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それでも転生者は異世界を生きていくようです  作者: 春深喜
異世界日常編
85/106

言霊使い

「別世界。一体どうやってこの世界にやってきたの?」

俺は口を閉じて黙る。それを言うわけにはいかない。そのことは秘密にしなければならないという奴らとの約束だからだ。喋れないようになっているらしいが万が一何か抜け道を見つけられたり、喋ったことが原因で証拠隠滅のために奴らが俺を消しに来るなんていう闇組織じみた行動に出るという可能性も否定できない。


「こことは違うもう1つの世界があるの?言え、どうやって来た」


「くっ、かはっ‼」

まずいな。また口が勝手に開きそうになっている。


「言え」

喉から声が出そうになる。


「言え」

腹の奥から口へと空気が漏れる。


「言え」

苦しい。喉が痛い。漏れ出す息は抑えられずうめくような声が漏れ始めた。まずい。もう抗うのも限界だ。俺はすぐにでも口を開き喋ってしまうだろう。こうなったらここから脱出、もしくは目の前のこいつを倒すしかない。そうでもしなければ俺の身が危ない。


鎖を引きちぎるため全身に力を入れる。今までにないほど全身が熱くなっていくのを感じる。内側から確かに感じる熱。大量の魔力が急速に全身に流れているのだろう。


「無駄よ。その鎖は魔人でさえ切れない」

女は変わらぬ調子で言う。


だがそんな言葉は今の俺にはほとんど聞こえていない。全身が熱く、力があふれているのを感じる。これまでにないほど力を入れて鎖を引きちぎろうとしているが鎖は切れる様子はない。「微塵も効果がない」というのがなんとなくわかる。だが諦めはしない。ここで中途半端に諦めれば状況は最悪な方向へと進む。それだけは避けなければならない。


「はぁあああああ‼」

鎖が大きく体に食い込み、全身に鈍い痛みが常に走り続ける。痛みは肉だけではない。骨にも大きな負担がかかっているのがわかる。これ以上力を入れれば折れてしまいそうだが転生者としての体がそれをさせない。青く変色した皮膚は瞬時に元の血色のいい肌色へと戻り、また血を出して青くなってまた元の皮膚の色に戻る。骨は何度砕けそうになろうとも瞬時に再生する。


痛みなどどうでもいい。





「なんて魔力っ‼」

女が1歩後ろに引き下がる。高まる魔力はわずかに光を放ち、風を起こす。


「やめろ‼」

女は強い口調で命令する。だが状況は何1つとして変わりはしない。目の前にいる男は力のままに、力にすべてを任せ鎖を引きちぎろうとする。


(私の声が届いていない!?外部からの情報が完全に遮断されている!?)


鎖が金属特有の高音を発する。見ると鎖の一部が変形。今にもちぎれそうになっている。そしてついてに

鎖は弾け、目の前の男は解放された。その姿は解き放たれた凶暴な獣そのもの。まばゆい光を放つほどの強力な魔力に獲物を射殺さんとするその鋭い目つき。先ほどまでそこにいた男とは思えないほどに豹変している。


(この感じ、まさか)


男が弾かれたように拳を振り上げて女に向かっていく。女がそれを避けると男は着弾した大砲の弾のように地面を破壊しながら地面に拳から突っ込む。土煙が舞い、岩石が散る。若し今の一撃が生き物に直撃していればまず間違いなく生きてはいないだろう。体に大穴でも空けばまだマシ、何もかも吹き飛ぶよりは。


(やっぱり、魔力に呑まれたのね。本来なら放っておけば魔力切れでどうにかなるけどさすがに目の前のこれは放置はできない)


「面倒ごとを増やさないで。『動くな』」


「・・・」

目の前の男は何も言わず。何も聞こえていない。


(停止信号がダメ。完全に暴走状態ね)


「あまり手荒にしたくはないけど」

女がそう言うと女の周囲にいくつものガラス玉のようなものが空間を引き裂くようにして現れる。ガラス玉は宙に浮いており、どれも不気味な色を発している。ガラス玉同士がぶつかると風鈴のような軽い音を立てて互いに弾き合い、また何事もなかったように女の周囲をふわふわと浮いている。


(右の拳)


男と女。互いに一歩踏み出すと同時に距離を詰めた。男は右手を振り上げ、まっすぐ女の顔に向かって拳を突き出していく。右のストレートパンチ。当然一般人の威力ではない。魔力に厚く包まれたその拳にとって岩など麩菓子同然、鉄は柔らかい木材の強度にすら劣る。ならば人体など紙よりも簡単に穴が開く。

だが女はその右ストレートに対して退く様子は見せない。むしろその拳に自分から向かっていく。


今にも拳が女の顔に突き刺さるかというその瞬間、女は自らの体を回転させることでその拳を受け流した。そしてその回転の勢いを利用してそのまま男の足を払う。男が体勢を崩し、背中から転倒しそうになる。だが黙って地面に頭をつけるほど男も弱くはなかった。払われた足を無理矢理地面に付け直し、転倒を阻止しすると体をひねり今度は左手の拳を女に向かって伸ばす。


女は防御目的か周囲に浮いていたガラス玉の1つを自分の目の前に出すと冷静に後ろに跳んで避ける。拳がガラス玉を砕く。ガラス玉は粉々に崩れてしまう。女は眉1つ動かさない。まるでそれが当然であるかのように。


(すごい力。破壊による負傷もなし。純粋な力比べでは勝ち目はないわね)


女が後ろに下がるのとは反対に周囲に浮かぶガラス玉の1つが男に向かって飛んでいく。そんなもので男が止まるはずはない。つい先ほど拳1つでガラス玉を完全に粉砕したような男だ。ちょっとやそっとのことで怯みはしないだろう。


何の『言葉』もなければ。


「燃えて」


女がそう言うと男の目の前にあったガラス玉がひとりでに破裂し周囲に炎をまき散らした。炎は男を包み、男は苦しそうに膝をつく。だが男は再び立ち上がり自身を包み込む炎を振り払った。その体には一切の効果がないようにやけどや傷、ダメージを負った跡がない。


「凍って」

すると今度は男の体がゆっくりと氷が発生し広がり始めた。氷は肩からゆっくりと腕や胸の方へと広がりあっという間に男の腰の方まで包み込みこもうとしていた。そして10秒もする頃には分厚い氷塊が男のほぼ全身を包み込み身動きを封じていた。男は必死に氷の中でもがいているが分厚い氷を自力で割るのに苦戦しているようだ。だがそれもすぐにダメになった。


男は今度は力技ではなく、自らの魔法。炎の魔法を用いて氷を溶かし始めた。


(そのまま魔力を使い続けなさい。魔力が切れれば暴走状態も収まる)

女は自分の周囲に浮かぶガラス玉を次々に男に向かって飛ばす。飛ばして割れたガラスからは氷が生まれ、男の身動きを封じる。溶けた氷の上に氷が生まれ、氷が生まれることで解けて生まれた水が冷やされたまた氷になる。氷が新たな氷を生む。溶かしても溶かしても減らない氷に男は再び苦戦しているようだが氷が増えれば触れるほど男の炎の火力も上がっていく。


そしてついに炎は氷や地面の岩の一部を溶かし水さえも蒸発させるほどに火力を高める。氷が解け、男が力任せに氷を割って氷の中から出てくる。男は女を視界にとらえると姿勢を低く構える。


(向かってきて右の拳で一撃。読みにくいけど考えていることはわかる)


男はまっすぐ地面を蹴って女に向かっていく。右の拳を振り上げ、その強烈な一撃を浴びせようと。女は向かってくる男に対して変わらず飛んで軽やかに男の拳を避ける。考えは読まれている。

故に拳での攻撃は外れた。しかし


「!?」

長い襟で隠れているはずの女の口元にひんやりとした空気が触れた。一体何が起きたのか。女は間違いなく男の拳は避けた。だがだというのに女の襟は切れた。女は驚いて男を見る。男はまるでその攻撃が外れるのを前提に動いていたかのようにすでに足先の力だけで旋回し、左手の拳に力を込めてこちらに向かってこようとしている。男の拳に触れずに物を引き裂くほどの威力はない。だが引き裂けるものなら持っていた。


(氷を!?)

右手にいつの間にか隠し持っていた小さく、それでいて分厚い氷の破片。それは鋭い。だが本来ならば物を切り裂くだけの力はない。物を引き裂くだけの力が生まれたのは単純にこの男の力強さ故だ。

女は咄嗟に自分のぶかぶかの袖で口元を隠す。だがそれが命取りである。


(しまったっ‼)


わずかに生まれた一瞬の隙。その隙があれば男の攻撃を完全に躱すことができただろう。だが女は回避よりも口元を隠すことを優先してしまった。その行動が一瞬の隙で作れるだけの回避距離、時間を潰してしまった。そして今まであらゆる窮地を乗り越えてきた男がその隙を見逃すはずはない。男の左手が女の顔面をとらえる。女は覚悟した。その一撃は致命傷になりかねない。


「くっ‼」


だが結果は誰にも予想できないとても奇妙な結果となった。女を殴ると思われた男のその左手は突如方向を変え、もっと近く。男自身の顔面をぶん殴った。男はその衝撃で体を半回転させ、地面に倒れる。そしてそのまま起き上がらない。結果が見えていたその戦いはなんと、男が自分自身を殴って気絶したことによって終戦したのだった。


「な、に」


自分がやられると思っていた女は当然、あまりにも突然のこの出来事に困惑の表情を隠せなかった。

1度に大量の魔力を生成し使用したことによって体内の魔力が暴走。男はほとんど理性のない状態だった。誰の声も聞こえず、何も見えず、なにも理解できない。ただ本能のままに暴れるだけの狂人。だが最後に理性を取り戻したのか、男は自分自身を殴った。何が理性を取り戻すきっかけだったのかはわからない。だが暴走する力を自ら抑えたのは間違いなく坂下レイジという少年の意思だった。




「んあ」

俺は目を覚ました。何故か地面に倒れていた。記憶がほとんどない。鎖を引きちぎった後、何があったのかはわからないがほんの一瞬だけ残っている記憶がある。それは自分で自分をぶん殴ったこと。そこの記憶だけははっきりとしている。自分で殴っておいてなんだが左の頬がまあまあ痛い。もう少し手加減して殴れば良かったかもしれない。


辺りを見るとあの女が壁に寄りかかった状態で膝を抱えて座っていた。その口元は隠れていて見えないが目は睨みつけるように俺を見ている。


「あなた、あの時何故私を殴らなかったの」

口元を隠しながら女が聞く。俺はそれに少し困ったように答える。


「別に。なんていうかちょっと、フェアじゃないと思っただけさ」


「戦いに平等性は必要ない。あの一瞬の隙、私を倒すのに十分な一撃を叩き込めたはず。今のあなたの心が読めない」

俺はため息をつきながら体中の汚れを払う。


「お前、あの時口元を隠したよな。あれがなければ俺の攻撃は当たらず、お前はきっと優位に立てた。でもお前はそうしなかった。お前は一瞬の隙を作ってでも口元を隠したかった。つまり『死んでも口元だけは絶対に見られたくない』ってことだろ」


女は俺の話を黙って聞いている。


「相手のコンプレックス?みたいなものに付け込むのは不意打ちとか反則的な行動よりもたちが悪い」


「つまりどういうこと?」


「心の弱みを突くような勝ち方はしたくない。誰が相手だろうとな」


誰にでも秘密はある。隠しておきたい、知られたくない秘密。当然俺にもある。自分自身のこと、転生者であること、別世界から来たこと。他にもたくさんある。そしてこの女も同じように人に知られたくないことがある。俺は心の弱さをわざわざ暴くようなことはしたくないし、それを利用したくもない。俺は『力』を持っている。そしてその『力』には世界を変えられるだけの大きな責任が伴う。だからこそ間違えたくないのだ。誰かの心の弱さを利用するようなヤツになりたくない。


「お前、その服破けてるんじゃないか?直してやるからこっちよこせ」


「あなたの手を借りるつもりはない」


「口元見られたくないんだろ」


「・・・あなたにも口元を見せるつもりはない」


「わかってる。向こう向いててやるから服だけよこせ」

俺は後ろを向いてその場にどっかり座った。女はしばらく俺のことを怪しんでいたようだが渋々決断してくれたのか後ろからガサゴソ布の擦れる音がする。そして俺の頭の上に突如何かが乗っかった。俺がそれを取ってみると服だった。どうやら投げて渡してきたようだ。


いい匂いがする。・・・じゃなくて‼直してやるとは言ったがちょっと雑過ぎない?服を雑に投げるな。

俺は洗濯機でもオカンでもねえんだよ。まったく最近の若い(?)ヤツはこれだから。俺は心の中でいろいろぼやきながら万能魔改造神器『ヘファイストスハンマー』を手に取った。

一体こんなハンマーで何をするのかって?確かに本来なら防具とか剣とか金属系の道具を修理したり魔改造するため神器だが実は金属以外にも使える。


まず服を地面に広げて、次にハンマーの平たい部分をアイロンみたいにこうしてこうしてこれをこうするといい感じに直るわけよ。引き裂かれたような跡があった襟元は元通り。もちろん直した跡はないし、変なところもない。あっという間に完全完璧元通りに直った。俺は改めて服を広げて全体を見る。


一言で表すならばいい服だ。生地の色は淡いピンク色、そして全体を包み込むように縫われた金色の蔦の刺繍。服に興味のない俺でもわかる。この服、間違いなく高い。綺麗な薄いピンク色の生地と神々しい金色の刺繍。明らかに漂う高級感、この服は絶対に販売価格は高いし、売却しても高く売れる。あれ?物静かで、思慮深くて、いい服を着ている。この小娘もしかして金持ちの令嬢か?ならば仲良くしておいた方がいいのでは?


いやそうじゃなくても仲良くしておいた方が何かと良いだろうけど。


色々とゲスい考えが頭を巡るがその考えを振り切って作業に戻る。皆も金で友達を選んではいけないぞ。大きく裂かれた襟の部分は直ったが他にも袖や裾には細かいボロボロの部分が多々ある。襟を直したついでに他のところもサービスで直してやるとするか。俺は他の部分にも『ヘファイストスハンマー』を使う。どれも時間は掛からないだろう。


「聞かないのね。私のこと」

女が口を開いた。俺はそちらを見ずに手を休めることなく答える。


「聞いてほしいなら聞いてやるが?」


「口ではそう言っているけどあなたの心の中には好奇心と不安の色が見える。本当は聞きたいけど聞けないと言ったところかしら。意外と臆病なのね」


この野郎、お構いなしに心の中を覗き見やがって。人生でこれ以上ないほどのプライバシーの侵害だ。

だが確かに気になると言えば気になる。当然だ。いきなり鉄の容器の中から出てきたり、心の中を読んだり普通ではないことばかり起きている。この女は間違いなく普通の人間ではない。だが転生者特有の気配を感じないのと別世界の存在を知らないことから転生者というわけでもない。


「じゃあ、お前は何者なんだ?」


「私は魔人よ。そして言霊使いでもある」

女はあっさり答えた。魔人。魔人王の配下であるよくわからない存在。ダンジョンで出会ったメルキムスと同じ種族。俺は詳しいことは知らないがメルキムスもこの女も強かった。魔人というのは全員こんなにも強いものなのか。メルキムスには完敗のボロ負け、この女との戦いも記憶はないが恐らく俺が押されていたのだろう。今の俺では力不足ということか。


「言霊使い?」

それは魔人よりも聞きなれない単語だった。


「言葉には力がある。優しい言葉は誰かを温めるし、強い言葉は誰かを従わせたり、傷つける。言葉は口に出したその瞬間から力と意味を持ち、あらゆるものに向けられる。言葉の力を増大させ操る私のような存在。それが言霊使い。私の力、あなたもさっき体験したでしょ」


無理矢理喋らされたのも言霊使いとしての力ということか。そう考えればとても強力な力だ。相手を言葉のままに操ることができる。それに相手の思考が読めるというのならまさに最強。俺の力ではどうやっても勝てない。そんな強力な力を持ったヤツまでいるのか。魔人というのは。


「そう、言葉の力は強力よ。人を、ううん世界を、未来さえも変えることができるかもしれない。今あなたが言葉を出してもきっと何も起きない。でもいつか影響を及ぼすかもしれない。あなた自身に力がなくても言葉には力がある。私はそんな言葉の力を増大させる忌まわしい存在よ」


「・・・お前はそんな力が嫌いなのか」


「ええ。大嫌いよ。この力も、私自身も」

その声には憎しみ、憎悪の念が込められているのが俺にでもわかった。

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