セイレーン討伐クエスト その2
厄介なのはセイレーンが水上にいることとあのライアーハープ。おそらくあのハープがアイツらの武器なんだ。あれをどうにかできれば攻撃のチャンスができるかもしれない。俺は茂み隠れながら考える。まず今すぐ飛び出てあの冒険者たちに加勢するのはおそらく間違っている。セイレーンが俺に気がついていない今、俺が隠れていることがおそらく切り札だ。俺だけがセイレーンの隙をつくことができる。
だから慎重に考えて行動しなければ。ハープを壊すのは割と簡単だ。そこら辺に石ころがあればそれに魔力を込めて思いっきり投げればいい。コントロールに自信はある。よほどのことがない限り外すことはないだろう。問題はそのあとだ。ハープを壊した後一体どうやってセイレーンを倒せばいいだろうか。ハープを破壊されればセイレーンは水中に逃げるだろう。水中ではまともに戦えない。
確認できているだけでも2体、水中にはもっと潜んでいるかもしれない。そうなったらさすがにつらい。
一撃必殺の無慈悲の救済を使えば1度に4、5体までなら倒せるかもしれないがあれは力を大きく使う。最悪力尽きてそのまま水中で溺れる可能性がある。無慈悲の救済は使えない。やはり水中戦は現実的な戦略とは言えない。
手段があるとすれば目の前の冒険者たちが俺に合わせてくれることだがセイレーンにバレずにコンタクトを取る方法はない。すぐ目の前に解決できるかもしれない手段があるのにできないのがもどかしい。こういう時1人なのはとても不便だ。あのパーティーと合わせることさえできればな。
・・・ん?合わせる?
・・・・・そうか。その手があったか。とても簡単なことを見落としていた。彼らが俺に合わせるなくてもいい。俺が彼らに合わせるように言う必要もない。
「もう1度魔法を‼」
とても都合がいい。最大のチャンスだ。その場にあった小石を掴んで俺は茂みから飛び出る。
そして思い切り小石をハープ目掛けて投げる。
この状況の答えはとても簡単だった。誰に言うわけでもない。俺が勝手に、黙って彼らに合わせることだ。魔法を放つ直後に俺が小石を投げればいい。ただそれだけのこと。協力というよりも一方的な利用に近いこの状況。セイレーンにも彼らにとっても予想外のものだったはずだ。
石はハープに直撃し、ハープを砕いた。自分を守るための道具が無くなったセイレーンは目を見開いて驚いていたがその表情も一瞬で魔法の閃光によって見えなくなってしまった。爆発音とともに煙が上がる。俺自身が直前まで見ていたし攻撃は間違いなく当たったはずだ。
煙が晴れるとそこには間違いなく魔法の攻撃を喰らってダウンしているセイレーンがいた。だがダウンしているのは太っている方のセイレーンだけだ。セイレーンは2体いた。太っている方と痩せている方だ。もう1体の痩せている方がいつの間にかいなくなっている。一体いつからいなくなっていた?
目の前のパーティーが現れた時に一瞬泉から視線を外したがその時に潜ったのか?
すると水中から先ほどとは違う3体目のセイレーンが顔を出した。やはりこの泉には複数体のセイレーンがいる。
「耳栓!」
リーダーらしき男がそう言うとパーティーメンバー全員がすばやく耳栓をつける。俺は急いでギュッと耳を塞ぐ。そしてセイレーンが歌い始める。
何か妙だ。いや、妙じゃない。これはヤバい‼
違和感が確信に変わった。これはただの歌じゃない。ガッチリ耳を塞いでいるのにも関わらず歌が多少だが頭の中に入り込んでくるのを感じる。まるで耳からの聴覚情報ではなく脳内で直接響いているような感覚だ。セイレーンの歌は人を惑わせる。そうして惑わされた船員たちは無残に食い殺されたという。
冒険者たちが生気を失ったような足取りでゆっくりと泉の方へと歩いていく。泉からさらに何体ものセイレーンが姿を現す。そして色気で誘惑するようにその場に佇む。まずい。このままではこいつらは全滅してしまう。俺はナイフを手に持つとそれを歌っているセイレーンに向かって投げた。ナイフはセイレーンの頭へと突き刺さり、歌っていたセイレーンはその場で息絶えた。それと同時に冒険者たち全員が意識を取り戻す。
「貴様よくも‼」
セイレーンの怒りがこちらに向く。セイレーンの長い髪が触手のように伸びて俺の腕や足首に絡みつく。
「このまま引きずり込んで引き裂いてくれる!」
徐々に引きずられるが俺が焦ることはない。その場でグッと踏ん張ると俺はそこで止まる。セイレーンはそれほど力がないようだ。それにこの状況はとても好都合だ。近づけない相手がこちらから近づいてくれるのだから。
俺は絡まる髪をしっかりと掴む。
「オラァ‼」
そのまま全身を使って力いっぱい引っ張る。セイレーンの体は宙に浮き、そのまま地面へと叩きつけられる。水中から出てしまえば下半身がヒレになっているセイレーンに勝ち目はない。
「戦いの中で髪の長い女は強者の証だ。けどお前はただのアホだ。戦う女は髪を短くしないとな。でないとこういうことになる」
俺は神器で絡みつく髪の毛を斬るとセイレーンの首を掴んで森の奥に投げ捨てた。殺す気にはなれない。だがこのまま放置しておくわけにもいかない。だから戦力外になるように森の奥に投げ捨てたのだ。それと同時に戦いの火蓋が切られた。セイレーンの1人が笛を吹くと周囲から様々なモンスターが姿を現す。どれもとても強いというわけではない。それほど苦労はしないだろう。だが数が多い。
俺はともかく他の奴らが心配だ。だがあまりかまっていられる余裕はない。俺は剣を握り直した。
あれからどれだけのモンスターを倒しただろうか。それはわからない。だが数はかなり減った。新たに現れるようなこともない。冒険者パーティーが相手をしてくれたようでセイレーンも2体ほど減っている。今のところ誰かがやられたということはないようだ。
「こいつで最後だ」
そう言って冒険者の男が最後のモンスターを倒す。だが事態はあまりいい状況ではなかった。
「ククク、貰っていくぞ」
見るとセイレーンの髪に絡みつかれた盾を持った男と魔法使いの女が泉に引きずり込まれそうになっていた。
「待て‼」
セイレーンはそのまま沈みの中へと潜り絡みつかれた2人もそのまま無理やり水中に引きずり込まれた。俺は水中を覗き込むが姿が見えない。かなり深くまで潜ったのかもしれない。早く助けに行かなければ。俺は靴を脱いで裸足になる。
「お、おい君‼何をするつもりだ!?」
リーダーの男が話しかけてくる。
「助けに行くに決まってるだろ」
「無茶だ‼水中ではセイレーンに敵わない。君も死ぬぞ‼」
「俺は大丈夫だ。それに死んでもこのまま見殺しにはできない。これよろしく」
俺は脱いだ靴と服をその男に押し付けると泉に飛び込んだ。水中で目を開けると視界は思っていたよりも鮮明だった。ぼやけることもない。地上にいるときと変わらない程度に水中が見えている。潜れば潜るほどそこは地上の光が届かなくなり不気味な闇が広がっていく。魔法で光の球を作り出して先に進む。一体どこへ行ったのだろうか。時間はあまりない。転生前の俺の潜水時間は長くても4分程度、転生後は今の感覚的に7分くらいはもつだろうか。
泉の底はまだ見えない。縦に長い泉でもない限り底はそれほど深くないはずだ。俺は底へ底へと潜っていく。するとしばらくして底が見えてきた。予想通りそこまで深くはなかった。それでも10メートル以上はある気がするが。セイレーンたちの姿は見えない。それどころか生き物らしい生き物さえいない。
実はそこまで深く潜ってはいないのか?そもそもセイレーンたちも深く潜る理由自体がないような気がしてきた。もっと浅いところに何かある。だが今潜ってきたところには何もなかった。そうなると個人的に怪しいと思うのは壁際だ。セイレーンがどうやってこの泉に来たのか気になっていた。最初に思いついたのは『この泉が海にでも繋がっているんじゃないだろうか』ということだ。どこかに横穴があってそこから来たのではないかとそう思った。
そしてその考えを後押しするようにどこにもセイレーンの姿が見えない。この泉は泉と呼んでいいのかわからないくらいには広いがそれでも移動できる範囲は限られている。それにあれだけセイレーンがいたのにここまで出会わないのは少し妙な気もする。俺は壁際に沿って泳ぐ。時々浮上しまた泳ぐ、浮上してはまた潜る。そんなことを繰り返しながら壁際を泳ぎ続ける。
壁際には何もない。だが代わりに別のものを見つけた。セイレーンだ。水中を泳いでいるのをようやく見つけた。この近くに何かあるのかもしれない。見回すと下の方に横穴があった。
俺の予想が的中した。やはりどこからかあの穴を通ってここに来たんだ。
その時だった。手足が何かに絡まった。この感覚は忘れるわけもない。先ほど味わったばかりの感覚なのだから。後ろを見ると3体のセイレーンがいた。1人は遠くから俺の手足を髪で縛り、もう2体はこちらへと近づいてくる。水中だからか、それとも遠くからずっと俺を見ていたのか。どちらにせよ気がつかれていた。水中での戦闘はやったことがない。だがそれでも武器を構えないわけにはいかない。俺は短剣を装備してセイレーンを迎え撃つ。
最悪の場合、無慈悲の救済の使うことも考慮しなければならないので体力の消費は最小限に抑えたい。俺は手足に絡まる髪を切る。セイレーンたちがぐるぐると俺の周りを泳ぎ確実に仕留めようと狙っている。久々の緊張感、ここで死ぬかもしれないという恐怖はある。だがそれが体に現れることはない。弱気な心に矛盾して体は戦う準備ができている。
死の緊張感を感じながらその時はきた。セイレーンたちが俺の方に向かってくる。握りしめた短剣を振るうがその速度は水の抵抗を受けあまりにも遅い。俺の体はセイレーンの髪に絡めとられあっという間に身動きが取れなくなってしまった。
こうなったら‼
無慈悲の救済を発動して脱出しようとした瞬間、ジェットコースターに乗っているように自分の体が下へと力いっぱい引っ張っられるのを感じた。
まずい‼下に行かれたら無慈悲の救済が発動できなくなる!
無慈悲の救済は体力の消費が大きい。これ以上潜られれば俺が水面に戻れなくなる。俺は急いで脱出しようとしたがすでに遅い。セイレーンはとてつもない速さで深く潜っていく。俺は水面が遠ざかっていくのをただ見上げることしかできなかった。
??? ある場所にて
懐かしい香りがした。香り、というのが正しい表現なのかはわからないが懐かしい雰囲気というか、気分的に安心する。私はゆっくりと目を覚ました。視界がぼやけて何も見えない。体制を変えると頬に柔らかく暖かい感触がした。これは枕?なのだろうか。私は寝ていたのか?いったいどこで?いったいいつ眠りについたのだろうか。記憶がはっきりしない。そばに誰かいる。よく見えない。でもどこか懐かしい感じがする。この人が懐かしさの正体。
「兄さん・・・?」
目をこすり、視界が少しずつ鮮明になっていく。そしてその正体を見た。そこにいたのは人間ではなかった。一言でいえば黒い『何か』。黒い炎を全身に纏った人型の『何か』だった。『何か』の容姿はよくわからない。マントのようなものを羽織り、魔女帽子を被っているシルエットはわかるがそれすらも黒い炎に包まれていて何なのか理解ができない。
その顔には白く光る丸い目のようなものが不気味にあるだけ。人間、ではないホラー映画に出てくる理解できない不気味な存在といっても過言ではない。
私は飛び起きて手探りで辺りを探す。が何もない。常に持っているはずの魔導書がどこにもない。
焦る。ただ焦る。戦う術のない私などただの無力な少女だ。私には逃げることすらできない。私には頭脳はあっても運動神経はない。
[あら、起きたのね]
何かを言ってドアを開けて入ってきたのは女の人だった。だが何を言っているのかわからない。異世界の言語を喋っているようだ。魔導書が、ベルベリットさえあれば何を言っているのかわかるのだがこの状況ではどうにもできない。
[怖がらないで。傷つけたりしないわ]
優しく何かを言い聞かせてくれているようだ。とりあえず敵対しているわけではないようだ。
[どうしたの?どこか具合悪いところある?]
何を言っているのかはわからないが優しそうな人だ。私は何も言わず女の人の後ろにいる黒い『何か』を指さす。
[ん?ああ大丈夫よ。見た目は怖いけど優しい方よ。怖がらせたらダメですよ]
女の人がその黒い『何か』に何か言うと黒い『何か』はため息をついた。
『下がっていろ』
黒い『何か』が女の人を下がらせる。
『私の名はヴァルプルギス。魔人王と名乗った方が馴染み深いか』
魔人王の声はよく理解できなかった。言葉の意味は分かるが声が音として理解できない。その声は男のようであり女のようでもあり、老いているようで若く、それでいて何も感じさせない虚無があった。そして魔人王という言葉は知っている。ベルベリットの中にも書かれていた。世界を支配する魔法使い、魔法そのものの始祖だと。まさかこんなところで出会うことになるなんて思わなかった。
『ミラでは言語が通じない。故に私が話す』
魔人王は淡々と話しを進める。私はダンジョンでモンスターと戦い、巨大なモンスターに飲み込まれそうになったところを私が持っていた魔導書のベルベリットが私を守るために結晶の中に閉じ込めたそうだ。その後魔人たちによって結晶の解凍、すなわち解除作業が行われ助けられたということらしい。
「なぜ助けたんですか?」
『お前は兄に会いたいようだな』
魔人王は質問を無視して話を変える。そしてその話は私の質問なんかよりもとても重要なものだった。
「兄さんを知っているの!?」
『無論だ。ベルベリットもそこにある。奴はハイデンを拠点に生活している』
「それならすぐに!」
『無理だ。運動能力は皆無、ベルベリットもない無力なお前がハイデンにたどり着けるものか』
言い返せない。そうだ私には考える頭脳しかない。だからこそ冷静になれ。それすらなくなったら私はただの無能だ。気持ちだけじゃ何も変えられない。心で動くな、頭で動け。今は知識、技術、何でもいい、私は私に必要な『武器』をそろえるべきだ。そのためにはまず言語の問題を何とかしなければ。ベルベリットを取り戻すまで戦うどころかまともに会話することすらままならない。
『お前の世話はそこのミラがする。奴に従え』
魔人王はそれだけ言うと出て行った。
待っていて兄さん。必ず会いに行くから。




