死中に活
6、25。6、25。この世界の正体にして真理。すべてはこの数値によって無限に広がり始め、この数値によって収束し終わる。いずれ誰かがこの真理に、この世界の正体へと辿り着く。そしてたった1人だけこの真理に辿り着いた者がいた。世界の正体を知った『ソレ』は何かを言うわけでもなくただ息を吐いた。「ああ、こんなものか」と、「こんなもののために」と。疲れ切った『ソレ』はただ空を見上げた。『ソレ』は歩き始めた。この世界をも越えてひたすらに。善も悪も、邪魔者も大切な者も、すべてを振り払い、目指すべき場所も見えないというのに。それでもたったで1人歩く。
彷徨い歩き辿り着いた先に己がいないと知りながら。
いつだったか母親に連れられて山に登ったことがあった。普段からメチャクチャなことをやる筋肉バカだったから今回のことも慣れたものだった。富士山だったかエベレストだったかヒマラヤだったか山の名前は忘れた。山登りなんて初めてだったから驚くくらい寒くて死にそうだった。疲れはしなかったけど途中何度か眠りかけて、そのたびに母親が「寝るんじゃねえ!!死ぬぞ!!」って脅してきて殴られた。
テントの中で母親に聞いた。
「俺らなんで山登りしてんの?」と。
そしたらこう言われた。
「ネタの補充だ」
「俺が来る必要あった!?」
「1人で登るより2人で登った方が良いだろ?」
「登りたいって言ったの俺じゃねえからな!?そっちが勝手に連れてきただけだからな!?」
ひどい話だ。なんか車に押し込まれたと思ったら空港に連れて行かれ、飛行機に乗せられ、気がついたら登山道具を背負わされて、山登りさせられた。常人ならとっくに死んでいるんじゃないだろうか。その後はしばらく登ってネタの補充ができたのか下山した。
そんなこともあったなぁ。こっちの世界での生活が忙しすぎてもうかなり前のことに感じる。「寝るな、死ぬぞ」か。
「寝るな、死ぬぞ」「寝るな、死ぬぞ」
死ぬぞ。
俺は目を覚まして剣で咄嗟に攻撃を受け止めた。正確には受け止めることは出できていない。神器、SF剣(仮称)の切れ味が良過ぎて受け止めるどころか大して見もせずに何かを斬ってしまった。
斬り落としたそれを見るとそれが金属の塊だということがすぐにわかった。そして攻撃してきた本体を見る。金属でできた2メートル以上ある巨大な体。手足は俺よりも一、二回りも太く、なんでも壊せそうなくらい力があるように見える。こいつはゴーレムというやつだ。だが自然界でゴーレムは生まれないと前にユウナが言っていた。いるのは捨てられた魔石から誕生したゴーレムだ。だがそれもすぐに崩れたり、奇怪な行動を取るはずだ。
ゴーレムがその剛腕を振り下ろすと倒木が砕け散る。やはり力は強く、頑丈なようだ。
ゴーレムの状態は五体満足。俺が咄嗟に切り落としたのはゴーレムが持っていた武器だったらしい。
自然あふれる森の中に違和感を覚える金属と金属の擦れる不快な高音だけがその場を威圧していた。
倒すのは難しくない。さっきの動作を見ている限り動きはそこまで速くない。隙をついて斬れば倒せるだろう。問題があるとすれば手足が太いため完全に切断できるか不安があるということだ。かなり近くまで踏み込まないと浅い傷をつけるだけになってしまうだろう。
剣を力強く握る。この勝負は一撃の威力が勝負を決する。しっかり握らないと剣を手放してしまう。俺はゴーレムの左脚を目掛けて走る。それと同時にゴーレムがその豪腕を振り下ろす。怪獣のように巨大なわけでもないのにスケール違いの巨人と戦っているかのような迫力がある。
俺は豪腕を避けると横に剣を振るう。先端でもない、腹の部分でもない、根元から刃を入れる。剣の全てを使ってゴーレムの太い脚を斬る。まるで大根を切るように強く力を入れなくても簡単に斬れてしまった。これだったらカボチャの方が硬いんじゃないだろうかと勘違いしてしまいそうだ。
脚を斬られたゴーレムはバランスを崩し、地面に手をつく。俺は間髪入れず両手と残りの足を斬る。そして回復したばかりの魔力を使って胴体を破壊した。体内の核である魔石が壊れゴーレムは
ただの金属の塊になってしまった。
「ふう」
俺は近くの倒木に腰を下ろした。知らない場所で1人のときに寝るもんじゃねえな(当たり前)。俺もう1人の時は寝ないわ。ダンジョンで寝るのはまぢで危ねえ。もしこれから異世界転生する予定がある人はそれにだけは注意してほしい。あとむやみにそこら辺をぶっ飛ばすのも。
気のせいか「そんなこと誰もしねぇよ」「アホ」という心無いツッコミが聞こえるような気がするがきっと幻聴だろう。ここは人を騙す森、これも森からの攻撃のようなものだろう。
まあそんな幻聴攻撃は無視するとして今気になるのは前回のゴーレムとさっきのゴーレム、どちらも聞いた話と違うということだ。崩れることもなく、明確な目的を持って動いていたように見える。ユウナの知識が間違っているか、それとも誰かが俺を、俺たちを攻撃しようと狙っているのか。もしそうなら、今の戦いにゴーレムを操っていた人間が近くにいたということになる。
誰かいたとして一体誰が俺を攻撃しようとしたのか。その人物に覚えはない。ありえるのは加賀の仲間か。だがわざわざこんな危険なところまで追いかけてくるのだろうか。それは少し考えにくいな。いろいろと考えることや頭を抱えるようなことが多いというのに謎がまた1つ増えてしまった。
また問題が増えたのかと思うとなんだか気分が悪くなってきた。体の中に鉛でも詰まっているかのように全身が重たい。思考もどうもまとまらない。ついさっきまで悪夢でも見ていて目覚めが悪かったのだろうか。本格的に疲れてが出てきたのかもしれない。
『原因は寝不足やな』
頭の中の神器、メーティアスが体の状態を報告してくれる。睡眠不足って、結構休息は取っていたはずだが。それでも足りなかったか?
『休息は取っていたけど全然疲れが取れてないのよ』
『おそらく無意識のうちに眠ってはいけないと思っとるんじゃろうな』
『あまり根を詰めすぎないことです』
いろいろ言われているがどうやら俺は無意識のうちに起きていたらしい。第5層も第4層も一切気が抜けない場所だったから寝たくても寝られなかったのだろう。自分の体調も管理できないとは情けない話だ。と自分を責めるのは簡単だが実際は簡単に眠ることなどできない。どれだけ疲れていてもここはダンジョンだ。油断すれば絶対に寝首をかかれる。だから今は疲れ切った体に鞭を打つことになるが我慢するしかない。死なないために死に一歩近づくようなことをするというのも変な話だが今の俺には危険から遠ざかる手段もない。
だがそしてまたそう言葉にするのは簡単なことだ。
最悪なことに瞼が重たくなってきた。無理やり瞼を開けようと頑張って睡魔と戦っているが絶対に長くは保たない。自分の欲求が語りかけてくる。「このまま眠ってしまえ」「このまま眠ればどんなに気持ちがいいだろう」と。どれだけ抗ってもやはり瞼は徐々に下がっていき暗闇が広がり始める。それでも無理やり起きているために神器で指を浅く切った。そうすると少しだけ目が覚めた。消えそうになる意識を痛みで無理やり引き戻す。
だがそれでもしばらくするとまた睡魔が押し寄せてきた。また別の指を切った痛みで意識を戻す。だが睡魔はそんな痛みをやわらげている。何度も何度も自分の指を切った。それでも足りなくて手のひらを切った。でも眠い。今までの人生で経験したことのないくらい異常な強い睡魔だった。心身の疲れ、そこに重なる大量の魔力消費。眠たくて当然だ。俺はもうちょっと後先考えた方がいいな。
神器で切った手は傷だらけで血だらけになっている。普通の傷なら傷はとっくにふさがっているだろうが神器でつけた傷はそう簡単には治らない。完治に3日はかかる。もう限界だ。眠い。
うわ、俺の手気持ちわりぃな。切り刻んだ傷だらけの手を見て俺はそれだけ思って眠ってしまった。
「あまり手を加えたくはないのだけど、愛する者のためよ。愛は世界を変える。そういうことにしておきましょう」
「うわっひどい傷。一体何があったらこんなことになんのよ」
誰だ。エリアスじゃない女の声。ダンジョンにいた冒険者か?それなら助かった。ゆっくりと目を開ける。だが目の前には誰もいない。助けを求めるあまりついに幻聴でも聞こえ始めてしまったか。
「まったく無茶もほどほどにしなさいよね」
いや、やっぱり誰かいる。視界がかすんでいるとはいえ人がいるかいないかくらいは確認できる。手に何かが触れるのを感じた。人肌の感触だが何かおかしい。どこの部位で触れられているのかがわからない。
手や指先で触れられているにしては形が違いすぎる。一体俺に触れているのはなんだ?俺は傷だらけである自分の手を見た。すると手の中で何かが動いているのが分かった。
人間じゃねえ!?俺は警戒心から目を完全に覚ますと同時に手の中でうごめている何かをつかんだ。まるで小動物を掴んでいるような不思議な感覚だ。
「ちょっと何すんのよ!」
する手の中の何かが喋った。俺は目を見開いて手の中のソレを見つめる。小さな可愛らしい顔がこちらを睨みつけていた。素直に思った。「なんだこれ」と。手を開くとソレはふわりと浮かび上がる。よく見ると背中に透明な羽が生えている。ああ、これはあれじゃないだろうか。そう、あれだ、あれ。あのーアレよアレ。俺の残念な頭はなかなか言葉を見つけられないらしい。
「ティンカー・ベル?」
本当に残念なことに俺の頭は妖精という言葉を導き出せずに有名で一番身近な妖精の名前を出してしまったらしい。
わかってる。「お前妖精って言葉も出てこないの?」と言いたいんだろ?じゃあ逆に聞くけど「どんな生活してたら妖精って言葉がスラスラ出てくるの?」異世界にいる俺でさえ使わない単語だぞ。普段使わない単語だからすぐに出てこなかっただけだから。決して俺の脳の回転が遅いとか学がないとかじゃないから!
自分自身に必死に言い訳しつつ目の前の妖精を見る。とりあえずわかるのはいきなり握りこまれたから怒ってるってことだ。でも小さいうえに美少女顔だからなのだろうか。なんか可愛いな。よくよく考えるとこの世界って顔面の偏差値高くない?男も女もモテそうな顔の人しかいないんだけど。
「私はティンクじゃないわよ。というかアイツと知り合いなの?」
今の言葉からしてティンカー・ベルって妖精は実在するのか。これはピーターパンの作者のジェームス・マシュー・バリーが実はティンカー・ベルと出会っていた説があるんじゃなかろうか。
でなきゃこんな偶然あるだろうか。なかなか興味深いがそれはそれとして。
「いや、知り合いじゃないけど有名っていうか・・・。ってそれよりもお前誰だ!?」
「まずはレディを突然握り込んだことを謝るべきじゃない?」
「ああ、ごめん。驚いてつい」
「アンタ妖精を見るのは初めて?」
「うん。初めて見た。なんかちっちゃくて可愛いな」
一応言っておくが俺は決してナンパ野郎ではない。そしてこれは本当に素直に思ったことであってお世辞的なものでもない。可愛いと思ったらハッキリそう言うこともあるし、いつだって下心の類は一切ない。あくまでもこんな無自覚で生きているのが俺、坂下レイジという人間なのだ。
「はぁ!?か、可愛いとかああ、アンタみたいな初対面のヤツに言われたって嬉しくないんだからっ!」
妖精は腕を組んで顔を背ける。
おいおいこいつツンデレか?今までいろんな性格の女に出会ってきたが本物のツンデレに出会ったのは初めてだ。へえーツンデレって本当にいるんだな。ツンデレって二次元の中にしかいないのかと思ってたよ。「だからっ!」とか本当に言うのか。三次元のツンデレは面倒くさいっていうけど別に悪くないのでは?
「で、アンタはここで何してるわけ?」
「実はな」
俺はエリアスとはぐれてしまったこと、ブラッドチェリーを探していることなど今までの経緯を教えた。
「ふーんブラッドチェリーねぇ」
「もしこの森について知ってることがあるなら教えてくれないか?」
こっちは手持ちの情報が少ない。というかないに等しい。ここで有益な情報が手に入ればブラッドチェリーを見つけられるかもしれないしエリアスと合流、出口も見つけられるかもしれない。
「いいけどその代わり私も手伝ってほしいことがあるんだけど」
「俺に手伝えることなら」
ちょっとした手伝いなどこの世界に来てもう慣れた。そしてちょっとした手伝いだと思ったらそれが大ごとになったりするということもなんとなくわかる。俺は運が良いが同時に運が悪い。正確には最初は運が良いが物事が中盤に差し掛かったあたりで急に運が悪くなる傾向があるような気がする。どうせスケールが大きい頼みごとなのだろうが必要ならばやるしかない。さっさと片付けて、目的果たしてふかふかベッドにダイブしてやる。
「何を手伝わせる気だ?」
ゴクリとつばを飲む。覚悟はできている。何でも来いだ。
「花を摘むの手伝ってほしいの」
「なん!?え?は、花っすか?」
想定外の答えに言葉遣いが急に小物っぽくなってしまった。
ハナヲツム。何それ凶悪なモンスターか何かの名前ですか?
「え?花を摘むだけでいいのか?」
「近々誕生日の知り合いがいて、その子に花で作った香水でもあげようかなって」
妖精は少し恥ずかしそうにそう言った。
え、まじ?まじで花を摘むだけでいいのか?いや素直に信じればいいんだろうけど何故か全然信用できないんだけど。実は遠まわしに凶悪なモンスターを倒せと言っているのではないかと思ってしまう。悲しきかな俺、ついに他人の言うことが信じられなくなってきている。
「一応聞いておくけど実はすごい遠まわしに暗号レベルでわかりづらくモンスター倒してこいとか言ってないよな?」
「・・・話聞いてた?」
「本当に花摘むだけ?」
「?ええそのつもりだけど・・・?」
ハイ、キタコレ!今回は正真正銘花を摘むだけだ。ここはダンジョンだから危険といえば危険だが今の俺の仕事は花を摘むこと。モンスターを倒すことじゃないし、むやみに戦うこともない。そもそも花を摘むだけなんだからモンスター戦うようなことになるはずがない。久しぶりに俺の心に春が来たと言わんばかりに心が躍っている。
「よしそうと決まればすぐ行こう」
「あ、うん」
急にちょっと元気になった俺を見て若干引いているのがなんとなくわかる。お願いだから引かないで。花を摘みに行くとわかった瞬間テンションが上がる花が大好きな変態フラワーマンみたいになってるけど引かないで。普段はもっとまともな人間なの。ダンジョンでの疲れで変な感じになってるだけなの。
「レイジだ。よろしく頼む」
「私はフィリアよ。花畑はあっちの方だから行きましょう」




