外へ
「お前、名前は?」
「なぜ今聞くの?」
「話題づくりのためだ」
俺はこの女の名前を知らない。今はこうして休戦状態だがつい先ほど出会って話し合うこともなく戦っていたのだから当然だ。名前がわからないとどうにも呼びづらい。「お前」というのは俺がよく使う言葉だがそれだけの呼び方だけでは少し限界がある。だから名前が知りたい。
「・・・名前はガーベラ。苗字は忘れた」
「俺は坂下レイジ。坂下は苗字な」
「レイジ・サカシタということね」
ガーベラ。なんかカッコいい名前だな。何故かはわからないが無性に名前の後ろにテトラとつけたくなる名前だ。まあそれはともかく、これでなんとなく目の前の女のことが分かってきた。言霊使いガーベラ。言葉が持つ力を増大させるという強力な力を持つ魔人の女。見た目は俺と同じくらいの年齢に見えるがそれにしては雰囲気が落ち着いていて大人のようにも見える。外見から読み取れることは多くない。
わかるのは足先までばっちり見える大きく穴の開いたサンダルのような靴、チラ見えするタイツも何も履いていない生の太ももがなんとも魅力的だということ。どういうわけか健全ピュアで綺麗な心の持ち主であるはず俺の視線がついつい吸い付けられてしまう。これが魔人。年頃の純粋無垢な男子に対する特攻を持っているなんて反則だろ。
「・・・えっち」
「何のことだ?」
おっといかんいかん。思わず頭の中で叫びすぎてしまった。ガーベラはこちらの考えていることが
読めるからあまり変なことを真面目に考えると簡単に何を考えているのかわかってしまう。いろいろと気を付けなければ。話題を逸らそう。
「あの鉄の箱みたいのは何なんだ?」
弾けて地面に散らばった黒い鉄片やネジなどを見る限りあの箱は自然のものではなく1から誰かが組み上げたものだ。この場所を閉じていた金属の壁やこの金属の箱は木材や石材を中心に作られているこの世界の雰囲気に明らかに合っていない。ネジのような少しの狂いの許されない精巧なものを完全な手作りで何本も作れるとは考えにくい。
「あれは棺桶よ」
「棺桶?これが?」
「ええ。と言っても中に入れるのは死者ではなく生者だけど」
「生きた人間を入れてどうする。実験でもしてるのか?」
「眠るのよ。あの中で。中にピンク色の液体が入っていたでしょ?あれの中では息をしなくても苦しくない。それと同時にあの液体の中では肉体が劣化しない。だからあの中で眠るの。何十年も何百年も眠り続ける。いつか目覚めるために。状態的には一種の封印みたいなものだけど」
あの目が痛くなるほどピンク色の液体の中で眠り続ける。何十年も何百年もずっと一人で目を覚ますこともなく。つまりSFとかに出てくる人間とかを冷凍保存して老化を防ぐコールドスリープみたいなものということだろう。空想の中の話だと思っていたがこの異世界ではすでに実現しているようだ。
「何で眠るんだ?」
「理由はそれぞれよ。時代に飽きた者、未来に何か希望を寄せる者とか。悠久の時を生きる魔人には本当はこんなもの必要ないけどね」
「お前もそうなのか?」
「私は・・・封印されたのよ。ここに」
「封印?」
予想外の返答に思わず首を傾げてしまう。
「あなたは一体なぜこの場所があるのか知ってる?」
「いや知らない」
「ここは私を閉じ込めるための牢屋みたいなものよ。昔、私の力を恐れた人々が私をここに押し込めたの。出ようと思えばいつでも出れたけど私自身もうすべてがどうでもよくなってここで朽ちることにした。でも魔人王が私に慈悲をくださった。『目が覚めた時、お前を傷つける者はいなくなっている』と私をその棺桶に封印した。そうして私は眠りについた。遠い昔の話よ」
ガーベラは悲しそうな声色で言う。話の内容が若干ぶっ飛んでいるため細かいことはわからないが
聞く限り過去に何か嫌な出来事があったのは間違いない。
「私も少し聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あなたは特別な力を持っているのよね。あなたはその力をどう思っているの?」
ガーベラからの少し難しい質問に思わず一瞬作業の手が止まる。
「どうとは?」
「怖くないのかってこと」
この力を持つ責任は感じていた。だが俺はこの神の道具を操る力が怖いかどうかなんて考えたことはない。だがよくよく考えてみればこの力はとても強大だ。何せ神が作り出した神器を使う。それは実質、神の力を振りかざすということだ。今まで大して考えてもみなかった。そうだ、俺の力は神の力。それはつまりありとあらゆるものを蹂躙し支配できるだけの力を持っている。これまで使い方を間違って来なかったからなんでもない今の生活がある。
だがもしキメラ戦で、ダンジョンで今ここで使い方を間違えていたら今頃どうなっていただろうか。
今こうして普通の人のふりをしていられるのは偶然、たまたま運が良かったからだ。
全てが都合よく進んでいたからこそ間違いが起こらなかった。俺の身近な誰かが死ぬことも、何かを失うこともなかった。こんな力を持っていることが知れれば王国の人間どころか世界中の人々に敵対視される可能性だってあったはずだ。
それは恐ろしい。
「わからない。この力を正しく使う責任があるとは思っているけど怖いかどうかは考えたことがなかった」
「幼稚な考えね。正しさなんてものは常に揺れ動いている。結局のところ人々の都合だわ」
そうだ。何が絶対に正しいのかなんて完璧に決められる人はいない。正義も悪も所詮は都合の良し悪し。都合が良ければ善、悪ければ文字通りの悪。それだけの違いなのかもしれない。それはきっと俺も例外じゃない。
「そうかもしれない。けど俺は怖くてもできるだけ誰も傷つかない選択肢を探すよ。この力はそのためにあると信じている」
「とんだお人よしのバカだわ」
「かもな。でも黙って見てるだけの賢人より動けるバカの方がきっとマシさ」
「本当にバカね」
ガーベラは呆れたように言う。俺は自分自身のこの力の怖さが実感できない。それはまだ大きな間違いをしていないからだ。この力は誰かを守ることも誰かを傷つけることもできる。今は守るために使っているこの力をいずれは誰かを傷つけるために、盾ではなく剣として使う日が来るのかもしれない。俺はそれに向き合っていかなければならない。その意味を理解しなければならない。なぜなら俺自身の力だから、この世界で生きる俺の義務だからだ。「大いなる力には大いなる責任が伴う」というやつだろう。
「お前はどうなんだ。自分の力が怖いのか?」
「私は、・・・いや私も今ではよくわからないのかも。私はこの力だ何人も傷つけて、不幸にしてきた。そして和アタシ自身も傷ついて不幸になってきた。でも怖いのは誰かを傷つけるこの力なのか、この力によって私自身が傷つくことなのか。永い眠りの中で分からなくなってしまった」
「・・・・・」
「もしかしたらだけどあなたならわかるんじゃないの?あなたは口調こそ軽く、心もまるで澄み切っているように見えるけどそれは外見だけ。心の深層には払い切れないほどの靄がかかっているのを感じるもの」
心の靄、か。
「嫌なことってのはいつでもある。そして当然不安も怖さも怒りもある。俺にはお前のことはわからん。俺はお前と違って17年程度しか生きてないし、心を読む力もない。もし唯一俺が偉そうに言えることがあるとすれば『恐怖も不安も乗り越えなければ先はない』ってことだけだ。残念な話だけどビビッているだけじゃ生きてはいけない。どこかで乗り越えないと」
「それで誰かが傷ついて、自分自身が傷ついても?」
「傷のない人なんていない。心に、体に皆どこかに傷を負っている。そうやって生きてるんだ。受けた傷もつけた傷も成長するための代償、みたいなもんだろ。傷を減らす方法はあっても傷つかないで生きていく方法なんてきっとない。もし、少しも傷つかないで生きている奴がいるならそいつは多分『生きた屍』だ。何も与えず、何も得ずただただ時間が過ぎるのを待つだけの物体だ」
本当に自分も他の人も傷つかないで生きていける方法があるのならぜひ知りたいものだ。だがその方法をきっと誰も知らない。なぜならそれを教えてくれる仙人みたいなヤツがいたとしてもそいつはこの傷つけあう世界しか生きていないんだから。
「あなた、魔人王みたいなことを言うのね」
「えっ?今の俺頭良い感じだった!?」
「・・・つい3秒前まではね。・・・傷のない人はいない、ね。戯言と思って覚えておくわ」
もう少しちゃんと覚えてくれてもいいのよ?俺がさっき言ったことは確かにあくまで俺個人の考えであって世界の標準でもないし正しいわけじゃない。だからそんなに真面目に聞く必要はないのだが
「あ、ふーんこいつはそういう考えなんだぁ」程度には覚えておいてほしいものだ。
「よし今度こそできたぞ」
俺は口を少し尖らせながら直していた服を広げて全体を見てみる。ボロボロの箇所なし、汚れなし、シワなし。結構ガッツリガーベラと話していたが手元が狂ったりはしていない。我ながら完璧な仕事だ。見た目はどう見ても新品の超高級衣類だぞこれ。俺はそれを店に陳列してある服の如く綺麗に畳むとガーベラの方を見ないで渡す。
「どうせ着るのにわざわざ畳まなくても」
「礼儀作法ってやつだ」
ガーベラは服を受け取るとそれを着る。
「私のことについて全然聞かないのね」
「言ったろ。聞いてほしいなら聞いてやる。だが必要もないのに相手の死んでも知られたくない秘密を探ろうとは思わない。嫌なことは隠しておけばいい。お前がしてるみたいにな」
ガーベラの秘密について探るつもりはない。確かに気になるがそれと同時にあまり興味がないという矛盾した気持ちがあるのも事実。もし、ガーベラがこれから先俺にとって何かの障害になるというのなら今できるだけ情報を引き出しておきたいがそんな風には見えないし感じない。ならばわざわざ探る必要はない。誰かの秘密を探るということは誰かの心を無理やりこじ開け覗き見るということ。それはまさに侵害、相手を辱めるということだ。それをするだけの覚悟、責任を負う意味があるのかをよく考えなければならない。
俺は今のガーベラを辱めて秘密を探ろうとは思わない。この考えは正しいのか、それとも何か致命的な欠陥があるのかはバカな俺にはわからない。不用心かもだが今の自分の決断が正しいと信じている。
「さて、そろそろ地上に出るか」
俺がそう言うと突然天井が大きく崩れた。天井には大きな穴が開き、そこから夕日に染まったオレンジ色の空が見える。そしてその大穴から巨大な何かが落下してくる。見るとそれは遺跡の入り口を守っていたあのゴーレムだった。
ゴーレムは俺の方を睨みつけるように見てその大きな1つ目を光らせる。俺はすぐに姿勢を低くし戦闘態勢に入る。ここまで俺を追いかけてきたのだろうか。しつこいというか、高い追跡能力に感服するというか。ともかくここで戦うのは少々場所が悪い。天井の崩落も心配だ。脱出口はゴーレムが開けた天井の穴だけだが穴の真下にゴーレムがいるため出るのは難しそうだ。ゴーレムを踏み台にしようにもこのゴーレムの反応速度は異常だ。下手に近付けば何をされるかわからない。
ゴーレムと俺の睨み合いが続く。
と思われたがゴーレムは俺を無視してガーベラの方を向くと側に寄り、跪く。まるで主を迎えに来たかのような態度だ。
「ロイド、ずっと私を守ってくれていたのね。あら?その腕」
「そいつお前のゴーレムなのか?」
「私が作ったわけではないけど私の友達よ。ずっと私のそばにいて私を守ってくれた」
ロイドと呼ばれたこのゴーレムがこの遺跡を守っていたのはガーベラを守るため。彼女を眠りから覚まさないためだったのか。ずっと何年も、いや何百年もこの遺跡をを守り続けたゴーレム。ヤツにとってはただの命令だから従っていたのかもしれない。だがガーベラにとっては自分をずっと守り続けて一緒ににいてくれた友達。傍から見てどうであれ2人の間には確かな絆がある。それは嬉しそうなガーベラの顔を見ればわかる。
「その腕、直してやるよ」
「直せるの!?」
「まあな。斬り落としたの俺だし責任はとるよ」
俺は手早くロイドの斬り落とされた腕を「ヘファイストスハンマー」で直す。ロイドは直った手の感触を確かめるように手を開いたり閉じたりしている。問題なく治せたようだ。やれやれ、ゴーレム退治でここに来たというのにまさか逆に助けることになるなんてな。
ゴーレムは元通りになった手のひらにガーベラを座らせると跳躍して天井の穴から出る。俺もそれに続いて穴から外に出る。そとは夕日のせいですべてが燃えているかのように真っ赤に染まっていた。
かなり彷徨った気がするがどうにか日を跨ぐことなく脱出できた。なんだか今日という日はとても長く感じた。まあいろいろあったからね。仕方ないね。
「うわっお前なんで生きてんだよ!?」
「幽霊じゃねえよな!?」
少しばかり棘のある言葉を投げてきたのは遺跡の調査隊の面々だった。彼らからすれば俺はゴーレムにブッ飛ばされて死んだはず、と思っていたのに平気な顔でゴーレムと一緒に穴からひょっこり出てきたのだから当然驚きもするだろう。
「俺の国には柔道っていう競技があってな。その受け身を利用することで怪我を最小限に抑えることができたんだ」
もちろん大嘘である。実際は何か所も骨が折れたし全身打撲まみれの血まみれで危うく死ぬところだった。持ち前のしぶとさと驚異的な再生能力がなければあの時にこの世からさよならしていた。
「ま、まあいいそれよりもこのゴーレムと少女は?」
「ああ、遺跡の調査隊ね。中を調べたいならご自由に。でもここには何もないわよ」
ガーベラは調査隊員たちの心を読んだのか彼らの疑問を無視して淡々と話を進めてしまう。
「レイジ。もしまた会うことがあればその時はお茶の一杯でも出すわ」
ガーベラはゴーレムの手に座りながら俺を見下ろす。
「ああ、戯言程度に覚えておく。けどお前これからどうするんだ?」
「魔人王のところへ向かうわ。目覚めた以上あの方の手足として動かないと」
「そうか。気を付けろよ」
俺がそう言うとガーベラは微笑む。その口元は最後まで隠れていたままだったし、俺には相変わらず相手の心を読む能力はないが細めたその目がそう語っているような気がした。ゴーレムはガーベラを手のひらに乗せてまっすぐ、夕日に向かって歩き出す。
これにて一件落着というのだろうか。ようやく肩に乗っていた重たい空気が無くなったような身軽さを感じた。




