表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも転生者は異世界を生きていくようです  作者: 春深喜
異世界日常編
99/106

小さな勇気を

男が目の前に立つ。そしてゾイの首をつかむと自分の目の高さまで持ち上げる。ゾイは苦しそうに息をするが抵抗はしない。いや、抵抗できなかった。すでに何をするにも力が残っていなかった。男の手を振り払うことどころか腕を上げることさえかなわない。


「よくもさんざんやってくれたな。このクソアマ‼」


「くはっ‼」


腹に鈍い衝撃。男がゾイの腹を殴った。ゾイは苦しそうに息を吐きだすだけだった。息を吐きだすと同時に口から血が飛び散った。何度も殴られた後にぶん投げられた。硬い地面が激痛の走る体にさらなる痛みを食らわせた。


「すぐには殺さねぇ。これまでお前に散々苦労させられたんだ。たくさん痛めつけてから殺してやる」


横たわるゾイを男は蹴り上げる。ゾイの体が宙に浮いてまた地面に力なく落下する。そしてぐったりと動かなくなったゾイの髪の毛をわしづかみにして自分の方を向かせる。何度も言うようにゾイの体はキメラとの戦いですでに限界状態で力が入らない。しかしその眼差しだけは決して敗北した弱者ではなく死にかけてもまだ敵の首を掻き切らんとする獣の目のままだ。


「本当だったらその顔を犯して辱めて汚してやりてえが、てめえは危険すぎる。てめえを抱くのは全裸で人食いトラと寝るのと大差ないからな。残念だがここで殺すしかねえ」


ゾイは今にも消えてしまいそうな声で言う。

「お前のような男に抱かれたい女などいない。せいぜい腐った娼婦でも抱いていろ」


そして力なく男を笑った。その言葉と表情が男の逆鱗に触れたのか男はゾイから手を離すと同時にゾイを蹴りつける。何度も何度も蹴りつけた。ゾイの体が再び吹っ飛んでまた地面を転がり、叩きつけられる。そしてそのたびにゾイから苦しそうに息と血が吐き出される。今度こそ完全に意識を手放しそうなゾイの目の前で男は落ちていた鉈のような剣を拾う。今度こそ終わりだとゾイ自身も悟った。瞼が重たい。


もう、いいか。


ゆっくりと目を閉じた。眠るように。穏やかに。


しかし何も起きない。いや、すでに何か起きたのだろうか。体中の痛みは感じるが殺された痛みのようなものは何も感じない。遠くにある意識をなんとか手繰り寄せていく。何か聞こえる。男が何かを喋っている。


「なんだてめえは」


誰かが助けに来てくれたのか。テルシャ族の戦士かそれともレイジだろうか。どうにか目を開く。うっすうらとした狭い視界の中に見えたその姿はテルシャ族の戦士というにはあまりにも細く、レイジというにはあまりにも小さかった。小さな何者かが自分をかばって屈強な男の前に立っている。その背中には見覚えがあった。というよりも見覚えしかなかった。小さく非力で剣を持つ両手は震えている。


それを見た時、ゾイは意識が薄れている中でもハッキリと自分の言いたい言葉が口から出た。


「何をしている。早く逃げろ」


本当はもっと声を出したいが僅かにかすれたその声がゾイの限界だった。


「僕は、逃げない!」


少年は怯えながらも力強くそう言った。手足が震え、今にも泣きだしそうな表情で少年は自分の身長の倍はある目の前の男を見上げていた。怖かった。だが泣き出さないように必死に歯を食いしばった。そしてまた力強く言った。


「人には嫌でもやらなくちゃならない時が必ず来る。そして今がその時なんだ‼」


「わけわかんねえこと言ってやがって」


男が少年を睨みつける。ビクッと少年の体が震えた。体がまともに動かなかった。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだろう。しかし少年の中に燃ゆる勇気の炎が揺らぐことはなかった。戦えば実力差は明らか。しかしそれでも退くことはない。


「僕は、僕は戦士ゾイの弟!ゼオだ‼お前如きに背を向けたりしない‼」


「そうか・・・なら‼姉弟まとめてくたばれ‼」


大きな剣が振り下ろされた。貧弱な少年にそれを受け止めるだけの力はない。思わず硬く目をつむった。敵の攻撃を最後まで直視する勇気などない。少年は戦いには不向きだった。しかし振り下ろされた剣がゼオに触れることはない。金属と金属のぶつかる重たい音がした。


「なんだよ。やっぱりすげぇじゃん」


すぐ横から聞き覚えのある声がした。ゼオが目を開けるとそこには全身血まみれのレイジがいた。ゼオが無事なのはレイジが横から剣を伸ばして男の攻撃を受け止めていたからだった。ゼオからは今のレイジがどんな表情をしているのか見えなかったが声色からその口がわずかに笑っているのだけは何となくわかった。


「なんだぁ‼てめえは‼?」


「ただの通りすがりの旅人だ」


レイジはそう言うと受け止めていた剣を押し返す。男は怯んで少しだけ後ろによろめく。


「お前たちの負けだ。とっとと失せろ」


レイジはそう言って男に向かって何かを投げる。男の足元に落ちたのはドラゴンのような見た目をした謎の生き物の頭だった。男はそれを見るとまたに2、3後ろに後ずさった。人間はキメラに勝てない。それは過去の事件でも証明されている。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「い、犬畜生が死んだから何だってんだ‼てめえはもう死にぞこないだ‼」


男はそう言ってレイジに斬りかかるがレイジはまた冷静に男の剣を手に持った赤と黒の禍々しい剣の側面で受け止める。


「死にぞこない?よく見ろ」


レイジの体は確かに全身が血まみれで頭からも出血しているように見える。着ている服が赤色が滲んで染まっていて放っておけば今にも死んでしまいそうだ。しかし本人は何の痛みも感じていないように見える。


「こいつ傷がねえ。まさか!」


「全部返り血だ」

レイジはそう言うと男の持っていた剣を弾き飛ばし、剣先を男の首に向かって突き付ける。


「今俺は珍しく気が立ってる。だがもう1度だけ言う。死にたくなければとっとと失せろ。そしてお前らにキメラを売った男に会ったら言っておけ「絶対にぶん殴る」ってな」


男は逃げ出した。先ほどまでゼオたちを殺そうとしていた悪党とは思えないような情けない声を出しながら。逃げ出す瞬間の男が何を見たのかはわからない。全身返り血まみれのレイジがどんな表情をしているのか血で汚れた顔のせいでやはりゼオには見えなかった。しかしレイジがゼオをの方を向いた時にはゼオの見たことがある穏やかな表情であった。




男を撃退した俺はすぐにゾイに駆け寄る。そして万能回復薬である天使の寵愛を飲ませた。すると見る見るうちにゾイの傷は治っていく。そして先ほどまでの傷が嘘のように完全に消えた。


「お前は、何者なんだ」


ゾイがかすれた声で聞いてくる。俺はそれに迷わず答える。


「ただの冒険者だ。ちょっと訳アリだけどな」


ゾイの傷は治ったが少し衰弱している状態だ。立ち上がるのはまだ無理だろう。まあゾイほどの人間ならすぐにでも完全に回復するはずだ。


「戦況は」


「さっきので最後。俺たちの勝ちだ」

ゾイはそれを聞いて安心したのかぐったりとした後にそのまま気を失ってしまった。無理もない。怪我のことを無しにしても体への負担は大きい。なにせ人間だけでなくキメラ相手にも戦ったのだ。人間が本来勝てない相手を何匹も倒したというのだから並の体力消費じゃない。今も生きているのが不思議なくらいだがそこはテルシャ族最強の戦士であるゾイだからこそだろう。


俺はその場を離れて傷ついた戦士たちの傷を治す。死傷者はゼロ、と言えれば最高に良かったのだが現実はそう甘くはない。戦場である以上死人も怪我人も少なからず生まれてしまう。しかし被害は最小限に抑えられただろう。大量にいたキメラはそのほとんどが俺に向かってきたおかげで他の戦士たちに被害はなく、戦いが不利になるということはなかった。もしキメラが俺を狙ってこなかったら今頃どうなっていたのかなど想像できない。


それからかなりの時間が経った。気がつけば暗かった森に明るい光が差し込み始めた。夜明けの光だ。

朝日に照らされながらも人々は集落の中で慌ただしく動き続ける。俺も怪我人の治療が終わり、木材やら石材を持ちながら同じように慌ただしく動き続ける。大量のキメラや盗賊たちがなだれ込んできたためかなり激しい戦いだったような気がしていたが集落の被害は意外にも小さい。そのうえ力仕事担当の男たちは傷がすでに完治しているため集落復興の作業は非常に迅速に行われた。


俺も含めみんなで壊された家を建て直したり、防壁を作り直す。気がついたら集落中に美味しそうな匂いが漂っていた。炊き出しというやつだ。たくさん働いたあとにみんなで飯を食った。昼頃には集落は襲われたとは思えないくらい元通りになっていて疲れた人々はそれぞれ休息を取っていた。


俺も少し休憩しようと思ってベッドで横になったら相当疲れていたのか気がついたらそのまま次の日まで眠ってしまった。再び目を覚まして木の上の家から地上を見ると人々は何事もなかった昨日のように騒がしく普通に生活していた。あれだけのことがあったというのに本当にたくましい奴らだ。


「元気そうだな」


「その言葉そっくりそのまま返してやる」


横から声をかけられた俺はそちらを見ずに答える。俺の隣に声の主が立つ。死にかけだったとは思えないほど万全の状態に戻っていて相変わらず鋭い目つきをしている。目を合わせるのは少し怖かった。


「今回のことは感謝してもしきれない。貴様がいなければ集落も私も、ゼオも。間違いなく死んでいただろう」


「気にしないでくれ。世話になったお礼みたいなもんだ」


大きな収穫もあったしな。そう言おうとして心の中にとどめた。今回の件で加賀がまだ生きていることも俺の知らないところで何か不穏なことをしているのもよくわかった。もし今回の戦いがなければ見過ごしていただろう。キメラの被害が広がるに広がって大きな問題が起きる前に発覚したのは僥倖と言える。

こんな面倒なことになってしまったのは俺の責任だ。俺が数ヶ月前に加賀を殺せていたなら今回のようなことは起こらなかったかもしれない。


だからこそ今度こそアイツを止める。


「・・・明日には発つのか?」


「ああ。朝のうちに出るよ。予定より長居しちゃったからな」


とは言っても実際はここに来てまだ2日しか経過していない。もう何日もここにいるような感覚に陥ってしまいそうだが本当ならば昨日には集落を出て今日には家に着いている予定だった。それがほんのちょっと予定がズレているだけだ。実に濃密な数日だった。


「このまま戦士として暮らさないか?お前は族長になる資格もある。文句を言うやつはいないだろう。お前にとって悪い話ではないはずだ」


「んーどうすっかな」


ここで即決できないのが俺。いや、俺だけでなくいい女から誘われると断りきれないのは男という生き物ゆえのサガだろう。それに確かに俺にとって悪い話じゃない。こちらの生活も大変そうだが冒険者として生活費に追われてほそぼそと暮らすよりは随分と出世した暮らしだろう。


「ありがたい話だけど今はまだ無理だな」


「ほう」


「まだやらなきゃいけないことが山のようにある。それが終わった時それでもまだ迎えてくれるならその時は言葉に甘えようかな」


残念だがまだ休むわけにはいかない。まだ余生をのんびり過ごすほど年寄りではないし、ぶん殴らなければならないやつもいる。本当に残念だが心の底から異世界を楽しむには不安要素を取り除くことから始めなければならないのだ。


「まったく、勤勉なやつだ」


ゾイの顔が俺に近づいた。相変わらず鋭い目つきでとても威圧感がある。しかし今は不思議なことにそんなものは気にならなかった。今まで大して気にしていなかったがゾイの顔は美形だ。可愛いというよりもかっこよく、美しいというのが正しい。しかし近くで見ればその美麗さの中にどこか幼さを残しているようにも見えて少し可愛い。


「・・・・・」


「・・・・・」


2人とも声を発することはない。しかし少しずつ確実に互いの顔が近づいていく。不思議な気持ちだった。頭の中がふわふわしていてまるで体が浮いているようで、物事を何も考えられなくなっていた。熱でもあるのだろうか。でも俺は転生者だから風邪を引くことなんてない。息がかかるほど近くにゾイの顔が近くにあった。心臓の鼓動が早くなっているような気がするが目の前の景色が夢なんじゃないかと思えるくらい意識がふわふわしていて何がなんだかわからない。


でも、これがロマンスってやつなのかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ