いろいろあるのが異世界だもの
その後結局のぼせてしまった俺はベッドの上でダウンしていた。
額の上では水の天使であることが発覚してしまったスライムであるチクワが氷代わりに乗っている。
ひんやりとした感覚が心地よい。明日も訓練か、なんだかやってることが異世界主人公のやることじゃない気がする。普通もっと冒険したりハーレムってたり無双しているものなんじゃないだろうか。
俺がやっていたことなんてバイトして近場のモンスター倒して、挙句の果てに遠征に連れていかれそうになってる始末だ。
一体俺は何をやってんだ本当に。大体遠征ってどこ行くのかすら聞いてないんだけど、これ完全にダメな人の例じゃないですかヤダー。今思えば引き受ける前にどこに行くのかくらい聞いておくべきだったな。
まぁ、この遠征とやらをさっさと終わらせて主人公らしいことしよう。
俺はそのまま寝た。よくよく考えたらまた無駄に1か月以上つぶれるということに気が付きながら。
朝、いつもの筋トレを終えて部屋に戻ってきた。今思ったんだが俺って朝からずっと訓練するわけじゃないよね?朝から夕方まで殴り合うとかそんなの面倒すぎてやってられないよ。そして朝からじゃなかったとしても俺はそれまでの間いったい何をしていればいいんだ?特に私物とか持ってきてないし暇になるだろうな。
「おはよう下民」
どこからかエリザベートの声が聞こえる。あたりを見渡しても部屋には誰もいない。
「こっちよこっち」
声のほうを見てみるがやはり誰もいない。ただ壁と窓があるだけだ。
まさか壁になっちゃったのか?いつも人のこと下民って呼ぶから罰があったったとか?まぁ、そうだとしても口の悪さは変わってねぇけど。
「もっと右上よ」
そういわれて見てみると窓の上のほうに逆さまになったエリザベートが外側からこっちを見ていた。
ホラーかな?
「何してんの?」
「別に、なんとなく部屋をのぞいただけよ」
「・・・そんなお前にはプライバシーという言葉を教えてやるよ」
エリザベートは窓を開けて中に入ると「朝食行くわよ」と部屋のドアを開けた。
朝ご飯はなんか良いもの食えんのかなと思っていたが俺は兵士たちと扱いが同じであるため普段と変わらない普通の飯だったが隣のエリザベートは明らかに良いもの食べてた。
ナニコレ見せつけか?普通の人の隣にイケメンを置くとイケメンが輝くあのひどい原理と同じあれなのか!?
せめてもの恨みとして訓練の時ちょっとだけ本気出そう。そう思いながら目玉焼きを飲み込んだ。
・・・醤油ほしい。
朝ご飯を食べて部屋に戻ってきた。
「あの、何でしれっとついて来てんの?」
「このあと訓練なんだし別にいいでしょ」
いやいやそれでもついてくる必要はないんじゃないかなと思うのは俺だけだろうか。
これ以上この件について語ったところでこいつ絶対帰んないだろうからもう諦める。
「そういえば、これからのスケジュール聞いてなかったな」
「そういうと思ってちゃんと用意したわ。これが3週間分のあなたの予定よ」
エリザベートはポケットから紙を取り出して俺に渡してきた。
紙を開いてみるとそこには簡単に
朝8時 訓練開始
昼1時 訓練終了
とだけ書いてあった。俺、本当に訓練のためだけに呼び出されたのか。めっちゃ暇じゃん。1時以降やること何にもないんだけど。別にここに泊まる必要ないんじゃないかな。
「訓練の時間以外は出掛けるもよし、城を歩き回るもよし、自室で過ごすもよし自由にしてていいわ」
「なるほど」まあ、そういうことならあと3週間なんとかなるんじゃないか。3週間のうちの約11時間、つまり231時間。分にすると13860分さらに秒にすると831600秒。こう考えると絶対途中で暇になるだろうなって思う。
結局どうやって3週間を乗り切ろうか考えながら俺はエリザベートと訓練場に向かっていた。
訓練場ではまだ時間にはなっていないのにすでに兵士たちが訓練を始めていた。
「私たちも始めましょう」
「りょーかい」
訓練といっても俺には訓練とか必要ないからただエリザベートの攻撃を受け流してデコピンでも決めるを繰り返していた。格闘訓練と剣術訓練を終えて次は魔法に関する訓練らしい。
「そういえばあなたの魔法の実力は見たことなかったわね」
「ふふふ、見せてやるよこの俺の実力を!」
どうやら的に向かって魔法弾を飛ばすらしい。俺は人差し指と親指を立てて拳銃の形を作ると
「シューーートっ‼」漫画の主人公並みに叫ぶと指先から豆粒程度の赤い球体がポッと出た。
球体はブレながらゆっくりと的に向かっていった。
「ふっ、さすがのあなたも魔法は苦手だったようね」
そうして球体が的にぶつかると次の瞬間、ズドーン!と爆発した。
さあ皆さんご一緒に「超エキサイティング!」俺は腕を上げてエキサイトしていたが周りの奴らは驚きを隠せていなかった。豆粒が的にぶつかった瞬間地面がえぐれるほどの爆発を起こしたらそりゃ当然びっくりするか。
一応これでも超が付くほど力を抜いているのんだけどやっぱり威力が高いな。これより威力下げたかったら
もう全身の力を抜いてだるんだるんになって撃つしかないのかもしれないな。
「おい、お前すげえな」
「何をしたらそんなに強くなれるんだ!?」
「夢でも見てんのか?俺は」
兵士たちが集まってきて俺に声をかける。まあ人生の中でこんなメチャクチャな奴は見たことないかもな。
俺が苦笑いして対応していると一人の兵士が言った。
「そういえば町の冒険者が言っていた『勇者が誕生したのを見た』って」
その言葉に俺の表情が固まり思考が一瞬飛んだ。
「勇者?」
「勇者、ドラゴンから生まれるとかいうあの」
「まさかこいつが」
兵士たちが口々に言う。まずい、このままだと確実に話が面倒な方向に向かうに決まっている。
「いやいやそんなわけn」
俺が否定しようとすると「確かにそれならこの強さも納得できる」
「いや、だから違っ」
「そうだ。きっとそうだ‼」
そしてその言葉伝播していきあっという間に広がっていった。
この世界の人たち勇者のことになるとマジで人の話聞かないな。ま、いいかドラゴンの腹から出てくる奴なんか他にいないだろうし多分間違ってないんだろう。天使め、恨んでやるぜ。
その日俺の名前が広まったのは言うまでもない。
面倒なことにはしたくないのでその後「俺は勇者じゃないから」とだけ言い聞かせた。
結果俺の立ち位置は『何か強い冒険者』ということで落ち着いた。
訓練も終わり暇になってしまった俺は意味もなくただ敷地内をブラブラと歩いていた。今まで全然見ていなかったがやっぱり貴族の家だな。
大きな池はあるし、ガーデニングの行き届いた庭。さらにはお嬢様がお茶でも飲んでいそうなピンクの花に囲まれた白い椅子とテーブルなんてものまである。
俺はどうやらとんでもない所に来てしまったようだ。(今更)
とんでもないといえば前にもこんな事あったな。
昔の話なんだが俺ちょっとの間だけ女子校にいた事あるんだよね。今ついに頭がイカれたか、と思ったかもしれないが本当なんだよ。
俺もよくわかんないんだけど手続きの間違いか何かで女子校に飛ばされたんだな。それも漫画に出てくるようなお嬢様学校に。
校長が家まで来て土下座してたの覚えてるもん。そして俺はつい最近までその女子校に通ってた。
本当に辛かった。男子はいないし、女子からの視線は痛いし
そもそもお嬢様だし!俺の隣に座ってたのテレビ見たことある
偉い人と同じ名字だしよ!!俺ただの一般人なのにどんな不幸だよ。
おっとっとちょっと脱線したな。
もう少し歩いていくと一面に広がる緑とその中にポツンと立っている···何だっけ?えーと、そうだガゼボだ。ガゼボっていうのは西洋風あずまやのことだ。
そしてその中に一台のピアノがあった。見たところ埃はもちろん落ち葉もついていないことから今でも使われているようだ。
ポーンと鍵盤を弾いた。音もズレていない。ここでまた1つ
坂下レイジ君の秘密を教えてあげよう。実はレイジ君、ピアノも弾けちゃいます。え?どーせ猫踏んじゃったレベルだろって?
いやいやちゃんともっと違う曲も弾けますぜ。誰の曲なのかとかは覚えてないけどそれっぽいのが弾ける。多分。
椅子に座って久しぶりに鍵盤に指を置く。
そして指をゆっくりと動かす。昔どこかで聞いていい曲だなと思って一生懸命練習してたっけ。風に揺れる木、暖かく優しい陽射しとそよ風。良い気分だ。異世界来てこんなにピアノ弾いてるのは俺ぐらいだろうな。
もっとそれっぽい事しなくちゃな。面倒だななどと考えている間に一曲弾き終わってしまった。まったく何をやってんだ俺は。
ピアノの蓋を閉じようとした時ピアノの裏に誰かいる気配がした。
「何か御用でございますか?マリア様」
「ふぇっ!?いや、あの、そのピアノ、弾こうと思ったら綺麗な曲が聞こえた、から聞いてたというか···その」
「すいません勝手に弾いちゃって、すぐ避けますんで」
俺が立ち去ろうとした時
「待って!!」
マリアに手を掴まれた。初めて女の手を触ったわけではないが
まるで好きな相手に手を握られた時みたいにドキッとした。
「あの何か?」
「その、さっきの曲もう一度弾いて···ください」
「わかりました」
俺は椅子に座るとさっきと同じように弾き始めた。
「素敵な曲。これはなんという曲なの?」
「トロイメライです」
「とろい、めらい?どういう意味なの?」
あんまり自信はないが昔見た時はたしか
「夢、です」
マリアは「初めて聞くけど、いい曲」とつぶやくと俺の隣に座った。ち、近い。
ピアノの椅子はちょっと横に長い椅子なので座ろうと思えば
2人座ることもできるがそれをやった場合ほとんど密着するのだ。
「あ、あのもっと弾いて、いえ弾いて下さい!!」
と目を輝かせながらズイっと顔を近づけてきた。
「わ、わかりましたから一旦落ち着きましょう」
俺がそう言うとマリアも顔の近さに気がついて顔が一気に赤くなった。プシューと顔から湯気が出ているように見えたのは俺だけか。そして俺はまたピアノを弾き始めた。
そこから俺とマリアは時間を忘れずっとピアノを弾きあっていた。そして気がつけばもう日はほとんど沈んでいた。
「今日は楽しかった、全部、良い曲だったけど特にあ、あにそんは歌も、良かったし何だか元気が、出る」
「そいつは良かったです」
「あの、明日もまた、その、弾いて、くれますか?」
「ええ、良いですよどうせ暇ですし」
「あ、ありがとう、ございます」
とマリアは可愛く笑った。
「それでは」
マリアは一体いつからいたのかわからないメイドたちと行ってしまった。俺もそろそろ夜ご飯食べて部屋に戻るか。
「で、戻ってきたわけだけど何で当然のように俺の部屋にいるの?何で我が物顔で俺のベッド占領してんのかな!?」
俺の前にはベッドでゴロゴロしているエリザベートとアイリスがいた。2人ともいつものようなドレスやらアーマーやらはない。アイリスはパジャマらしいパジャマを着ているがエリザベートに関しては無地の半袖短パン。女子力のかけらもない。
何、この女子バレー部の合宿の夜を思わせるような光景は(女子バレー部のこと知らないけど)。しかもその半袖絶対にサイズあってないだろ。ちょっと小さいせいで胸が強調されてて目のやり場に困るというかなんというか。短パンも小さいのか太ももが見えてるし。
「ふふふ未来の夫の部屋に未来の妻がいても問題ないでしょ」
あれ、その話は解決したんじゃなかったっけ?まだ諦めてなかったの?
「私はサイズを測りに来たのよ」
そう言うとエリザベートはメジャーで素早く俺の胸囲、肘、膝と手のサイズを測った。
「何してんの?」
「そのうち分かるわ」
服でも作ってくれんのかね。転生してから服は毎回同じだったからたまには違う服でも着たいもんだ。
「アイリス行くわよ。レイジは明日も忙しいんだから」
「はーい」
二人は部屋を出て行った。やれやれとベッドに座ると枕の下からスススーっとチクワが出てきた。そしてそのままペチャっと音を立てて地面に落下すると小さな体がだんだん大きくなっていき人の形になった。
「ハロー!君の相棒エリアスちゃんだよ」
「お前水もないにどうやって変形した!?」
しかも前回の時と違ってちゃんと服着てる!しかもセーラー服じゃねぇか!
「昨日お風呂に入ったときに吸収した水を圧縮に圧縮を重ねておいたのだよ」
「水を圧縮って化学を超えたな」
「本物の天使の前では化学なんて紙屑同然だからね。それで今日こうして現れたのはね
天使に戻るためなのだよ」
そう言うとどこから出したのか知らんがよくあるボロいタライをドンっと置いた。
そしてタライの上に立つと次の瞬間ストンと身長が一回りくらい小さくなりロリッ娘になってしまった。
よく見るとタライの中に水が張っている。自分の体を作っていた水の一部のようだ。
「さ、この水に血を垂らして」
「・・・え?俺がやるの?」
「そりゃそうでしょこの世界で唯一天使の力を持っているんだから」
「えー血流すの嫌なんだけどな」
さすがに転生してようが何だろうがやっぱり血を流すのは嫌かな、怖いし。
アニメの主人公とかたまーに自分で指に針とか刺して血出してるシーンあるけどよくビビらずにそんなことできるね!俺怖くてそんなことできねぇわ。
「はいはいビビってないでグサッとな」
エリアスはそう言って俺の手をつかむとブスリと指に針を刺した。
「いっつん‼」
何だろう『いっつん』って。というか何の準備もしていない相手にいきなり針を刺すんじゃない。
ほらー結構血出てんじゃんかよ。
流れた血がタライの中の水を赤く染めていく。いやこれ結構出てるよ?いくらチート野郎でも貧血になるんじゃないか?そしてタライの中が完全に真っ赤になった。
「はい。お疲れ様でーす」
エリアスがそう言ってタライに立つとタライの中の水(?)が徐々に減っていきエリアスの背が大きくなった。
「これで何がどうなったんだ?」
「ちょっとだけ力が戻ったかも、あとそのせいで魂の形が完全に固定、人型になった」
「ははっ馬鹿なお兄ちゃんにもわかるように説明してくれ」
「要はもうスライムにはなれないってこと」
もし、ある日第四王女に気に入られた男が一か月後、第二王女に雇われ昨日まで独り身だったのに急に女を連れ込んでいたとしたら一体何が起きるのだろうか。このただでさえ面倒かつ分かりづらい状況で
そんな修羅場になるような面倒を持ち込んでくれたのだろうか。
いや、考えすぎかさすがに修羅場にはならないだろう。大丈夫フラグだ立ってしまったような気がするが
多分大丈夫だ。多分な。
心配でしょうがないがどうすることもできないため結局諦めて寝た。
まあ、どうにk
「どうにかなるっしょ。でしょ?」
隣で寝ているエリアスに心を読まれた。
なぜわかったし。