闘技大会 準備
「そういえば闘技大会には出るの?」
「まあ一応」
「本当に大丈夫?」
「ま、まあ多分」
闘技大会に俺以外の転生者が混ざっていなければ負けることはないだろうし、怪我をすることもないはずだ。
むしろ心配なのはこちらが対戦相手に怪我をさせないかということだ。俺と本気で殴り合えば体が吹っ飛ぶなんてかわいいものじゃすまない。顔を殴られれば頭が文字通り吹っ飛ぶし、胴体を殴れば大きく穴が開くことになる。力を入れた関節技は相手の骨を砕くだろう。周囲にバレないように程よく手加減しなければならないというのは意外と難しい。
相手が俺よりもちょっと強いくらいなら多少力を入れすぎても何とかなるだろうが望みは薄そうだ。
「あ、集落の中は歩いた?まだなら闘技大会の時間まで案内するよ」
俺はさきほどの飯屋探しでの出来事もあって少し迷ったが純粋な少年の気遣いを無下にしたくなかったというのもあり「お願いするよ」と返した。それに闘技大会の始まる昼までこの何もない空き家に閉じこもるのは面白くはない。さきほどはちょっとごちゃついたが今度は案内もあるし心配はない、はずだ。
家を出て俺はゼオの後についていく。ゼオという少年は俺が思っていたよりもおしゃべりなようだった。話しかけた時の反応や話している間の声のトーンなどから気弱で静かな少年かと思っていた。俺のつまらない話にもかなり食いついてくるし何より自分自身で話を切り出す。好奇心旺盛な年頃の少年という感じだ。巨木の中の階段を下りて再び集落の中を歩く。
集落の中でよそ者の俺はやはり目立つのか人の目を引く。ずっと晒されてきた視線ではあるがそれでも物珍しいものを見る目というのはなれないものだ。
「どこか行きたい場所はある?」
「飯屋だな。腹減った」
なんやかんやで腹ごしらえはできていない。お腹ペコペコのペコリーノ状態なのだ。
「じゃあこっち」
方向を変えて歩き始めたゼオに俺はただついていく。先ほど俺が向かった方とは別の方向だ。テルシャ族の集落は正直に言ってどこも同じような光景が広がっていてどこがどこだがわかりづらい。目印になるものがあるとすればそれは先ほど下ってきた巨木くらいのもので住居などの見ためは藁葺きの屋根で統一されている。
弥生時代とかテレビに出てきそうなハワイの海岸沿いとかにあるシャレた店を連想させる。人はわらわらいるし、集落自体がとても広いし、建物は似たようなものしかないので1人で歩いても目的地にたどり着ける気がしない。
「ここがおすすめ」
そう言われてたどり着いたのはおしゃれなバーみたいな店だった。その店は屋根と長い円形のカウンターがあるだけで壁はなく雨の日とか雪の日は寒そうな店だ。もっとわかりやすくイメージしやすいものがあるとするなら屋根しかない回転ずし屋みたいな感じ。
カウンターの内側ではおそらく1番立場が上であろうおばちゃんと若い女が数人いて忙しそうに働いていた。店から少し離れたところからでもおばちゃんは俺に気が付いたようで「そこ座んな」と言わんばかりに笑顔でカウンター席を指さした。俺とゼオは指示されるままにその席に座る。
「いらっしゃい。旅人さん。何にする?」
おばちゃんにメニューを渡された俺はメニューをじっくりと眺める。個々の店のメニューは肉料理がほとんどだった。魚の料理も少なからずあるようだが肉料理に比べれば圧倒的に少なく値段的にも少し高いように感じる。森の中だし魚とかより肉の方が手に入れやすいのだろうか。
悩みどころだな。少し濃い味付けのものを食べたい気もするが同時にさっぱりしたものが食べたい気もする。俺はメニューの注文には多少時間をかける方だ。優柔不断な男はモテない?うるせぇ後悔なくおいしいもの食いたいんだよ。そもそも即決できるからと言ってモテるとは限らないし、優柔不断な男だってモテないわけじゃ(以下略
「肉盛り定食、レモンつけてくれ」
「はいよ」
迷った末に肉がたくさん乗っていそうな定食を頼んだ。結局無難なものに逃げてしまう自分が情けないが明らかに禍々しい名前の料理には手が出せない。一例をあげると名前の最後に「スコルピオン」みたいな言葉が入っている料理があった。名前からして絶対にサソリとか入ってる。そうでなくても日本では絶対に出てこないタイプの料理が出てくるのは明白だ。それにカウンターの下に虫とか飼うために使いそうな植物で編まれた籠があるのが見える。おそらくテルシャ族はサソリとか虫とか普通に食べる部族なんじゃないだろうか。どんなヤバいものが出てきても不思議ではない。
サソリはまだ我慢できるけどお願いだから虫だけはやめて虫だけは。あとカタツムリなんて出てきたら泡吐いて倒れる自信がある。お願いだから普通に食べられるものを出してほしい。
「はい肉盛りレモン付き」
美人の女店員が料理を出してきた。お祈りしながら料理を待っていた俺の前に現れたのは文字通り大量の肉が盛られた大皿だった。俺の握り拳よりも大きなサイズの肉の上に同じようなサイズの肉が乗り、その上にさらにも肉が乗っている。そしてその脇にレモンがゴロンとまるまる2つ添えられている。これが本当に1人前なのか?頭の中にあったあらゆる思考を遮ってそう思った。レモンが2つないと足りないということからもわかるがどう見ても5人くらいで食べるパーティーセット見たいな量だ。大食いのユウナだったらともかく俺はこれを完食できるのだろうか。少し心配になってきた。
しかしビビっていても仕方がないので俺は手を伸ばした。どうやら手づかみで食べる料理らしい。まあ確かにナイフとフォークで食べるには肉の1つ1つが大きすぎる。手を油まみれにしたくはなかったが手で食べるしかないだろう。俺はもくもくと目の前の肉を食べ始めた。料理自体はとてもおいしかった。久々に料理の旨味と温かさがじんわりと全身に伝わったのを感じた。これこそが生きている感覚というやつなのだろうか。
俺の手は次々と肉に伸びていった。かなりの量があるのに不思議と苦しくはない。食うたびに満たされる感じがした。「久しぶりにまともなものを食べてる」と感動してちょっと泣きそうになった。それだけぼさぼさとしたバランス栄養食だけの日々は俺の精神を追い込んでいたということになる。仕方のないことだとは思う。長い旅の中で手軽に食事がとれるのだから重宝したし、腹が減ることもなくこうして生きていた。だがやはり人間にはしっかりとした温かい食事が必要なのだ。心と体を満たすのは温かい食事だと身をもって実感した。
「おい」
大皿の肉を7割ほど食べた時、後ろから野太い声が聞こえた。振り向くと男がいた。男の体は俺の倍かそれ以上くらいに大きく全身の筋肉は岩のようにごつごつとしていてただでさえ山のようにデカい男をさらにデカい岩山にしていた。そんなボディービルの大会に出れば優勝できるんじゃないかと思えるほどの大男の表情は穏やかとは言えないものだった。悪人面というのだろうか、素直に笑っているのかそれとも悪そうに笑っているのかわからないがとりあえず悪人面で微笑んでいる男がいた。
「そこは俺の席だ。よそ者はとっとと出ていけ」
恐らく悪意があるんだろうが俺は温厚に済ませたかったので一言
「あぁ、悪い」
とだけ言って席を移した。この程度のことで争いを起こしたくはない。俺が移動すればそれで済むのだから。少しイラっとするが男の言う通り確かに俺はよそ者だ。郷に入っては郷に従えというようにここは男の言うことを素直に聞き入れよう。俺は骨付きの肉を両手の指先で持つと口に運び食事を再開する。肉はまだ残っている。さっさと胃の中に入れてしまわなければ冷めて硬くなってしまう。
次の肉に手を伸ばそうとした時だった。肉が消えた。それどころか皿さえも消えた。一瞬何が起こったのかがわからなかった。ついさっきまで目の前に料理があったはずなのに何もかも消えたのだ。だが目の前の料理がどこに消えたのか、それはすぐにわかった。少し離れたところで何かが割れるような音といくつかの何かが地面に落ちる音がしたのだ。音の方を見るとそこには割れた大皿といくつかの調理済みの肉が地面に落ちていた。
それを見た俺の頭の中は何もない完全に真っ白な虚無の状態になった。次に入ってきた音は男の声だった。
「出ていけって言ってんだよアホが。弱いよそ者が俺たちと同じように飯食ってんじゃねえ」
俺は男の方を見る。男はしてやったりという表情で俺を見下ろしていた。
「お前は地面に落ちた飯でも食ってろ。ザコが」
男が俺の顔を覗き込むようにしてさらに言う。
「ほらやり返して来いよ。まあできねえよなぁ?相手はテルシャ族の戦士だ。お前じゃ勝てねえよな?それともチビッちまったか?俺からしたらお前を殺すくらいなんてこと」
男が言い切る前に、そして自分が何か言うよりも先に手が出ていた。男の顔に張り手を喰らわせた。相撲などで使われる平手打ちとは違う、手首全体で殴るようなその一撃にはそこそこの威力がある。
俺にとっては咄嗟に出た粗雑な一撃だったが男の体は真横に吹っ飛んでいった。もちろん手加減はしている。男の首が吹っ飛んでいないのが証拠だ。
俺は落ちている肉を1つ拾って倒れている男の首につかみかかり肉を口に無理やり突っ込んだ。
「ほら食えよ。ザコには丁度いいだろ?」
飯を無駄にされたことに俺の怒りのボルテージは最高潮とまでいかなくてもかなり高かった。とてもイライラしている。男は抵抗しようとするが力では転生者の俺に敵うはずがなく、土の付いた肉を無理やり押し込まれていた。
俺は無視して言う。
「俺が特に嫌いなものを2つ教えてやる。1つはお前みたいな『強者だからと好き勝手やってる』やつだ。反吐が出る。力があるのならそれは人々を助け、支えるために使われるべきだと思わないか?俺がこれまで会ってきたやつらも誰もそれを理解していなかったけどな。「誰かを虐げる支配こそが正しい力の使い方」だと?人々を支え、配つまり人々をしたがえると書いて支配なのに?変な話だよなぁ?」
肉を突っ込まれた男は涙目になりながら俺の話を聞いている。
「2つ目は『食い物を無駄にしてる』やつ。一体お前は何様だ?動物も植物も殺して笑って貪って、命を冒涜しているくせに食い物への感謝の念がないお前は神か何かか?いやもし神だとしても自分のために死んでいるんだから感謝すべきだ。誰かのために捨てられていい命なんてどこにもない。もっと食い物に感謝しろ」
俺はそう言うと男から離れた。男は完全に戦意を喪失していた。言いたいことを言ったからか、それとも男の泣き顔を見れてスッキリしたからかどちらにせよ先ほどよりは怒りは収まった。
「騒ぎ立てて悪かった。これ料理と皿の代金な」
俺は金を置くと地面に落ちていた手を付けていないレモンを拾ってその場を後にした。
まったく、最悪だ。




