暗闇の狩人たち
歩いた先、死臭が鼻を突いたのはすぐのことだった。この洞窟には強烈な死臭が漂っている。最初に調査隊員の死体を見つけてからさらに3人の死体を見つけた。死因はそれぞれ斬殺、撲殺、最後の1人は大きく噛みつかれた跡があった。捕食のためではなく、一種の攻撃手段としての噛みつきだろう。そのせいで敵の正体が余計にわからなくなった。ゴブリンでもオークでもない。まったく別の戦い方だ。
道は長かった。いつまで経っても長く曲がりくねった一本道が続いていて悪臭が漂っている。まるで怪物の腸の中でも歩いているような気分だった。敵が現れる様子はない。生き物の気配を一切感じない。ここが縄張りとばかり思っていたが考えが外れたか?ここは縄張りではなくあくまで縄張りまでの通り道というだけなのかもしれない。
そう考える俺の前に変化が現れた。ようやく長く変わり映えのしない曲がりくねった一本道が終わったのだ。
どこか広い場所に出た。近くから水の流れる音がする。また近くに川があるのだろう。まったく、同じような景色ばかりでそろそろ飽きる。前回と前々回から今この瞬間まで長い一本道と川しか出てきてないからね?
そろそろいろんなものが限界よ?
そろそろ状況が変化してくれないかなと思いながら俺は進む。(「進む」という表現も死ぬほど使っている)
水の音の方へ行くと川の流れの音に混ざってザクザクと別の音が聞こえる。足音だ。ここまで歩いてようやく自分以外の生き物を見つけた。そして光源を見つけた。網目状に編まれたツタのようなロープに何かがぎっしり詰め込まれていて、それが壁に吊るされている。炎の光ではない。もっと優しく、穏やかな緑色の光だ。俺はランタンの火を消してゆっくりとその光源に近づく。網目状に編まれた紐の中身はさきほどの地底湖の天井に生えていた光る草だった。
敵はそれを丸めて団子にしてから網で包んでいるようだ。そこまで明るくはないが緑色のケミカルライトくらいの明るさはある。ライトとしては少し使いづらそうだ。ランタンの光がなくても壁にその草がかけてあるためうっすらと洞窟内は見える。目が暗闇に慣れれば見えるようになるはずだ。
俺は足音を立てないように歩き、壁を背にして音のする方を覗く。暗闇の中、何かが動いている。それは腰のあたりに光る草のランタンをぶら下げ、二足で歩いている。僅かな光しかないためその全貌を把握するのは難しい。だがところどころに見えるそれの姿を見て俺はその正体を察した。
ガッチリとした体つき、太く筋肉質な尻尾、長い顔に鋭い牙、全身を覆う鱗。
それは俗にリザードマンと呼ばれるモンスターだった。トカゲ人間とも呼ばれるそのモンスターは肉食で、知性があり、武器を使う。ゴブリンやオークたちのように群れで行動する個体がほとんどだが中には群れない特殊な個体も存在する。
俺も実際に見るのは初めてだった。今まで冒険者同士の会話の中で出てくることは何度かあったためその存在は知っていたがどんなモンスターなのかは詳しく知らない。俺のゲーム知識が正しければ力が強い物理攻撃特化のモンスターだったはずだ。オークのトカゲ版だと思っていい。
調査隊をヤッたのはリザードマンだったようだ。武器を使い、敵を噛み殺せる牙を持ち、肉食っぽいから人間を食べないのかはわからないが知性があるなら「人間は不味い」と分かっているのかもしれない。まあとにかく十中八九こいつらが調査隊を襲ったということで間違いないと思う。
さて、数は。1、3、4、6、8動いている光を見る限りかなり多いようだ。ここは完全にリザードマンの縄張りだ。問題はどうやってここを切り抜けるか。この暗闇の中は見えないわけではないが視界は間違いなく悪く、危険だ。正確な全体の数もわからないし戦うのはできるだけ避けたい。だが同時にできることならここを通過して先に進みたい。引き返して別の未知を探すのも1つの手だがもしあの道でリザードマンに挟み撃ちにされれば状況は一気に最悪になるだろう。それにそろそろ外の空気が恋しい。
俺はできるだけ音を立てないように姿勢を低くしながらリザードマンたちがいる川沿いへと進む。
数や配置がわからない以上余計なことはできないし、一切の気は抜けない。俺は前方のリザードマンに見つからないように一定の距離を保ちながら後を付いて行く。前方のリザードマンはかなり上質な防具を身につけている。心臓を守る胸当て、大きな剣に木と金属で作られたそこそこ丈夫な盾。
自分たちで作った装備なのか、それとも奪った装備なのか。どちらにせよ戦うには十分な装備だ。戦うことになったとしてこの暗闇で確実に勝てるという保証はない。相手の実力、戦力ともに何もわかっていない。考えなしに仕掛ければ戦っている最中に別のリザードマンが背中をグサリ、なんてことになりかねない。
やりづらい。戦うのは得策ではないが相手を避けるにもこの空洞の中では狭すぎる。かといってこのまま隠れ続けることはできない。この場所を抜けてリザードマンたちから逃げなければ隠れる物陰の少ないこの場所では必ず見つかる。長くここにいればいるほど状況は不利になっていくだろう。俺はいろいろ考えながらもリザードマンに見つからないように後を付けていく。そこそこ移動したはずだが奇跡的に目の前のリザードマン以外と遭遇するようなことはない。他にいたリザードマンも同時に同じ方へと進んでいるということだろうか。
不意に前方のリザードマンが立ち止まる。大して隠れられるところのない俺は姿勢を低く、できるだけ暗い闇の中に身を潜める。リザードマンが周囲を見回す。足音は小石や砂利の多い川沿いでは裸足にでもならない限り隠しきれない。ちなみにその場合足音は消せるが俺の足の裏はモザイクなしでは見られないような真っ赤な状態になっているだろう。
出来るだけ音を立てないように、そしてリザードマンの足音と被せるように歩いてはいるが足音でバレてしまうリスクを完全には失くしきれない。
俺は周囲を見て隠れられそうな場所を探すがそんなものはない。ただ1か所を除いては。うまくいくかはわからないが一か八かやってみるしかないか。
リザードマンが後ろを向く。本来ならば間違いなく見つかっていた。この隠れる場所のない川沿いで敵に見つかるのは避けられないはずだ。だがリザードマンの視界の先に俺はいない。他のリザードマンも不法侵入者である人間もおらず、薄暗い空間の中に流れる川と小石や砂利があるだけ。
リザードマンは荒々しい鼻息を鳴らしながら改めて周囲を見回す。やはり周囲には誰もいない。リザードマンは深々と鼻から息を吸う。そして何かに気が付いたようにハッとして上を見る。だが気が付いたころにはもう遅い。俺はリザードマンの頭に手を伸ばしそのまま力いっぱい頭を無理矢理へし折る。
ゴリゴリという太く響く骨特有の感覚が手に伝わってくる。リザードマンの首はあらぬ方を向き、すぐに全身の力が抜けて膝から崩れ落ちる。俺はそれ受け止めてゆっくりと地面に下ろす。モンスターだろうが人型ならば脳にまっすぐ繋がっている首の骨を折られて、神経が断たれれば死なないはずはない。
出来ることならばやり過ごしたかったのだが気が付かれてしまうとは。
俺は天井に張り付いていた。正確には天井近くの壁のくぼみにずっとつかまっていた。隠れる場所がないのでかなり焦ったが咄嗟にスパイ映画のように天井に身を隠すことを思いつきどこかに掴まれる場所はないかと後先考えずにジャンプしてみたら運のいいことにくぼみを発見。陰になっていたし位置的にも見上げなければ気が付かない。そこにつかまってできるだけ体を小さくすることでやり過ごそうと思っていたのだが結果は見ての通り駄目だった。
良い作戦だと思ったのだが俺の計算がズレたようだ。奴らは嗅覚が良いようだ。リザードマンは最初、あれだけ周囲を見ても視界では俺のことを捉えられなかった。だがソレなのに急に上に張り付いていた俺を見つけた。おそらくだが視界内に捕らえることはできなかったが「普段とは違う臭い」を感じていたのだろう。だから何度も周囲を見回していた。そして臭いの方向から俺が上にいることを見つけた。
かなり精度の良い鼻をお持ちのようだ。リザードマンを剣で斬りつけなかったのは正解だったかもしれない。もしここで血やら肉やらが飛び散ればその臭いで他のリザードマンにすぐにバレる。そうなればこの場所の突破がより困難になるのは明白だ。この死体もそのうちバレるだろうがそれでも血を出すような倒し方をするより発見は遅れるはずだ。こうなってしまった以上ゆっくりと行動はできない。移動するペースを上げなければリザードマンたちが騒ぎ始めるまえに離れられなくなる。
俺は足音を立てないようにしつつも先ほどより速足で先に進む。すぐに前方にリザードマンがいるのに気が付く。俺は後ろからリザードマンの頭へと手を伸ばし首をへし折る。また骨の折れる不快な感覚が全身に伝わる。川の音で首が折れた音は聞こえない。俺はゆっくりとリザードマンを床に下ろし前に進む。
最早やり過ごすかどうか迷っていられるほどの時間がない。リザードマンが離れていくのを待つ時間もない。やり過ごす時間がもったいない。いや、もったいないというよりも悠長に待っていられる状況ではない。
俺はどんどん前に進む。目の前を歩くリザードマンの息の根を静かに止めていきながら。
「guilaliucg」
「gfvuyh'io」
曲がり角に差し掛かった時、川の音の中に混じって何か聞こえた。俺は立ち止まり、身を低くしてその音に聞き耳を立てる。
「yuigpbf」
「qpcfu2tt」
声だ。わずかに誰かの話声が聞こえる。俺はここでゆっくりとその声の方に近づいていく。調査隊の生存者、という可能性は低いだろうな。リザードマンが徘徊するこんな危険な場所で普通の人間が五体満足で生きているとは思えない。角から覗いてみる。
「2hk,sht4htyo」
「o2bkyhhk」
話していたのはリザードマンだった。彼らはかすれた声で何かを話している。聞き取りづらさから何を話しているのかはわからない。よく耳を澄ましてみるがやはり何を喋っているのかはわからない。おそらく俺の知らない言語だ。独自の言語が確立しているのか?人間の知らないモンスターたちだけがわかる言語があっても不思議ではないな。
色々興味を惹かれるところはあるが今はそれどころではない。目の前のこのリザードマンたちをどうやって静かに無力化するかだ。1体ずつ首をへし折るのは遅すぎる。武器を使わないのはここらが限界だろうか。音は川の音もあるし、大して立てずに対処できるとは思うが臭いの発生はどうにもできない。仕方ないか。俺は渋々剣を装備してゆっくりと静かにリザードマンたちに近づいていく。近づくのはとても容易だ。何せ2体とも俺のいる方を見ていない。
もう剣先が届きそうというところまで近づいてきたがリザードマンたちは気が付いたようなそぶりは微塵も見せない。川の音である程度足音は消せているがそもそもこいつら自体が耳はあまり良くないのかもしれない。あと一歩、踏み出せば敵を確実に倒せる範囲内に入ろうかとしたその瞬間。
足元に違和感を覚える。砂利や小石の地面、伝わる感覚は常に石の角ばった感触だ。だがその場所だけは
他とは違う感触がした。何か硬いものを踏んだ感触。石を踏んでいるのだが伝わってくるの石とは違う硬さ。敷き詰められた石の下にある何かの感触。瞬きする間に終わってしまうようなほんの一瞬だったが俺は見た。そして瞬時に理解した。敷き詰められた石を突き破って現れたソレは猛獣さえも抜け出せないほどの大きな牙と強靭な顎を持っていた。
非常に冷酷で、その姿は獲物を追い詰めるためだけのもの。まさに虎、いや虎以上に凶暴で、冷たい。
ガシャンッッ‼‼
金属音が鳴り響くと同時に俺の足に激痛が走る。
「くっ‼」
トラバサミである。
リザードマンたちが咆哮とともにこちらを見る。その眼は黄色く不気味に光っていた。




