第1話・自称探偵が自称ではないことを知った日
(メモ書きのため、これからブラッシュアップ予定)
人の持つ幸運の総量は、生まれたときに既に決まっている。
そこには平等に不平等があり、決して一律ではない。
しかし、人の感じる幸福とは、持って生まれた幸運の総量とは比例しない。
人は生れてから死ぬまで幸運という通貨で不幸を買い続ける。
たまたま高額紙幣で払ったおつりが、人々の感じる幸福というものだ。
したがって、持って生まれた幸運の総量が多くても、
そのすべてが小銭であれば、おつりの幸福を受け取ることなく不幸を買い続けることになる。
この世界に絶対的な幸福は存在しない。
そのため、人々は相対的な幸福を求める。
相対的であればこそ、他人の不幸は蜜の味……。
第1話・自称私立探偵が自称ではないと知った日
ご先祖様から受け継がれてきた土地を、我が家では賃貸物件にして貸し出している。
昔の人は言いました【大家といえば親も同然、店子といえば子も同然】
そして、その言葉を我が家では守り続けている。
うちの親は甘々で、長期にわたって家賃を滞納している住民が何人かいる。
その中にはやむにやまれぬ理由の方もおり、そこは私も仕方ないと理解しているが、
アイツはどう考えても甘くしてあげる必要を感じられない。
ヨオハマ第3ビルB101。問題のアイツは、ここを自宅兼自称事務所にしている。
このビル唯一の地下エリアで、ぶち抜き丸々1フロアという贅沢仕様だ。
居抜き物件になっていて、元はBARのようなお酒を出すタイプのお店だったんだと思う。
ソファが多くあるから、キャバクラとかホストクラブみたいな感じだったのかもしれない。
まあ、私はどれも行ったことがないから、あくまでもイメージだけどね。
アイツの名前は〇〇。
軽薄が服を着ているような男。なお、この場合の軽薄は所謂チャライというのとは違う。
ウェーイ!といった活動的で考えの浅いアッパー系の軽薄ではなく、
いつもヘラヘラしていて、やる気なく、のらりくらりと生きているダウナー系の軽薄だ。
そのうえ、どことなくいつも偉そうにしている。
職業は、自称私立探偵。
1つ断っておくが、探偵自体は怪しくもなんともない立派な職業だ。
会社としてやっている形の整った探偵に偏見はないけど、
いつ様子を見に行ってもぐうたらしている自称個人事業主の私立探偵など、
私から見れば無職以外の何物でもない。
なにより、頻繁に足を運んでいるというのに、
私はお客さんが来ているところを一度もみたことがない。
個人事業主であれば、当然のことながら営業活動をしなければお仕事なんて来るわけがない。
それなのに、どう考えても積極的に営業をかけているように見えない。
「あー、ほら、俺はアレだ。そう、アレだ。単価が高いんだよ。」
などと嘯いているが、眉唾ものだと思っている。
ちょっと大変そうなことがあれば、俺は頭脳労働中心なんでと逃げる。
いざ難しい問題が起きれば、俺は直感で動く天才タイプだから、
そういうコツコツやるのが得意なヤツにやらせておけばいいと逃げる。
日々真面目に生きて、なお慎ましやかに暮らしている人がいるというのに、
こういういい加減な男を私は生理的に受け付けない。
だがしかし、前述したように我が家で店子は子も同然。
返すがえすも残念ではあるが、その理念は私にも連綿と受け継がれてしまっている。
うら若き学生の身分である私が、
なにが悲しくて十分に成人しているぐうたら男の世話を焼かなくてはならないのか!
こうしている間にも、私の貴重な青春の時間は過ぎ去っていくのに!
土曜の昼下がり、この時間ならあいつはまだ寝ていることだろう。
きょうこそ、他の物件の草むしりの1つでも手伝わせなければ、大家の娘の面目が立たない。
いつものように無言でドアを勢いよく開ける。
起きている?
珍しくネクタイまで締めて?
対面に座った、艶やかな黒髪を背に垂らした女性が、突然開いた扉に驚いて振り返っている。
「あー、〇〇ちゃん。ちょうど良かった。申し訳ないが、お客様にコーヒーをお願いできるかな。」
(お、おきゃくさまぁーーーー!?)
危うく叫びそうになったが、私はデキル女だ。ありえない現実にも追いついてみせる。
「わかりました。少々おまちくだい。」
あぁ、アイツは私が居ないとコーヒーの位置も分らんのかと、教育方針の間違いに気が付かされながら、お客だという女性をチラチラと横目でうかがう。
パンツスタイルのビジネススーツをキッチリと着込んでいる。しゃんとしていて、頼れそうな雰囲気。これは同性にもモテるタイプのなかなかの美人さんだ。
そして、いかにも良い会社でバリバリ働いてそうな女性が、こんなところに依頼に来るという現実に違和感しか感じない。
(いやいや、うちのはお姉さんの期待に沿えるような、そんな器じゃないですって!)
「コーヒーです。どうぞ。」
ついでに、作りすぎてしまったので持ってきてあげていたクッキーも添える。
私が来てから話は中断されていた。
女性は、話を続けていいのか逡巡するようなそぶりをみせている。
連れ込んだ女を誤魔化すための芝居も疑ったが、依頼に来たお客というのは本当のことらしい。
そもそも!別に私に対して誤魔化す必要はないし!そうだとしても全然何もないけどね!
「えぇと、こちらの方は?」
コーヒーをサーブした私の方に目線を向けて、紹介を求めてくる。
おそらく、余人に聞かせたくないような込み入った話なのだろう。
草むしりの手伝いをさせるのは、また今度にした方が良さそうだ。
ほんとに仕事なら喜ぶべきことだし、きょうのところは邪魔をしないように帰ろう。
別に話の内容が気になったりはしないし、帰ろう帰ろう。
「え?あー……あぁ!ご安心ください。彼女は助手の〇〇君です。」
(はぁああ!?いつから私はアンタの助手になったよ!)
だがしかし、社会人として更正するかもしれないダメ住人のため、私は笑顔を崩さない。
「助手の〇〇です。よろしくお願いいたします。」
アイツの不用意な発言で、私は助手にされてしまった。
助手なので、しれっと帰れなくなった。だから、お話を一緒に聞くのは仕方ない。
これは仕方がないことなので、私は別に望んでないけど、これは仕方がないことだ。
「それでは、〇〇さんでしたか。お話の続きをどうぞ。」
依頼人の女性改め、〇〇さんは軽くうなずくと話し始める。
「あなた以上の凄腕はいないと伺って、藁をも縋る想いでやってまいりました。」
(ぷぷーっ!スゴウデ!スゴ、スゴウデ!がんばれ、がんばれ私の顔面筋!)
「そんなに手放しで褒められるほどの腕ではありませんよ。私のことは、どなたから?」
「はい、貴方のことは中華街の李大人よりお聞きしました。」
「あぁ、あの爺様ですか……。」
アイツは、視線を上げて中空に彷徨わせると軽く息を吐く。
「なるほど、確かに正式なご紹介のようだ。それではお断りするわけにもいきませんね。」
「それでは!」
〇〇さんに、ありありと喜びの表情があらわれる。
それを前にしたアイツは、それはそれは鷹揚に偉そうに足を組んでソファにもたれ掛かる。
「えぇ、内容に関わらず、どのようなご依頼でも解決して差し上げましょう。もちろん、適正な料金は頂戴いたしますがね。 」
「それで、どのようなご依頼で?」
「私の親友から幸運を奪った犯人を見つけて、奪われた幸運を取り返していただきたい。」
「……は?」
アイツと〇〇さんの視線を受けて、私はあわてて口を押える。
「は、はくしょん!お話の途中で失礼しました。」
(幸運って何?このお姉さん、こんな見た目でアッチ系なわけ?もったいない!もったいないよ!)
そういえば、前にテレビだったかで見たことある。
明らかに浮気をしていないことを報告した探偵が、悪魔の証明じみたことを要求される話。
その依頼主は、精神的に追い詰められて正常な判断ができなくなっていた。
なるほど、こんなところに依頼に来る切羽詰まった人が、正常でないのはありそうな話だ。
常識的に考えて、こんな依頼は絶対受けない方がいい。
正直言って、私は腰が引けてるし、巻き込まれたくない。直ぐに依頼を断らせなきゃ!
「分かりました。そのご依頼、お受けいたしましょう。」
その日、私はアイツが自称ではない探偵であることを知り、
ほんとに人が膝から崩れ落ちることってあるんだということを知った。