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それでも転生者は異世界を生きていくようです  作者: 春深喜
異世界日常編
88/106

山へ

話をしよう。あれは今から4、いや5日前だったか。まあいい。俺にとってはつい昨日の出来事のようだが君たちにとっては、まあ、当たり前だが5日前の出来事だ。(普通のことを言っただけ)


めんどくさい始め方をしてしまったが何が言いたいかというと俺、坂下レイジは家に帰ってきた。長い長いクエストを経てようやく家に帰ってきたのだ。


ん?荷物運びの依頼はどうしたのか?まあ焦るな。もちろんそれもこなしてきた。ちゃんと山も越えたし、谷も越えたし、テルシャ族にも会った。とんでもない奴らだったよ。ただあまりにもいろんなことがあり過ぎた。行くまでの道は退屈で長かったし、テルシャ族に荷物を届けてからもいろいろと面倒なことに巻き込まれた。全てを話そうとするときっと退屈でとても長くなると思うんだ。だから今回は俺が体験してきたこの一連のできごとを簡単に聞いてもらおうと思う。


できるだけ短くまとめるつもりだが多分それでもそこそこ長くなるだろう。本当に色々あったからな。睡眠導入としてベットやソファで足を伸ばしなら聞いてくれればいい。きっとすぐに寝られるはずだ。


じゃあ始めるぞ。




俺を乗せた荷馬車はもうすぐ森に入ろうとしていた。最初のチェックポイントだ。森の中の道は広く、荷馬車が通るには十分な道幅があった。おかげで無駄に時間を取られるようなこともなければ、わざわざ歩かなければならない。ということもなさそうだ。木々と葉が屋根を作り、日の光をある程度防いでくれているおかげで森の中は比較的涼しい。風が俺の頬をかすめてそのまま通り抜けていく。僅かに汗ばんだ全身にひんやりとした感覚があって心地よい。


荷馬車がなければこのひんやり感を堪能してはいられなかっただろうな。


しかし、涼しいのは良いが周囲の警戒を怠ってはいけない。何せここは森の中。元の世界も異世界も全世界共通で森の中では何が起こるかわからない。特にこの異世界では野生動物以外にも色々とヤバいものが出てくる。


「うげっ」

荷馬車が止まった。


「どうした?」


「前見てみろ」

男に言われて前を見ると道の真ん中に大きな何かが落ちている。それは赤黒い。この時点ですでに

とても不穏だ。俺は嫌な予感を覚えながら荷馬車を降りてその落ちているものに近付く。目の前で見たそれは案の定死骸だった。何の死骸かはわからないがとりあえず人間のものではないようで安心した。


その死骸は元が何の動物だったのかわからないほどあちこちをひどく食い荒らされていた。大きさ的に馬か牛か、それとも温厚なモンスターの一種か。ともかく結構デカい。傷を見る限り、道具を使った跡はないようだが噛みついた跡、引掻いた跡がある。野生の動物か?


噛みついた跡はそこそこ大きいが引掻き傷の大きさはそれほど大きくない。体は小さく、顎がデカい。これをやったのは狼だろうか。家畜などが狼に襲われたという話はこの世界では珍しいことでもない。数日前に野生動物が狼の集団にでも襲われたのだろう。


モンスターじゃないだけまだ良かったがそれでも狼が危険な動物であることに変わりはない。俺はともかく普通の人間だったら食い殺されかねない。冒険者の中にはモンスター以外にも狼などの凶暴な野生動物に襲われて命を落とす者も少なくないと聞く。農家の男と馬をやられるわけにはいかない。


十分に注意したほうがいいな。俺は荷馬車に戻る。


「どうだった?」

農家の男は少し震えた声で言う。


「狼っぽい傷だったけど断定はできない。まだ近くにいるかもしれない」

荷馬車は先ほどまでよりも少し早く走り出す。速めにこの森を出た方がいいか。森は長い。狼は何匹いようが強さ比べでは俺の相手ではないが対処しきれない数が来れば馬と農家の男はさっきの肉塊と同じ姿になってしまうだろう。それが今俺が1番恐れていることだ。




それからしばらくは何も起こらなかった。俺を乗せた馬車は未だに森の中を進み続けている。先ほども言った通り森は長く終わりはなかなか見えてこない。変化のない森は静かな空間であった。しかしその静寂を打ち破る変化が訪れた。気が付いたのはすぐ近くの茂みが揺れたことと枝を踏むパキッという音がしたからだ。


荷台の上からでは音の正体を確認できない。人のように大きなものではないのか。それとも茂みに姿を隠しているのか。凶暴な生き物でなければ心配はないがそれ以外ならばあまり呑気にしていられない。人であろうが道の近くの茂みに身を隠している時点でロクなヤツではないだろう。そういうやつは大体金品や積み荷を狙う盗賊だから。


俺は音のした方をジッと警戒する。しかし何か起こるわけでもなく荷馬車は進み続ける。周囲から違和感を感じるようなものは確認できない。物音の正体は動物とかだったのだろう。杞憂に終わった、ということか。俺は一息つく。やれやれ、少々固くなりすぎかもしれないな。まだまだ先は長いというのにこんな調子じゃ目的地まで体力がもたない。


農家の男の方を見ると何も言わず黙って前を見て運転している。こんな状況なのに肝が据わってるな。その冷静さを俺も見習いたいものだ。俺も静かに剣を握り周囲を警戒する。異常はなかったがだからと言ってのんびりはできないからな。念には念を入れておかなければならない。


それからどれくらい経っただろうか。結局森の中では何も起きなかった。怪しい物音もなく、野生動物が飛び出してくることもなく、荷馬車は道を進み続けた。目の前には山が見える。最初の難関だ。


「助かった。思ったより早く着いたよ」

俺は農家の男に言うが男は何も言わない。俺は男の様子が妙なことに気が付いた。先ほどから何も言わず、前を見て運転を続けていて水分を補給するような仕草も見せない。いや、そもそも動いていたところを見ていないかもしれない。


「おい」

俺は男の肩を掴む。そこで完全な異変に気が付いた。男の体から生気を感じない。まるで人形に触れたかのような感覚だった。俺はすぐに男の顔を覗き込んだ。


「!?」


思わず息を呑む。男は死んでいた。一体いつから死んでいたのか。全く気が付かなかった。ここまで何かに襲われた場面はない。俺たちの前には何も現れていない。馬も何かに気が付いている様子はない。だというのに男は死んでいる。そして何よりも気味が悪いのは男の下あごが無くなっているということ。


とても無残な光景だったが俺はその死体から目を離すことができなかった。一体いつ、どうやって男の下あごが無くなったのかがわからなかったからだ。何度も言うが目に見てわかるような異変はなかった。だが男はいつの間にか下あごを失くし声を上げることもなく死んでいる。顎の付け根の部分は黒く焦げ付いたようになっていて死ぬ瞬間、男に何が起こったのかがわからない。


強いて推測できることがあるとするなら物理的な攻撃ではないということ。だが魔法で吹き飛ばされたならばその瞬間にわかるはず。


「転、生者なのか・・・?」

周囲に敵はなし。俺はすぐに背負子を背負って荷馬車を降りて全力で山の方へと走り出した。あそこはもうマズい。こうも簡単に徒歩移動に切り替えていいのかわからないが敵がどうやって攻撃してきたのかわからない以上危険度はおそらく大差ない。ならば自由に動ける徒歩移動に切り替えた方がいいだろう。


それにしてもわからない。あれほどの静かに標的を倒せるヤバい技を持っていたなら一体なぜ俺を仕留めなかったのか。荷馬車に乗って呑気にしていた俺であれば簡単に殺せただろう。なのに農家の男を仕留めた。偶然か?それとも何か意図があるのか。相手の正体がわからない以上目的もわからない。


どこから狙っているのか、まだ狙っているのかもういないのかすらわからない。近くの木に隠れて周囲の様子を確かめる。だが誰も確認できない。耳を澄ませてみる。確認できない。地面に耳を付けて音を聞く。これも人間の足音は確認できない。敵は周囲にはいない?もしくは移動していないのか?

遠距離からの攻撃なのか。そうだとすれば厄介なことになってくる。どこに逃げて相手の射程内にいる可能性がある。


敵の位置がわからない。俺はもう1度地面に耳を付ける。聞こえる範囲には当然限界があるし、広い範囲の音が聞けるというわけではない。


今聞こえているのはゆっくりと進む荷馬車とそれを引く馬の足音。それ以外には何も・・・いや何か別の音が聞こえる。音が小さいが何かが移動している音だ。


ドッ・・・・・・ドッ


走っているようだ。


ドッ・・・ドッ・・・ドッ

だんだんと足音ははっきりと聞こえるようになってくる。まずいな4本足の何かがこちらに近づいて来ている。野生動物か?いやそんなことよりも早く場所を移動しなければ。俺はその場を離れ、山の方へと走る。


何かはわからないが確実に何かが俺を追いかけてきている。


森の中を走っていると近くから複数の物音が聞こえた。早い。もう追いついてきたのか。しかも最悪なことに1匹ではないようだ。一体何に目を付けられた?目を付けられる理由はない。俺はただ移動していただけなのだから。理由は考えてもわからない。今はただ走り続けるしかない。


辺りの茂みが何度も揺れる。俺を包囲しようとしているようだが俺自身の足が速いために展開は出来ているがなかなか囲えないようだ。微かにそいつらの鳴き声と息づかいが聞こえる。その鳴き声と息づかいには聞き覚えがある。正確には似たようなものを聞いたことがあるというべきか。姿がはっきり見えなくても追いかけてきているやつらの正体はすぐにわかった。


そのうちの1体が茂みから姿を現す。灰色の毛に鋭い牙、凛々しい目。森の獰猛な狩人。


狼だ。


数は7匹。ただの狼ではないだろう。おそらくどこかに飼い主のようなヤツがいるはず。そうでもなければ荷馬車の馬を無視してしつこく俺を狙ったりはしないはずだ。こいつらは言わば猟犬。俺を追い詰めるための訓練された狩りの道具。どこかに本命の一撃を叩きこむ機会を狙っている奴がいるはずだ。


周囲にはそれらしき気配も人影もない。一体どこから狙っているのか木々の多いこの場所ではすぐにはわからない。どこかに隠れて一撃を狙っているというのならこのまま直進するのはまずい。追い込まれている可能性がある。すぐに強引に進行方向を変えなければ。


俺は強引に進行方向を右の方へと変える。しかし狼たちは俺を指定のポイントまで追い込みたいためにそう簡単に進行方向を変えさせてはくれない。すぐ隣で狼が並走している。どうやっても俺をこの包囲網からr出したくないようだ。


もし、場所が、状況が違えばもっと微笑ましい光景だっただろう。


とても残念だ。


俺は剣を強く握り、腕を振り上げる。刃は引き付けられるように狼の首へと向かっていき、そのまま首を刎ね飛ばす。力は必要なかった。水に刃を通すように軽い感触。まるで抜け落ちた羽が地面に着くように軽く、一瞬の夢のような。しかしそこには確かに命の強奪があった。断裂された首は高く舞い上がり、重たい音を立てながら地面に落ちる。


俺は崩れ落ちた首なしの屍横切って進路を変える。俺が進行方向を変えたことに気が付いた狼たちが同じく方向を変えて俺の方に向かってくる。狼たちの反応が遅れたこともあって先ほどよりも少しだけ後ろに離すことができている。しかし完全にぶっちぎることができないのが面倒だ。この木々が生い茂る森の中で全力のスピードで走るのは木に追突する危険がある。避けるにしてもその分大きくブレーキをかけなければならないため体力の無駄遣し、少しずつ追いつかれるだろう。


撒くにはもっと障害物のない場所でなければだめだ。


ピィー‼


どこかで笛の高い音がした。その音を聞いた狼たちは俺とは反対の方向へと走って行った。俺をポイントに追い込めないと判断した何者かが撤収を指示したのだろう。助かったというべきか、現況を仕留め損ねたというべきか。ともあれ危機は去った。


俺は一息ついてからようやく、山を登り始める。 

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