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それでも転生者は異世界を生きていくようです  作者: 春深喜
異世界日常編
75/106

哀しきフィーネ

後書きもあるのでよかったら見ていってください。

レイジに言われた通り、私は魔動人形(ドール)とやらの少年と少女を探していた。特徴は少年の方は髪が長めのスポーツ刈り、少年探偵のような服装で、少女の方は髪の毛の一部を三つ編みにしていて顔に包帯を巻いているらしく服装はロリータファッションらしい。まったく、探しづらい特徴というかわかりづらいというか。本当にそんな格好をしている人がいるのだろうか。


と、思っていたが実は意外と簡単に見つけてしまった。見つけられたのは本当に偶然。たまたま特徴と一致する少年が路地裏に入っていくのが見えたのだ。そしてそれを追いかけた私は今、その少年と対峙していた。


「お姉さん、いったい何者?僕を追いかけてきたってことはただの通行人じゃないよね」


「人に素性を尋ねるときはまず自分から明かすものよ。まあ大体知ってるけれど」


「あの男の仲間?フォンと協力して僕たちを排除しようとしているのかな?」


「アイツはあなたたちを助けようとしてる。戦わずに済む手段を探しているわ」


「まさか生きているのか!?」


「ええ普通にね」

ティスタは驚いた表情を見せる。何があったのかは知らないがレイジを倒したと思っていたようだ。


「信じられないね。例え本当にそうだとしても本気で平和的に解決できるとでも?

僕たちは何十人も殺してる殺人鬼だよ?」


正直なところ私もできるとは思っていない。というかそもそも今回の具体的な計画を聞いていない。探してくれとは言われたがそれ以外のことは何1つ言われていない。戦わずに済ます方法があるとして一体どうする気なのだろうか。騎士団に引き渡すようには見えなかった。まさか本気で庇うつもりなのだろうか。復讐のために殺人鬼になったかわいそうな人形たちであるとはいえ犯罪者であることに変わりはない。


正直賛成しかねる。


「さあ、どうなのかしら。もしかしたらアイツがその道を見つけてくれるかもね」


「とんだお人よし、いやバカだね」


「ええ。全く持ってその通り」


そうだ。あいつは超が付くほどのバカで、変なところでお人好しで、本当にどうしようもないダメ男だけど私は。


「でも私はそんなアイツに助けられたの。だから多少なりとも信用しているのよ」

そういえばもう1人の魔動人形(ドール)がいるはずだが姿が見えない。


「もう1人いるわよね。アイミスだったかしら?その子がどこにいるのか案内してもらうわよ」


「悪いけど、逃げさせてもらうよ‼」

そういうとティスタは私に向かって何かを投げる。何かはわからない。だが投げてくるということは何かしらの危険なもの。素手で弾くわけにはいかない。私はその場から動くこともなく、ただ冷静に自分の能力を、重力操作の力を発動させる。私に向かって飛んでくる何かは飛ぶ向きを変えて青い空へと急激に落下(上昇)していく。私を中心とした半径2メートルの範囲の重力の向きを変えた。今の私に近付こうとすればどんなものでも空へと吸い込まれていく。


ティスタに投げられた何かは競技用ピストルのようにパンッと大きな音を立てて私の頭上で爆発した。爆発したところから煙がゆっくりと雪のように降りてくる。どうやら私の目をくらますための煙幕だったようだ。だがお生憎様だ。ティスタは驚いた表情でこちらを見ている。


「レイジと戦ったんでしょ?なら今さら驚くようなことでもないでしょ」

対象を傷つけないように捕獲。これまでやってきたことに比べれば大したことはない。






アイミスに連れられて街の中を歩いていた俺は近くで近くで大きな物音がしたのを聞き、その方向に煙幕を見た。ユウナがティスタを見つけて交戦状態になっているのか、それとも先にフォンがティスタを見つけてしまったのか。どちらもあり得る話だがどちらにせよそこにティスタがいるはずだ。


「落ちるなよ!」

俺はアイミスを抱えるとジャンプして建物の屋根へと着地した。そこから屋根から屋根へと飛び移って煙幕の場所まで移動する。到着した時には煙幕はすでにほとんど晴れていて周囲には誰もいなかった。どうやら早くもどこかへ移動したらしい。どこだ、どこに移動したんだ。辺りを見回してそれらしき人物を探す。


「あそこ!」

アイミスが指さす方を見るとそこには細い道を走るティスタとユウナ、その後ろにいるのは、おそらくフォン。状況はよくわからないがとりあえず大変なことになっているということだけはわかる。

一体何を手間取っているんだユウナの奴は。見る限り道はしばらく一本道、先回りできるのは今しかない。先回りしてティスタをとっ捕まえてその場から離脱。ができれば最高だな。


俺は屋根伝いに走る。この程度の距離、追いつくのは容易。すぐにフォンをユウナをティスタを追い越して1番前へと出る。だが屋根から下の道へと着地したところでティスタが右に曲がった。


「なっ!」


ティスタが進んだのは建物と建物の狭い隙間の道。ユウナもすぐに追いかけようとするが体のある一部位が大きすぎて建物と建物に挟まって進めていない。そんなつっかえているユウナを飛び越えてフォンは狭い道の奥へと進んでいく。フォンでもかなり狭いはずだが体の関節がところどころあり得ない方向を向いているあたり一部の関節を外して進んでいるのだろう。

器用な奴だ、とつい感心してしまう。


俺は挟まっているユウナを無視して屋根を飛び越えて先へと進む。狭い道の先は行き止まりだった。

フォンはティスタを壁際へと追い詰める。そして腰から抜いた剣をゆっくりと振り上げると今度は勢いよく振り下ろした。ガンッという鈍い金属を音とともに火花が散る。


「間一髪ってやつだな」

どうにか間に合った。もう少し遅ければフォンの剣は間違いなくティスタの肩を斬り落していただろう。そうなってしまえばもうおしまい、すべては失敗に終わっていた。


「なぜ邪魔をする‼レイジ‼」


「殺しちゃだめだ。それじゃ意味がない」


「こいつらは殺人鬼だ。聞くことを聞いて殺す。生かしておく理由がっ」


「こいつらには償う機会が必要なんだ」

被せるように俺は言う。こいつらにはチャンスが必要だ。償うためのチャンス。最後のチャンスが。


「機会だと?ふざけるな!足を洗う機会なんていくらでもあったはずだ!それでもこいつらは殺した!罪のない人々を、ホーエンハイムを‼庇う必要なんかない‼」

フォンの剣に力が入り剣と剣が擦れてギリギリと音を立てる。フォンに対して俺はいつもからは考えられないくらい冷静だった。フォンの怒りはもっともだ。フォンはきっと良い奴なんだろう。英雄だのなんだの言われていた俺よりもずっと正義感が強くて悪が許せないのだろう。正義の味方に向いている奴なんだ。きっとフォンは正しい。


でもその思想をへし折ってでも俺は俺の正義(やりかた)を通す。


「俺に少しでいいから時間をくれないか。もし俺が失敗したならお前の言う通りにしよう。けどもしうまくいったら手を引いてくれ」


「君にどうにかできると?」


「さあな。決めるのは2人だ」

フォンは何か言うわけでもなく無言で剣を収めた。さて、ここからが勝負だ。上手くいくのかなんてわからないが俺に思いつく方法でやってみるしかない。


「ティスタ、アイミス。これがお前らへの最後のチャンスだ」

2人から離れると俺はそう言って1本の短剣を2人の足元に投げた。それはただのナイフではない。普通に生きていれば人間が手にすることなどありえない神が作り出した最高の武器、俺みたいな転生者だって殺せる最強の武器、神器だ。


「そいつを使えば今度こそ本当に俺を殺せるかもしれない」

2人は何も言わずに投げられた神器を見つめる。


「選ばせてやる。復讐をやめて償いに生きるか、死んでその復讐心を持ち続けるか。人間を許せとは言わない。でも生きていたいのならその剣を取ってその憎しみを全部俺にぶつけろ。それで終わりにするんだ。けどもし、復讐心を捨てきれないならここから逃げろ。ただしお前らを殺す」


「誰がそんなメチャクチャな選択を」


「しなくてもいいさ。けどその場合は逃げたとみなす。お前たち自身で結論を出せ」


ティスタの言うようにこの選択はメチャクチャだ。傍から見れば何がやりたいのかわからないだろう。

相手を生かすために自分を刺させて相手が逃げるなら自分が相手を斬る。俺だってこのやり方が本当にうまくいくのかわからない。何も考えずに勢いだけでやってしまったようなこの方法は本当に彼らを変える起点になるのだろうか。






人間が嫌いだ。傲慢で怠惰で、そのくせして弱いふりをする。心の奥底は汚いのに綺麗なように見せて、誰かを貶めて、心を汚して悦に浸る。そんな人間を嫌って何が悪い。殺して何が悪い。お前たちだって嫌いなものを殺しているじゃないか。それなのに僕たちだけ許されない?何故だ?



人間じゃないから?                       血が流れないから?

               生きた肌じゃないから?


     関節が球体だから?           お前たちと同じものを食べることもできるのに


                   見た目は同じなのに


  心があるのに?              

                           お前たちと同じものを持っているのに

                  


                 僕たちは生きているのに



考えたって正解なんてわからない。人は醜くて、強欲で汚らわしい生き物なのだから。僕らのようにずっと生きていられるわけでもなければ、僕らほど丈夫でもない。脆い生き物だ。だから生にしがみつく。だからこそ自分を汚してでも生きている実感が欲しいのだろうか。欲望のままに生きる。それが人間。そんな人間が嫌いだ。あの忌々しいホーエンハイムに昔言われた言葉を今でもはっきり覚えている。


「邪魔をするな!ガラクタどもが‼」


身勝手なものだ。自分で作りだして、無責任にそれを壊すなんて。ああ、考えれば考えるほど黒い泥沼のように重苦しい記憶が蘇ってくる。そうしてあの日を思い出す。すべてが始まった日。




僕たちの中に生まれてしまった心と呼ばれる小さくも大きな変化。

最初に生まれた感情は怒りだったか?それとも焦りだったか。そんなことは忘れてしまった。

ホーエンハイムはいつものように実験をしていた。魂の実験、というよりも命の実験。あらゆる生き物は誕生するために元の個体、つまり親が必要だ。彼はそれらを必要としない方法を求めた。人理どころか生物の理を外れた方法で1から1つの生命を作る、それがホーエンハイムの目的だった。魔法、そして錬金術と呼ばれる技術で新たな生命を作りだす方法を研究していた。


その中で生まれたのが僕たち魔動人形(ドール)。けどそこ生まれたのは実は魔動人形(ドール)だけじゃない。小動物を繋ぎ合わせたキメラやホーエンハイムが作り出した人工生命体、ホムンクルス。それらが物理的に、または魔法的にさまざまな要因で何体も何体も無残な姿へと変えられた。実験が終われば実験部屋は赤黒く染まり、むせるような悪臭が漂う。石畳の床は繰り返される実験によって少しずつ色を変え、いつしか落ちない汚れが出来た。


そんな劣悪な環境に僕とアイミスはいた。魔動人形(ドール)の僕たちは何も感じなかった。ただ実験室の掃除をするだけ。それだけだった。だがある日すべてが変わった。ホーエンハイムの実験を間近で見ていた僕らに変化が起こった。苦痛に泣き叫ぶホムンクルスを見ていた僕らの胸にロウソクで炙られたかのようにじんわりと熱が生まれて、全身に伝わり、その不快な熱で体が満たされたかと思えば、はっと眠りから覚める感覚。そうして柄にもなく(人形のくせに)声が出てしまった。。


「「やめてっ‼/やめろっ‼」」


何故突然そんな気持ちが生まれたのかはわからない。今までは何も思わなかったのに。

その日、その瞬間突然そんな気持ちが生まれてしまった。そして初めてホーエンハイムに逆らった。

「っ!」


「その子苦しそう‼もうやめて!」

ホムンクルスを庇うように立つアイミスをホーエンハイムが殴り飛ばす。ガラスが割れるような音がしたかと思えば、アイミスの体は横に吹っ飛んでドサリと音を立てる。ゆっくり立ち上がった妹の顔はその時すでに僕が見てきたものではなくなっていた。大好きだったその可愛らしい顔は左眼を巻き込んで半分が割れて、頭部の内部の空洞が露出した状態になっていた。つまり、顔の左半分が壊れてしまったのだ。


「邪魔をするな!ガラクタどもが‼」


そんな光景を見たとき僕の気持ちは限界を迎えてしまった。意識はしっかりしているが頭がぼんやりとして物事を冷静に判断できない。頭の中を針でつつかれているようなじわじわとする普通とは違う痛みような感覚。後にその感覚を怒りだと知った。


僕は咄嗟に机にあったナイフでホーエンハイムを刺した。初めて生きているものを刺した。たったそれだけのことだ。麻袋よりも簡単にその刃が突き刺さった。生きた肉という他にはないような抵抗が少しありつつもあっさりと刺さるその感触は生きた肉でしか感じることはないだろう。不快。どれだけ怒っていようとその不快感だけは誤魔化せない。


刺されたホーエンハイムはその場にうずくまって苦しんでいた。僕は重症のアイミスの手を引いて、その日、そこから逃げ出した。何も知らないフォンを残して。


そこから僕らの旅が始まった。時に差し伸べられた誰かの手を取り、裏切られて。時に自分たちを守るために誰かを殺した。そうしていつしか、誰かに対する期待は失望へと変わり、失望は怒りへと変わり最後には復讐心へと変わっていった。そしてその頃には僕たちは『双子の通り魔』なんて言われるようになってしまった。


人間が許せない。そう思うのは間違っているのか?憎しみを抱くのは間違いなのか?僕たちは黙って立ち去るのが正しいのか?そんなことを考えて眠れない夜が続く。自分が正しいのかわからない。時に思う。この長い憎しみの中に僕が眠れる方法は本当に存在するのか、と。誰かを殺すことに抵抗はない。だがそれで僕の気持ちはいつか変わるのだろうか。もし、この心を捨てれば、捨てられるのならば楽になれるのか?

この虚無感を、悲しみを、憎しみを終わらせることができるのか?


それなら・・・・・こんな心なんていらないのかもしれない。






「僕は・・・この憎しみを捨てられない。捨てられるわけがない」

それがティスタから発せられた言葉だった。その言葉は消して軽くはない。無理やり絞り出すかのような重い言葉だった。本人なりの悩み、迷ったうえでの決断だったのだろうか。いや、きっと本人はまだ迷っている。長くこんなことをやっているのなら本人だってきっと気が付いているはずなのだ。

だからこそ自分がどうすべきなのか迷っている。その様子を見て俺は少しばかり安心してしまった。

ティスタにも迷う余地はあるということだ。


「ティスタ、お前気が付いてるんだろ?こんなことしていたって何も変わらないって」


「うるさい。このままでいい。これでいい!これが正しいんだ‼僕らはもう戻れない‼犯した罪は消えはしない!今さら綺麗になれるものか‼」


「本当に・・・そう思っているのか?」


「・・・当たり前だ」


そうは言うがその表情はやはりどこか苦しそうに見えた。


「復讐ってのは辛いよな。仕掛けてきた奴が悪いのにやり返したらこっちが悪者みたいになってよ。じゃあこっちはやられても黙ってろってことかよ。そんなのおかしな話だよな」


「何を分かったように。君はまだ十数年しか生きていない子どもだろ」


「確かにな。俺はまだ16年程度しか生きてねえさ。でも復讐の感覚ってのは知ってる。だからお前らの感覚もまったくわからないわけじゃない」


「君のようなお人よしのバカが人を憎むと?」


「憎むさ。例え刺し違えてでもその復讐を果たそうとした」


自分の過去を話すのは好きじゃない。どうにも嫌な思い出が多いから。語る必要はないのかもしれない。でもこれが少しでも2人の背中を押せる可能性があるのなら。


「昔大切なものを失った。7歳の時だ。俺はそこから8年間、それを奪ったやつに復讐することを考えていた。裁判じゃ裁けないんだとさ。ふざけた話だろ?だから「そいつも同じような目に遭わせてやろう」ってずっと思っていた。それが罰になると思っていた。そして15歳の時にようやくそれを果たした。お前らと比べればたった8年の短い期間だ。大したことはない。けど、間違いなくお前らよりも明確な殺意を持っていた」


「それでも君はその人間を許したと?」


「まさか。でも許さざるを得なかった。追いつめたはいいがそいつに家族がいたことが分かって、その家族に泣きながらこう言われたよ。「もう、やめてください」ってな。信じられるか?悪いのはそっちなのに「やめてください」だぞ?まるで俺の方が悪者みたいじゃないか」


「・・・・・」


「要するに復讐の先には何もいいことなんてない。あるのは新たな復讐だ。きっとあそこで俺が「やめなければ」今度はその家族が俺に復讐心を抱いていた。そうして繰り返されるんだ。辛いのはわかる。でも誰かが抑えて、その矛を収めなきゃいけないんだよ。ティスタ、アイミス2人とも気が付いているはずだ。復讐は復讐しか生まないって。お前らの『心』のどこかで、そう思っているはずだ」


「僕は・・・僕は」

苦しそうに出る声からティスタが葛藤してるのがわかる。やはり本人だって気が付いていたんだ。こんなことには何の意味もないと。それでもやめられなかった。その憎しみをどこかにぶつけたかった。自分が間違っていると思いたくなかった。そんなアイツらにずっと寄り添ってあげられる人間がいなかった。2人の行為は許されるものではない。彼らは人間にとってはもしかしたら殺人を繰り返した憎い存在なのかもしれない。でも見方を変えれば、彼らは行き場を失ったかわいそうな人形だ


「ティスタ、もうやめよう?この先こんなことしていたって私たちはきっと救われない。ただ誰かの憎しみを受けるだけだよ」

アイミスはティスタにそう寄り添う。

「でも」


「私たちには『心』があるんだよ?私たちが味わった苦しみを私たちが誰かに押し付けてるんだよ?そんなのホーエンハイムと同じ、ううんそれ以下だよ‼」


「っ‼」

ティスタは一瞬驚いたような表情を見せたがすぐに暗い表情に戻る。だが震える手でゆっくりと足元の神器を拾い上げる。不安はあるのだろう。当然だ。例え、要らないものであったとしても今まで持っていたものを捨てるのは躊躇してしまう。捨てた先に何が待っているのか、わからないこそ怖い。でもティスタは勇気を出して一歩踏み出した。小さくても、震えていても間違いなく踏み出した。


ならば俺もそれに答えようと思った。1歩また1歩と俺はティスタに近づく。そして目の前に立つ。そして神器を持って震えるティスタの手を取る。まったく我ながらバカなことをしている。「本当に刺される意味があるのか」と人は俺に聞くだろう。きっと大した意味はない。でもこれはけじめみたいなものだ。理屈ではなく、自分自身でそうしたいと思った。かつて復讐に溺れた俺自身への罰、とでも思えばいい。


「これが、お前が誰かに流させる最後の血だ」

そう言って俺は自分の腹にゆっくりと神器を突き刺した。恐れなどない。鋭い痛みが広がり服に血がにじむ。痛い、信じられないくらいに痛い。その痛みの中で当時のことを思い出していた。長い復讐の呆気ない終わり、納得できない終わりにただうつむいて家に帰ったあの日。泣いたあの日。すべてをやり直して再スタートしたあの日を。


俺はティスタの頭に手を乗せて言った。


「今までよく頑張ったな」

こんな状況で言うべきではないだろうが今言わなければならないような気がした。それが限界だったのだろうか、ティスタの目から大粒の涙がこぼれた。かつて人々が冒涜と蔑んだ人形は今では、いや元より人間と大差はなかった。誰かを憎むだけの感情があり、昂り流せる涙があり、そして何より遅かったとはいえ誰かの悲しみを理解できる『心』を持っていた。


彼らは200年も生きてはいたがその姿も『心』もまだ子どものままだった。


「ごめんなさい。・・・ごめんなさい」


「それは俺に言う言葉じゃない。それにそれはこれからの行動で示していけばいい。一緒に少しずつでも人と寄り添える道を探そう」


俺は自分に突き刺さった神器を引き抜いた。血は出ているがこの程度大したことはない。神器でできた傷はいつもの自然回復では塞がらない。このまま放置すれば出血多量で死ぬ。俺は最強の回復薬である『天使の寵愛』を取り出すとそれを一口飲んだ。すると肉が焼けるような音とともに急速に傷が塞がる。そしてあっという間に傷は消えて服についた血だけが残る。


「フォン、これでいいだろ?こいつらは復讐心を捨てた。もうお前が2人を追う必要はない」


「追う必要はない?・・・だと?ふざけるな!!そいつらは殺人鬼だ!!復讐に取り憑かれ罪なき人々を殺した!!罰も無く生きるだと?そんなことが許されるものか!」


出会った時からは感じられないほどの怒りと冷静さを欠いた表情。その怒りは間違っていない、当然のものだ。これだけの大罪を犯しておきながら生きるチャンスを与えられるなど納得できるものではない。


「罰はある。言ったはずだ。償う機会が必要だと。こいつらには生きてもらう。人間と寄り添ってこれからずっと生きてもらう!その中でこいつらが償いを見つければいい!」


「2人が君との約束を護る保証はどこにもないんだぞ!?」


「ある!!ティスタの涙は本物だった。後悔と悲しさと安心からの『心』の涙だった!」


「何を!復讐に取り憑かれた殺戮人形(キリングドール)がそんなものっ!!」


俺は核心を突いた。


「フォン、復讐に取り憑かれているのはお前の方だ」


「っ!!?」


フォンが怒りを感じ、ティスタとアイミスを追っているのはおそらく正義感から来るものではない。正義感からの怒りにしてはあまりにも殺意が高すぎる。フォンがティスタたちを追っていたのは2人と同じ復讐のため。ホーエンハイムを殺されたからなのか、それとも殺された人間たちの敵討ちなのかそれはわからないがフォンからは俺と同じような黒く淀んだ誰かを憎むようなオーラのようなものを感じた。同じ復讐者にしかわからない特別な雰囲気だ。


「お前だけが未だ気が付いていない。2人を殺せば何かが変わると信じているんだ。フォン、そんなことをしたって何も変わりはしない。過去の俺がそうだったように、今の2人がそうであるように。このままじゃお前がすり減っていくだけだ」


フォンは力なく1、2歩後ずさる。俯いたその顔は驚いたような、絶望したような表情だった。自分がティスタたちと同じ復讐に取り憑かれた人形だったということに気が付いてしまったから。もっと冷静でいられたならもっと早く気が付くことも・・・いやフォンも心のどこかで気が付いていたのかもしれない。そしてティスタたちと同じ、と思いたくなかったのかもしれない。


冷静な態度の裏には200年もの間消えない怒りと憎しみがあった。


「こんな結末、僕は認めない。・・・・・だがこの結末は君がいる限りきっと覆ることはない。

僕では覆せない。そして何より僕自身が殺戮人形(キリングドール)だというなら。もう生きる理由もない」


フォンは完全に戦意を喪失していた。そこには持ち続けていた憎しみも怒りもない。今の彼にあるのは現状を変えられない自分に対する失望と自身も殺戮人形(キリングドール)であったという絶望だけだ。


「っ‼待てっ‼」

嫌な予感がして俺は咄嗟に声を発したがフォンはそんなことなど聞こえていないようだった。

フォンは自分の胸を自分の手で貫き、手を突っ込んだ。そして体の中からキューブ状の黒い何かを体から引きちぎるように取り出す。


「憎き者の新たな人生に呪いを、そしてその救世主に我が憎悪を」

その顔は酷く冷静なものでなんの表情もないまるで心のない人形のように無機質だった。フォンはそれだけいい残すとそのままその場に倒れて動かなくなった。近づいて確認してみるが反応はない。完全に動かなくなってしまったようだ。手に握られていたキューブ状の黒い何かを取ると静電気を感じた時のように一瞬の痛みを感じた。


そのキューブは硬く温かく、魔力を感じる。おそらく心臓のような役割を果たす部品だったのだろう。フォンはそれを自ら引き抜いて自害したのだ。目的を失い、事実を突き付けられたフォンにとって最も楽だった選択肢は自身が消えること。残酷な話だがそれもまた復讐に生きた者の選択肢の1つだ。


「帰ろう」

俺はそれだけ言うとフォンを抱える。当然このままにはしておけない。こうなってしまったのは俺のせいでもある。だから責任を持って弔う。




家の庭にフォンを埋めて簡易的な墓を作って弔った。フォンの顔は眠っているように目を閉じていたが安らかとは程遠いような気がした。俺は忘れてはいけない。今日起きたことを。誰かを救うことが結果的に誰かを殺すことになってしまったことを。



すべては1週間にも満たないたった数日の出来事であった。




ティスタ、アイミスの2人を同居人に加えることにあたり、メイドの2人に誤魔化すのは骨が折れた。「殺人鬼です」と正直に話すことだけは容易い。だがその先は絶対にうまくいかない。結果として

俺はまた1つ『嘘』という罪を重ねてしまった。そしてその嘘を作るのも苦労した。とりあえず「実験で使われていた魔動人形(ドール)を引き取ることになった」と説明した。メイドたちにもどこか

腑に落ちないところはあっただろう。だがそれでも受け入れてくれた。




俺は風呂の中で一連の出来事をぼんやりと思い出していた。ここまでやっておいて今さら考えては

いけないのだろうが思ってしまう。「本当にこれでよかったのか」と。きっとこれは最善ではない。もっとまともな手段はあったのだろう。やってしまったことに後悔はない。もっと力があればそう思うがこれが今の俺にできる限界だった。そう信じたい。


「おっ風呂だーーー‼」

俺の思考をぶち壊したのはそんな騒がしい声だった。入ってきたのはティスタとアイミス。

ん?アイミス?

「なんで今入ってきた!?」


「仕方ないだろう。アイミスが入りたいとうるさいんだ」

ティスタは変わらぬ調子で言う。


「あはは!どぼーん‼」

そう言ってアイミスが浴槽に飛び込んでくる。


「お前はせめて上と下を隠せ‼あと飛び込むのはマナー違反だ!」


「えーでもそれって大浴場でのルールでしょ?家なんだし隠す必要もないし、飛び込んだって誰にも迷惑かからないじゃん」


「順応性高いな‼でも俺は男でお前は女だからやっぱり隠せ‼」


「アイミス、だから言っただろう?局部を隠すのが常識なんだ」

こんな状況でもティスタは冷静だ。さすがは200年生きている合法ショタなだけはある。それに対してアイミスはまだ精神的に幼さが抜けていないようだ。


「どうして?下は違うけど上はティスタと大差ないよ?ほらぺったんこ」


「でも僅かに膨らみが」


「詳しく解説しなくていいから大人しく見えないように浸かってろ!」

まったく、こっちは真剣に考えているというのに呑気な奴らだ。


静かになった風呂場の中でティスタが口を開いた。


「本当に僕たちを庇っていいの?これは犯罪だよ?」


「今さら言うなよ。それに庇ったと言えば聞こえはいいけど実際はお前らが間違いを起こさないようにするための監視みたいなもんだ。それにお前らを警察に差し出したところで信じてもらえねえよ。多分バラバラにされて実験用にされるくらいだ」


「・・・・それならたとえ監視されているとしても生きていける僕たちは幸せだ」


「フォンは・・・」

アイミスはしぼんだような悲しそうな声でつぶやく。


「フォンが死んだのは気持ちを暴走させたお前たちと、生きる意味を奪ってしまった俺のせいだ。

フォンのことを思う気持ちが少しでもあるのなら、生きている誰かのために生きることだ。困っている人がいたなら助けたり、寄り添って生きる。それがせめてもの手向けだ」


「「・・・・・」」


これからこの2人が罪を償えるのか、それはわからない。だが俺の目が黒いうちはもう二度と間違った道に進ませるわけにはいかない。難しいことは要求しない奪った命の分だけ誰かに尽くしてくれればそれでいい。




自室に戻るとユウナがベッドに座っていた。どんな話がしたいのかはなんとなくわかる。


「今回のこと、あんまり納得してないんだろ?」


「ええ、まだ迷ってる。流れるままに乗ってしまったけどこれが正しいことだったのかどうか」


「正直なところ俺にもわからん。ただあの2人を見て助けたいと思った。それだけで動いてしまった」


ユウナも俺も迷っていた。今回の件は今までとは違う。力で解決できるわけではない。今回はそれぞれの感じ方次第で見方が変わってしまう複雑な出来事だ。ただの若造である俺の考えは非難されるものかもしれないし、支持されるかもしれない。悪かもしれないが見方によっては善かもしれない。

簡単には決められない。


「でも私が1つ思うことがあるとするなら、今回の件は死は避けられなかったと思うの。あの2人を助ければフォンが、フォンを助けすればあの2人が死んでいた。仕方なかったと考えているわけじゃないのよ?単純にどちらかの道しかなかった。私はそう思ってる」


「そうか・・・」

死は避けられなかった。すべては結果論でしかない。けど俺らにはそれしか出せない。結果は起こってみなければわからない。


魔動人形(ドール)たちはかわいそうな存在よ。せっかく心を持っているのにその心を復讐にしか使えなかった存在。誰かに憎しみをぶつけて、その憎しみの跡を追って、そんなことをずっと繰り返していた。あなたはそのロンド(繰り返し)フィーネ(終わり)だった」


「・・・・・」


「ねえ、1つ聞いてもいい?不快にさせるかもしれないけど」


「なんだ?」


「あなたは一体何を失ったの?」

9年ほど前、俺が7歳のときに何を失ったのか。過去のことを話すのは好きじゃない。特にその時のことを話すのは。過去は嫌なことばかり思い出す。誰にでも嫌な過去が1つくらいはある。それは普通のことだ。だが坂下レイジという男の人生は普通ではない。謙遜できる程度ならばどれだけよかっただろうか。それだけ奇妙な、というよりも現実離れした人生。きっと誰にも理解はできない。


俺は少し考えてからこう言った。

「・・・アガペー」


「?」


「さ、もう寝よう。明日も仕事はある」

そうして俺はユウナを部屋から追い出そうとする。


「レイジ、今回の件はあなたのせいじゃない。むしろあなたは繰り返される憎しみの連鎖を終わらせた。誰が何と言おうと私は立派なことだと思うわ。・・・おやすみなさい」


ユウナはそう言って部屋を出た。立派か、自分では誇れたものじゃない。でも誰か1人でもそう言ってくれるなら少し救われた気分になる。


俺が何を失ったのかユウナは理解できていないようだったがそれでいい。今はまだ知られたくない。すぐにわかるかもしれないが今はまだ踏み入ってほしくはない。いつかユウナが心の底から信用できる相手になったのならその時話そうと思う。


俺は明かりを消して眠りについた。


皆さんこんにちは。春深喜です。

普段は章の終わりに皆様へのちょっとした挨拶として後書きを書いていますが今回は少し長めに話したい気分なので後書きを書いています。

早速ですが今回のお話はどうでしたか?この話は「復讐」をテーマにしているだけあって普段の

バカっぽい勢いだけの話とは違って少し後味の悪い話になっていたと思います。


私なりに「復讐とはなんぞや」と考えて「まあこんな感じ・・・かなぁ?」と結論付けたものになっているので読者の皆様とは意見が分かれるかもしれません。「復讐」が「復讐」を生みロンドのように無限に続く。一体誰がいつ終わらせるのが正しいのでしょうか。話の中では主人公のレイジがロンドを終わらせるフィーネとして活躍しましたが、実際もし助けてくれる人がいなければもしかしたら終わりの見えない復讐劇が続いていくのかもしれませんし、誰かが苦しい決断を迫られるのかもしれません。とにかく人の感情が絡む問題は難しいものですね。


さてさて、「復讐」についていろいろ思うところはあるでしょうが後書きはできるだけ短くまとめた方が読みやすいと思うので話題を「私」の話題に変えましょう。


今回の話を書くのは苦労しました。「どう決着をつけるのか」とか「復讐って何!?」とか自分で決めたのにテーマが難しすぎて「なんてテーマにしてしまったんだあああ‼」と悩みながら今回の話を書いていました。(笑)そのせいで投稿までかなり時間がかかってしまいました。(すみませんでした)

特にどう話をまとめるかは悩みました。綺麗にまとめすぎるとありきたりで、後味を悪くしすぎると重たくなってしまう。その辺のバランスを考えた結果今回の少し暗い結末になりました。個人的には悪くないと思っています。


そういえば普通の主人公だと思われた(?)レイジの暗い過去が少しだけ話に出ましたね。どうやらレイジは7歳の時に「アガペー」と呼ばれる何かを奪われて、復讐を心に誓ったようです。それが何なのか、そもそもレイジはどんな過去を持っているのか、まだわかりませんが話が進んでいけばもしかしたらわかるかもしれませんね。


あとここだけの話1つだけ、皆様に懺悔したいことが。できれば聞き流してもらえると助かるのですが


今回の話、構成に関して完全に失敗しました。もっと長い話にするべきだったのですがぎゅっと短くしてしまいました。今回の話は結構深刻な内容なのに対して話が短いので、もしかしたら読者の皆様がティスタやフォンに感情移入できなかったではないかと心配しています。「問題なかった」「ダメだった」よろしければ感想ください。


さて長くなってしまいましたが今回はこの辺にしておきます。

次回はこの「異世界日常編」の最後の話でお会いしましょう。

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