シークレットストーリー チュンカの女
このお話は『空を飛ぶしかないから空を飛ぶわ ~ご主人さまはすごいのです!~』の『二百三十一話昨日の敵は今日も敵』のシークレットストーリーです。
こちらをお読みになる前に、本編二百三十一話までお読みになる事を強く推奨します。
あたしにはチュンカの血が流れている。
でも、血が交わったのは八代も前のこと。
以降、チュンカの血は混ざらず今ではほぼ馬人。
それでも、祖国の為に……。
いや、顔も知らず生死はおろか、実在するかも不明な家族の命のため、チュンカへと尽くすことを強制される。
そう、あたしはそんなチュンカの女。
でもそんな事はどうだって良かった。
真面目に尽くせば、あたしたち家族の生活は潤うし、何よりあたしが尽くすのは──。
「3……、2……、1……、はい、スタート!」
──おっと、今はすべき事をするです。
「きゃあああああ!?」
まずは台本どおり悲鳴をあげる。
これで、しばらくすれば、若がここへやって来る手はずになっているです。
「どうせなら衣服も脱いでしまえば良いのでアル」
「衣服を脱がす悦びを知らぬとは笑止なのでアル」
「着衣のままこそ至高なのでアル」
このヘンタイ臭を隠しきれない中年どもは帝の腹心。
つまりは、チュンカの重鎮です。
協力してくれたら何でもすると言ったら、三人まとめて飛び付いてきた。
こんなのが、帝の腹心なんてやっていてよく今まで国が滅びなかったです。
しかし、それも今日まで。
こいつらは、このヘンタイぶりとは裏腹に割りと優秀な将なので消えてもらうです。
身元がマンガルにバレれば、あとはそっちで勝手に処理してくれるハズ。
っと、若と監視対象と保護対象がやって来たです。
演出のために、この棒を鼻の奥に突っ込んで──。
「うっ……」
──簡単に涙目になれるですが痛みには慣れないです。
えーっと、次のセリフは……。
「ひっ、来ないで! 来ないでくださいです!」
セリフと同時にみっともなく尻で後ずさる。
かなり強く地べたにお尻を擦り付ける事になったので汚れを後で落とす手間を考えると、本気で泣きそうになるです。
あっ、さっき棒を突っ込む必要なかったんだ。
そんな事を考えている間に、若とヘンタイの戦いが始まった。
若は変装しているのでヘンタイには正体が悟られていない。
ヘンタイも遠慮なく若に噛みついていく。
「ちゃああああ!」
ああ……。
「ちぇちぇい、ちぇいやあ!」
ああ、若かっこいい。
さあ、保護対象。
いや……、ユン。
全ての茶番はこの瞬間を自演するために用意したです。
せめて自分の勇姿をユンの記憶に刻みたい。
そんな若の奥ゆかしい気持ちです。
お前もとくとこの若の姿を見るがいいです……。
って見てない!
まったく全然関係ないところに視線を向けているです!
どこ見てるです?
ユンの視線を追っていくとヘンタイの登頂部にたどり着き──。
──なっ!? ヘンタイの妙な感じに湿って艶やかな頭皮へと張り付く髪の毛を眺めてるです?
なんでそんなのに興味持っちゃったです!?
例え興味を持っても、女の子はそんなのまじまじみねーです!
若はどうしてこんな女に惚れてしまったです!?
あたしの心の叫びは誰にも届かない。
そんなあたしに監視対象が声を掛けてくる。
「怪我はないか? もしくは執拗に体の一部をなめ回されてはいないか?」
えっ?
傷付いた女の子にそれを聞くです?
そんなの聞きながら手を差し出されても困るです……。
ッ……!
いけない、このままじゃ、変な間が出来るし顔にも出る!
「うっ……。わあああん! 怖かったです怖かったです怖かったです!」
なかばヤケクソ気味に監視対象に飛び付いた。
「ああ、そうだな怖かったな。あれは怖いよな」
あたしはお前の発想が怖いです。
どこそこをなめ回されたと言えば、どこからともなく塩水を取り出し、消毒と称して振り撒きそうな怖さがあるです。
いや、考えるな、演技に集中するです。
「助けてくださりありがとうです」
「いや、俺はなにもしていない。礼ならアイツに言ってやってくれ」
「イヤです……」
そう、ここで素直にならないのがポイントだ。
情に訴えるです!
「チュンカの人たちはいっつもいっつもこんな事ばかりするです……」
「そうか」
「そうです! だから、大キライです!」
自分でもよい演技だったと思う。
現に心配した監視対象があたしを家に届けると言い出した。
しかし、今この場を離れるのは好ましくない。
さて、どうするか。
なんて、考えたが徒労に終る。
「あのー。騒ぎを聞き付けてやって来たのですがここであってますかね?」
衛兵がやって来たからだ。
これは都合がいい。
最後の仕上げを始めよう。
「何やらチュンカ人同士で争っている見たいですが今どんな状況なんですかね」
「ああ、あそこで暴れているなかで数の多い──」
「アイツら全員です! 全員あたしに酷いことしようとしたです! 取っ捕まえてひどい目に合わせて欲しいです!」
あえてあたしは、若を含めて捕らえるように仕向けた。
「コラコラ。嘘はダメだ。オルワがいくらチュンカ人を嫌っていたとしてもそれを理由にチュンカ人を貶めちゃあダメだ」
当然、誰かがこうやってあたしの言葉を否定する。
「でも……」
「正直、アイツがどうなろうと知ったこちゃないが、それだとオルワが後悔して自分を傷付けることにるぞ」
そうなれば、自然と若は安全地帯に置かれ、深い追求を受けずにこの場を立ち去る基盤になる。
「私はオルワちゃんの気持ちも分かりますよ。チュンカの人たちは毎日問題ばかり起こしてくれますしね」
「うん……」
「でも、オルワちゃんが手を汚すことは無いんですよ。チュンカと決着を付ける日は近いんですから」
ん……?
この女……。
あたしは女が監視対象に耳打ちするのを聞き逃さなかった。
『戦争ですよ。関係が悪化しすぎてもう止まりません……』
『やっぱりか戦争か……』
『脱出するのでしたらお早めに……』
ふーん。
やっぱりマンガルも開戦するつもりか。
タイミングとしてはちょうど良いです。
後で詳しい日程を探りに向かうです。
「じゃあ、気持ち悪い体勢でびったんびったん飛び跳ねている方だけ捕まえて行きますね」
上手くいった。
完全に若だけ逃がせる。
すべては計算どおりです。
今回も簡単なお仕事だったですね。
「あっ、待ってくれ。今回の件とは関係ないんだがアイツも酷いストーカーでな」
ん? この男は何を言い出すんだろう。
「はあ、ストーカーですか? ストーカーは立証が難しいですよ?」
何やらイヤな予感がする……。
「まあ、そうなんだろうと思うがアイツはユンの前の騎士らしくて、無理やりユンに跨がろうとするし、アイツ跨がるとユンが痒がるんだ」
げっ!
悲鳴を口に出さなかった自分を褒めてやりたいです。
アレは仕方がなかったとはいえ、この国では禁忌です。
そんな事がこの国の者にバレれば私刑が始まる。
最後の最後でこの監視対象はなんて事をしてくれるんです!?
ああ、若が石を投げつけられている。
あたしのせいで……。
いや、これ別にあたしのせいじゃないです。
全部あの監視対象が──。
内心で地団駄踏んでいると同僚が誰にも勘づかれないようにしてこちらに向かってきた。
そして耳打ちする。
「ちょっと、あんたなにやってんの? 若まで私刑されてるじゃん」
「面目ないです」
「はあ。こっちは、こっちでなんとかするから、あんたはアレの監視を……。そうね、あんたの寝ぐらにでも連れ込んでおきなさい」
ここで若ではなく、アレを押し付けられるのは悔しいですが致し方なし。
というか、なんでこの監視対象は倒れているです?
疑問に思うもあたしは『若の隠れ家亭』へと監視対象を連れて帰った。