俺、天使に出会う
「リリ、お前は魔法で援護」
「はい!」
「ナナ、お前は左から行け俺は右から攻める」
「ガッテン!」
短剣の少女は走り出すが
「バカそっちは右だ」
「あ、間違えた」
グダグダしながら敵の群れに突っ込む。敵は次々と血しぶきをあげて倒れた。そして敵をあっという間に
全滅した。グダってはいたが倒せたし結果オーライだよな。
「やっぱアタシたちは最強だなアッハッハ」
腰に手を当てて盛大に笑うナナに軽くチョップする。
「アホか、お前が右行ったせいで二人して同じ方向から攻めちゃったじゃないか」
「まあまあ勝てたんだから許してくれよ」
このお調子者はナナ。ある日いつもみたいにクエストで森に来たら道に迷って帰れなくなり体育座りで泣いてるところを見かけて声かけた時に知り合ってそれ以来そのまま一緒にクエスト受けるようになった。
装備は短剣2本、素早い動きで敵を切りつけるのが得意。けどおつむはけっこう残念なため立てた作戦は大体ぶっ壊れる。
もう一人のクエスト仲間はリリ。ナナの冒険者仲間。魔法が得意で格好も魔女っぽいとんがり帽子を被っている。こちらは誰かと違って頭は良い。だがドジっ娘であるため時々やらかす。あと運動ができないため足は遅い。
「帰るか」
「帰ってご飯だー」
「ナナ、さっき食べたでしょ」
こんな感じで今を過ごしている。
あの王女全員独身事件から一か月。俺は冒険者らしくクエストを受けては報酬をもらって過ごすという日々を繰り返していた。あれからアイツらとの関わりはない。今はただ仲間とクエストを受けて時々店を手伝って、相棒のスライムであるチクワと戯れる毎日だ。
そんなある日のこと、俺は店を手伝っていた。昼は休憩に来た冒険者や普通の人など客が一気に増える。
そのため手が足りなくなることがちょくちょくある。普通そんなに大変か?と思ったがどうやら
この『黄金の鹿』という店はこの辺りではかなり有名らしく時々貴族も来るらしい。
知らんかった。確かに評判良いなとは思っていたが。俺が客に料理を出して、空いたテーブルを拭いているとまた客が入ってきた。
「いらっしゃいませー」と挨拶したがその客に違和感しかない。一か月前に城で見た。王級騎士だ。飯を食いに来たようには見えない。
「この店にレイジという男はいるか?」
「あ、俺っすね」
「ハイデン王国第三王女エリザベート様より貴様に令状が出ている」騎士はそう言って丸まっていた紙を広げて読んだ。
「第三王女エリザベートより憎き下民レイジへ貴様の実力を見込んで頼みがある。すぐに私のもとへ来い。さきほど頼みと言ったがこれはお願いではない。命令だ」
うわ、面倒くさいな。てか令状とはいえ隠すことなくストレートに憎き下民って書くあたりマジで嫌な奴だなこの人。なに、ツンデレなの?本当は優しくしたいけどついついツンツンしちゃうタイプなの?ついツンなの?
とりあえずこれ行かないとだめだよな。面倒っていうか不安なんだけど。俺は断ることもできず馬車に乗せられた。そうしてあっという間にお城に到着。まったく今更俺に何を頼もうというのだろうか。
執事に案内され前に行ったところとは違う部屋に連れていかれた。どうやらここがエリザベートの自室らしい。
執事が部屋をノックする。
「お嬢様、レイジ様をお連れいたしました」
「分かったわ。あなたは下がって下民は入りなさい」お前この先俺のことずっとその名前で呼ぶ気?
ドアを開けて部屋の中に入る。
「失礼しまーす」部屋の中は広くお嬢様の部屋というより軍の偉い人の部屋(?)みたいに壁に剣が飾られていた。棚には数本の酒、飾られた剣の下にあるアーマースタンド。男っぽいというかマニアっぽいというか。女の子の部屋っぽくない。
唯一の女の子要素はベッドのところにウサギのぬいぐるみが置いてあることぐらいだろうか。
「人の部屋をジロジロ見ないでくれるかしら」
「すんません。それで俺に頼みとは?」
「頼みじゃないわ命令よ。・・・私3週間後兵士たちと遠征に行くの。貴方にやってもらいたいことはそれまで私の訓練に付き合ってほしいのとあなたも遠征についてきなさい。ということよ」
ん?待て。訓練に付き合うのはまあいいだろう。素手でお前に勝ったわけだし、強者から学ぶのは良いことだしな。でもなそこでなぜ俺を遠征に連れて行こうと思った。いやわかるよ!?確かに俺はこの世界で最強
だからね異世界転生チート主人公だからね仕方ないけどさ。でも何でそもそも(以下略
要は面倒くさいのだろう。なぜ自分のことなのに分かっていないのか知らんがおそらくそういうことだ。
訓練程度なら付き合ってやるが遠征は面倒。だが
「了解しました」
バカなんだろうね俺って。
「では早速訓練に付き合いなさい」
ヘイヘイついていきますよどこまでも。
俺とエリザベートは中庭に移動した。そして訓練用に木の剣を渡された。
「よし、本気で来い!」
エリザベートにそう言われちょっと迷ったが今の自分の本気が見てみたいと思った。
一応のために多少力を抑えてやってみるか。
俺は剣を構えると一瞬でエリザベートとの距離を詰めた。向こうからすれば瞬間移動に近いだろう。
離れていた相手がいきなり目の前に現れたためビックリしているのがわかる。
「ほらよ」
俺はエリザベートにデコピンした。
「ヒャン!」
あら意外と乙女っぽい声が出るのね。エリザベートはハッとなって
「いや違う!今のはその、あれだ、あの、とにかくそうなんだ!」
いやどういうことだってばよ。
「アイリスも言っていたけど本当に強いのね。しかも人並外れて」
「ああ、弟子にしてやってもいいぜ」
遂に敬語を使うことを忘れた俺。マジで怒られるわ。
「敬語が外れたのはむかつくけど確かにそのほうがいいのかも」
え、マジで弟子入りするの?それで教え方ダメでも俺責任取れねーよ。というか怪我でもさせようものなら即刻死刑なのでは?いや訓練だから大丈夫か?待て待てもしかしたら訓練とはいえど重罪になるかも。頭の中を不安が駆け巡る。
「それじゃ先生よろしく頼むわ」
えーい、なるがままよ!
「わかった。しっかりついてこいや」
俺は早速訓練を始めた。まず最初に見るのは王女の基礎体力。見る方法は簡単だ。走る。全力で一体何分間走っていられるかを計ろうと思う。ちなみに俺は転生する前は20分は走り続けることができた。と思う。
エリザベートの隣を一緒に走っていて思ったが全然疲れない。
結果エリザベートは全力疾走で15分、50メートルを約7秒で走っていた。
ちなみにそのあと俺が全力で走ったところ30分走っても全然疲れなかった。
よくわからんが多分一時間くらいはいけるだろ。50メートルは1、2秒くらいかな。
次に腹筋、背筋、腕立て伏せ、足上げを30秒以内に何回できるか。
結果エリザベートは順番に33回、29回、40回。さっき年を聞いたとき17歳って言ってたけどどう見ても17歳女子の平均より上だな。
次に俺は転生前は全部45~50くらいだったが今は測定不能。大体80から90くらいだろう。
見ていたエリザ曰く「頭が二つ見えたわ」とのこと。試しに反復横跳びをやってみたところ
「完全に二人いたわ」と言われた。
そしてついに訓練開始。俺の予想通りエリザベートは素手での戦いに慣れていなかった。パンチの速さは遅くはなかったが正確性と威力はイマイチだった。何度も何度もパンチを受け流し、エリザベートの足を払って転ばせる。
それを繰り返して夕方になる頃にはエリザベートは教えたことを完全に吸収していた。
飲み込みが速いうえに実力もある。これは・・・いい女だ。別に恋愛的にとかセクハラの類じゃないぞ!
え?それより訓練部分の説明ないに等しくないかって?それはな、大人の事情ってやつですわ。
察してくれ。
さてともう夜になるし俺もそろそろ帰るか。
「そいじゃ俺帰るわ。また明日」
「は?何寝ぼけてるの。あなたの住居は此処よ」
「・・・お?聞き間違いかな今なんて?」
「今は此処があなたの住居よ!もっと正確に言うと宮殿の2階の一番端っこの部屋」
住居、意味は人の住むところ。漢字は『住む』という字に『居る』と書く。つまり俺はしばらくここに住むと?
「いやでも黄金の鹿の人たち心配s」
「そうなると思ってすでに伝えてあるわ」
あら変なところで手際がいいのね。もう完全にチェックメイト。反論の余地もない。
はぁ~大変なことになってしまった。
結局泊まることになってしまった。部屋に入って早速ベッドにダイブ。・・・柔らかい。
横になりながらふとチクワのことを考える。なんか俺がめっちゃ食べ物のちくわ好きな人みたいな感じになってんな。みんな忘れるな、俺がチクワのことを言ったらそれは確実に俺のペット兼相棒のスライムの
ことだ。・・・一体誰に説明してんだか。疲れてんだな俺。
いつもちくわと遊んでたからアイツがいないと暇だな。そう思っていると服の中からニュルニュルっと
何か出てきた。水色のスライム、つまりチクワである。こいつまさかずっと俺の服の中にいたの?
全然気が付かなかった。でもこれでまた暇な時間に遊べるというわけだ。
早速遊ぼうと思ったときドアをノックされた。まったく誰だこの大事な時に。ドアを開けてみるとそこには懐かしい顔があった。
「久しぶり」
「ええ、姫様が元気そうで何よりです」
「敬語なんて使わなくていいのよ?お姉さまとは親しげに話していたのに私とはよそよそしいのね」
ワーオまた面倒な感じになってきたぞ。
「いや、あれは訓練でつい熱くなってしまっただけであって」
説明しようとしても口を尖らせて聞く耳を持たない。ぐぬぬ。なんてこったい。
だがそんな拗ねている顔も可愛いからさらに問題だ。一応言っておくが俺がロリコンだからそう思っているとかではない。そもそも俺はロリコンではない。
「わかった、わかったからそんなに拗ねないでくれ」
「そ!それでいいの!」といつもの無邪気な笑顔を見せてくれた。
まったく幼女は最高d(etc
風呂の準備ができたらしいので俺は入りに来たのだが。
「デカすぎやしないか?」さすが王族。風呂が風呂と言っていい広さではない。これは大浴場だ。
大浴場も風呂だろってか?ちょっと何言ってるかわかんない。若干ゲシュタルト崩壊し始めたのでこれについての話はやめよう。
頭洗いーの体洗いーのざぶん。こんな広い風呂に入るのは初めてだ。家の近くにも銭湯だったか温泉だったかがあったがこんなに広くはなかった。小学校のプールより広い。
俺の隣には洗面器の中でお湯に浸かっているチクワがいる。こいつも一日一回は水に浸からないと水分が足りないらしく干からびてしまう。だから普段は部屋にある花瓶の中に入っている。
ってあれ?チクワいなくね?いつの間にか洗面器の中にいたはずのチクワがいなくなっている。
さっきまで気持ちよさそうに浸かってたからお湯で溶けるってことはないはずだけど。触った感じお湯と同化して見えないってこともないな。
どこ行きやがった。その時爆発でも起こったかのように目の前で水しぶきが上がった。
「なんだぁ!?」ここは電気風呂ならぬ爆発風呂なのか!ちょ、そんなの聞いてないぞ逃げr
お湯から出ようとしたとき水中から手が伸びてきた。その手はそのまま俺の首の後ろへと伸びていき
そのまま俺を抱きしめた。
人肌に近い感触だが少し違和感を感じる。そうまるでスライムみたいなプルンとした感じ。
この(自称)天才の直感が言っている。このプルンとした感触、俺を包み込む謎の人(?)消えたスライム。ここから導き出される答え。こいつはまさか
「チクワなのか?」
「うーん90点!」
喋ったー!
抱きついている何かを引きはがして正体を見る。水しぶきが消えてその正体があらわになる。
水色のショートヘアーに細い体、そして整った顔の少女でござった。
我、困惑ヲ隠セズ。
おかしいな俺のペット兼相棒は小さな水色のスライムだったはずなのにどうしてこうなった。
これ完全に擬人化の類だぞ。その肌色は一体どこからきた?お前肌色要素なかっただろ。水色成分が髪の毛にいっちゃったのはともかく肌色が出てくる隙はないだろ。
今はそんなことはどうでもいい、いやどうでもよくはないけど後で。
「ふふふ困惑してるみたいだね」
「今まで飼ってたペットが目の前で突然人間になったら誰だって困惑するわ」
「フッフッフ簡潔に説明してあげよう!私は普段スライムの姿でペット兼相棒をしているがその正体は水の天使エリアスちゃんなのです!」とポーズ付きで説明してくれた。
なのです!なのです!のです!その言葉に頭の中で勝手にエコーがかかる。天使?天使・・・天使!
それは俺を転生させたアレと同じあの天使ということか。
「最近転生してきたんでしょ?イヤー災難だねーよりによって神に殺されるとかまさにチート(etc」
「ストップ!今から俺が聞くことにだけ答えろ」
俺らは湯船につかった。
「まずなんでスライムのふりしてんの?」
「昔悪魔たちとの戦いで体が爆散しちゃってね、その時に飛び散った体の一部をスライムにして逃がしたの」
笑って言っているがとんでもねえ話だよ。
「次になんで俺のことそんなに知ってんの?」
「体はスライムだけど魂は天使だからね未だに天使たちの声が聞こえたりするの。それに今回の転生者は
神器を大量に持ってるって聞いて『絶対この人だな』って思って」
「じゃあどうして今までスライムの姿してたんだ?」
「そのほうが気楽だったから。そのあと誰かさんに『支配者の短剣』で刺されてから好きになっちゃったわけだけど、人間の形を作るだけの水がなかったし、スライムの状態だとすごい可愛がってくれるからそのままでいいかなーって。あと好き(告白)」
世界にはこんなにもあっさりした告白があるのかー、しかも短剣で刺したことばバレてるし。
しかし本当に大変なことになってしまった。まさか飼っていたスライムの正体が水の天使だったとは。
「このまま風呂を出ると誤解を生みそうだからスライムに戻ってくれ」
「またこの姿にしてくれる?」
「もちろん」そう答えるとエリアスは「じゃあまた会おうね」と素直にスライムに戻ってくれた。
そしてまた洗面器の中に戻るとぷよぷよと揺れていた。なんか正体知った後だとすごい気まずい。
俺今まで美少女スライムと戯れていたってことだもんな。恐ろしい話やで。
やっとゆっくりとお湯に浸かれると思ったその時ガタンと浴室のドアが開いた。どうしてだろう嫌な予感しかしないんですが。振り返ってみるとそこにはまさかまさかの女王騎士であるエリザベート様がいるではありませんか。
「おいーそこ!俺入ってんでしょうが!」
「ここは私の家の風呂よ。私がいつ入ろうと私の勝手でしょ」
「ならば俺が出る」だって気まずいもん。
「待ちなさい。話があるわ」
なんでや!あとでいいやろ!別に今じゃなくてもいいじゃん。出ようとしたが思いっきり洗面器を投げつけられたため渋々また湯船に浸かった。しばらくしてエリザベートもお湯に浸かってきた。
「ずっと気になっていたのだけどあなた、どこで鍛錬を積んだの?」
「鍛錬と呼べることはしてないな。ただ毎日筋トレしてただけ」
「そんなことであそこまで強くなるとは思えないけど?」
あー何か誤魔化さないと、えーとえーと何か・・・そうだ!
「アレだ俺はドラゴンの腹の中から出てきた勇者らしいからな」
エリザベートはその言葉に一瞬反応したが珍しく「そういうことにしておきましょうか」と少し笑った。
「そういえばアイリスが言ってたわ。ニホンという国の出身らしいけどどんな国なのか話してくれない?」
「んーそうだな」
これは別に隠すことじゃないので正直に話した。魔法がないこと、モンスターがいないこと、ラーメンがおいしいことなど話すたびにエリザベートは驚いたり、目を輝かせたりしていた。ま、この世界の人間からすれば作り話レベルの信じられない話だろう。そのあと二人でずっと日本のことについて話していた。
「ちょっとのぼせちゃったわ。またニホンの話を聞けるのを楽しみにしているわ」
そう言ってエリザベートは出て行ってしまった。そして実は俺もそろそろ出たい。もうずっと風呂に入っていたのでちょっと熱い。がエリザベートが外では多分着替えているのでまだしばらくは出られない。
洗面器の中を見るとチクワ(エリアス)が未だにぷよぷよと跳ねていた。