始まりますよ!
店で騒ぎを起こした後、俺は集落の端っこの方にある川の近くに川の流れを見ながら座ってボーッとしていた。俺の食い物を無駄にしたのは心底許せなかったし、あの男に謝る気もないが少しやり過ぎだったような気もするのだ。せいぜいちょっと脅かす程度にしておけばよかったかもしれない。口の中に無理やり土の付いた肉を押し込まれるのはさぞ怖かっただろう。俺だったら一生のトラウマものになっている。
レモンを一口かじると口全体に酸味が広がり思わず口をすぼめる。転生者になってもすっぱいものはやはりすっぱいままだ。
いや、やっぱりあのくらいやって正解だ。食べ物を無駄にするのはそれだけいけないことなのだ。あれだけの想いをすればもう2度と食べ物を無駄にしたりすることはないはずだ。俺は間違ってない。レモンを食べて思考が切り替わったのか先ほどとは真逆のポジティブな考えになった。とはいえ恥ずかしながら騒ぎを起こしたのも事実。旅先でくらい大人しくしたかったがそれもなかなか上手くいかないようだ。
ため息をついてレモンをもうひと齧り。また爽やかなすっぱさが口いっぱいに広がって口の形が大変なことになる。
「ああ!こんなところにいた」
振り返ると息を切らしてへとへとになっているゼオがいた。ゼオはズレた眼鏡を直しながら俺の隣に座った。俺自身はそれほど速く移動したはずはないのだが余程走ったのかゼオは息を荒くし、額にはわずかに汗をかいていた。
「悪いな。騒がしくしちゃって」
「いや、いいよ。前から、皆バグマには、困ってたから。「いい気味だ」って店の人が喜んでた」
聞く限りさっきの男は元からあまり良い人柄ではないようだ。そういうことならば、まあ成敗?ということになるのだろうか。そう考えれば確かにいい気味なのかもしれない。息の切れているゼオに俺が「レモン食べるか?」と差し出すとゼオはそれに噛り付いて口をすぼめる。
しばらくして落ち着いたのかゼオが話しを続ける。
「それよりすごいよ!バグマを倒すなんて!かなり体格差があったのにあのバグマが吹っ飛んでたよ!」
「偶然いい具合に力が入ったんだ。運が良かった」
もちろん嘘である。実際は怒りながらもしっかり手加減して狙って吹っ飛ばした。もしあれにいい具合に力が入っていたら運が良いどころかもしろ最悪の結果になっていたかもしれない。運が良かったのは俺ではなくあのバグマとかいう大男の方だったりする。次から張り手はできるだけ控えよう。普通の人に対しては危なすぎる。
「大会優勝できるかも!」
「ははっどうかな。見た感じさっきの奴よりもっと強そうな人たちもいたみたいだけど」
「バグマは優勝候補の1人だよ?もっと自信もっていいよ!」
そう語るゼオの目はキラキラと輝いているように見える。それは川の水や眼鏡の反射ではないだろう。それは本気で俺が優勝できると信じている純粋な子どもの目だ。そんなゼオの輝いた目と嬉しそうな表情を見ているとなんだかこちらも笑ってしまう。そんな顔をされたら不思議と頑張らざるを得ない。そうでないと罰が当たりそうだ。それにあまり乗り気ではなかったがこの集落の戦士の実力は気になってきた。それは中二病心と強者の余裕と俺の性格からくる好奇心だ。
「闘技大会のルールは?」
「原則、武器の持ち込みは自由。と言っても素手なのが暗黙の了解になってる。相手を先に戦闘不能にした方の勝ち。相手を殺したり余計にいたぶったりするのは禁止。それくらいかな」
非常にシンプル。とても分かりやすいルールだ。武器の持ち込みは自由なようだが俺には無関係な話だ。神器とかいうインチキ武器をただの人間相手に使うわけにはいかない。それに拳1つで戦うというのだからこれほど良い話はない。素手での喧嘩は不良学生だった俺にとっては得意中の得意だ。こう言ってはイキリ散らしているみたいでいい気はしないがこの闘技大会は久々にいい運動になるかもしれない。
なんだかモチベーションが上がってきたぞ。
「お、こんなところにいたのかよゼオ」
後ろから声が聞こえたので振り返る。そこにいたのは数人の少年たちだった。少年たちはほとんどが服を着ておらず上半身が丸出しの状態でいかにも「戦闘民族の子どもです」という感じの見た目をしていた。
「グマ・・・」
少年たちの先頭にいたほかの少年たちよりも体が少し大きなガキ大将みたいな少年をゼオはそう呼んだ。
その声色は何か嫌なものに出会ってしまったかのように小さく、そして恐怖しているかのように。
「今日も訓練行かずに植物でも観察してんのか?」
「相変わらず虫とか草とか見て何が楽しいんだよ」
「だからチビのままなんだよ」
少年たちはゼオに次々に言葉を浴びせる。その内容はあまりいいものではない。
「まあ待て」
そんな少年たちを制止させたのはグマと呼ばれた少年だ。やはりこの集団のリーダー格らしい。
「人には得手不得手がある。こいつは腰抜けで弱いだけの何の才能もないクズだ」
そう言うとほかの少年たちがゼオを後ろから羽交い絞めにする。
「そして‼何の才能もない役立たずが唯一役に立つ方法は‼これだっ‼」
そう言ってグマは手を振り上げ、握りこぶしを作る。そしてその拳を勢いよく振り下ろす。
が、その拳がゼオに当たることはない。当然だ。なぜなら。
「暴力は感心しないな」
俺がいるのだから。
俺はグマの振った拳を掌で受け止める。大した力は入れていない。俺からすればこんな子供のパンチなんて転生する前であっても何も痛くない非力なものであり、力を入れて受け止めるようなどころか防御する必要のあるものですらない。
「ましてや複数対1人はひどいな。本当に誇り高き戦闘民族なのか?」
「は?誰あんた」
グマがこちらを見る。目上(?)の人には敬語を使え(特大ブーメラン)。
「旅人だ」
「なんか用?邪魔するなら、殺すよ。よそ者だし」
ギロリと俺を見る目は鋭い。だが俺はそれを見て思わず「フッ」と鼻で笑ってしまった。確かにその眼は鋭い。それなりの殺気もあるのだろう。同年代になら脅しとしては効果覿面だろう。だが俺からすれば子供の威嚇なんて大したものじゃない。チワワが吠えるよりももっと劣る。猫が屋根の上で呑気に鳴くのと大差ない。グマにとっては最大級の威嚇であっても少しも怖さを感じない。その滑稽な光景に不意にも笑ってしまうのは少し大人げないだろうか。
「いやごめん。つい。でもその程度じゃビビんないんだ」
「なめやがっt」
「調子に乗んなクソガキ。ぶち殺すぞ」
掴んでいたグマの拳がピクリと震えた。グマだけではない。その場にいたほかの少年たちもゼオも一瞬だが体を震わせたのがわかった。目の前の少年たちと俺。数年の差とはいえ俺の方が歩んできた道のりは長い。そしてくぐってきた修羅場も俺の方が多い。これは俺の今までの人生から間違いなく言えることだ。
言葉の重みは俺の方が圧倒的に重い。
「お前たちは弱い。お前たちが思っている以上に。今俺とお前たち全員がやり合っても不殺なら10秒、殺していいなら武器なしでも7秒もしないうちに決着がつく」
「何をっ!」
「お前たちと俺の実力の差は明らかだ。この現状がそれを証明している。とっとと帰れ」
手を離すと少年たち、もといいじめっ子たちは逃げて行ってしまった。まあ正しい判断だ。ここで立ち向かってこられたら正直困る。さきほど騒いだばかりだというのにこれ以上の騒ぎはごめんだ。
「まったく。大した実力もないくせによくあそこまで大きく出れるもんだ」
井の中の蛙大海を知らずというやつか。上には上がいる。何事も大きく出すぎないように慎ましくいくのが大切だよね。俺はやれやれと息を吐いた。いじめっ子なんてこんなもんだ。自分より弱い相手を見つけることでしか強くなれない。だがそんなことをしても何の意味もない。常に上を見て、立ち向かわなければ強くはなれない。実力が下の人間を見ていてもそれは一時的な役にも立たない慰めにしかならない。
「ありがとう。助かったよ」
「構わない。それよりお前もやられっぱなしになるな。自分が辛くなるだけだぞ」
「でも僕、気が弱いし力もないし」
「別に殴り返せってわけじゃない。でも誰かに相談することだ。家族、友達、誰でもいい。助けを求めろ。黙っていちゃ助けられない」
「でも」
「でもじゃない。心配かけたくないとか恥ずかしいとかアホなプライドは捨てろ。1人じゃどうにもならないことはある。それに家族からすれば相談されないのは相談されることよりもっと心配になる。何か起こる前に誰かに言え」
「嫌なら言わなくてもいいんだけど。それは、自分の経験?」
「いや俺はいじめられたことはない。喧嘩じゃ俺に勝てないのは皆知ってたからな。俺もいわゆるガキ大将みたいなもんだったんだ」
中学校時代、校舎裏に呼び出されたことがあった。俺をリンチしようとした奴らがいたが誰1人として俺に勝てず、返り討ちにしたことがあった。今思えば彼らにはひどいことをしてしまったものだ。その殴り合い以来変に突っかかってくる輩はいなくなったような覚えがある。というかその一件からクラスの皆が俺と少し距離を置いたような空気を出していたような気がする。すぐに元に戻ったがあの空気は少し辛かった。
そんな中学校時代の黒歴史を思い出した。
「いじめが原因で命を落とす人は少なくない。早めの解決が大切だと思っただけさ」
元の世界にいた時はよく悲しいニュースを見かけたものだ。飛び降りただの飛び込んだだの酷いものだった。彼らは生きる勇気のなかった臆病者なのか、それとも勇気があったがゆえに逝ってしまったある意味では勇者なのか。どちらにせよ彼らは罪のない人たちだった。誰かが側にいれば、誰かに話せていれば。彼らの未来は変わったのだろうか。いや間違いなく、きっと変わっていた。だが周囲と本人の中の何かがそれを許さなかったのだろう。
「僕は勇気が欲しい。弱いままじゃなくて強くなりたいんだ」
立ち向かう勇気、誰かと寄り添う勇気。どちらも同じ勇気だ。そしてどちらも同じくらい踏み出す1歩はとても重たい。
俺はゼオの頭をくしゃくしゃと雑に撫でた。
「お前は偉いよ。マジで」
「えらくないよ。ビビりだし、運動もできないし」
「それはどうかな?」
「どういうこと?」
「お前、殴り返さなかっただろ?立派だよ」
「ううん。ただビビッてできなかっただけだよ」
「やり返さないのもまた勇気、だ」
確かにゼオは気が弱いだけなのかもしれない。だがティスタやアイミスたちのように復讐に取りつかれるよりもよっぽどいい。ティスタたちは我慢ができなかった。彼らは己の優しさよりも怒りが勝ってしまいやり返した。最後には足を洗うことにはなったが2人は殺意を抑えることができなかった。言い換えれば寛容である勇気を持たなかったのだ。
俺はもちろん2人には同情する。俺自身が似たような経験をしていたし俺だって同じ目に遭えばきっと同じことをする。そしてゼオを同じような立場であっても殴りかかる。俺も寛容である勇気を持ってはいない。
しかしゼオは違うだろう。もちろん黙ってやられればいいというわけではない。しかしゼオは殴り返すようなことはしない。誰かを傷つけるようなことはしなかった。俺の持つ勇気が危険に飛び込む決意や誰かを傷つける覚悟のようなものだとするなら、ゼオの持つ勇気は相手を許す勇気とでも言おうか。
難しい話はやめよう。バカな俺には頭の痛くなる話だからな。要するにだ。
立ち向かう勇気はなくとも、どれだけ傷ついてもやり返さない優しい奴は立派だ。ということだ。
「まあそれはそれとしていじめられてることについてはしっかり解決しろ。黙ってやられてればいいわけじゃないからな。ああいう奴らを野放しにするな」
「うん。頑張るよ」
「頑張れ負けるなよ」
気が付けば闘技大会が始まる時間になってしまった。俺はその場でゼオと別れると会場へと向かった。会場にはすでに多くの出場者たちが集まっていて客席にはぞろぞろと観客が集まっているようで騒がしくむさ苦しい空間ができていた。出場者は多くが男で女はほんの一部。男だらけのこの大会に女が出ているということはこの女たちは男と変わらないくらいの力と技術があるということだ。
むさ苦しいが選手同士がピリピリとしている良い空気だ。体の奥から何かが沸き上がるような感覚がある。ワクワクする感覚にも近いかもしれない。参加者たちは俺を見る。刃物のような鋭い視線。さっきの少年たちとは比べ物にならないほどの闘志だ。
「これより闘技大会を始める。最初の対戦者は場内に入れ」




