セイレーン討伐クエスト その3
俺は生きていた。
セイレーンに水の奥底へと連れていかれたが生きていた。気を失うこともなく、体のどこかが欠けるようなこともなく五体満足で俺はそこにいた。手は縛られているが問題はない。俺がセイレーンに連れて行かれたのは先ほど見つけた横穴だった。横穴の先はどこかに繋がるトンネルだと思っていたが空洞になっていてしっかりと空気があった。そして空気以外にもいろいろあった。まず明かりがあった。松明の明かりだ。松明が燃え続けているということはここの空気は限られたものじゃない。
おそらくだがこの空洞は地上に繋がっている。でなきゃとっくにここの空気はなくなって火はつかない。それにこの松明を水中を通って運んできたとは思えない。わざわざ濡らして乾かしてなんて面倒なことはしないはずだからな。考えられるとすれば地上に繋がる穴から運んできたということだ。だがそうだとなると考えられるのは協力者の存在だ。セイレーンは地上に出られない。地上にいる何者かがセイレーンに協力している。でなければ松明は手に入らない。
普通のクエストだと思っていたがどうにも怪しくなってきた。いろいろと考えられることはある。
だが今はそんな難しいことは後回し。現状はもっと危機的だ。
状況をもっと整理しよう。
空洞には数体のセイレーンがいて呑気に話している。定期的に入れ替わることから休憩所?みたいな場所なのかもしれない。俺の隣にはさっきセイレーンに連れ去られた冒険者パーティーの盾の男がいる。まだ生きていた。手を縛られていて武装は当然解除されている。大きな怪我もなさそうでホッとしたが一緒に連れ去られたはずの魔法使いの女の姿が見えない。
この空洞はそんなに広くない。いればすぐにわかるはずだ。
嫌な想像が頭に浮かぶ。その原因は目の前に転がっているものだ。コイツが1番の問題だ。
それは骨。人間や動物の骨が転がっている。それも大量に。転がっている骨のほとんどが人間の骨だ。
動物の骨より圧倒的に多い。見えている頭蓋骨を数えるだけでも5つ以上ある。そのうちの1つは血が乾いていない。かなり新しいものだ。だからこそ余計に不安を煽る。いや、最悪の状況を想定すべきか。
女の冒険者が死んでいるとして俺がやることは変わらない。目的はもちろんここから脱出することだがそれには適切な順序がある。いつもなら力押しでどうにかできるが今回は違う。俺の安全よりもこの冒険者の男の安全が優先される。この男をいかに守るかが重要なのだ。いつも以上に慎重に動かなければ。だが今の俺に出来ることは限られている。
戦うことだ。ここにいるセイレーンを全滅させるしかない。この狭い空間でセイレーンたちの目を盗んで逃げるのは不可能だ。例え何かの奇跡が起こって逃げることができたとしても水中のセイレーンを相手にできない。落ち着いて考える時間が欲しい。
「さて、そろそろ持っていっちまおうか」
「どっちもおいしそう。でも若い方は少しヒョロイわね」
水際に座るセイレーンの1体が俺を見て言う。
「そっちの男の方が肉付きが良さそうだ」
まずいな。セイレーンが冒険者の男の方に目をつけてしまった。俺の方に目をつけてくれれば不意打ちで1体は倒せるがそちらに注目されてはいろいろと動きづらくなる。俺は冒険者の男を庇うように前に出る。少し不自然な動きになるがこうでもしないと俺が自由に動けない。
作戦はある。この広くない空間では武器は使わない。神器の力ではここが崩れてしまう可能性があるからだ。生き埋めになってしまえば冒険者の男はもちろんさすがの俺も助からない。あと普通の剣もここでは使いにくい。使うとしても今はまだ使ってはいけない。絶好のタイミングまで待つ。この空間は広くない。武器を持っていればすぐにバレる。今、この場で大事なのはセイレーンたちに俺が無力な弱い人間だと思わせることだ。俺が武器を隠し持っているとわかればセイレーンたちは人質を取るかもしれない。そうなれば俺には手が出せなくなる。その最悪の事態だけは避けたい。
だから俺自身が無力なただの人間だと思わせる必要がある。そしてセイレーンたちが油断したところを一気に刈り取る。要は不意打ち作戦だ。
「いい度胸じゃないか。おい!こいつから連れて行きな!」
セイレーンがそう言うと奥の方から別のセイレーンが出てきた。そのセイレーンは俺が見てきたものとは違った。足が魚のようなヒレではなく、タコのような無数の触手だった。その触手を使って岩肌の地面をヌチャヌチャと粘着質な音を立てて歩いている。想定外の事態だ。地面を歩くセイレーンも、この空間がここだけではなかったということも。この空洞は思っているよりも広いらしい。
だがどれだけ想定外であってもできることは変わらない。冒険者の男と引き離されてしまうのは心配だがここで焦ってささやかな作戦を台無しにしたくない。それに連れていかれる先が広くなければ一撃必殺の無慈悲の救済で一網打尽にできるかもしれない。そうすれば音もなくセイレーンを倒せる。今はこの流れに乗るしかない。
「ついてこい」
タコ足のセイレーンの後に続くと岩に隠れて見えていなかった奥へと続く細い道があった。本当に最悪だな。この道の先に一体どれだけのセイレーンがいるかによって状況の良し悪しが大きく変わる。
「入れ」
俺は言われるがままその細い道を進む。道を抜けた先にあったのは先ほどとは違い広い空間。ひどい空間だ。先ほどの場所よりも明るいこともあって空間全体の状態を確認するのは容易だった。地面にべったりとついた大量の血の跡。一体どれだけの獲物を殺せばこんなことになるのだろうか。引きずられた跡や、壁にまき散らされた血がその凄惨さをより鮮明にイメージさせる。ここは解体場なのか。
周囲には複数のセイレーンがいる。確認できるだけで7体程度。そのうちの1体、最奥で階段状の祭壇のようなところに座るセイレーンがいた。大きく広がった長い髪の毛に、無数の触手の足、その姿は女王そのものだ。そしてそのすぐ横に見つからなかった冒険者の女がいた。下着姿のひどい有様だが地獄で仏に会ったよう、というやつなのだろうか。とにかく生きていてよかった。
「連れてまいりました」
タコ足のセイレーンはそう言って後ろの方へと下がっていく。
さて、どうなる。一斉に襲い掛かってくるのか、それとも女王が直接攻撃してくるか。どちらにせよ戦う準備はできている。
「若い男か。ククク運が良いな貴様。死ぬ前に良い思いができるぞ」
「?」
セイレーンはそう言うと女の冒険者をこちらに連れてきて俺の手の拘束を解く。どういうつもりか知らないが人質を手放した。俺が無力だと判断してのことだろうか。そう思ってくれているのなら都合がいい。これでかなり動きやすくなる。だが一体何をするつもりだ。死ぬ前の良い思い、そう言われても全く想像ができないが。
「お前、その女を犯せ」
「・・・は?」
「聞こえないのか?犯せと言っている」
「??????」
目の前のセイレーンが何を言っているのかわからない。いや、わからないわけではないのだが「?」という感じだ。どういうことなの?一体なぜこの状況でこんな、あの、ねぇ?そういうアレなことをさせるんだ。
それに生々しく悲しい話だが俺にそういう経験はない。何せそういう関係の人はもちろん彼女すらできたことないからな。「そういうことをしろ」と言われても困る。それにこんな危機的な状況で未経験をカミングアウトしたくはない。
「言う通りにすればお前たち2人玩具として生かしておいてやる」
お前の性癖事情が入ってるじゃねえか。ピンク色の動画見る感覚で生かされていても困るぞ。
まったく悪趣味なやつだ。健全な「くっ、殺せ!」ならともかく、嫌がる奴に無理やりはただの凌辱だぞ。
「あの、私は大丈夫ですから。言う通りにしてください」
女の冒険者は無理に笑顔を作って俺に言う。でもその方は震えていたし、眼にはうっすらと涙を浮かべていた。俺は大きく息を吐いた。この機会にそういう関係に踏み込みたいとかではない。この危機的状況でそんなことを考えるほど俺はクレイジーではないしな。こうなったら仕方ない。本当は静かに1体ずつ倒せればそれがベストだったがこれ以上の好都合な展開は望めないだろう。
俺は女の冒険者を抱きしめると耳元で言う。
「合図したら、耳を塞いで目を瞑れ」
女の冒険者は驚いた顔をしていたが俺はただ「信じてくれ」と小さく頷く。セイレーンの大体の位置はわかった。この場にいるのは変わらず7体、距離は離れているがギリギリ一斉に倒すことはできる。神器はしっかり座標を指定すれば狙った場所に出すことも出来る。それを利用してここにいる女王以外のセイレーンを倒す。女王にはいろいろと聞きたいこともあるので殺しはしない。だから俺自身が直接倒す。
6体の場所は大体わかる。ズレないことを祈るだけだ。
「伏せろ!」
合図とともに女の冒険者はその場にしゃがみ込み目と耳を塞ぐ。それと同時に空中から突然現れた6つの神器が周囲のセイレーンたちに突き刺さる。そして俺は女王に向かって走る。女王に近づくのは容易だった。一瞬にして周囲の味方が全て死んだうえにあっという間に距離を詰められたのだそれに驚愕しない理由はない。そしてその驚愕こそが最大の隙だ。
「貴様っ‼」
セイレーンの魔法攻撃が飛んでくるがそれを剣で防ぐ。
「遅い‼」
女王の凶暴な両腕も巻きつく長い髪の毛も絡まりそうな触手の足もすべて斬り落とす。体勢の崩れた女王をそのまま足で踏みつけて身動きを封じる。暴れているがそれでも無理やり押さえつける。
「悪いがまだ死ぬなよ。聞きたいことがある」
「人間風情が!」
「俺からすればセイレーン風情だ。そんなことよりなぜこんなところにいる?明かりは自分たちで用意したのか?」
「答える義理はない」
「このまま静かな暗い空洞に1人置き去りしたって構わないんだぞ?」
「どうなろうとも死ぬ。ならば答える理由はない」
「そうか。なら他のセイレーンを殺すとしよう。お前の目の前で惨たらしくな。仲間が泣き叫ぶのをそこで見ているといい」
あまりにも頑固なので脅しをかけてみる。もちろんそんなことはするつもりはない。敵とはいえこちらにも人間らしさというものがある。ダメなら諦めて女王にとどめを刺すしかない。
「外道がっ!」
「俺を外道にしたくないなら話してもらおうか」
「・・・ある人間と取引をした」
セイレーンは渋々話し始めた。汚い手段ではあったが効果覿面だったようだ。
「誰だ?」
「それはわからん。そいつらにこの泉へとつながる道とこの空洞を教えられた。明かりもそいつらのものだ」
「お前たちは何を渡した?」
「少量の血と髪」
セイレーンは首だけを動かして横を見る。
「そうしていつの間にかこの、傷をつけられた」
セイレーンのうなじの部分には手術跡のような針を縫った跡がくっきりと残っている。手術跡のようなではなく本当に手術の跡なのかもしれない。この世界ではありえない痕跡だ。
「とても奇妙な奴だった確かっっ‼」
「どうした?」
突然セイレーンが苦しみ始めた。喉を押さえ震えている。何が起きているのかわからないが何か良くないことが起きている。
「おい!しっかりしろ!」
何度も呼び掛けたがセイレーンはそのまま動かなくなってしまった。心臓の鼓動や息を確認するがどちらもすでに聞こえなくなっていた。一体何が起こったのか突然で一瞬のことでわからなかった。1つだけわかるのはこの手術跡が何かしら関係しているであろうということだ。誰がこんなことをしたのかはわからない。
今回もまともなクエストではなかった。俺はまた奇妙なことに巻き込まれていたようだ。
俺はうずくまっている女の冒険者の肩を叩たく。
「終わった。帰ろう」
女の冒険者は辺りを見回して状況を確認するが先ほどの絶望的な状態からは考えられないほどの変化に放心状態だった。俺はそれを放ってもと来た道を戻っていく。細い道を抜けて狭い空間へ静かに戻る。あの広い空間での出来事はすべて一瞬のことだったのであの場にいなかったセイレーンは異変に気が付かなかったはずだ。その証拠に誰もこちらに来なかった。だからこちらは静かに仕留めなければいけない。
岩陰から覗くがそこにいたのはあの冒険者の男と倒れている数体のセイレーンだった。
「なんだ!何が起こった!?どうなってるんだ!?」
俺はセイレーンに近づいて生きているかを確認する。だがセイレーンは1体として生きているものはいなかった。どのセイレーンにも外傷はない。
「何があった?」
「わからない。ただ突然苦しみだして、それで・・・そんなことより仲間を見なかったか!女の冒険者なんだが!」
「それなら奥にいる」
俺がそう言うと男は走って奥の細い道へと行ってしまった。俺は死んだセイレーンを改めて見る。やはりどのセイレーンも体のどこにも致命傷になるような外傷はない。そして皆共通してうなじに同じような手術跡がある。冒険者の男が言っていた通り突然苦しみだしたということからも女王と同じ死に方をしたということだろう。よくはわからないが女王が死に連動して他のセイレーンも死んだ、ということなのだろうか。
これだけ奇妙なことが起きているというのに答えどころかまともな仮説すら立てられないのがとてもモヤモヤする。結局何も分からず、俺たちは地上へと戻った。戻る途中、水中のセイレーンも生きてはいなかった。戻った後冒険者のパーティーに死ぬほど感謝されたり、村からしっかり報酬ももらったがどれも右から左へと抜けていって何1つ頭に入らなかった。
クエストを達成した実感はない。事態はそこそこ大ごとだったにも関わらずあっけなく終わってしまったからだ。そのうえ事件そのものより、その裏に隠れた何かの方が気になる。誰かがセイレーンたちを手引きしてセイレーンたちの体に細工をした。細工をした理由はわかる。自分の正体を隠すためだ。映画とかでよく見るやつだ。おそらくだがセイレーンが自分に関する重要なことを喋りそうになったら何かが起きてセイレーンが死ぬ。そんな仕掛けなのだろう。
しかし何故こんな泉に移動させたのかはわからない。セイレーンたちにとっては獲物のいる絶好の場所かもしれないが裏にいる奴にとっては何のメリットもないはずだ。大群を住まわせるならともかく20体にも満たない中途半端な数では排除されるのは時間の問題だったとわかるはず。これはいわゆる無意味、無駄な行動だ。
わからない。何の意味もない行動。やっていることは脱走した猛獣使いの能力を持つ転生者の加賀に似ている。アイツが関わっている可能性は高いが決定的な証拠はない。他にも似たような能力を持っている転生者がいたって不思議はないし、そもそも転生者が犯人と決まったわけでもない。
いつものようにただ謎が深まるだけだ。知らないことに答えは出せない。
だが1つこれまでのことで分かることはある。
『何か』が裏で動いているということだ。表立ったことはしていないが日常の中に間違いなく『何か』は溶け込んでいる。見えていないだけで確実にいる。大きいのか小さいのかそんなことはわからない。だが俺のいる世界の中に知らない別の世界があるということはわかる。




