全然出口じゃない!?
「チッ‼」
俺は虎バサミに足を挟まれたまま1体を剣で斬り、もう1体の少し離れたところにいるリザードマンに剣を投げつけて倒す。足には虎バサミの牙が深々と突き刺さっていて今にも足を切断されてしまいそうになっていた。一体何を仕留めるための罠なのか知らないが普通の虎バサミよりも明らかに挟む力が強い。転生者である俺の足が千切れそうになるということは普通の人間や動物が喰らえば間違いなく足が千切れる。
これは獲物を捕獲するためのものではない。獲物を仕留めるための罠だ。
血まみれの足と鉄の牙の隙間に指を入れてゆっくりと虎バサミを開いていく。足に突き刺さった異物が抜けていく感覚とともに激痛が足に走り、思わず手を引っ込めてしまいそうになるが必死にこらえて
足を抜いた。傷は赤黒く痛々しいが10秒もしないうちに傷が消えて元の状態へと戻った。
傷は治るからいいけどまたズボンに穴が開いちまった。帰ったらラシェルさんに怒られるな。
傷は完治した。リザードマンたちが走って集まってくる足音が聞こえる。こちらももう静かに移動する意味はない。一刻も早くここから離れなければ。俺は走って先へと進む。状況は最悪だ。ここの地形も敵の数もわからないうえに全体的に暗くて見にくいというのにリザードマンなどというトカゲ人間に
襲われそうになっている。そして残念なことに俺はこの窮地を抜け出す手段を持ち合わせてはいない。
リザードマンたちの咆哮と走る足音がいたるところから聞こえる。一体どれだけの数がいるのやら。
だが構ってはいられない。俺はひたすらに長い川沿いの道を走り続ける。ゴールは見えない。一体どこまで続いているのかもわからない。
目の前にリザードマン。向こうも俺が走ってくることに気が付いて剣を抜く。俺は立ち止まることなく真っすぐリザードマンに向かっていく。そして互いの間合いに入った瞬間、リザードマンは薙ぎ払うように、首をはねるように剣を振る。
俺は姿勢を低くして攻撃を避けると同時にリザードマンの脇腹を切り裂き、そのまま走り抜ける。走り抜けていく俺の後ろで重たいものが静かに倒れる音がした。ほんの数秒の出来事だった。俺は振り返ることなく進み続ける。何体ものリザードマンが行く手を阻もうと立ち塞がるがそれでも足を止めることはない。走り続けて、敵を切り裂いて、走って、切り裂いて。ちょうど10体目のリザードマンを倒した時だろうか。
道幅の広くなってきた洞窟の最奥に1つの扉を見つけた。独特な模様の刻まれたその岩の扉が何なのかはよくわからないがおそらく遺跡に関係しているものだろう。かなり歩いたと思っていたがまだ遺跡のどこかと繋がっていたようだ。後ろからたくさんの足音が近づいてきている音が聞こえる。未だリザードマンたちを撒けてはいない。というよりもこんなほぼ一本道では撒きようがない。俺は急いで扉を開こうとするが押しても扉は開かない。
取っ手のようなものがあるわけもないし、引き戸というわけではなさそうだ。ぱっと見両開きに見えるその扉は開かない。
まさかスライド式(横開きorシャッタータイプ)か!?
当然ながら横にも上にも移動しない。俺がそうしている間にも足音は確実に近づいて来ている。
仕方ない。この扉を壊そう。後で「重要な歴史文化財を壊した」とか何とか文句を言われるんじゃないかと心配だが選んではいられない。俺は扉に手のひらをつけると手に魔力を集中させる。魔力でこの扉を吹き飛ばすのだ。
「バーストショッ、あれ?」
手に集めた魔力を放出しようとしたまさにその時、先ほどまで少しも動かなかった扉が重たいものを引きずるような低い音を立てながら開いていく。いや開いていくというよりもそれは変形に近しい。その扉はいくつものパーツでできているのかルービックキューブのパズルのように形を変えて道を示した。
前後でも左右でも、もちろん上下でもない。何とも表現しづらい特殊な開き方だった。
仕組みはよくわからないが扉は開いた。俺は扉の奥へと進む。俺が中に入ると扉は再び形を変えてその道を閉ざした。おそらくだが魔力に反応する仕掛けだったのだろう。特殊な仕掛けのようだし多少は安全だろうか。俺はそこでようやく大きく息を吐いた。リザードマンの縄張りに入った時はどうなることかと思ったが運良く乗り切れた。
洞窟に落ちたときから不安はあったがなんだかんだでここまで進むことはできた。ここがどこなのか、地上までの距離もわからないが何かしらの建造物であるということはどこかに地上から地下に入る入口があったはず。それを見つければ地上に出られる。地上は近い。
俺が入ったそこは細い通路だった。どこに続いているかもわからないこの通路には壁や床、天井に至るまでビッシリと四角い何かの模様が彫られていた。まさに遺跡らしいといったところだろうか。通路には一切の明かりがなく、ランタンで照らしても先が見えない。またかなり長い道のようだ。
通路はとても静かで生き物の音も、環境音もしない。完全に無音の暗闇だ。
一応警戒しながら進むが当然のように何かが起こることはない。そして5分も歩かないうちに分かれ道に差し掛かった。道は3つ、左右と前だ。それぞれどこに続いているのかは見えない。左右の道は相変わらず細い道幅が続いているようだが前方の道は今歩いてきた道の倍は広く他とは違うようだ。
俺は今度は迷わず前に進む。迷ったところでどうにもならない。それにこの道だけ道幅が広いということは左右とは違い何か特別なところへ繫がっている可能性が高い。出口に繋がっている可能性も当然ある。そういう期待を込めて真ん中を突き進む。また少しだけ歩いて、今度は扉を見つけた。
「車でも出し入れするのかな?」と思えるくらい大きな扉だ。しかも鉄でできている。見る限り自動ドアのように横に開く近未来的な扉だ。扉全体を見てみるが鍵穴のようなものも、何かを操作するような仕掛けもない。何もないツルツルの鉄塊そのものだ。
俺は先ほど入ってきた扉の時のように扉に魔力を流し込んでみる。だが反応はない。鍵穴がないうえに魔力でも開かない。一体どうやって開けるのだろうか。目の前のそれは間違いなく扉だ。実はちょっと特別なただの壁でしたと言う可能性もゼロではないが明らかに開きそうな見た目だし扉のはずだ。扉だよね?そうじゃなかったら俺がバカみたいじゃねえか。
魔力では開かない。指をかけるような隙間もないし力で無理やり開けられるような扉でもない。
仕方ない今度こそ無理やり進むとするか。俺は神器の剣を装備して鉄の扉に剣をゆっくり突き刺す。刺して分かったのはこの扉は鉄ではないと言うこと。何の金属かはわからないがかなり硬く、そして扉自体はかなり分厚い。少し力は必要だが神器ならばこの程度切り裂くなど容易い。火花を散らしながら突き刺した神器を円を描くようにゆっくり動かしていく。時間をかけて丸く切り抜いた鉄塊を蹴り飛ばして道を作る。本来なら進めないようなところを進めるようにするのは転生者の特権だ。
分厚い扉の奥にあったのは残念なことに出口ではなかった。だがそこはオレンジ色の光が差していて明るかった。太陽の光だ。地上はすぐそこ、ここの天井をぶち抜けばすぐにでも地上に出られる。それは嬉しい。だがそれ以上に俺の目を引くものがそこにあった。
何かは明確にはわからない。黒い金属の塊だった。この形をどう表現すればいいのか一言で表せる
最適な言葉が見つからない。卵を逆さまにしたようなフォルムではあるが全体的に角があってカクカクしている。棺桶か観覧車のゴンドラのようでもある。ともかく金属でできた謎の棺桶のような巨大な何かがあったとしか言えない。
それは拘束されているように何本もの鎖が巻かれ、その鎖にもお札のようなものがいくつも貼られている。どう見ても何かを封印しているようにしか見えない。何かヤバいモンスター、ゲームとかに
出てくる「禁忌の何か」とか「伝説の何とか」とかそういう手に負えないものが封印されているん
じゃないだろうか。
そう考えると恐ろしい。・・・・・恐ろしいけどものすっごい気になる。
男というのはどんなに賢い人でも時に考えることをやめ、バカになることがある。
この俺、坂下レイジの場合は今がまさにその時である。好奇心は猫を殺す、そんなことわざもあるように俺の冷静な思考は好奇心によってすでに殺されている。夢と好奇心には勝てん。
一体何を呑気なことをやっているのか、バカなんじゃないか、所詮は転生系主人公という批判が飛んできそうだが気になってしまうものは仕方がない。自分ではどうにもできないのだ。
俺はゆっくりとその巨大な棺桶に近付いていく。変な様子はない本当に金属でできた大きな箱のようなものだ。よく見ると角のあちこちがネジやらボルトやらで止められていて誰かが手作りした跡がある。上部には蓋のように分厚い鉄板が被せられて、それも開かないように固定されていることから何かの容器のようなものだと推測できる。
人一人が入れるほどの大きなこの箱を一体何に使うのか想像もできない。近くで耳を澄ますとゴポゴポと水の中で気泡が発生した音が聞こえる。箱の中は液体が入っているということだろうか。
中を見る方法は・・・・・ここか?蓋つきの覗き窓らしきものがある。蓋を上げて覗き窓から中身を見ると中は目が痛くなるほどのピンク色だった。ピンク色の液体が箱いっぱいに入っているのだ。明るく光っているピンク色の蛍光塗料のような水ではない何か。
その液体に俺は見覚えがあった。ダンジョンに入った時、アーティファクトに襲われた時、そしてアーティファクトに取り込まれた時も同じピンク色の液体だった。あの液体の中では呼吸ができる、正確には呼吸はできないが何故か息が苦しくない。とても不思議な液体だった。これもそれと同じなのだろうか。中をじっくり見ていると濃いピンク色の液体の中に何かがいることに気が付いた。
うっすらとしか見えないので何なのかはわからない。
(誰?)
俺は瞬間的に剣を装備して、箱から離れた。そしてすぐに周囲を見る。だが自分以外はそこにはいない。一体どこから声がしたのかわからない。幻聴ではない。声は間違いなく聞こえた。だが姿はどこにもない。
(誰なの?)
また声がした。女の声だ。姿はない。それどころかどの方向から声がしたのかがわからない。感覚的に前後左右ではない。一番近いのは上だが当然上にも誰もいない。360度どこからでも聞こえているような奇妙な感覚だ。
(魔人王なのですか?)
また聞こえる。そこで俺はようやく理解した。声が聞こえるのは前後左右上下どこからでもない。俺自身から。つまり俺の頭の中に響いているのだ。俗にいう「こいつ直接脳内に!」というやつだ。だから方向がわからなかった。
(魔人王じゃない・・・?一体誰なの?どうやってここに入ったの?)
「お前こそ誰だ。姿を見せろ」
俺は強気に答える。この頭に語り掛けてくる相手が必ずしも友好的とは限らない。隙は見せられない。頭の中に語り掛けてくるような相手だ。絶対に只者じゃない。
そのとき、あの黒い箱から物音がした。見ると箱が全体的に大きく膨れてきている。まるで風船を無理やり膨らませるかのように箱は今にも破裂しそうなほどに不自然に丸みを帯びていく。そしてついに、鉄板がはじけ飛ぶ。それと同時に
「眠って」
突然、俺の全身から力が抜けた。俺は踏ん張ることもできずに地面に倒れる。瞼は重く、音もまともに聞こえなくなっていく。遠のく意識の中、何かがペタペタと裸足で歩く音だけが最後に聞こえた。
次に目を開いた時、俺は拘束されていた。黒い箱を拘束するように巻き付いていた札付きの鎖で全身を巻かれている。引き千切ろうとするがビクともしない。やはりただの鎖ではないようだ。どうにか神器を使えば断ち切れるはずだが手をうまく動かせない。かなりガチガチに縛られてしまったようだ。硬い鎖が肉に食い込んで結構痛い。
「あなたは誰?どうやってそこの扉を破ったの?」
今度は目の前から女の声が聞こえる。見るとそこには口元を長い襟で隠したお団子髪の女がこちらを見下ろしていた。女の格好はとても独特だ。まず口元を長い襟で隠し、ぶかぶかの袖は手先が見えないほどに長く、肌の露出はかなり抑えられている。袖の付いたポンチョのような服装といえばわかりやすいだろうか。
上半身はほとんど隠れていて顔の目から上しか肌を見せていないのに対して下半身はとても大胆で服で隠れているものの足が完全に丸出しなのがわかる。先ほどから太ももがチラ見えしているうえに、サンダルのような大きく開いた靴を履いているため足先もばっちり見える。服に隠れて見えないがこの人本当にズボン履いているんだろうか。ちょっと心配になってくる。
というか一体これはどういう格好なのだろうか。傍から見てかなり奇妙というか独特過ぎるというか。そもそもなんでサンダル履いてるんだこの人は。別に海が近くにあるというわけでもない、いやあったとしても普段からサンダルは危なすぎるだろ。怪我するぞ。
コイツもクソダサファッションの申し子ということか。
「今何か失礼なこと考えてる?」
「別に・・・」
まあファッションの話はいいさ。問題は今のこの状況が非常によろしくないということ。この女が何者かわからないうえに俺は拘束状態。下手に動けば何をされるかわからない。ここは大人しく従っておくのが賢明か。
「もう1度聞くけどどうやって扉を破ったの。普通の人間があの扉を通れるはずはないけど」
「見ての通りだ。穴を開けて入ったんだ」
女は俺の言ったことを疑っているようで目を細めている。まあ当然の反応だ。あの扉は銀行の金庫くらいには分厚かったと思う。まず間違いなく普通の人間がどうにかして穴を開けられるような厚さではない。余程時間をかけるか、かなりの魔法の使い手でもなければ開けるのは難しいのではないだろうか。
「どうやって」
「・・・・・」
答えられない。正直に答えて下手に目を付けられるわけにはいかない。この女が何者かわからない以上なんでもかんでも正直に答えるわけにはいかない。言葉を、いや行動を選ばなければ。
「どうやって」
「それは、っ‼」
言いかけて俺は口を閉じた。そして自分の行動に酷く驚いた。今、俺は口を開いて喋ろうとした。
だがそれは俺の意思によるものじゃない。口が勝手に開いて、喋ろうとしたのだ。何を言っているのかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった。催眠術とか威圧がすごいとかそういう類のものじゃない。それらをもっと超越した理解できない何かだ。
「どうやって?」
女が再び俺に聞く。また口が開きそうになるがグッと閉じて答えないようにする。何なのかはわからないが体が勝手に女の言う通りに動いてしまう。女は自分の言うことに逆らおうとする俺が気に食わないのかまた目を細める。
「言え」
だが女は静かに言う。そして俺の口は俺の意思に反して開き言葉を吐き出す。
「じ・・・・・ん・・・きっ‼」
俺は必死に言葉を止めようとしたがそれに抗いきれなかった。
「神器?あなた神の使いか何か?」
「違う」
女は少し困ったように唸る。
「どこから来たの」
「日本」
「ニホン?聞いたことのない国だわ」
女はまた困ったようにつぶやく。当然のことだろう。何せ別世界の話。知っているはずはない。だがそんなことよりも俺の体はどうしちまったんだ。さっきから聞かれたことをベラベラと勝手に喋ってしまう。まさか俺がこの女の圧に負けているというのか?それとも一目惚れでもしたか?いや、何か仕掛けがあるはずだ。でなきゃこの異常な状況に説明がつかない。
「仕掛け?あるに決まっているでしょ。でなきゃこんな真似はできない」
な、に?コイツ今何で
「俺の考えていることがわかった」
コイツ思考を‼
「ええ読んでるわよ」
そこで女は初めて笑っているかのように目を細めた。
「さっきからいろいろなことを考えているようだけどすべて筒抜けよ」
マズいぞ厄介なことになってきた。
「それよりもさっき別世界と聞こえたけど」
ああ、本当にマズいな。




