少年の気持ち、少女の気持ち
俺がダンジョンから帰ってきて、かれこれ1週間と数日が経過した。ユウナの体調も完全に回復し元通りになり屋敷はいつもの日常を取り戻しつつあった。そしていろいろな事件を終えた俺は長ーい休息をとっているところだった。ようやく念願の休みが手に入ったのだ。月曜日から金曜日まで学校に通い、ようやく訪れる土日のような安心できる休み。今この休息だけが俺を癒してくれる。まったくベッドの上でだらけるのは最高だな。
「だらけてないで外に出なさい」
「えー面倒くせぇよーもっと休みたいでござるぅー」
そんな夏休みにだらけている子どもを見て呆れている母親のようなことを言うのはようやく本調子に戻ったユウナだった。
「もう十分休んだでしょ。あなたも働くのよ」
「はた、らく・・・?」
「家が傾くわよ」
「うぐっ‼」
そう言われると弱い。この家の維持費は見た目通りバカにならない。別に借金があるわけではないし、バカみたいに国に税金を取られているわけでもない。何に金がかかっているのかというと主にメイド2人への給料と食費だ。「そんなに掛からないだろ」と思われるかもしれないが実はそんなことはない。
理由は明白で、家の広さに対してメイドの数が少なすぎるのだ。つまり人件費的な何かがものすごい掛かっている。だから今はメイド1人につき☆☆☆(←とても人には言えない額)払っている。もうメイド2人の方が俺より金持ちなんじゃないだろうか。そろそろ使用人を増やすことも考えよう。
俺は目にも留まらぬ速さでいつもの星ノ海学院の制服に着替える。ぱっと見ではわからないがよく見ると直した跡が何か所にもある。俺がボロボロになって帰ってくるたびにメイドのラシェルさんが直してくれているのだ。何もかも任せてしまっていてあの人にはもう頭が上がらない。自分の家のメイドに感謝しながら地下の自室を出る。
「旦那様、お召し物の方はどうでしょうか。できるだけ似た生地で跡の残らないように直したのですが」
部屋を出るとラシェルさんが話しかけてきた。
「問題ないですよ。それよりいつも面倒かけてすみません。ただでさえ忙しいのに」
「いえ、それがメイドの役目です。それに私、裁縫は好きですから衣服の修繕なんて大した負担にもなりません」
めっちゃいい人やん。建前だとしてもそう言ってもらえて俺はうれしいというか救われるよ。この人のためにもしっかり稼いで給料払ってあげよう。メイドの働きと対応に最大限の感謝をしつつ俺は家を出た。
外に出ると空はいつも通り青が海のように広がっていてそこに複数の雲が浮いていた。太陽は前よりも少し強く照り付けているように思える。もう夏が近いのかもしれない。
もう制服は暑いかもな。季節の移り代わりを感じながらユウナとギルドへ向かう。中は相変わらず騒がしくてたくさんの冒険者がいた。黒い髭のオッサン、赤い髭のオッサン、白い髭のオッサン。・・・髭のオッサンばっかりじゃねぇか!いつもの若い冒険者たちはどこ行ったんだよ。いつから若者の入りづらいちょっとボロい居酒屋みたいになったんだよ!(居酒屋事情詳しくないけど)
「それにしてもお前とここに来るのも久しぶりだな」
「そうね。前に来たのはあの、ガイコツ倒したとき以来かしら」
大きな掲示板に無数に貼られた依頼を1つ1つ吟味していく。ここも前に来た時と変わらない。前に来た時から貼りっぱなしになっている高難易度クエストもあれば、いつも通り簡単なものもある。
「おー坊主!しばらく見ねぇと思ったら戻ってたんか。ダンジョンでの土産話聞かせろよ」
「あ、俺も聞きてぇ!」
「ワシもワシも!」
「拙者も!!」
まったく、オッサンやら爺さんやら高齢者がほとんどだが老いを感じさせないほど若々しいな。・・・って、ちょい待ち。最後の拙者って誰だ!?そんな言葉遣いの冒険者ここにいたか?ま、まあいいやとにかく元気なのは良いことだ。
「じゃあ、そうだなぁ順に話すか」
俺は椅子に座ってダンジョンで起きた出来事を簡単に話して聞かせた。5層ででっかい虫みたいなモンスターに襲われたこと、4層で迷子になって死にかけたこと、他にも色々。だがアーティファクト、キメラ、メルキムスの話はしなかった。あれは少し特殊な事情だからというか、話を大きくしないためにもあまり皆には話したくなかった。
「やっぱおっかねえところなんだなぁ」
「俺も3層までは行ったことあるが4層に入る度胸はないな」
「ああ、4層以降は『帰らずの旅』。1度行ったら帰らない覚悟で進まないといけないらしいからな」
オッサンたちはダンジョンのことについて互いにいろいろ話し始める。その内容はどれも明るいものではなかった。喉元過ぎれば熱さを忘れる、というやつで今思えば夢の中での出来事だったように感じる。だが本来は文字通りの地獄だ。あそこは人間が足を踏み入れていい場所じゃない。
「んじゃ俺たち仕事行くから」
「「「おう!」」」
俺は再び掲示板を見る。ちょうどいい難易度の依頼を探すが報酬は良いが面倒くさすぎるもの、簡単だが報酬が安すぎるもの、と極端なものしかない。久しぶりに高難易度のクエストに行くのも選択肢としてあるがまた家を空けるのは少し気が引けるし、ついこの間地獄から帰ってきたばかりなので正直あまり行きたくはない。
「森の狩人 討伐 報酬は1000万ルド」「希少鉱石の採掘 報酬は500万ルド」うーむ、報酬はいいがこの高さはどう見ても高難易度のクエストだ。これらのクエストはさすがに難しそうだ。もっと手軽でそこそこ報酬のいいものは・・・。
「何か良いのあったか?」
掲示板を見ながら隣で同じように掲示板を見ているユウナに話しかけるが返事はない。不思議に思ってユウナを見ると珍しく浮かない顔をしていた。
「ユウナ?」
「え、ああ、ごめん少しぼんやりしてた。何?」
「いいものは見つかったか?」
「えっと、これなんかどうかしら」
手渡されたのは鉱石採掘のクエスト、報酬は量によって変動。たくさん採掘できれば問題はなさそうだ。場所も遠くはない。まあ休暇を終えてからの肩慣らしにはちょうどいい報酬と難易度だろう。よし、早速準備しよう。必要なものはつるはしとロープくらいだろうか。受付でクエスト受注の手続きを済ませて、つるはしとロープを支給されたリュックに詰め込んでリュックを背負った。準備は万端だ。だが出発する前に。
「調子悪いなら無理についてこなくてもいいぞ?」
「・・・別に体調は悪くないわよ」
「それにしてはさっきから浮かない顔してお前らしくないけど」
「・・・・・」
「じゃあ何か悩んでるのか?力になれるかわからないけど一緒に考えるぞ?」
「・・・歩きながら話しましょ」
どうやら何か悩みがあるようだ。だが実のところ悩み事を聞くのは苦手だ。その理由はなんとなく日々過ごしている俺では大して役に立つことができないからだ。もっと考えて生きていればもっと力になれるのかもしれないが、やはりどうにもできない物事というものはあるし、共感しづらいものもある。だが例え大したことができなくても、誰かの悩みを少しでも軽くできるのなら俺は少しでも力になりたい。それが仲間ならばなおさらだ。
王都の外に出た時ユウナが口を開いた。
「さっきのダンジョンの話を聞いて、いや前から思ってたの。あなたに迷惑かけてるんじゃないかって。大きな責任を押し付けて、命を懸けさせて。ボロボロになって帰ってきてもあなたはいつも通り優しい顔して、本当は嫌なのに誰にも言わず嫌な思いしてるんじゃないかって」
突然の結構重たい内容に俺は少し困惑した。ユウナは心の中でそんなことを思っていたのか。口調は冷たいことも多いがそれなりに心配してくれているということか。俺はそんなユウナに言葉を返した。少し驚いたが返したい言葉は考えるまでもなく決まっていた。
「おバカだねぇ~お前さんは」
「は?」
小馬鹿にするような言葉で返されたユウナは面食らっていた。
「この際だから言うけど確かに、辛いことはたくさんあるし、「なんで俺が」って思うこともある。でもな、これだけは言っておくぞ。今回、俺は自分で自分の命を懸けたんだ。誰かに懸けさせられたわけじゃない。お前を助けたかったから助けた。自分がそうしたかったからだ」
「・・・・・」
「だからまあ、何が言いたいかって言うとだな。助け合っていこうぜ。互いにこれからもさ。それが仲間ってもんだろ?あんまり気にすんな」
俺の言いたいことがちゃんと伝わっているかはわからない。俺は馬鹿だからな。言いたいことがあってなんとなく言っているつもりだが言葉選びはヘタクソだ。最後に言っているように要は「気にするな」ということを言いたいのだが少し空回りしているか?
「でも・・・」
ユウナは何か言おうとして止める。うーむ、やはりちゃんと伝わっていなかったというかユウナが
納得できるだけの言葉がなかったか。こいつは困ったな。
「もし今ので納得できないならお礼ということで俺のお願い1つ聞いてくれないか?それでチャラってことでいいだろ?」
「・・・わかった」
俺の困った表情を見たのかユウナは渋々納得してくれた。こんなこともすんなり解決できないなんて俺もまだまだ無力な人間だな。結局最後に困ってしまったのは俺自身だしこんな微妙な解決の仕方になってしまった。誰かを助けるって本当に難しいもんなんだな。
それにしても1つお願いか。実は具体的なことは何も考えていなかった。実はこれといってお願いしたいことなんてない。別に特別困っていることもないしな。
もし、女の子に何でも1つだけお願いできるとしたら皆は何をお願いする?「メロンパン買って来いよ」、「〇〇円貸せよ」、「心太のものまねしろよ」、どれも元の世界でなら需要はありそうだが異世界では
あまり意味はなさそうだ。うーむ、現役(?)のJKに何でも1つお願いか・・・?
・・・ん?ちょっと全国の男子ぃ!えっちぃのはダメだよ‼R18の制限つけなきゃいけなくなっちゃうよ!
というかそれはいくら何でもいろんな人たちに怒られるし、人の弱みに付け込んでそういうことするのは最低だ。もっと健全で、それでいて俺がまあまあ得をするもの。まあ今は思いつかないがそのうち思い付くだろう。
かれこれ互いに話すこともなく歩き続けて目的地である洞窟に到着した。目的についても空気は変わらず互いに言葉を発することはない。暗い雰囲気のユウナ、レイジも話しかけづらいのか静かで珍しく沈黙がその場を包んでいた。目的の鉱石を見つけて採掘してもただ岩の砕ける音が響くだけ。
「あーもうっやってられっか‼」
そんな無機質な音を打ち消したのはレイジの一言であった。
「!?」
ユウナは突然のその声に驚いて思わずレイジの方を見る。するとずかずかとレイジが歩いてきてその両肩をガッチリと掴む。ユウナはその行動に多少の恐怖を感じた。何を言われるのかと不安だった。
何か怒りを買ってしまったのかと。
「やりづらいわっ‼」
「え?」
「もうこの重苦しい空気に耐えられんわ‼頼むからいつも通りに戻ってくれよ‼ぼかぁもう限界よ!?」
レイジは繰り返される作業に怒っていたわけでも、もちろんユウナに対して何かしらの怒りを感じていたわけでもない。少年はただ現状のような重たい空気に弱かったのだ。もうとにかく耐えがたかった。話しかけも雰囲気は良くなりそうにないし、そもそも話しかけづらいし、何か自分が悪いことをしてしまったかのようなこのジメジメとした空気が彼を追い詰めた。少年の心は脆かったのだ。
「「気にすんな」って言ってんだから気にすんなよ!もう今お願い使うわ。いつも通りに戻って!?」
「でもっ!」
「メンヘラか!豆腐メンタルか!お前は!」
レイジはユウナの言葉を遮って言う。
「でも、とかそんな暗い言葉聞きたくて助けたんじゃない!俺はお前に生きててほしかった。死なせたくなかった。だから助けたんだ!道中の辛いとか苦しいとか、そんなもんはお前がいなくなることに比べれば、何でもないんだ‼」
その声はきっと多少の怒りを含んでいたがそれ以上に真っすぐ、突き抜けるようにユウナの中へと入りこんだ。普段のレイジからは想像もできないような懸命さ、そして何より小さな子どものような弱さ。例え自分が死ぬことになったとしても助けたい仲間への想い。それは普段見せない坂下レイジという少年の心の一部なのかもしれない。
その想いにぶつかり、風見ユウナという少女は1つの答えを出した。
私は間違っていた。彼に負わせてしまった責任、危険。負わせてしまったその罪悪感こそが私が彼に対して感じなければいけないことだと思っていた。それはきっと間違っていない。でもそれは私の内にとどめておかなければいけないものだった。彼はそんな暗く淀んだ言葉、聞きたくなかった。彼はただ目の前の仲間を助けたかった。
彼が私にどうしてほしかったのかようやくわかったような気がした。
「私を許してくれるの?」
「許すも何も元から怒ってねぇよ」
最後にそれだけ確認した。答えはやはりというものだった。答え合わせをしないとまともに言葉を発することもできないなんて私は汚い女だ。でももう怖くない。ただ笑ってソイツが言ってほしかった言葉を言った。
最初でもしかしたら最後かもしれない、心の底から、感情のすべてを送るほどの
「助けてくれてありがとう」
それを聞いたソイツは「ああ‼」といつものバカみたいに、嬉しそうに笑顔で笑った。
そんな2人のやり取りをどこかで見ている2つの存在があった。
【ふふふ、素敵な話じゃない】
『・・・それは皮肉か?』
その言葉を無視して女の形をしたそれは話を進める。
【あなたはロマンスを学んだ方がいいんじゃない?】
『くだらん、とは言わないが私には必要ない。そんなことよりも何故お前まで見ている?』
そんな冗談じみた言葉に対して魔人の王は変わらぬ調子で返す。
【ちょっとした好奇心よ。この2人が最終的にどこに向かうのか、私が興味を持つのは当然ではなくて?】
『お前にはすべてが見えているだろう』
【あなたも知っているでしょう?運命とは仕組みにさえ気が付ければ意外と簡単に変わるもの。今決まっている未来はあくまで可能性の1つであって確定したものではない。彼らがその運命を変えられるのかどうか見てみたいじゃない】
『・・・まあいい好きにしろ。ただし邪魔だけはするな』
【わかってるわ】




