前置き終了
さて、まずここまでどうだったかな?「また雑に巻き込まれてるな」とか思ったんじゃないだろうか。
俺的にはそれを否定できないのが辛いところだ。王都の外に出れば何かしらの問題に巻き込まれるし、その理由はロクなものじゃない。一体俺の周りでは何が起こっているんだか。と、まあ愚痴りたいことはいろいろあるが今回も案の定一筋縄ではいかない道のりであることがわかっただろう。
狼に追いかけられた後、山に入った俺は順調に山を登っていた。山の道はとにかく足場が悪い。木の枝や、背の低い植物、岩や石がゴロゴロ転がっている道、もはや道と呼んでいいのかわからないほど足場の狭い断崖絶壁。そんな危険な場所ですら命綱も何もないため踏み外せば奈落の底に真っ逆さまだ。渡っている途中で足場が少し崩れた時にはさすがの俺も少し、本当に少し、全身が凍るくらいにはヒヤッとした。
そんなこんなで今はようやく割とまともな岩場の道を歩いていた。長い、長いよ道のりが。この山でさえ大変だっていうのにこの後に谷が控えているからね?もうツライ。今どのくらいツライかというと大盛のカレーライス食べた後にかつ丼食べているのに、この後さらに蕎麦が来るとわかっている時と同じくらいツライ。
あれから追手はない。木々のある場所ならばともかくこの大して隠れるところのない岩場ではこちらを狙うのは難しいはずだ。それに俺の登るペースは遅くない。体力自体はもともと人一倍あって、転生者になってからはかなり上がっている。この程度の山なら大して休憩せずに超えられる。足場も悪く体力を使う山の中では狼を引き連れて歩くとなれば苦労することだろう。今のうちにさっさと山を抜けてしまいたいな。
それにしてもいったい何者だったのだろうか。わざわざ狼を使うような回りくどいことをしているあたり転生者ではなさそうだ。ということは盗賊か。しかしそれなら一体いつから目を付けられていたのだろうか。
わからん。
考えたところで明確な答えは出ない。キメラでの一件もあり誰から狙われていてもおかしくはない。可能性を探し始めればいくらでも出てくるだろう。わかることがあるとするのならまた面倒に巻き込まれたということだけだ。
山の道は長い。危険な個所はいくつもある。休憩なしで歩き続ける俺に相手が追いついてくることはもちろん、待ち伏せもできないはずだ。今できることはとにかく進むだけだ。
はい。えーっとですねぇ。ここで突然申し訳ないというか、非常に申し上げにくいというか。
実は、この後別に何も起こらないんだ。この時の俺はなんか「今できるのはとにかく進むことだけだ(キリッ)」みたいなことを言っているが杞憂に終わったみたいでどうやら本当に追っ手をぶっちぎってしまったのか何にも出会わず普通に山を越えてしまった。
は?じゃあただの尺稼ぎで話さなくてもいいシーンじゃないかって?
うん。そうだよ。おおっと!まあまあ落ち着いて。その振り上げた拳はそっと収めてくれ。
追っ手の正体が何なのか知りたいのはわかる。大丈夫、それも最終的にはわかるから。とりあえず
座ってお茶でも飲みながら続きを聞いてくれ。少し巻きで話すからな。
山を下りた後だったな。谷、と言っても実際は俺が思っていたような大変な場所ではなかった。
谷は深くて下の方は暗闇で何も見えなかった。落ちたら間違いなく助からないだろう。そんな恐怖の谷には木とロープでできた長い橋が1本掛かっていた。ひどくボロボロでロープはいつ切れてもおかしくないような見た目だし足場の板が抜けているところもある。今にも崩れそうな橋だった。俺はその橋をゆっくりと渡った。一歩踏み出すたびに足場が不安定に揺れて、板がミシミシと音を立てていた。
不安は有りつつもなんとか橋を渡ってもう少しで反対側に着く、というその時だった。
「そこで止まれ」
声を掛けられた。声の方を見ると橋のすぐ近くに人が立っていた。そいつは布でできたガスマスクのようなものを付けていて顔は見えなかったが声の低さと体格からすぐに男だとわかった。防具はそこら辺の冒険者と同じような鉄と皮の簡単な鎧を着ていて、使い古したボロいマントを羽織っていた。
だがそれよりも俺の目を引いたのはそのガスマスクの男が持っていた武器だった。その男が持っていたのは剣でも弓でもない。それの形状は弓に似ているが扱い方は全く違う。どちらかと言えば元の世界の現代的な武器と呼んでもいい。
その武器はクロスボウと呼ばれるものだった。それもただのクロスボウじゃなかった。
木と鉄でできた中世的なクロスボウではなく、プラスチックや金属でできた真っ黒なこの世界では
ありえない素材でできた近代的なクロスボウだと見ただけでわかった。
「荷物をその場に置いて後ろに下がれ」
俺は大人しくマスクの男の指示に従う。この状況で相手をの怒りを買えば橋ごと奈落の底に落とされれかねない。橋を落とされればさすがの俺も一巻の終わりだ。ここは大人しく従うしか手段はない。
ゆっくりと後ろに下がる。マスクの男はクロスボウを構えながら荷物に近付く。
いつもなら俺から相手に跳びかかっているところだがこのボロボロの橋の上ではそうもいかない。
下手に揺らせば橋が落ちるし、俺自身の踏み出す力が強いこともあり走った時に足場が抜ける可能性もある。このボロ橋は非常に戦いづらい場所だ。最終的には跳びかかって一瞬で倒すつもりだが今回ばかりはタイミングが難しい。早すぎれば揺れた衝撃で橋が落ちて奈落の底にフェードアウト。遅すぎるとその分対手との距離が開く。そうなれば当然届かなくなる。
遠距離からの攻撃手段は持っていないわけではないがおそらく動作で悟られる。何度も言うが橋を落とされたらおしまいだ。
殺すのは簡単だ。剣を投げつけるでも加減なしで魔法を撃つでも目の前の男は死ぬだろう。だがそんなことをするつもりはない。それをやってしまえば俺はただの人殺しだ。そんな状態で皆のところに帰れない。この世界で生きている限り、転生者である限りいつかは手を汚すことになるのかもしれない。しかしそれは今ではないはずだ。
「もっと後ろに下がれ」
ガスマスクの男が言う。俺はそれに大人しく従う。ゆっくりと下がる。
「っと」
踵に違和感を感じて転びそうになった。見ると拳2個分くらいの穴が開いていた。あと少し足が穴の中心にあったなら間違いなくコケていた。全く危ない橋だ。誰か定期的に点検した方がいい。
俺はその穴の後ろまで下がる。
男が橋の上に置かれた荷物をゆっくりと持ち上げる。
クソッ。石ころの1つでも落ちていればそれを使って相手を怯ませて僅かに隙を作ることができるんだが。この橋の上じゃ・・・。
橋の上を見ても当然石ころなどない。あるのは足場になっている木の板だけだ。
板、か。・・・一か八かだがやってみるしかないか。
俺はゆっくりと右足のつま先を先ほどの穴に入れ足を板に引っ掛ける。相手との距離は少し離れているがどうにか近接戦に持ち込めるはずだ。あとは足場が崩れないことを祈る。
「ふんっ!」
俺は足場だった木の板をつま先で蹴り上げて、その木片をガスマスクの男に向かって飛ばす。そしてすぐに自分自身も走り出す。木片が男に命中したかどうかは確認しない。そんな暇はない。当たることを前提に動かなければせっかく作った一瞬の隙が無駄になってしまう。走りは大きく踏み込むと足場を粉砕する可能性があるためスキップをするように軽やかに、それでいて素早く相手に接近する。
「くっ!」
木片が男に命中。男が怯む。俺はそのまま男に向かって突っ込んでいく。男は怯みながらもクロスボウの引き金を引く。静かに矢が発射されて矢はまっすぐ俺の足へと突き刺さる。衝撃と痛みで俺のバランスを崩れそうになる。叫びたいくらい痛い。どれだけ人間離れしようと痛いものは痛い。だがそれでも俺はどうにかバランスを保って走る。
男の腹にタックルするようにぶつかり、そのまま男を担ぎ上げる。男と男が掴んで離さない荷物の重量が体にグッとのしかかる。橋が限界だと言わんばかりに軋む。そのまま男を担いで叩き付けるように地面に激突した。暴れる男を押さえつけ、馬乗りになった状態で顔面を2発ほどぶん殴った。
男の体から力が抜け、大人しくなる。息はしているので死んではいない。気絶しただけのようだ。
俺は立ち上がる。足に痛みが走る。痛みをグッとこらえて突き刺さったクロスボウの矢をしっかり掴むと一気に引き抜く。足には1円玉くらいなら無理やりねじ込めそうなほどの穴が開いていたが肉の焼けるような音とともに傷はすぐに塞がった。
ようやく一息付けそうな空気だが実際はまだ休憩していられる状況ではない。俺は気絶している男のガスマスクを取る。男のマスクは手作り感のある布のマスクだが目のところには俺が殴ったせいでヒビが入っているが小さなガラス板がはめ込まれ、空気を取り入れる部分には香辛料と思われるものが詰め込まれていた。この世界のガスマスクとしては十分かそれ以上に機能する代物だろう。
マスクの外れた男の顔はいたって普通。この世界ならどこにでもいるようなゴツい顔だ。特に変なところはない。
そして1番の問題はこれ。クロスボウだ。俺は男の持っているクロスボウを手に取る。ずっしりとした金属特有の重量感がある。あちこち触ってみるが遠目から見て予想していた通り、金属とプラスチックでできている。矢も金属でできていた。硬さと重さからおそらくアルミか何かでできた矢だ。
一体どこで手に入れたのか。という疑問の答えは何となく想像がつく。こんな進んだ技術を持って来られる人間は限られている。明確な人物の特定はできないがおそらくは転生者。考えられるのは脱獄した加賀かその仲間、もしくは別の奴か。何にせよ相手が転生者なら正体を探るのは難しい。この男に聞いたところで何1つ情報は引き出せないだろう。
それにここでのんびりしているわけにもいかない。いずれ夜になる。進めるところまでは進んでおきたい。俺は男の羽織っているマントを取るとそれを裂いて男の手足を縛る。人のマントを勝手に裂くのは罪悪感があったが仕掛けてきたのは向こうだし、殺さないだけ感謝してもらおう。
俺はクロスボウと矢を奪ってそれを神器たちを保管する場所、虚空に仕舞った。
そして再び荷物と男を担いで歩き始める。敵とは言え気絶したままこんな危険な場所に放置しておくわけにはいかない。それにまだ聞きたいこともある。少し大変だがどうにか運んでいくしかない。
テルシャ族の住む森まであと少し。あとは割と楽な道のりになるはずだ。
「それで?その男はどうしたの?」
「途中で目が覚めたから色々聞こうと思ったんだが大して情報も手に入らなかったし逃がした」
「何で襲ってきたのか。わからなかったというわけね」
「いや、後々わかったんだがテルシャ族と敵対していた部族の男だったんだ。だから多分荷物が目的だったんだろう」
「武器の方はどうやって?」
「ある日旅の商人が売り来たそうだ。それ以外は不明」
「そう。まあとにかく大事になければいいけど」
俺の話を聞いていたユウナはそう言うとカップを受け皿ごとテーブルに置いて立ち上がった。
「あれ?続き聞かないの?」
「どうせ荷物を届けて終わりなんでしょ?」
「まあ簡単に言えばそうだけど」
「なら必要ないわ」
ユウナはそう言うとどこかへ行ってしまった。やれやれ今どきの若者は最後まで話を聞かないんだから。
まあこうして俺が無事に帰宅できている時点で話のオチはわかりきっているので聞いても仕方ないのは事実なのだがそれでもどうせなら最後まで聞いてほしいものだ。
だが聞き手がいないなら仕方がない。俺も目の前の紅茶を飲み干して自分の部屋に戻る。自分の部屋は相変わらずの地下室。一切日差しが入らないこともあって夏場は涼しいと言えば涼しいが窓がなく、出入り口も1つしかないため空気の循環はあまり良くない。要するにあまりいい部屋ではない。
俺は自分の机の上に置かれた1本の短刀を手に取った。皮でできた鞘から短刀を抜く。その短刀は長さ30センチほどで普通の短剣とは違い片側にしか刃がついておらずまさに短刀と呼ばれるそれだった。持ち手に巻かれた包帯のような布は新品のように白くキレイだが、刃の表面にはいくつもの傷がついており実際は使い古されているのが一目でわかる。そして刃には「ゾイ」という文字が彫られている。
この短刀はテルシャ族のある戦士から渡されたものだ。
ユウナは聞かなかったがあの後、テルシャ族に出会って実はもうひと悶着あったのだ。そのことについて話そう。いや、話さなくてはなるまい。ここまでの道のりの話など正直聞かなくてもいいようなどうでもいい話なのだ。この話のメインは俺がどれだけ苦労したかではない。俺がテルシャ族と出会い、そこで何があったのか。というのがこの話のメインなのだ。
長い前置きは終わった。ここからようやく本編が始まるのだ。




