意外な再会
それから本当に1日歩いた。もはや時間の感覚はない。デジタル時計の動く数字だけが唯一時の経過を感じることができるものだった。時間の感覚なんてないくせに体は疲れている。ほんの少しの休憩では体は全く休まらない。むしろ少しの休憩が体の疲れをより明確なものにしているのかもしれない。だがもう一刻の猶予もない。だから歩いた。そしてようやく到着したのだ。僅かでも可能性がある川辺に。
見る限りブラッドチェリーと思しきものは確認できない。その事実に胸の奥がキュウッと絞まるのを感じた。不安とか焦りとかいうやつなのだろうか。前と同じようにまた川沿いに歩く。前と同じ、ザクザクと石の敷き詰められた地面に足音が静かかな空間になるだけ。川の中に生き物はいない。
「ねえ!あれって‼」
エリアスが指差す方を見るとそこには確かにあった。石の敷き詰められた地面には不似合いな一本の低木そこには見間違うことなく赤黒い小さな果実が実っていた。その発見に今まで全身にへばりついてた泥のように重い疲れが吹っ飛んだ。駆け寄ってみるとそれは間違いなくブラッドチェリーだった。
「え、エリアス!」
「わわ、わかってるって‼」
見つけたことに興奮して声が震える。ついに見つけた。長かった、苦しかった、辛かった、でも見つけた‼やっと見つけたんだ。これでようやく帰れる。ユウナは助かるのだ。
エリアスが指先でその小さな果実に触れるとピシピシと音を立てて実は一瞬で凍り付いた。そして凍らせた実をすべてをもぎると袋の中に入れた。
「これで、大丈夫なのか?」
「大丈夫、私が解かない限りこの氷は絶対に溶けない」
「よし、急いで帰るぞ」
「了解!」
俺たちが盛り上がっている一方でフィリアは冷静に周囲を観察していた。
「この川、何か変よね」
「変というと?」
「ブラッドチェリーが全然見つからなかったり、川に何の生き物もいなかったり」
「ブラッドチェリーはともかく川に生き物がいないのは別に見つけられないだけ・・・・・っ‼」
自分で言っていて初めて違和感に気が付いた。川に生き物がいないのは単に見えていないだけだと思っていた。それ自体はよくあることなのだが目を向けるべきは川ではなかった。川の周囲、もしくは全体、俺はそれらを見ていなかった。要するに何を言いたいのかというと、生き物の声が聞こえるはずだ。鳥の鳴き声とかな。だがさっきから川の一帯だけ全く生き物声がしない。水生生物の姿も見ないだけだと思っていた。
「?」
「見つけられないんじゃなくて」
そんなはずはない。だがブラッドチェリーが食べられ、川の周囲から生き物が消え、水生生物が見当たらない。こんなことがありえるのか?
「もしかして、いなくなったのか?」
そんな物騒な考えにたどり着いた時だった。ガサガサと茂みを揺らし川の反対側から何かがゆっくりと姿を現した。のっそりと茂みから出てきたその足は自然界のどの生物ともかけ離れた外見だった。その足は軟体動物のように骨がないのか関節のようなものがなく、触手のような足だった。絵の具のようにはっきりとわかる肌色の皮膚は無数の浮き出ている血管を際立たせ、おぞましさが増す。
そして本体が茂みからその体を出す。体はラグビーボールのように長球で皮膚はやはり肌色、体毛はなく、足と同様に全身の血管が浮き出ている。そして何より恐怖を煽るのはその頭。長球の体から不自然に生えている首長竜のような長い首。先端には目も鼻もない。あるのはがむき出しになっている口だけだ。人間のような歯がむき出しになっているその口はどこか不気味に笑っているようにも見える。
不気味な生き物はまともに歩けないのかよろめきながら歩いている。
「なんなの、あれ」
静寂の中でフィリアがつぶやいた。あれが何なのか俺にはなんとなくわかっていた。嫌でもわかってしまった。形は違えどこの自然界の生物とは思えない姿を見て気が付かないほど俺は馬鹿でも能天気でもない。つい最近までこいつらと戦っていたのだから。ゴクリと唾を飲んだ。ドク、ドク、ドクと心臓が大きく音を立て始める。
全滅したと思っていた。最後には魔人王の配下である七眷王がどこかへ連れて行ったと聞いてはいたがそれでももう1匹も残っていないと思っていた。でも生き延びていた個体がいた。それもこんな魔境に。
「キメラの生き残りだ」
「はぁっ!?」
フィリアの驚く声に反応してキメラがこちらを向く。その顔に目はないが、しっかりと目が合ったような気がした。目の前のキメラは俺が戦った究極人工生命体と非常に似ている。もし同一のものならそこら辺のモンスターより、ただのキメラよりも圧倒的に強い。前回俺は苦闘を強いられた挙句にあと一歩のところで負けた。今戦えば勝てるだろうか、それともまた負けるのか、予想はつかない。
だがどうであれこいつを放置しておくわけにはいかない。この周辺の生き物がいないのはおそらくこいつが原因だ。ブラッドチェリーも川の魚も他の生き物も全部食ったんだ。そうでもなければ今のこの状況に説明がつかない。
俺は剣を手に持つ。勝てるかどうかはわからない、もう前のような救いの手もない。だがここでこいつを野放しにすればいつか他の冒険者にも危害が及ぶ。それだけはあってはならない。俺は川を飛び越えて反対側に着地する。剣を持つ手が緊張で早くも汗ばんでいる。これは一方的な戦いではない。こちらが少し不利な平等な戦いだ。
互いにただ睨み合う。下手にこちらから仕掛ければ痛い仕返しが返ってくる可能性もある。絶対に油断できない。互いに動かない。というよりも動けない。少なくとも俺は慎重になっているせいで。
「先手必勝‼おりゃー‼」
膠着していた状況を動かしたのはエリアスだった。キメラが避けると氷でできた槍がものすごい勢いでそばの木に突き刺さる。俺はそのチャンスを逃さないように追撃する。だがいくら剣を振っても
キメラにはかすりもしない。飛んだり、伏せたり、体をねじったりと思っていたよりもすばしっこく
普通では考えられないような回避をするため普通の攻撃ではまるで歯が立たない。
キメラも反撃してくる。その攻撃方法は噛みついてくる、なんて優しい常識的なものじゃない。
口を大きく開けたかと思えばそこから真っ赤な触手のようなものが生えた。あいつの舌とかなのだろうか。触手の薙ぎ払いを伏せて避ける。すぐ後ろで爆発音にも似た音が鳴ったと思えばそこにあった木が倒れた。今のパワーといい、身のこなしといい先ほどよろめきながら歩いていたのが嘘のようだ。やはりキメラは常識で測れない。外見から読み取れる情報がまるで役に立たない。だからキメラとの戦いは嫌なのだ。
「何こいつ超優秀じゃん」
「こいつは普通とは違う。多分最高傑作の1つだ」
「力作ってわけね。そりゃ強いわけだ。弱点みたいなのは?」
「わからない。何だったら本当に死ぬのかも怪しいところだ」
前に戦った究極人工生命体は決死の覚悟で首を斬ったがそれでも一時的に倒れただけですぐに復活してしまった。究極人工生命体を殺す方法があるとは思えない。
「倒せない敵ねぇ。これはちょっと天下のエリアスちゃんも困っちゃう」
口調こそふざけているがエリアスのその表情には珍しく一切の余裕がない。倒せない敵を倒す、久々にかなり困難な状況だ。どんな損傷を受けようとも常にそれを上回る回復力。そんなイカレタ
能力を持った敵をどうやって倒せばいい?
傷口を焼いて塞いでみる、そうすれば斬られた部位の再生は難しいのでは。いや、そんな古典的というかありふれた方法が通用するとは思えない。きっとヤツは焼いた傷口さえも再生能力で治せる。コイツを完全に倒す手段は存在しないのか?
「ねえちょっとちょっと」
すぐ耳元で声がした。いつの間にかフィリアが肩に乗っていた。
「危ないぞ離れてろ」
「わかってるわよ。私じゃ一口で食べられちゃうし。でも見てるだけは嫌なの。私には力はないけどちょっとした知恵なら貸せるかもしれない」
「それは助かる。猫の手も借りたい状況だからな」
猫の手ならぬ妖精の手を借りるとしよう。
「やつは異常なくらいの再生能力を持っている。並の攻撃じゃ倒せない」
一応もう一度目の前について確認しておこう。敵の木寺は驚異的な再生能力を持っていて攻撃したところで一瞬で傷が治癒する。そのため剣で斬りつけたくらいでは絶対に倒せない。骨もないため鈍器による攻撃はあまり効果がない。動きは速く、油断すれば背後を取られる可能性あり。相手の攻撃手段は現状わかっているのは触手のような舌を振り回しているということぐらい。
「ということは倒すには再生できないように一撃で倒すか、どうにかして再生能力を封じるかの2つしかないわけね」
「再生能力を封じるのはあんまり現実的とは言えないけどね」
「jじゃあ一撃で倒すってことか」
大きな一撃か。全力の魔力弾ならもしかしたら消し飛ばせるかもしれないがそれでも撃つには時間がかかる。俺かエリアスのどちらかが魔力弾の準備をしてどちらかが終わるまでキメラを引き付けなければいけない。しかも魔力弾を撃つ直前まで引きつけなければいけないため下手をすると引き付ける役は巻きこまれる可能性がある。
危険な役割だ。
「なら俺が引き付けよう。エリアスは魔力弾の準備してな」
危険というなら俺が引き受けないわけにはいかない。魔力弾くらいは撃てるが魔法が苦手なのに変わりはない。万が一にも失敗したくない。それに俺にも治癒能力がある。多少巻き込まれても多分大丈夫だ。まあ体のどこかが吹き飛んだら流石に治るとは思えないけどな。さぁてせいぜい作戦に気づかれないように派手に暴れるとしよう。
いつものように一歩踏み込んで相手までの距離を詰める。剣を振るがやはり難なく後ろに飛んで避けられて地面の石ころが砕けて舞い上がる。舞い上がる石粒越しにキメラを見る。表情は読めない。そもそも表情なんてないのかもしれない。だが歯が丸出しな口だけのその不気味な顔は変わらずどこか面白そうに笑っているように見えた。それが余計に不気味さと不安をあおる。そして相手の余裕そうなその雰囲気に自分の力の無さを実感する。1秒にも満たないほんの一瞬の出来事だったはずだがその時間は10秒くらいには長く感じた。
舞い上がった石粒が完全に落ちきるよりも早く前へと踏み込む。今度は下から上へと剣を振り上げた。すると僅かに剣先がキメラの体をかすめた。地面に着地すると同時にキメラの体に変化が起こる。背中の一部が鍋の煮えるようなゴポゴポという音を立て始め、肥大化し破裂した。破裂した部分からは異常に長い人間の腕のようなものが生えた。
俺が人間の腕のようなものを捉えると同時に腕は俺の首をがっちりと絞めていた。キメラは口を大きく開けると俺を串刺しにしようと槍のような触手を口から勢いよく出した。咄嗟に剣の腹で防いだ。鉄球でも受け止めてるのかと思えるくらい重たい攻撃だ。
くっ‼どこぞの汎用人型決戦兵器じゃねえんだぞ!?
息ができないうえに自由に身動きも取れない。いや、それ以前にこのまま首をへし折られるか。
キメラは休むことなく口の触手で攻撃してくる。首を絞めている腕を切り落としたいところだがそこまで手が回らない。首の骨はまだ大丈夫そうだが息がまずい。少しずつ頭がぼんやりとしてくる。
これ以上は確実にまずい。仕方ない、危険な方法だがこの状況から脱するにはこれしかない。
敵の攻撃をよく見て剣で防ぐ、防ぐ、防ぐ。意識は少しずつ薄れてきている。だがまだだ、まだ集中を切らすな。よく見るんだ。
ここだ!
俺は俺を突き刺すためにまっすぐ向かってきた触手を無視して自分の首を絞めている腕を切り落とした。それと同時に触手が左わき腹に突き刺さって貫通したのを感じた。ぼんやりとした痛みが腹全体を覆う。何度も味わっている痛みのはずなのに未だ慣れることはない。治るとわかっていても気を許せば今にも死にそうなくらい痛い。だが痛い思いをしたおかげで最悪の状況からは脱出できた。
肺いっぱいに息を吸い込むとぼんやりしていた意識が戻ってくる。そして意識が戻ってきたせいで痛みが明確なものになる。
「めっちゃ痛てぇ‼」
傷が塞がった。一瞬だったとはいえ目が飛び出るくらい痛かったぞ。だがそんな呑気なことを言っている場合ではない。相手の注意をエリアスに向けてはいけない。例え作戦に気が付かれているとしてもそれにかまっていられないくらいに攻撃を続ける。それが今やらなければならないことなのだ。
エリアスの方を見るとそこにエリアスはいなかった。あいつどこ行った?
耳元で可愛らしい声の妖精が囁く。
「エリアスはすぐここから左20メートル先の茂みに隠れてる。そこまでアイツを誘導して」
「わかった」
俺は静かにそう答えたが誘導しろと言うのは簡単だが一体どうやって誘導したものか。少し追い込むくらいならできるかもしれないが20メートルも先にしっかり誘導できる自信はない。上手くいく自信はないがとりあえず左の方に誘導するために右から回り込む。
また同じように斬りかかると避けられはしたが今度はさっきよりも簡単に剣先がキメラに触れた。さっきよりも動きが鈍くなっているのか?これならイケるかもしれない。距離を詰めてさらに同じ方向に回避させる。攻めて、攻めて、攻める。少しずつだがエリアスのいるほうへ誘導できているはずだ。20メートルというのがどの辺りなのかよくわからないが、まあ、追い込んでいけばそのうち着くだろう。
順調に追い込んで20メートルまであと少しだろうと思い始めた時だった。キメラは何か違和感に気が付いたのか急に走り出した。
「あ!待て!」
茂みを飛び越え、木を避けてキメラはどんどん進んでしまう。俺も見失わないように必死に追いかけるが足場が悪く、見づらいせいで時々姿が見えなくなる。それでも何とか追いかけた。そしてキメラが急に立ち止まった。追い詰められて観念した、という感じではない。だが何か自分を有利にするといった場所にも見えない。ただ草木があるだけの森だ。そこで俺とキメラは再び向かい合う。
「コこ、じャまナイ」
「!?」
それは初めて聞いたキメラの声だった。




