意外と大変なのよ?
時間の流れとは残酷なもので気が付けば朝。しかもまだ太陽が昇り始めたばかり。早起きの習慣がついているせいだ。俺は家の外に出た。森の中の空気は普段の街の中よりも新鮮に感じる気がする。しかし街の中とは違って森の中はそこそこ騒がしい。鳥の声が聞こえたり、風で木々が揺れたり。何より人々の物音がする。下を見ると人々が忙しなく動き、家々からは料理でもしているのであろう煙が見えた。
王都では商人こそ早起きして色々と動いているがそれ以外の人々のほとんどはまだ眠っている時間だ。テルシャ族の人々は随分と早起きらしい。
「珍しいか?」
下で動く人々を見ていた俺に声をかけたのはゾイだった。
「随分と早起きなんだな」
「我々は戦士だ。日々己を磨き、強さを求める。いつまでものんびり寝ているわけにはいかん。それに今日は戦神祭だ。皆多少浮かれているのだろう」
「戦神祭?」
「オノッサス様に捧げる宴のようなものだ。皆今日という日を楽しみにしていた」
「なるほど」
祭りか。まあ屋台の食べ物はよく見ると値段が高くてコンビニで買った方が安いし、虫に刺されるし、俺に彼女はいないし、カップルのイチャつき具合が腹立たしいけど祭りと聞くだけでテンションは上がるよね。
「今日の闘技大会。お前も出ろ」
「え?」
「闘技大会はいわゆる技量比べ。この大会で誰がテルシャ族の頂点が決まる」
「いや待て。俺は」
出ない。筋肉もりもりマッチョマンと殴り合うなんてごめんだ。もちろん負けることはないだろうがそれでも戦闘民族と戦うのは怖い。
「謙遜する必要はない。お前が強いのは見ればわかる。お前からは戦い慣れた者の熱気を感じる。それによそ者と力比べできるとなれば戦士たちも喜ぶだろう」
「いや話を」
「安心しろ。すでに試合表には組み込んである。お前は存分に力を振るえばいい。試合開始は昼だ。それまでせいぜい祭りを楽しめ」
ゾイはそう言ってどこかに行ってしまった。この世界の人間は本当に話を聞かない奴が多い。もう試合表に組み込んであるとか行動が早すぎる。そんなにあっさり話が通るものなのか。なんてことをしてくれるんだ。・・・もう出るしかないじゃん。
今日中に帰ろうと思っていたのだがこの様子ではもう1泊といった感じだろうか。なかなか計画通りにはいかないな。俺は長い螺旋の階段を下って地上に降りる。階段を降りた先にあったのは先ほど上から見下ろしていた活気のある集落だ。人々があちこちを行き来していて、まだ早朝だというのにもう昼過ぎなのではないかと錯覚してしまう。
俺が歩き出すと道行く人々が足を止めて俺を見る。よそから来た旅人だから珍しいのだろう。
とても気まずい、いたたまれない。そんなにジロジロ見ないでほしい。格好は確かに少し変わっているかもしれないがジロジロ見るほどではないはずだ。しかし俺にはどうすることもできず、ただ気にしないようにして歩くことしかできない。
下に降りたのは朝食を済ませたいと思ったからだ。戦闘民族という変わった集団とはいえ集落の中に飯屋くらいはあるだろう。長旅をするために俺自身も食糧は持っているがそろそろ飽きていた。野宿でもない限りはしっかりとしたものを食べたい。それにせっかくこんな遠くのよくわからん場所に来たのだ。ご当地グルメの1つでも食べて帰らなければ土産話にならない。
俺は飯屋を探しながら村の中を歩く。村にあるものは見た目こそ少し違えど王都にあるものと本質的には同じものがほとんどだった。果物や野菜を売る店、肉を売る店、動物の皮を売る店、鍛冶屋など。特に俺の目を引いたのは鍛冶屋だ。やはり冒険者というか男の子というか鍛冶屋に置かれた武器に視線が吸い寄せられた。テルシャ族の武器は王都の鍛冶屋に置いてあるものとは造形が違う。
王都で一般的にみられる剣の形は両刃であり先端が小さい。いわゆる直剣。剣と言われて真っ先にイメージするあの形だ。それに対してテルシャ族の剣はまっすぐだが片刃で根元から先端に行くにつれて少しずつ太くなっていく。刀や包丁のような見た目に近い剣。
マチェットやマチェーテと呼ばれる剣に酷似している。他にも刃の背の部分に返しの付いた物や先端が二股に分かれた槍など珍しい形の武器がそろっている。神器を持っている俺には鍛冶屋で売られている武器などあまり必要ないのだがなんとなく気になる。もっと金があれば土産として何か買っていきたいが生憎と大した金はない。残念だが見るだけにしておこう。
俺は鍛冶屋のイケてる剣たちに心の中で別れを告げ、再び飯屋を探し始めた。どこからか肉の焼けるいい匂いがする。匂いを頼りにどんどん進んでいく。
「旅人さん」
俺のことをそう呼んで行く手を遮ったのは黒髪の女だった。女は他のテルシャ族の女と同じような褐色の肌を持ち、他の女たちと同じような白いワンピースのような服を着ている。
「もうご飯食べた?」
「いやこれから食べようと思ってたところだ」
「ならちょうどよかった。今からうちの店に来ない?サービスするよ!」
これは願ってもいない幸運だ。飯屋を探す手間が省ける。それにサービスしてくれるらしいし。
「じゃあ行こうかな」
俺がそう言おうとしたとき俺の声をかき消すほかの声があった。
「ちょっと‼何抜け駆けしてんのよ‼」
「その人はうちの客だよ‼」
「馬鹿野郎!男なら大量に食う。うちの店の方がたくさん食えるってもんだ‼」
声は1つではない。そして2、3人でもない。その場にわらわらと集まってきた人数はざっと見ただけでも10人はいる。美人の姉ちゃん、男気強めのおばちゃん、マッスルなおっちゃんほかにもいろいろ。集まってきた人々は激しい言い争いを始める。これまでの流れや彼らの言っていることを聞いている限りどうやらこの言い争いに参加している人たちは全員、飯屋のようだ。
気が付けば争いは言葉による争いから殴る蹴るのガチンコバトルに発展。さすがは戦闘民族、見ごたえのあるバトル漫画のような激しい攻防が繰り広げられている。
「あのちょっと、や、やめて‼」
止めようにもヤンキーの領土争いのようなこれほど激しい乱闘を俺ではどうすることもできない。
俺は「サヨナラ」と小さく言い残すとこっそりその場を後にした。逃げるが勝ちだ。この争いに関しては俺悪くないもん。
飯屋を探す。そんな簡単なことに一体どれだけ時間を使うことになるのだろうか。そして何故そんな簡単なことすらまともにできないんだろうか俺は。飯を食いに行こうとしただけで料理屋同士のガチンコバトルが勃発するようでは朝飯を食うのは無理だろう。仕方ない。上の空き家に戻ってそこでいつも通りバランス栄養食でも食べよう。もう何食も同じものを食べている。いくらバランス栄養食であっても同じものの食べ過ぎは逆に食事のバランスが崩れそうだ。いい加減まともなものを、特に野菜を取らなければ。
自分の健康状態を心配しながら巨木の中の地味に長い螺旋階段を登りきった。登り切った先で俺の視界に入ったのは俺の使っている空き家の中を窓から覗き込んでいる小さな少年の姿だった。
昨日俺が森で眠っていたので運んできた少年だ。少年は何かを探しているかのように首を動かし窓から中を覗き込んでいるようだった。
「金目のものはないぞ」
俺が背後から声をかけると少年はビクッと肩を震わせる。
「ちっ違うよ‼そんなもの探してない!ただ」
「ただ?」
「僕を助けてくれた人がいるっていうから・・・お礼を言いたくて」
ただの良い奴だったわ。今時こんなに丁寧な子どもそうそう会えないよ。俺なんてキメラ戦の最後にぶっ倒れてベッドまで運んでもらったのに誰にもお礼言ってないからね。
「気にしなくていい。それよりもう少し注意深く行動した方がいい。外は危険がいっぱいだからな」
「うん・・・気を付けるよ」
少年は叱られた子供のようにシュンとしぼんだように元気をなくしてしまう。外に出たいという気持ちはわかる。だがこの世界の外は本当に危ないのだ。一歩外に出ればモンスターや盗賊、さらには毒などを持つ危険な植物までいる。割と安全な王都でさえ子どもの失踪事件の話はたまに聞く。悪人に誘拐されたのか、モンスターに連れ去られたか真実は定かではないがどちらにせよ子どもの内は大人と一緒にいた方がいい。
この世界に絶対に安全な場所などないのだから。
俺が家のドアノブに手を掛けた時少年が再び口を開いた。
「そういえば助けてもらったのに自己紹介もしてなかったね。僕はゼオ」
ゼオ。そう言えば昨日見張り番の男がそんな名前を言っていた気がする。
「俺はレイジ。見ての通りしがない冒険者だ」
「冒険者・・・」
「?」
「冒険者ってどんな感じ?楽しいの?」
ゼオの疑問に俺は少し考えて頭を掻く。楽しいかと聞かれれば「楽しくはない」がつまらないかと聞かれれば「つまらないわけでもない」と答えるだろう。冒険者をやっていれば楽しいこともあれば嫌なこともある(嫌なことの方が多いが)。要するに楽しいか否かは場合による。
「楽しくはないな。つらいこともたくさんある。むしろその方が多いくらいだ」
「どんなことがあるの?」
「数え切れないな。報酬が安いこと、知り合いの冒険者が人知れず現れなくなること、1番ひどいのは冒険者をやっているといろいろな感覚が麻痺していくことかな」
「麻痺?」
話が長くなりそうだったのでゼオを家の中に招き入れて椅子に座らせた。俺はベッドに腰かけてゼオの疑問に答える。
「生き物を殺すことへの抵抗、同業者の死、まともな食事に対する意欲、まともな睡眠への意欲とか本来人間が持ってる気持ちみたいなものがどんどん薄れていくんだ」
俺が冒険者という仕事を始めて早数か月。まだまだ新米扱いの俺だがそれでも明らかに自分自身が変わっているのがわかる。「まともな食事をしたい」という欲求はかろうじて残っているが睡眠に関しては外で寝ていても何も思わなくなった。モンスターを殺すことにも多少慣れてきた。酒場でいつも騒いでいた冒険者がある日を境に現れなくなった。そして気が付けばその空いた穴を埋めるように別の冒険者が同じようにジョッキを片手に騒ぎ出す。
気が付けばそんな光景を目にしても何も思わなくなっていた。
慣れとは、変化とは恐ろしいものだ。俺はかつて自分が持っていた自分自身を捨ててしまった。そして新しい自分になってしまっていた。慣れてしまった新しい自分になってしまったのだ。
「まあ何であれロクなもんじゃないさ。学者にでもなった方がいい暮らしができる」
冒険者という仕事は包み隠さず言ってしまえば超ド級漆黒のブラック職業だ。「素敵な景色が見られます!」とか「一攫千金も夢じゃない‼」みたいな雰囲気を出しているが実際は決して高くはない報酬に過酷な労働。アニメや漫画に出てくるような楽しい職業ではないし、誰でもなれるがクエストから生きて帰ってこられるのは一握り。正直やってられない。
「じゃあ何で冒険者なんてやってるの?もっと他にも仕事はあるでしょ」
「うちにはお嬢様1人とメイド2人とおこちゃま2人、あとニートが1人いるんだけど、こいつらを養うためには並の仕事じゃ無理なんだ。ここだけの話、お嬢様とニートに関しては住まわせたことを若干後悔してる」
こんなこと言いたくはないがマジで少しだけ後悔してる。まあそんな愚痴は置いておくとして。
そもそも一体なぜ俺が冒険者などやっているのかという話なのだがその答えは「気楽だから」これに限る。はっきり言えば仕事なんて探せば他にもたくさん見つかるだろう。その証拠に前に第二王女であるエリザベートからスカウトされている。だがそういう仕事は給料は良いが堅苦しくて面倒くさい。
そして忘れている人もいるかもしれないから一応言っておくが俺はまだ17歳だ。戦ったり、長旅したりしているがまだ17歳。本来ならばまだ高校2年生でバイト程度の仕事ならともかく社会出て会社員のように本格的にバリバリ働いたことなど1度もない。そおれに経験の無さからそういうものとはまだまともに向き合えそうにない。
勉強は苦手だし、この世界のことは大して知らない。こんな俺にできることがあるとするならせいぜい肉体労働くらいしかないわけだ。くっ‼俺の頭がもっと良ければ・・・頭の良さは生まれてくる妹のために母胎に置いてきたんだ。その代わり運動神経に関しては根こそぎ俺が持っていったせいで妹は運動音痴になってしまったわけだが。
と、まあ俺が冒険者をやっているのにはこのようなふかーいふかーい訳があったのだ。
「意外と大変なんだね。冒険者って」
「残念だがおすすめはしないな」




