ドールズロンド その5
復讐、そんな言葉のことを俺は自室である地下室で考えていた。一体2人に何があったのか。ホーエンハイムを殺した理由が何かの復讐だとして他の人間を殺すのも復讐なのだろうか。すべての人間を恨み、憎むほどの復讐心、何がそれを生み出してしまったのか俺には想像もできない。俺だって誰かを憎んだことはある。でも人間全体に憎悪したことはない。
「また何か厄介なことに巻き込まれているのかしら」
気が付くと開いた扉によりかかるようにユウナが立っていた。登場がいちいちおしゃれな奴だ
「入るときはノックしてくれ」
年頃の少年少女の部屋はちゃんとノックしないと駄目だから、だっていろいろ多感な時期だもの。
ノックしないで開けると思わぬ現場に遭遇する可能性があるからね。例えば天から落ちてきた美少女
とか、学校のイケメン王子様とか庇ってるかもしれないので絶対にノックしよう。
「一応したわよ。で、どうなの?」
考え事していたせいで気が付かなかったようだ。あまり考えすぎても意味はないか。本人たちの事情だし本人たちに聞かない限りどうにもならないだろう。動機も分からないし解決にはつながらないな。
「まあそうだな。でもどうにかするさ」
「解決の目処は立っているの?」
「もちろん・・・って言いたいけど。今回ばかりは少し面倒かな」
復讐心を平和的に消す方法があるのならぜひ教えてほしいものだ。誰かの気持ちを動かすのは簡単じゃない。手で掴めるわけでも見えるわけでもない。そのうえ生まれたときから、もしくは変化が起きたその時から離れず取れず染みついている。体の傷はすぐ治るが心の傷は治りにくい、というやつだ。
「・・・何か手伝うことある?」
「そうだな・・・ん?今なんて言った?」
「だから、手伝ってほしいことあるって言ってんの」
「どういう風の吹きまわし?後から大金請求されそうでちょっと怖いんだけど」
厄介ごとに巻き込んでしまうということは何回かあったがユウナ自身が率先して首を突っ込もうとするのは初めてだ。でもこの女の性格を忘れてはいけない。この女は冷酷、ドS、そして大食。タダで働くとは考えにくい。絶対に後から金を要求してくる。
財布に一体いくらあっただろうか。せめて3万は入っててほしいな。
「別に何も取らないわよ。ただ」
「ただ?」
「たまには手伝おうかなぁって、・・・恩もあるし」
ユウナはそっぽを向いて長い白髪を指先でくるくるといじりながら言う。恩がどうとか言ってるしこいつなりの感謝ってことなのかな。それとも誰かを気遣うことを覚えたのか。まあどちらでもいい。手伝ってくれるというのだから手伝ってもらおうじゃないか。
「実はな」
俺はこれまでの一連の出来事をユウナに話した。
「大体わかったわ。とにかくその殺戮人形を何とかすればいいのね」
「どうにか平和的に解決したい」
「平和的にって、それは」
「わかってる。無理だって言いたいんだろ。話し合いで解決できるかも怪しいし、そもそも殺人鬼を助ける理由もないし、助けるってことは犯罪者を庇うってことになる」
「それならどうして?あなたの性格なら悪は許せないんじゃない?」
確かにアイツらのやってきたことは許されることではない。きっとここで壊したり、騎士団に引き渡すのが本来やるべきことなんだろう。それがきっとこの世界に住む人々のためになるだろう。でも、それでも俺は失うのが怖い。例え他人であっても、それが悪人であっても、それが人間じゃなかったとしても、あったはずの続いていくはずだったものが無くなるのが怖い。あの2人を助けたいのは全部俺のエゴだ。
俺が嫌な思いしないため、怖い目に遭いたくないため。それが半分だ。
「例え壊すことになるとしてもこのまま終わらせるわけにはいかない。それじゃ意味がないんだ」
「どうするつもり?」
「わからない。でもアイツらと少しでもいいから話せる機会が欲しい」
「まさか「復讐はやめろ」って説得するつもり?そんなの何の説得力もないわよ」
「まあな。けど俺も伊達に坂下レイジやってないさ」
「?」
「とにかく明日はティスタとアイミスを探す。後のことはそれからだ」
ユウナは最後の俺の言葉を理解できていなかったようだが無理やり話を終わらせて部屋から追い出す。
俺は伊達に坂下レイジをやってない。少し変な言葉を使ってしまったかもしれないな。
でもまあいいか。時には理解しない方が、というよりも理解してほしくないものだってある。
バカな俺にも知られたくない秘密や悟られたくない秘密はある。いずれ話さなければいけない日も来るかもしれない。でもその日は遠い。まだ話す気にはなれないから。だが今回ばかりはあまり話したくはないが俺の秘密の一端が役に立つかもしれない。
気は進まないがそれで誰かを助けられる可能性があるというのなら多少は嫌な気分も紛れるだろう。
次の日、俺とユウナはティスタとアイミスを探し始めた。西区にいるのかはわからないがまずは近場からということでそれぞれ探し始めたのだった。区は広い。すべてを探すのは無理がある。俺が探すべきは人気の少ないところ、普通なら行くこともないような場所、路地裏とかだ。
まあそんな簡単に見つかるはずもなくいくつかの建物と建物の隙間やら暗い道やらを探しているが今のところ全く手掛かりはない。聞き込みも何回かしてみたがこちらも手掛かりはなし、やはり何のヒントもなく見つけるのは無理か。おそらくフォンも今頃2人を探しているだろう。フォンよりも先に2人を見つけないと多分話し合うこともできなくなる。だからその前に見つけたいな。
「おじさん、薄焼き1つ」
ここ最近通り魔の事件が起きたという話は聞いていない。おそらくだがティスタたちは俺とフォンに追われているせいで犯行を行うことができないないのではないだろうか。つまりそれほど余裕がないのかもしれない。昨日俺たちから逃げ切った後に犯行が行われなかったのは隠れるため、いやもしかして動けなかったのか?
「まいど、トッピングは?」
「クリームとイチゴ」
2人は西区に逃げていて、俺も西区にいることを知っていたから警戒して動けなかった。そう考えるのは少し都合が良すぎるか。くそっ自分で変な仮説を立てたせいで余計に分からなくなってきた。西区にいるような気もするし、そうじゃないような気もする。北区は貴族が多い分警備も厳重でなにより貴族以外の者は目立つ、南区に戻っているとも考えにくいし、いるとするなら西か東のどちらかのはずだが。
「はい、700ルド」
完全に運頼みな状態だ。今から東区に行くのも手段の1つだが1人で東区全体を探すのはさすがに無理がある。やはりまずは西区をくまなく探す方が効率的なのかもしれない。運よく目の前でスイーツで呑気に食っていないだろうか。そうすればすんごい楽だなぁ。
「ええっと」
なんか急にバカみたいな思考になってきたな。もう糖分切れたのか。ちょうど屋台もあるしバカな思考になってきたついでに俺もたまにはJKが食ってそうなスイーツでも食うか。ため息ばっかりついてても仕方ないしな。休憩として糖分を補給しよう。
「サーセン、薄焼き1つ。クリームとイチゴで」
「まいど、すぐ作る」
待っている俺の隣では少女がカバンをガサゴソしている。財布を探しているのだろうか。この少女を見ているとあの2人も人間ではないとはいえこの少女みたいに子供として普通に暮らすこともできたのではないかと思ってしまう。何があったのかはわからないけど復讐が2人を変えてしまった。それをもう1度変えることはできるだろうか。何をしたってあいつらのしてきたことは消えるわけじゃない。
高望みはしない。ただ復讐に囚われる前の2人に戻せればそれでいい。
それにしてもこの子めっちゃアイミスに似てるな。フリルとリボンが付いたロリータファッションのような服装にソックス、一部三つ編み・・・赤い眼・・・・・左眼に包帯。
んーーーーこれ本人じゃね?いや絶対本人だよ。特徴が一致しすぎだろ。街中で偶然にも芸能人見つけたような感覚だわ。こんな都合のいいことある?やっぱ俺って運良いよな。いやそれ以前にお前逃げてるくせに何で昼間から堂々と街中で薄焼き(クレープっぽいスイーツ)買ってるんだよ。
いろいろ言いたいことはある。だがこれは超好都合。この機会を逃すわけはない。とりあえず神に感謝だな。
「おっさん、いくら?」
「700」
「この子のは?」
「それも同じ」
俺は1400ルドを置いて薄焼き2つを受け取る。俺の存在に気が付いたアイミスが恐ろしいほど目を丸くした驚いた表情でこちらを見上げる。まあそりゃ驚くよな。俺も知能が全て溶けるくらい驚いたもん。
「ほら、お前の分だろ。安心しろ今回は別に争いに来たわけじゃない。ちょっと話がしたいだけだ」
俺が薄焼きを手渡すとアイミスはそれを恐る恐る受け取る。警戒されて当然か。普通なら最初に出会ったあの時点で死んでいるはずなのだった、でも生きている。ティスタに顔に爆弾を投げつけられた、でも生きている。2人からすれば人間離れした全く別の未知の生き物だ。何をされるかわかったもんじゃないだろう。
俺は近くのベンチに腰掛ける。アイミスは逃げ出すこともなければ戦う意思を見せることもない。
何かを言うわけでもなく薄焼きを両手に持ったままその場に立ってこちらを見ていた。
うーむどうやら完全に畏縮しているようだ。
「そんなビビんなよ。話がしたいだけって言っただろ」
俺は座るように促す。アイミスはそそくさと俺の隣に座る。そして薄焼きを小さく一口食べた。ふと思ったのだが魔動人形なのにものを食べることができるのか。消化する器官があるのだろうか。いや、それ以前に味覚があるのか、ならば五感があるということになる。見た目も機能も人間と大差がないということか。人形というよりもほぼ人間、言われなければ気づけないだろう。
「な、なに?」
俺はそろそろ本題を切り出すことにした。
「お前ら何で通り魔なんかやってんだ?」
「フォンに会ったんなら知ってるでしょ」
アイミスは暗い口調で言う。
「復讐とだけ。なぜホーエンハイムを殺した?生みの親だろ」
「私、あの人嫌い。いつもひどいことしてきたんだもん。髪の毛引っ張ったり、蹴ったり殴ったり体をいじくられて、すごく痛かった」
「だからホーエンハイムと同じ人間を恨むと?」
そう聞くとアイミスは首を横に振った。
「人々もホーエンハイムと同じことをしたの。「人形は気持ち悪い」って「魂の冒涜」だって。変な話だよね。自分たちが追い求めた研究の成果で勝手に作ったくせに勝手に捨てて、やり返されて当然なのに今度は「通り魔」扱い。人間は勝手すぎるよ」
「けど全員がそうだったわけじゃないだろ?」
「手を差し伸べてくれる人はいたよ。でも全員が途中で保身のために私たちを裏切るか、迫害されて死んじゃった。だから決めたの。人は許さないって。人は自分勝手、当然のように奪うくせに奪われるのは嫌い。だから何度も何度も何度も何度も殺した。私たちが生きるために、この気持ちを消すために。なのに何も起こらない、変わらない。どれだけあがいても私たちは人形のまま」
アイミスは薄焼きの最後の一口を飲み込むと「もう、疲れた」とだけつぶやいた。
その顔は疲弊した人間そのもの。200年も曇り続けている気持ちを晴らすことも出来ず、自分たちが生きるために、そしてその気持ちを晴らすために人間を殺し続けた。その長い苦しみを理解するのは俺には難しい。憎しみに憑りつかれた心は全身を縛り上げられるように苦しい。それを200年も続けるなんて俺には耐えられない。
「お前はこれからどうしたい?」
「わかんない。けどティスタについていく。・・・お兄ちゃんだもん」
「本当にそれでいいのか」
「だって、離れたくないもん。もう私にはティスタしかいないもん」
包帯が巻かれているせいで片目だけの赤い眼にうっすらと涙が浮かんでいた。心があって、物を食べて、涙を流す。これはもう完全に人間じゃないか。これが人間じゃないじゃないっていうなら一体何が人間だというのだろうか。人形がこんなに温かい心を持っているのにそれを作った人間にはそんな心を持たない人たちもいる。これじゃどっちが本当の人間なのかわからない。
「そうじゃねぇよ。こんなことをずっと続けるつもりなのかってことだ」
「だってもう戻れないよ。ここまで殺してきた私たちを一体誰が許してくれるの?例えこの生活を終わらせたとしても私たちは普通には生きられない。見つかればきっと研究のためにバラバラにされる。もう遅いよ」
重ねてきた罪の代償。それは恐怖。許されない恐怖、いつバラバラにされるかわからない恐怖、誰かに傷つけられる恐怖。こいつらの生きる道はすでに決められている。このまま殺人鬼として生きていくか、復讐を捨てて死ぬかその2つしかない。アイミスの言った通り2人は普通に生きていくことはできない。償えるのかわからないほどの人を殺してしまったうえに2人は魂の実験の目に見える唯一の成果だ。バレてしまったら魔法使いたちが黙ってはいないだろう。
小さく震えるアイミスの背中はもとから小さかったがそれよりも小さく、風で今にも消し飛んでしまいそうなほど脆弱に見えた。そしてその姿を昔見た光景を重ねてしまった。小さなソイツが悲しんでいるのを見て昔の俺はなんて声をかけたのか。俺がまだ小さくて弱いクソガキだったころのことだが忘れるはずもない。
「俺がついてる」
悪い癖かな。でも体を止められなかった。動いてしまっていたんだ。かつての自分が大切な人にそうしたように、大切な人にそうされたように。俺は優しくアイミスを抱きしめた。その肌は人間のものというには少し硬かった。だがその体温は人間と同じくらい温かった。
「何・・・?変態なの?」
「変態じゃねえよ。ただお前らを放っておけなくなっただけだ」
「どうして・・・」
「意味わかんねえよな。敵として出会って3日くらいしか経ってないのに。でもな、お前らを見てると思いだすんだよ。昔の俺と、妹を。だから放っておけないんだ・・・」
情けない話だ。自分の過去を思い出すから放っておけないなんて。きっと俺は関わるべきじゃない、さっさと騎士団に差し出すだの壊すだのすればいいのに自分の過去を思い出すからって助けようとして、そして助けようとしている側なのに自分の心の傷が少しずつえぐられていって自分自身が傷ついている。自分が嫌だから他人の有無を言わさず他人の問題に首を突っ込む。お人よしなんてキレイなものじゃない。
やっぱり俺はただのバカだ。それもお節介バカ。でもそのバカさが俺に勇気をくれる。前へと突っ込んでいけるんだ。
俺はアイミスの目を見て言った。
「人間を許せとは言わない。でもこの現状を変えたいと少しでも思うなら、俺に頼ってみてくれないか?」
「信じられないよ。皆そんなようなことを言っていなくなった」
「俺はいなくならないさ。ここまで来て投げ出すなんてバカげてる。それにそう簡単に死ぬこともない。それはお前もよくわかっているはずだ」
アイミスからすれば俺の言葉は信憑性に欠けるものだろう。口では何とでも言える。残念だが俺にはこの言葉に絶対的な信憑性を持たせることはできない。できることといえばそれこそ信用できない言葉を並べることくらいだろうか。
「わかんないよ。そんなこと言われたって・・・」
「んじゃティスタに会わせてくれないか?ティスタとも話がしたい」
「でも」
「アイミス、これは最後のチャンスだ。俺はお前らを見逃すわけにはいかない。良くも悪くも決着を付けなくちゃいけない」
アイミスはやはり迷っていたが「ついて来て」と言って歩き出した。脅す形になってしまったことに罪悪感はあるが俺と出会ってしまった以上これが2人にとって最後のチャンスであるのは間違いない。これ以上無関係な人間を死なせるわけにはいかないのだ。
2人が何を選んだとしても俺は決着をつけるつもりだ。




