ドールズロンド その1
「モグモグ、双子の、モグ、通り魔?」
あるいつも通りの特別なことなんて何もない日。その日の夜クエストから帰ってきた俺は久しぶりに飲み屋である黄金の鹿で外食していた。そしてそこで同じテーブルに座る男から妙な噂を聞いた。
「なんだ知らねえのか。この時期は街に通り魔が出るっていう怪談話みたいなもんさ」
「それ本当に大丈夫なのか?」
そういうのに限って実在する殺人鬼だったりするからな。
「夏時期は子どもとか若いのが夜遊びしやすいからな。実際は「早く帰らないと通り魔に刺されるぞ」っていう昔からある脅しだ」
「なるほど」
つまりあれか、「良い子にしてないとオバケが出るぞ」的なやつか。まあこの場合は都市伝説にも近いような気がするが。それにしてもそんな怪談話があるとは知らなかったな。双子の通り魔か、この世界って一応ファンタジーな世界だから幽霊とかだったらピッタリな話だと思うけどシンプルに通り魔っていうのが現実味があって幽霊とかより怖いな。
「だがまあこの伝承に乗っかってヤラカス奴らがいるから夏の初めが危険なのは間違いねえんだけどな。おかげで警備強化だなんだと仕事が増える増える」
「え?じゃあアンタ何やってんの?」
「休憩中にちょっとな」
そう言って男は酒を飲む仕草をする。
「はよ仕事戻れ‼」
「はいはい戻りますよ。長居してるとサディス団長に怒られちまう」
男はそう言ってジョッキの中の酒を飲み干すと兜を被って店を出た。男は騎士団の1人だったのだ。まったく油断も隙もねえな。仕事をしろ仕事を。仕事中に酒飲むとか日本だったら会社にもよるけどクビになっているんじゃないだろうか。仕事終わりのサラリーマンの如く家に帰ってから飲みなさいよ。
「ごちそうさん」
俺は金を払って店を出る。
「レイジさーん!お代足りませーん!」
帰ろうとした俺を止めたのはこの店の看板娘であるシルフィーだった。おかしいなしっかり払ったはずだが数を間違えたか?それとも銀貨と銅貨を間違えたかな。
「悪い悪い、いくらだ?」
「500ルドです」
「500・・・?」
妙だな。しっかり数えて払ったのに500ルドも足りないなんてことあるか?何かおかしくないか?俺は考えた。なぜ足りない、俺は数えた、間違いはなかった。なのに何故足りなくなった?その答えは俺が座っていたテーブルを見れば一目瞭然だった。テーブルの上には俺が食べた料理の皿、水が入っていたコップ、そして酒が入っていたであろうデカいジョッキが置かれていた。ここまで言えばわかるだろう。誰かが俺のテーブルで酒を飲んだのだ。そして俺と一緒にテーブルに座っていたのは1人。
まあ、つまり、なんていうか、うまい具合にやられたわけだなぁ。
「レイジさん?」
俺は金を渡しながらシルフィーに言った。
「シルフィーも人付き合いには気を付けろ」
「は、はい・・・?」
店を出た俺は表面に出ないようにイラつきながら、そして内面に抑えきれないほどに涙がちょちょぎれていた。トホホまさか気づかぬ間に一杯奢らされることになるとは。あのオッサン次に会った時は気づかないくらいの一瞬で眉毛剃り落としてやろう。俺を怒らせたことを後悔するんだなオッサン。畜生、なんでパチンコで負けてグレているオッサンみたいな感じになってるんだよ。もういいや、帰って寝よう。
どうせやることもないし。
「ねぇお兄さん、私と遊ばない?」
ちょうど家への帰り道、店も少なくなり薄暗い通りで誰かに話しかけられた。こんな遅い時間だし大人のお店のセクシーなお姉さんに話しかけられたのかと思って辺りを見るが誰もいない。ついに幻聴が聞こえ始めてしまったのだろうか。彼女がいないことをこじらせてしまった結果なのだろうか。そうだとしたら今後の目標は彼女を作ることになるのだが。目標にしても今年中に達成はできないだろうなぁ(泣)
俺はまたトボトボと歩き出す。もう限界なんだ、心の支えを見つけなければ多分俺の心は壊れてしまう
だろう。でも特に楽しいこともないし、愛しの妹もいないし、どうにもならないな。
「お兄さん、遊ばない?」
そう言って俺の前に立ち塞がったのは1人の少女だった。俺はその少女について冷静に、そして迅速に分析する。身長は低く俺の胸のあたりくらい、髪は長く右の髪の毛の一部が三つ編み、目は赤いが左眼を怪我しているのか包帯が巻かれている。着ている服は貴族だからなのか、フリルの付いたスカートとリボンのついたロリータファッションのような服装。足はソックスで隠しているのか。まあ年相応の格好といえるのか?
「えっと、もう遅いし子どもは家に帰りな。このへんで子どもたちもよく遊んでるぞ。その時に遊びな」
見た目は明らかに子ども。もう夜遅くだし親も心配するだろうから家に帰ってもらわないとな。夏は夜遊びする子供が増えるってオッサンが言ってたけどもうそんな子どもが湧いてるのか。夜は危ない、警備が増えているとはいえ夜の街にはどんな奴らがいるかわかったもんじゃない。ただの冒険者とはいえ子どもをやべぇヤツから守るのも俺の、大人の役目だ。
「えー今遊びたいのに!ねぇ、楽しいことしよ?」
少女はそう言うとスカートの両端を摘まみ持ち上げていく、ソックスで隠れた小さな膝が見え、細く、白い生足があらわになっていく。そしてスカートはどんどん上へと上がっていきもう下着が見えそうというところで俺は少女のスカートを無理やり引っ張ってバッと下ろした。ふー危ない危ない。危うく変態ロリコン不審者にされてしまうところだった。
少女は少し驚いたような表情でこちらを見ている。
「女の子はもう少し自分を大切にしろ。俺だから何事もなく済んでるけど他の男にやったらひどい目に遭わされるぞ?」
まったくなんなんだこの子は。まさかこの見た目で俺より年上ってことはないよな。いや、そうだったとしてもここまでの行動は度が過ぎている。ここは1人の常識人として、紳士として冷静に対処しなければ。
「夜道は危険だ。騎士団の人に家まで送ってもらおう」
俺が家まで送るのは犯罪者臭いのでここは騎士団の人間に任せるのが1番いいだろう。
「お家、お家はないの。ううんお家は必要ないの」
「?」
少女の言葉の意味を考えようとしたその一瞬、背中に何かがぶつかった衝撃を感じた。見るとそこには少女と同じくらいの身長、年齢の少年がいた。俺はまた瞬時に分析する。少年の格好は少年探偵のような格好で茶色の長ズボンとブレザー、その下から覗くサスペンダーと蝶ネクタイ。靴は革か?いい靴だ。髪はかなり長めのスポーツ刈りのような感じだろうか。眼は青い。
そして少年の手にはナイフが握られていた。ナイフはすでに俺の腰の部分に深々と突き刺さっているようだ。
「ごめんね、お兄さん。でも気が付かなかったお兄さんが悪いんだよ?」
少年はそれだけ言うとナイフを引き抜こうとする。が
「!?」
引き抜けない。まるでコンクリートに埋まってしまったかのように固く、引き抜くことができない。俺の筋肉がナイフを引き抜けないように押さえつけているのだ。漫画のような話だが不可能ではない。無論かなりの筋力が必要だ。並の人間にはできないだろう。
「悪いなガキ。でもただの人間か確認しなかったお前が悪いんだぜ?」
俺はそう言って自分で腰刺さっていたナイフを引き抜いた。まったく面倒なことになってしまったな。少年の通り魔、いやこの状況を見て気が付かないほど俺も馬鹿ではない。この2人、さっき聞いた双子の通り魔だ。毎回のことだが展開が早すぎるんだよ。通り魔に出会う準備なんてできてないっつーの。
「どうしたもんかねぇ」
まさか通り魔の正体が子どもだったとはな。まあ正確には模倣犯みたいなものだろうがそれでも相手は子どもだ。子供の犯行を悲しいと嘆くべきか、恐ろしいと畏怖すべきか複雑な心境だ。捕まえるのは簡単だ。だがこの2人を警察に突き出したところで信じてもらえるとは思えない。むしろ俺の方が捕まりそうだ。
「ナイフが引き抜けなかったのは驚いたけどそれでもその傷は深いんじゃない?」
「悪いがただの人間じゃないんでね、この程度蚊が刺したほどにもならねぇんだ」
少年は冷静な態度を崩さない。絶対に負けないという自信があるのだろうか。
「ティスタ、早く殺しちゃおうよ」
「そうだねアイミス。いつもの通りにやってしまおうか」
ティスタと呼ばれた少年もアイミスと呼ばれた少女は一切の焦りを見せていない。むしろその殺意を高めている。その子どもの声から発せられる無邪気な悪意に通り魔としての狂気を感じる。
俺は武器を持つこともなく、身構えることもない。通り魔とはいえ子ども相手に武器を使うわけにはいかない。そして本気では戦わない。骨折させたり、肩を外したりなんてできないし程よく懲らしめて、警察に・・・連れて行って解決できるかはわからないが他に手段も思いつかないし行ってみるしかないだろう。
ティスタは懐から新たナイフを取り出す。アイミスは特に身構える様子はない。静かな路地には一切の音がない。聞こえるのは俺自身の呼吸だけ。現状さえ見なければ全くの無。何も起きず、何もあらず。その中でゆっくりと向けられたナイフがひどくちっぽけな脅威に見えた。これまで体験してきた出来事のせいか恐怖も不安も思考さえない。今俺にあるのはただの呼吸だけ。
右手にナイフを握って走ってくるティスタが自分の間合いに入るのをただ待つ。いつもならばありえないような体勢。乾いたティスタの足音だけが響いていた。間合いに入るまで3、2、1。冷静にタイミングを計り俺も動き出す。だが手を動かそうとしたとき若干の違和感を覚えた。いつもより動かすのに抵抗感があったからだ。そして次の瞬間急激に呼吸が苦しくなった。何かが俺の首を絞めている。いや、首だけじゃない。手も足も全身が何かに絞められている。
だが俺は苦しさを無視して間合いに入ったティスタの相手をする。体は別に動かせないわけじゃない。息はまあまあ苦しいが体は少し動かしづらい程度だ。問題はない。まっすぐ向けられた刃は俺を突き刺そうと狙っている。俺はそれを手の甲を上方向へと受け流す。頬を掠りそうなほど近くを薄暗い中でもわずかに光る刃が通り過ぎる。そのままティスタの右手首と襟を掴み、無理やりぶん投げる。柔道の一本背負いのようではあるがそんな格好いい技ではない。
なんともダサい感じになったのはティスタの身長が低すぎるため俺自身が膝をつくような体勢になっているのと場所が狭すぎるのが原因だ。ティスタは地面に背中をぶつけると同時にナイフを落とす。俺はそれを遠くに蹴り飛ばす。
「アイミス!早くこいつを‼」
「やってるよ‼でも死なないの!」
俺はそんな2人の会話を無視してうなじのあたりに手を当てる。すると何かに触れる。恐らく糸だ。俺はそれを掴んで引っ張る。するとズズズと音を立ててアイミスが靴底を引きずる音が聞こえる。アイミスに繋がっているようだが魔力でできた糸じゃない。本物の何かの素材でできた糸だ。
「言っただろ?ただの人間じゃないんだ。この程度じゃ俺は死なないぞ」
「鋼鉄の切断ワイヤーが効かないなんて・・・」
「切断ワイヤー?」
なるほど2人が焦るわけだ。どうやらこのワイヤーは物を切断することができるらしい。つまり普通の人間だった場合、ティスタにナイフで刺されるか、アイミスにワイヤーで体をバラバラにされるかの2択、どちらかを回避してもどちらにやられる。どうあがいても死ぬ状況だったのか。俺の体は不意の一撃なら普通のそこらへんで手に入る武器でも簡単に傷つけることができる。だが俺が意識していれば転生者の攻撃や神器、魔剣以外で傷つけることはできない。
要するに真っ向勝負になったら普通の武器では俺に勝てないということだ。こういうところに俺のチート能力が働いているわけだ。普段はキメラだのダンジョンのモンスターだの魔人だのと規格外の相手と戦っているから役立たずだが本当はこんなに強い能力なのだ。おかげで助かった。
「アイミス‼」
「ティスタ‼」
2人が名前を呼びあった瞬間俺の目の前が何かがはじける爆音とともに光に包まれた。思わず目を閉じ防御姿勢を取る。しばらくして目を開けるとそこにはあの双子の通り魔はいなかった。どうやら目くらましをして俺が怯んでいる間に逃げたらしい。残っていたのは俺の首に巻き付いた切断ワイヤーだけだった。やられたなぁ。とりあえずこれで懲りてくれればそれが1番いいが、そう簡単に終わってはくれないだろう。いつものパターンからしてまた何かしらの面倒ごとに巻き込まれたのは明白だ。
それにしてもティスタを掴んだ時のあの感覚、どうにも違和感を覚える。あんなにも・・・。考えたところでどうにもならないか。ひとまず家に帰ろう。また明日からいろいろと忙しくなりそうだ。ガシャガシャと複数の足音が近づいてくるのが聞こえる。おそらく警備中の騎士団がさっきの爆音を聞いて駆けつけてきたのだろう。
俺は面倒ごとに巻き込まれる前にその場を後にした。




