな。
その中に、流れ星が写った写真もあった。それを見た瞬間、アタシにひらめきがやってきた。
「そうか、流れ星だ……!」
「ユーミちゃん?」
アタシが急に大きめの声を出したものだから、シン君がこっちを見てる。
「シン君、流れ星だよ、流れ星!」
あたしは星空写真のアルバムを開いてシン君の方に見せる。
「わあ~、きれいだね、すごいねこんな写真とれるんだね~」
「うん、すごいよね、でも、流れ星つまり流星なら、望遠鏡がなくても見えるよ。みんなで流星見る会やろう。天文部本格始動の第一弾だよ! うん、これならみんなにも宇宙に興味持ってもらえるかも。今見れる流星群ってあるのかな、できるだけ早くやらなきゃね、文化部発表会だってすぐきちゃうし、その前にみんなに見てもらわないと」
「うん、うん、そうだね」
「あ、ごめん、また早口になっちゃってたね」
「いんんだよ、それがユーミちゃんだもん」
「たはは、そういわれるとちょっと複雑な気分だけど」
「宇宙の話してる時のユーミちゃんすごく楽しそうだもん、僕もなんでもやるからね、なんでも言ってね」
うーん、シン君、ほんとにありがたいよ。
さて、やると決まったからには善は急げだ。とりあえず部室の整理は延期!
アタシは今すぐ見られる流星群はないか調べることにした。1年間の天文イベントがまとまってる年鑑を引っ張り出す。
本当は火星の極大とかも重要なイベントなんだけど、ぱっと見で分かんないからね。「ほら、火星がすっごい明るいでしょ。今火星と地球の距離が一番縮まる時期なんだよ!」とか言っても、「あ、そうなんだ……うん、明るいね」とかで終わっちゃうでしょ。
その点流星はすごい。誰にでも見えて、見えたらうれしい。きれいだし。
だけど、今すぐに完全なコンディションで見れる流星群はなさそうだった。1学期の中間テストが終わった今ぐらいの時期、なんとか見えそうな流星群は。
アタシは年鑑とにらめっこして、一つの結論をだす。
「みずがめ座η流星群、これしか、ない!」
みずがめ座η流星群はその名の通り、みずがめ座のあたりを中心にして現れる流星群なんだけど、その極大、つまり流星が一番多くなる時期は5月6日ごろだからもう過ぎてる。だけど、流星群の活動自体は20日ぐらいまでだから、なんとか、なんとか見えないかな。
これを逃すと次は7月の別の流星群か、それとも8月のペルセウス座流星群になっちゃう。ペルセウスはすごく数多いし夏休みだから、そっちはそっちで見たいけど、こっちの都合からするとちょっと時期が遅い。
うん、うだうだ考えてても見れなくなっちゃうだけだし、とにかくやってみよう。
アタシは職員室へと向かった。
「うん、やってみな」
伊野谷先生があまりにもあっさりとそう言うもんだから、アタシはちょっと拍子抜けしてしまった。
「え、いいんですか?」
「止める理由がないからね。流星群の観察、天文部の活動としてこんなにふさわしいものもないだろう」
「よかった……夜中に学校に来ることになるから止められるかと……」
「まあ、その辺は今からみんなに説明しないとね。もう日がないんだろう? 急がないとね」
「はい、ありがとうございます!」
というわけで、アタシは部員に集合をかける。部室にフルメンバーがそろってミーティングをやることにした。
「というわけで、天文部で流星群観察会をやります」
「へー、面白そうじゃん」
「流星群、ロマンチックだね!」
「まあ、今の時期なら別に」
「よく思いつくものねぇ」
それぞれ反応があるけど、とりあえず嫌だって人はいないっぽい。ホッとした。
「なあ、ユーミ、いつやるんだ?」
「今週金曜日の夜中、日付としては土曜だけどね。夜の1時から3時ぐらいがいいと思ってる」
「なんでそんなに遅いのよ。夜更かしは美容によくないわ」
「うん、でもこの流星群は、夜明け前のその時間が一番見やすいんだ。金曜日なら次の日休みだし」
「でも、そんな夜中に学校に来るなんて、パパとママが許してくれないかもぉ……」
シオリンが困った顔で言う。確かにそこなんだよね。アタシたちは残念ながらまだ中学生だ。親の許可のことをどうしても考えなきゃいけない。けれど、こんな時こそ伊野谷先生の出番だ。
「それなんだけどね、学校までの行き帰りのことは私に任せてほしい。車で送り迎えするよ。こんな時のために学校のバンがあるんだからね」
「先生さっすがぁ! 助かります!」
「あとは各自で保護者の皆さんを説得しなさい。どうしても無理だったら言いな、私からもお願いするから」
先生が本当に頼もしい。普段はほとんど口を出さないけど、こうやってこっちから言えばノッて来てくれるんだね。
「ユーミ、ひとつ質問いいか?」
「うん、ヒロツグ君」
「その、みずがめ座η流星群、だったか、それってたくさん見れるのか? いやペルセウス座とかふたご座なら聞いたことあるんだが、みずがめ座は初めて聞いたから」
「さすがヒロツグ君。よく知ってるね。うん、これははっきり言わないとね。正直に言って、今回の観察ではそんなにたくさんの流星は見れないと思う。」
「あら、流星群なんていうから、流れ星が次々に現れるのかと思ってたわ」
「あはは、そうだよね。ただ今回のみずがめ座ηは一番多い時で、一時間に5個ぐらいって本に書いてあった」
「1時間に5個ってことは~、12分に1個ぐらいだね~」
「うん、シン君。平均するとそれくらいってことで、2個続けて流れたと思ったら30分流れないってこともあるかもだけどね」
「でもそれくらいなら、待ってれば見れそうだな」
「ただ、この1時間に5個ってのは極大の時、つまり一番活発な時の数字で、実はもう極大は過ぎちゃってるんだ。だから、1時~3時の2時間で、1個か2個見れればいい方かもって思ってる」
「そうなんだぁ、流星群ってぇ、結構見るの大変なんだね」
「じゃあもっと見やすいのにすればいいじゃない。そのペルセウスだったかしら、そっちじゃだめなの?」
「ペルセウスは夏休みだし一晩中見れるし絶対みんなと一緒に見たいって思ってるよ。でもなんで今みずがめ座ηを見たいかっていうと、文化部発表会に向けて、みんなに少しでも宇宙のことを好きになってもらいたいからなんだ。残念ながら6月には流星群は来ないし、その前で唯一見れそうなのが今回なんだ。だから、これはわがままかもしれないけど、どうかお願い、みんな」
「俺はいいぜ。学校公認で夜更かしできるなんてワクワクするぜ」
「リョウ君、ありがとう!」
「あ、でも野球で疲れて途中で寝ちまったらごめんな」
「リョウが出るなら僕も行かないとな。まあ中間テストも終わったし、今なら余裕があるし。寝たらたたき起こしてやるよ」
「うるせぇよ、ヒロツグ。まあそん時はたのむな」
「あはは、いいコンビだねやっぱり」
「ワタシも、参加したいなぁ。できれば、ウララさまと一緒に!」
ウララに抱き着きながらいうシオリン。
「あら、別に嫌だなんて言ってないわよ。参加できない事情があるわけじゃないし、いいんじゃないの」
「あ~よかったー。みんな参加だね。ありがとう!」
突然だったし、全員集まるか不安だったけど、よかった、ほんとよかった。まだ本番じゃないけど。
「なあ、シンはどうなんだ? しゃべってないけど」
言われて気づく。そうだ、シン君には確認してなかった。もし断られたら……
「え~、だってボクは、最初から参加するって決めてるから~」
「か~、こりゃもう愛だね、愛」
「茶化さないで。でも、ありがとねシン君」
「うん!」
「ちなみに観察は、ここじゃなくて、屋上でやります。先生と相談して決めました。なのでみんな、寒くないように上に羽織るものを用意した方がいいと思います。服装は、まあ学校のジャージでいいかな。当日は、できれば仮眠してきてください、うーん、とりあえずそんな感じかな」
「わぁ、すごい、屋上に出れるんだぁ、しかも真夜中の。そこで流星観察なんて、素敵だね」
「あはは、そうだね。でも実際は地味な活動になると思うよ。さっきも言った通り、そんなにたくさんの流星が見れるわけじゃないから、そこは覚悟しといてシオリン」
「華々しい研究成果も、地道な観察と実験の積み重ねからでなければ生まれない。そういうものだな」
「もう、理系コンビはロマンがないんだから! まあ分かったけどさ、雰囲気は楽しめるといいな~。ね、ウララさま」
「そうね。せっかくやるんだから楽しまないといけないわ。しっかり準備しましょシオリ」
「うー、なんか盛り上がってきたなー。ウズウズしてきたぜ。あ、そうだ、円陣組まないか? 景気づけにさ」
「円陣? 体育会系の発想だな~」
「いや、士気が高いに越したことはねえって。よし決まり、ほい、やろうやろう。お前らはやくこっち」
リョウ君は立ち上がって、さっさとヒロツグ君とシン君と肩を組んでしまう。アタシたち女子三人は顔を見合わせる。ウララさまはあきれ顔。シオリンは、まんざらでもなさそうだ。どうしよっかなあと思っているとシン君から声が飛んだ。
「ユーミちゃん、こっちだよ~」
すごいニコニコして言ってる。はぁ、しかたないか。
アタシはシン君の隣に行き、肩を組んだ。そしてアタシの左にはウララ、シオリと続いて、シオリの左隣はヒロツグ君。お、ヒロツグ君顔赤いぞ。
といいつつ、アタシだってみんなとこんなに密着することなんて初めてだし、なんだか胸がどきどき、っていうか高まってる。胸が高まるってきっとこういう感じなんだなって思う。
「よし、円陣できたな。じゃあ掛け声はユーミな!」
「え、ええ! リョウ君がやるんじゃないの? 言い出しっぺでしょ」
「何言ってんだ、こういうのは部長がやるもんだろ。体育会系はそういうとこうるさいんだからな」
「だって、どうすればいいの。わかんないよ」
「じゃあ、なんか目標みたいなやつ言ってから『ソラチュー天文部ファイトー!』。そしたら全員で、『オー!』な」
「……うん、分かったやってみる。ちょっとだけ待ってね考えるから」
アタシは数秒目を閉じて、そして目を開ける。スゥーっと大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「みんなで、きれいな流星を見れますように! ソラチュー天文部ファイトー!」
「オー!」
アタシの掛け声を追いかけるように、みんなの声がそろった。
そして体を起こし、自然とみんな拍手していた。
「オッケー、ばっちりだぜユーミ。部長らしくなってきたじゃないの」
「うん、なんかいいねこれ。円陣ってすごいよ」
「だろー? だからいったじゃん」
「リョウもたまには役にたつものね」
「ひでえなウララ。だって最初に集まったとき先生が言ってただろ? ムードメーカーに期待してるって」
「おや、ちゃんと聞いてたのかい。リョウさん。その調子で授業もお願いしたいもんだね」
「うう先生、それを言われるとつらいぜ」
「一本取られたみたいだな、リョウ」
そんな感じで盛り上がって、ミーティングはとにかく成功した。
よし、あとは本番だ!
流星観察会、当日。金曜の夜中。日付はかわって土曜日の0時半。アタシたち天文部はソラチューの屋上にいた。
「おお、ほんとに屋上だぜ。おれ初めて上がったよ」
「うーん、夜風が涼しくて気持ちいいぃ、晴れてよかったねぇ、ユーミちゃん」
「うん、ほんとそうだよ、天気はほとんどベストなんじゃないかな。快晴だし」
「でも長いこといると風邪ひきそうだわ。できれば早く見つけたいわね」
ウララはジャージの上にパーカーを着て、マフラーまで巻いてる。ウララのロングヘアがマフラーのとこで膨らんでてかわいい。完全にモテマフラーだ。いいなあ。
「もし寒かったら言ってね。ブランケットとか、何なら寝袋もあるからね。あと、敷物と、ホットカフェオレもタンブラーに入れてきたから。後で飲もうね」
「準備がいいなユーミ。なんでそんな大きいリュック背負ってるのか不思議だったんだ」
ヒロツグ君の言う通り、アタシは登山用の大きなリュックを持ってきてる。パパに借りたアウトドアグッズも詰め込んで。
アタシの天文好きはどうやら赤ちゃんの頃までさかのぼれるらしいんだけど、それを育てたのは実はパパだ。パパのアウトドア趣味とアタシの天文好きが重なって、いろんなところに連れて行ってもらった。
それがようやく今役立ってる感じでうれしい。
「しかし、流星っていうとさ、アレをやらねえとな」
「あれ? なんのことだ?」
「アレっつったら、コレだよ」
リョウ君はいきなり駆け出して誰もいない場所で、ステップを踏み出した。
「あ、ランニングマン?」
「シオリ正解!」
あー、わかった、ランニングマンって、有名なダンスボーカルグループのヒット曲に出てくるダンスだ。歌詞に流星が出てくるんだよね。
「ワタシもやるぅー」
なんとシオリンが飛び出して、リョウ君に混ざりだした。
「お、シオリうまいじゃん。まじかよ知らなかったぜ」
「えへへぇ、ネットで動画見てるうちに覚えちゃったんだぁ」
「じゃあそのうち『踊ってみた』動画でもアップするか」
「あーそれいいかもぉ」
夢中でランニングマンやってる二人。緩めのジャージだし、リョウ君は坊主頭が寒いのかニット帽かぶってるし、シルエットだけ見るとなんかほんとにダンサーっぽいぞ。
「いいな、運動神経のいいやつは楽しそうで」
踊る二人をみてヒロツグ君がそんなことをつぶやく。
「ん? ヒロツグ君も教えてもらえばいいんじゃない、あの二人ならちゃんと教えてくれると思うけど」
「僕はいいよ。本当に運動がからっきしダメなんだ。ついでにリズム感もな」
「そうなの? 勉強できるひとはなんでもコツつかむのうまそうだけど」
「いや、僕はほんとひどいぞ。たぶんユーミも見たらびっくりするさ。クラスが違ってよかったよ」
「まあ、そこまで言うなら、そうなんだろうね」
「ああ、でもリョウだけは笑わないでいてくれたんだよな」
そういうヒロツグ君の横顔はいつものまじめな表情じゃなく、とても柔らかくて優しい顔をしてた。
「そっか、親友なんだね」
「ふっ、そうかもな」
ここで「そうだな」じゃなくて「そうかもな」っていうのが最高にヒロツグ君だと思う。ま、言ってることは同じなんだろうけどね。
だけど、ヒロツグ君は女子の中でもアタシとはけっこう話してる気がする。これはもしかして、アタシは女子と思われてないのでは……?
「ねえねえ、ユーミちゃん。流れ星はどっちの方向に見えるの?」
ずっと空を見回してたシン君に聞かれて、アタシは本来の目的を思い出す。いかんいかん、遊びに来たんじゃないんだぞ。
「あ、ごめん、説明するね」
アタシはあわててポケットから方位磁針を取り出し、針が止まるのを待つ。そして方角を確認して、東南東を向く。東南東っていうのは、真東から少しだけ南側の方角だ。「東」と「南東」の間だから「東南東」。
「うん、こっちだね。ねえみんな、説明するからきてー!」
思い思いに夜の屋上の雰囲気を楽しんでいた部員たちを呼ぶ。
「今、アタシが向いてる方角が東南東。この方向からみずがめ座が上ってきます。そこが流星群の放射点。放射点を中心に流星は流れます。ここから上下左右に広がるみたいに流れるってことね。
あと、実は放射点から離れたところの流星の方が長く流れるから見つけやすいかも。とにかく、一か所だけをじーっとみるよりも、広い範囲を全体的にみる方が見つけやすいです。視界、見えてる範囲の端っこを流れることもあるので見逃さないでね。今から夜明けまでが勝負です。みんなで頑張りましょう!」
「おう!」
「おぉー!」
「分かった」
「なるほどね」
「うん!」
五人それぞれの返事が返ってくる。うーん、ほんと個性的なメンバーだよねえ。
それからしばらくは、無言で星空を眺める時間が続く。
………………
どれくらいの時間がたっただろう。アタシはバックライトつきの腕時計を確認する。ちなみにこれもパパに借りたものだ。1時過ぎ。これから2時間ちょっと、流星との根くらべが続く。
………………
「きれいね」
静寂に響いたのはウララの一言。
「え、流れ星見えた?」
「ちがうわ、星空が、よ」
「ああ、うん。すごくね」
「こんな風にまじまじと星空を見ることなんて最近なかったわ」
「でしょ。それを感じてもらっただけでも観察会をやってよかったよ」
「ええ、感謝するわ。ありがとう」
「フフッ」
「なにがおかしいのよ」
「いやあ、星空は人を素直にしますねえ、ウララさま?」
「ふん、そっちこそずいぶん詩的なこというじゃない」
「まあね、この星空の下にいるんだからしかたないよね」
……………
「あ、そうだ詩的っていえばさ」
そう話し出すのはシオリン。
「みずがめ座ってギリシャ神話のガニュメデスなんだね」
「あ、うん。確かそうだったと思う」
「ガニュメデスが水瓶を持ってる姿なんだよね。その水瓶には不老不死のお酒ネクタルが入ってて、ゼウスっていう一番偉い神様の宴会で、お酒を注ぐ役目なのがガニュメデス」
「すごいねシオリンよく知ってるね」
「でしょでしょ。ワタシも星座とか結構好きだよ。占い好きだし。神話も好き」
「ごめん、アタシ実は……そっち方面はあんまり興味なくて……」
「ええー! なんでなんでぇ。面白いのにぃ」
「たしかに天文学はもともとは占星術から始まってるからね。そっちも知っておいた方がいいのかな」
「きっとそうだよぉ。でね、ガニュメデスはなんでお酌役になったか分かる? それはね、ガニュメデスがあんまり美少年だったからゼウスがさらってこさせたの」
「うわー、神様ってのはすげぇことすんだな」
割り込んできたのはリョウ君。
「さらいたくなるくらいすっごい美少年だったってことだよぉ!」
「あ、でも、オレも親父の仲間の飲み会やってるとこにいたらお酌させられるぜ。似たようなもんかな」
「全然ちがうから! あーもう、一気にロマンチックじゃなくなっちゃったじゃん」
「フッ、リョウにかかるとガールズトークも台無しだな」
「ほんとだよぉ! もっと言ってやって」
「あんたたち、ちょっと静かにしてよ。気が散るじゃないの」
「あーん、おこっちゃ嫌ですウララさま」
「もう、仕方ない子ね」
うーん、やっぱりウララとシオリンの世界はつよい。
………………
「……エンリンのふるさとって、今見えてる星のなかにあるのかしら」
「どうしたよ、ウララ。きょうはやけにセンチじゃねえの」
「たまには、そういうときもあるわよ。ねえ、どう思う? 例えばわたしたちの仲間がふるさとから地球まで、わたしたちを迎えに来たりすると思う?」
この話題は、アタシには割り込めないと思った。シオリンとヒロツグ君も同じ気持ちなのかな。
「うーん、オレはさあ、そういうの考えないことにしてる。だって、オレたちのご先祖が地球に来たのって何千年も前なんだろ、何千年も来なかったやつらがさ、俺たちが生きてる間に来ると思うか? だから考えてもしょうがない、ってな」
「じゃあ、もしもの話でいいわ。もしも明日にでもエンリンの母星から迎えに来たら、どうする?」
「そういうウララはどうなんだよ」
「わたしは……ついていくかも。単純に、自分のルーツを知りたいもの」
「へえーそうなんだ、おれはどうすっかな。地球も十分楽しいしなあ。別に帰らなくてもいいんじゃね」
「軽いわねえ」
「だってもしもの話だろ? 実際その時になってみないとわからないしな」
「ねえ、シンは? 聞こえてるんでしょ」
「うん、聞こえてるよ~」
「どっちなの? 残るか、ついていくか」
「僕はね、そうだなぁ、地球とエンリンの星をくっつけたいな~」
「はあ?」
「だって、そうすればどっちに行くかなんて考えなくてもいいでしょ~」
「はっはっはっは! こりゃすげえ。発想のスケールで負けたぜ」
「ま、まあ、もしもの話とは言ったけど、ちょっと予想外だったわね、うん、まあ、素晴らしい答えかもね」
アタシはシン君のだしたその答えに、なんだか安心というか、ホッとしていた。同時に、星をふたつくっつけるという壮大な発想が実現できるのかな、なんて考えちゃう。もしもの話なのにね。でももしもそうなったら、すごくいいなと思った。
「う、ううう~」
なんだ? 誰かがうなり声を出してる。
「え? シオリの声なの? 大丈夫?」
「う~、うええええ、だって、ウララさまがエンリンの星にいっちゃったら、離れ離れになっちゃうと思って、そしたら悲しくなってきちゃって、でもウララさまの決めたことならさせてあげたくて、でも悲しくて、泣いちゃいけないとおもってえええええーん」
「ああもう、ごめん、ごめんてばシオリ。悪かったわ。そんなつもりじゃなかったのよ」
「ウララさまぁ~いっぢゃやだあ~」
ついにウララに抱き着いて泣き出すシオリン。ウララはそんなシオリンの背中をぽんぽんして慰めてあげてる。それにしてもシオリン、そこまでウララのことを。
その時だった。
「あ!」
シン君の声。
「見えた、上の方!」
アタシたちはいっせいにシン君が指さす先の星空を見た。
残念ながら、流れ星はもう消えちゃったみたいだ。
「みんな見えた?」
「うーん、間に合わなかったみたいだな」
「こちらがドタバタしてるうちに流れるとはな」
「アタシとシオリも見れてないわ。ごめんなさい、あんな話、しなきゃよかった……」
「ウララさまのせいじゃないですぅ、ワタシが泣いちゃったから、ううう~」
アタシは時間を確認する。午前2時過ぎ。夜明けまであと1時間と少し。
「シオリ、大丈夫。まだ時間はあるよ。ウララと、アタシたちと、みんなで流れ星みよう。ガニュメデスの水瓶から流れ落ちる星をさ」
「う、うん。そうだよね。うんありがとうユーミ」
「へへ、いいこと言うじゃねぇの、我らがユーミ部長殿は」
「ふふ、頼もしいな。しかしシンもすごいぞ、あの状況で集中を切らさなかったとは」
「うん、流星、ボクが全部見つける~、だからみんなで一緒にみようね~」
シン君は、空から目を一切そらさずにそう言った。ここぞというときの集中力。そうだ、あの国語の小テストの時もそんな感じだったかも。
「ふふ、まさかシンに元気づけられるとはね。さあシオリ、泣いてる暇はないわ、顔を上げるのよ」
「はい、ウララさまぁ!」
………………
アタシたちは気を取り直したものの、流星の方は答えてくれず、時間は過ぎていく。
時計を見ると2時53分。夜明けはもうすぐだ。空と山の境目が、心なしか明るくなってきたようにも見える。
「くっそー、首がいてえぜ」
「リョウ、気を抜いちゃだめよ」
「分かってるけどさ、これけっこうきついんだな」
体力自慢のリョウ君ですらそんなことをいうくらいだ。みんな疲れてきてる。でもしゃべれるだけまだ元気な方だってことだよね。ほかのみんなはしゃべらなくなっちゃったし。いつ流れるか分からない流れ星を待って空を見上げるのは、確かにつらい。しかも一か所をじっと見ちゃダメっていうのがこれまた意外と大変で、集中するのがむずかしいんだ。
この企画、やらないほうがよかったのかも……
そんな弱気が心に出てくる。でも、ここまできてあきらめられないよ。
夜明けまで、もう少し。そこまでは頑張らないと。アタシが部長なんだから。たとえ流星が現れなかったとしても。
体力はだいぶ削られてきてる。こうなったら、最後は根性だ。そう思ったんだ。
「うー! ソラチュー天文部ぅー! ファイトー!」
腹の底から声を振り絞った。自分でもびっくりするくらいの声が出た。
「え?」
驚いてこちらを見るみんな。
「ダメ! みんな空を見て! 一か所じゃなく全体を。アタシが声を出すから! ソラチュー天文部ファイトー!」
「オー!」
返事が返ってきた。シン君の声!
「みんなで、見よう! ソラチュー天文部ファイトー!」
「おう!」
リョウ君、さすがの力強い声!
「早く出てこい流れ星! ソラチュー天文部ファイトー!」
「おーーーーーーー!」
シオリンの高い声!
「もう待ってられないぞ! ソラチュー天文部ファイトー!」
「ふふ、おう!」
ヒロツグ君の落ち着いた声。
「いい加減に出てきなさーい! ソラチュー天文部ファイトー!」
「おお!」
ウララの迫力ある声。
「みんな今日は本当にありがとう。夜明けまであと少しだから。そこまで、そこまで頑張ろう。」
「うん、ソラチュー天文部、ファイトぉー!」
「ははっ、シン君その調子!」
「ソラチュー天文部ううううぅー! ファイトーーーーー!」
「ソラチュー天文部ファイトー!」
「ソラチュー天文部ファイトー!」
「ソラチュー天文部ファイトー!」
みんなでかわるがわる声出しした。何度叫んだろう。声も枯れてきたときだった。
「ソラチュー、てんもん、わあああああああああ!」
その時、朝焼けの白さに負けないくらいの、とびきりの流れ星が、空を切り裂いた。
あまりにも突然で、思わず叫んでいた。でもそれはみんな同じで。
「来ったああああー!」
「おお……すごいな!」
「やったー!」
「んー! そうこなくちゃね!」
「さっきより、もっともっときれいだ~!」
それぞれの口から歓声が上がる。
「みんな、みえたよね!」
アタシが確認すると、全員の口から力強い返事が返ってきた。
「よっしゃー! 流星観察会、成功だー!」
そう叫んで、屋上に寝転がる。地面の冷たさが気持ちいい。
「はー、終わった。なんか野球の試合とはちがう感じで疲れたな。天文部意外とハードだぜ」
「まあ、リョウはじっとしてるのが苦手だもんな、だから余計に疲れたんじゃないか?」
「ウララさま、さっきはごめんなさい」
「あなたが謝る理由なんてないじゃない。一緒に流れ星みれてうれしかったわよ」
「うららさま~。大好きぃ」
みんなそれぞれにリラックスしてるみたいね。あ、そうだ、アタシもお礼を言わなきゃ。
「シン君、ありがとね」
「ん? なにが~?」
「最初に流星見つけてくれたし、そのあとも頑張ってたでしょ。全部見つけるって言ってくれたし、掛け声も言ってくれたし」
「そんなの、なんでもないよ! ユーミちゃんが考えたこの観察会だもん、絶対成功させたかったし」
「あはは、なんかアタシより真剣に考えてくれてたのかもね。だからやっぱり、ありがとう、だよ!」
「こちらこそ、ユーミちゃん!」
シン君の満面の笑顔を見ると、こちらも自然と笑顔になる。
「あ、そうだ、みんなー! カフェオレ飲んでなかったし、部室に戻って一緒に飲もうよ!」
アタシが声をかけると、みんなオーケーしてくれた。
部室に戻って、カフェオレを紙コップに注いで、みんなに渡す。
「あ、ユーミちゃん、ガニュメデスみたいだよぉ」
「ええ? じゃあこれは不老不死のお酒ってことか」
アタシとシオリはそう言って笑いあう。
「しかし、まさかお前らと夜明けのコーヒーを飲むことになるなんてな」
「夜明けのコーヒーって……リョウあなたそれ意味わかって言ってるの?」
「ん? なにが?」
「……天然ジゴロめ」
リョウ、ウララ、ヒロツグのそんな会話も聞こえてくる。
なんか、ちょっとみんなの距離が縮まった気がするなあ。
「ユーミちゃん、やってよかったね」
「うん!」
アタシはシン君に返事して、椅子に座ってカフェオレを一口飲んだ。夜風にあたって冷えた体に、ほろ苦さと甘さが染みわたっていく。おいしい……
あー、つかれたなあ。でも楽しかった、またみんなで……なにか……したい……な……
………………
「夜が明けても誰も来ないからどうしたのかと思ったら、みんなで寝こけてたのかい。困ったもんだ。でもみんないい寝顔だねえ」
様子を見に来た伊野谷先生のその声は、アタシたちには聞こえちゃいなかった。だってあたしたちは一人残らず疲れてて、みんな寝ちゃってたんだもん。