ドールズロンド その3
南区に到着したのは夕方だった。空の青は緋色に塗り替えられようとしていてすでにほとんど青色は残っていない。南区は俺が思っているほど荒れている場所ではなかった。景観は西区と大した違いはない。普通に家が建っているし、「窓割れてね?」なんてこともない。違いがあるとするならゴミが少し多くて汚いことと、人が少しばかり少ないこと。店もすでに閉まっているところが多い。それ以外はこれと言っておかしなところはない。今のところは。
本当にヤバいのは外壁付近だとアリシアが言っていた。騎士団ですら躊躇うような場所だと。俺は握った少し汗ばんでいる手を開く。指の間を風が通り抜け冷たい感覚が手を包み込む。この汗は恐れではなく疲労や気温によるものだと信じたい。俺は南区の街をさらに奥へ奥へと進む。ただの街なのにまるで普段クエストで向かう洞窟のような緊張感とゾクゾクとする好奇心。進めば進むだけ街はその姿を変えていく。人はもうまったくいない。立派な建物は窓が割れ、無人のハリボテと変わりはない。地面のごみも増え、石材、木材もちらほら見掛ける。
さらに進んで坂道を下っていくとそこはもう王都の中とは思えないような光景だった。その光景に俺の思考すべて吹っ飛び思わず立ち止まって目を大きく見開く。そこは完全に廃墟、まともな建物はどこにもない。壁が崩れ、中身がむき出しのもの、ただの石や木の山になっているもの。どれも人が住める状態ではない。俺はその光景に臆することなく進んでいく。ここまでひどいともう逆に恐怖なんて感じない。まるで戦場跡のようなこの地域に思うのはただの驚きだけだ。恐怖なんてものはさっきの驚きで思考とともに吹っ飛んで帰ってこなかった。
本当にこんなところに人が住んでいるのか。先ほどからそこが疑問だ。凶悪犯が潜伏するとしてもここは場所が悪いと思うのだが。人が住める場所がどこかにあるってことか。俺のそんな浅い疑問は大して迷うこともなくすぐに答えが出てきた。家があったのだ。木でできた家、それが連なっていた。瓦礫の山かと思いきやボロい家だったらしい。明らかな手作り感のある小さな家はこの場所になければなかなかオシャレなものだっただろう。
人こそ見かけないがこれならティスタとアイミスがどこかに潜んでいてもおかしくはない。だがこの大量にある家のどこに潜んでいるのか探すのは難しそうだ。探している最中に感づかれる可能性もあるしな。それにここに入ってから木造りの家と崩壊した建物ばかり、同じような景色が続くものだから道に迷ってしまいそうだ。「よそ者にはわかりづらい構造」、確かに相手が南区に入ったことがないなら撒くのには苦労しないかもしれない。
「おいそこの兄ちゃん。待てよ」
困っている俺の前に現れたのは数人の男たち。服装は全体的に汚れていてボロい。顔は明らかに極悪人の顔だ。モヒカン、坊主、ただのボサボサ、モヒカン、モヒカン、モヒカンの進化系みたいなやつ、角。
モヒカン率高くない?南区では流行っているだろうか。というかそれぞれの髪型の主張が激しすぎるだろ、ただのボサボサが1番普通なのに1番目立たなくて特徴のない奴みたいになっているじゃねえか。
角とモヒカンの進化系みたいな髪型をしたやつは少し自重したほうがいいぞ。
「何か用か?水と食料以外は置いて行く気はないぞ」
消費しきれないくらい持ってるしな。欲しけりゃいくらでもくれてやる。
「持ってるもん全部置いて行きな。そうすりゃ命だけは助けてやってもいいぜ」
「まあ、ここで素っ裸になっちゃあどのみち生きていけねえだろうけどな‼」
「ひゃーはっはっはっ」
坊主の男の言葉にモヒカンが大声で笑う。どうして悪人のモヒカンというのは皆決まって「ヒャッハー‼」みたいな笑い方をするのだろうか。こいつら絶対に某世紀末漫画の中からここに異世界転生してきた人たちだろ。もともとはなんちゃラ王とかその辺に仕えていたけどなんとかシロウに指でつつかれて死んだんだろうな。モヒカンは転生してもモヒカンなのか。
「お前らこの辺で子ども見なかったか?男の子と女の子でどっちもちょっとおしゃれな服着ているんだが」
「あぁ?んなもん知るかよ。いいから身ぐるみ置いてけ!」
チンピラに聞いたところで無意味だったか。まあ素直に教えないのがチンピラの仕事でもある。職務を全うしているのだから俺も文句は言えない。
「けどまあしょうがねえよな。どのみち避けられないだろうしな」
「何言ってんだ?」
モヒカンの1人が近づいてくる。片手にはナイフと定番の武器を持っている。背は俺よりも高く上から俺のことを見下ろしている。背が高いのは羨ましい。俺もできることならあと数センチは伸びてほしい。平均よりも少し高いくらいが理想だ。デカすぎるのは良くない。なぜなら、
「お前らぶっ飛ばすのは避けられないって言ってんだ」
俺は目の前のモヒカン野郎の顎にアッパーを喰らわせる。モヒカン野郎の体が宙に浮き後ろへと倒れる。
デカすぎるのは良くない。なぜなら、相手が下に潜りやすくなるから。無論デカいのが悪いというわけではない。だが現状を見ての通り、顎は狙いやすい。ダビデがゴリアテを倒したように、時に小動物が人間を殺害するように、小さなものが大きなものより弱いなどという理屈は存在しない。大事なのは打開する策と技術だ。
「野郎‼やっちまえ‼」
チンピラたちが一斉に襲い掛かってくる。全員何かしらの武器は持っていたがそんなものが通用するほど転生者は、というよりも俺は甘くない。この程度の相手なら転生後の身体能力でなくても十分相手にできる。遅すぎる攻撃を躱すことなど造作もない。この戦いを説明する必要すらない。ただ相手からの攻撃を避けて、こちらの攻撃を入れるだけ。ただそれの繰り返しだ。そんな作業のような戦いは10分も経たずにあっという間に終わってしまった。
「これで終わりだ」
俺は最後に向かってきた角みたいな髪形をしているやつを一本背負いのように投げ飛ばす。他の奴らはすでに動けるような状態ではない。全員骨こそ折れていないはずだが複数個所の打撲と疲労でこれ以上俺に向かってくることはない。
「最後にもう一度だけ訊くぞ?2人の子どもを見なかったか。短髪の男の子と左目に包帯をしてる女の子なんだが」
「・・・知らねえよ」
「なら最近何か変わったこととかなかったか?どんな些細なことでもいい」
「・・・最近近くの教会に誰かが住み着きやがった。だが誰もその姿を見たことがねえ。そんくらいだ」
「教会か。ほらこれやるよ」
俺はそう言ってポーションを取り出した。神器でも何でもないどこにでも売っている安物のポーションだ。前に1度だけ買ってみたのだが全く使う機会もなければ、どんな傷でも一瞬で治せる神器である
『天使の寵愛』と自身の治癒能力のおかげでそもそも使う必要がなかったので余らせていたものだ。
どうせ俺は使わないし、傷だらけのこいつらを放置するのも気分が悪いしな。あげても問題ない。
チンピラを助けるのも変な話ではあるがチンピラに手を差し伸べてはいけないなんてルールもないし、チンピラの方だって別に悪い気はしないだろう。ただ恩知らずでないことを祈るだけだ。
それよりも教会か。姿も知らない誰かが住み着いた、あの2人の可能性は高い。すぐに行ってみよう。
幸い教会の場所はすぐに分かった。まわりの建物の背が低いためどこからでもそれらしき建物が見えたためだ。
意外と近くだったためたどり着くまで時間はかからなかった。だがすでに時間は夜になってしまった。太陽は完全に沈み、月明かりだけが唯一の光源だ。到着したそこはもとは確かに教会だったのだろう。だが今では周辺は一切の手入れがされずただゴミと砕けた石が転がる、両開きの扉は無数の亀裂が走り一部が欠け落ちて扉としては機能していなかった。雨風が防げるかどうかも怪しいほどの廃墟と化した教会のボロ扉を開ける。不気味な音を立てて開く扉が若干の恐怖を掻き立てる。
中は教会らしく長椅子が数台置かれていてその1番奥に祭壇のようなもある。だが外見でわかるように中も当然ボロボロだ。敷かれたカーペットはあちこちが裂けて、長椅子はほとんどが壊れている。祭壇は傾き、そこに神秘の力でも宿っているかのように月明かりがまっすぐ差している。どうやら天井の一部が崩落していてポッカリ穴が開いているようだ。悲しい話だが神への祈りもシスターたちの救いもこの地域では無力だったらしい。
教会の中には誰もいない。とっくに潜伏場所を移動してしまったのか、それとも感づかれて逃げられたか。そもそもここにはいなかったのかもしれない。俺は一応、教会内を見回して何か手掛かりでも落ちていないか探す。こういう時にドラマとかだと事件解決の決定打になる証拠とかが落ちていたりするからな。しっかり探そう。もし何か痕跡が残っていればティスタとアイミスは南区にいたということになる、はずだ。
しばらく教会内を探し回って見つけたものは2つ、1つは糸。アイミスの使っていた鋼鉄の切断ワイヤーの一部と思しき者が落ちていた。以前俺に使ったものと細さや材質が同じだった。これがアイツらがいた決定的な証拠だ。糸はかなり短かったため見つけられたのは完全に偶然だ。これは運が良い。
ただ、この糸は斬られた跡がある。そこが少し引っかかる。この糸はアイミスの使う武器みたいなものだ。それを自分で切る理由はない。
付近で争ったような形跡は多分ない。あったとしてもこの建物の荒れた状態からして見ただけではわからない。
もう1つの見つけたものは赤いビー玉のような何かだ。ルビーのように赤く、濁りのない透き通った
ガラスのようなものでできた小さな玉。何なのかはわからない。だが不自然に床に落ちていた。教会に、それも廃墟同然のところにビー玉が落ちているなんてあまりにも不自然だ。もしかしたらあの2人に関係あるものなのかもしれない。俺は赤いビー玉をポケットにしまった。
ここには他に何もない。2人がどこへ向かったのかはわからないが少なくともここにいたというのは
間違いないだろう。俺はその場で『切望の鎖』を使ってみる水晶の付いた鎖を垂らすと水晶は円を描くように回り始める。俺が揺らしてもいないのにその回転は不自然に大きくなっていく。ここにきてようやくこいつの使い方が分かった。この神器は探し物の方角を親切に教えてくれるものではない。ただ探し物との距離を教えてくれるものだったのだ。水晶の揺れが大きければ大きいほど探し物との距離が近いということだ。
あれ、もしかしてこの神器すごく使いづらい?なんなら役立たずの部類に入るのでは?神の道具なんだしもっと便利なシステムを搭載してくれてもいいんじゃないかな。
色々不満はあるがとりあえず揺れ方から結構近くにいるということだけはわかる。俺は天井に空いた穴から外に出る。教会の屋根の上から周囲を見回す。月明りだけの暗い木造りの街並みを肉眼で見回す、転生する前なら難しかっただろうが今ならこの暗さならある程度は見える。木造りの家の屋根を何かが動いた。遠いのと暗いのでよくわからないが何かが屋根から屋根へと飛んで移動している。きっとあの2人だ。
俺は屋根から飛び降りてその方向へと向かう。
今度は家の屋根へ飛び乗り屋根伝いに移動する。時に平ら、時に傾斜の屋根を走って飛んで遠くの方で同じように屋根の上を移動する何者かを追いかける。屋根の上というのは思っていた以上に走りづらいもので着地が安定しなかったり、思わぬところで屋根が途切れていたり、滑り落ちそうになったりとなかなか難しい。忍者ってすごいなぁ。
距離は少しずつ縮まっている。前方に見えたのはティスタ、アイミスの2人と
もう1人知らない奴がいた。そいつはフードを被りポンチョのようなものを羽織っていた。顔は隠れていてよく見えない。こいつも2人の仲間なのか?いや、でもそれにしては2人との距離が離れすぎている。
俺と同じように2人を追っているのか?
走りながら後ろを振り返ったティスタと目が合う。ティスタは驚いたように目を見開いたがまた前を向いて走ることに集中している。ずっと屋根を走っている絵面を続けているのもシュールだしそろそろ手を出すとしよう。俺はポンチョの奴のすぐ真後ろまで接近し、そのままティスタ達を捕まえるために走る。
あと少しで追いつくというところでティスタに顔に向かって何か投げられた。
真っ黒な球状の何か。それがまさに目の前、顔にぶつかるかどうかの寸前で大きく爆発した。




