第5層の悪夢 その2
カサカサと鳴る虫の羽音だけがその白い空間でうるさいほど耳に響いていた。
向かい合ったかつてないほど巨大で凶悪なモンスター。確かに自分の目の前にいるのだが「本当に現実なのか?」と実感が湧かない。まるで映画館のスクリーンでモンスター映画を見ているのような気になってしまう。気分がどこかふわふわとする感覚。ああ、これは長らく味わっていなかった感覚。俺は久しぶりに少し恐怖を感じているんだ。
目の前の怪物がドリル型の頭が大きく開く。その様子は開いたラフレシアのように不気味というか
いかにも怪物らしい形相だった。
「こいつぁ、良くないのでは?」
怖いくせに調子はいつも通りだった。足がすくんでいるわけでもない。良かった、動けないということはなさそうだ。それならやることは1つ。逃げる、と言いたいところだがどう考えても逃げ切れる気がしない。相手がどれだけ強かろうとも戦うしかない。
「エリアス、お前は左から俺は右から動く。相手を撹乱させるように動くんだ」
「わかった。1箇所に集まらないようにするよ」
この戦いでは俺とエリアスはそれぞれ違う方向に動かなければいけないし、お互いに近づいてはいけない。相手のサイズが大きすぎるせいで1箇所に集まるとまとめてやられかねないからだ。とにかく相手にとって少しでも「対処が面倒」という状況を作り続けることが必須であり、片方がやられたら終わりだ。
そうして俺たちはそれぞれの方向へと走り出した。敵はどちらに食いつくのかと思っていたが迷うことなく俺の方へと頭を向けた。こういうとき必ず俺が危険な目に遭うことを運が悪いというべきか、エリアスに食いつかなくて良かったという意味で運が良かったというべきなのか微妙な心境だ。
ムカデ型のモンスターはドリルみたいな頭で俺を潰そうと頭を突き刺すように突っ込んでくる。思いっきりジャンプしてどうにか躱すとドリルの頭がガリガリと大きく地面を削っていく。
あんなのに轢き殺されたら流石に助からねえぞ。
そのままモンスターの背中に乗って剣を逆手持ちにする。このまま剣を背中に突き刺してやる。だがモンスターもそれを察したのか頭の向きを変えて進行方向を上の方へと変える。
「くっ!!」
急な姿勢変更のせいでグラつく。そして上の方へと進んでいるため足場が徐々に絶壁へと変わっていく。どうすることもできずそのまま背中から飛び降りるしかなかった。厄介なことにモンスターは上空へと逃げてしまった。少し飛んでいる程度ならともかくあんなに高く逃げられたら流石に本気でジャンプしても届かない。俺の魔力弾ではあの高さまで届かない。前にも一度魔力弾を放ったことを覚えているだろうか。指先から出てきたのはビー玉程度の小さな魔力弾で威力こそあるが今にも消えてしまいそうなほど
貧弱だ。
こんなことなら面倒くさがらずに魔法の勉強をしておくべきだった。なんでやらなかったのかって?
・・・だって面倒くさいんだもん。簡単だと思ったら大間違い、正直何を言っているのか全くわからない。数学とよくわからない論文をごちゃまぜにしてそこにナンチャラ神話の要素を加えてナントカしたり、体内の魔力の流れをナントカしてドウトカしたりとあれは人間が理解できる言葉じゃねえ。
あれは異世界の言葉だ。(まぁ、ここ異世界だけど)
あれを理解するのは無理だと判断した俺は剣など何も考えなくていい脳筋物理に逃げた。その結果がこれである。脳筋はいつか死ぬ、そう覚えておこう。そして家に帰ったら少しくらいは勉強しておこう。
生きていくには勉強は大事ということを実感しつつこの状況をどう切り抜ければいいか考える。
いや、考える必要なんてない。俺は魔法は使えないし、弓矢の命中率だって絶望的だ。この事態は俺ではどうにもできない。今回のダンジョンに関してはエリアス頼みになることが多くなりそうだ。
「どうにかできそうか?」
「うーん少し難しいかな。攻撃自体は届くけど距離がありすぎて決定打にはならないだろうし、私じゃあそこまで飛べないし」
「そうか。・・・ん?飛べればなんとかなるのか?」
「?まあ倒すほどじゃなくても良いダメージを与えられると思うよ」
なるほど、よし。俺いいこと思いついちゃったよ。これは俺が今まで考えた中でも名案なのではないだろうか。俺は今装備している剣を収めて大剣を装備する。勘のいい人なら俺のやりたいことがわかっただろう。そう、かつて俺がやった例のアレである。
「エリアス、思いっきりジャンプしてくれ。タイミングよくぶっ飛ばす」
「ヘ?ぶっ飛ばす?どういうこと?」
エリアスには俺のやりたいことが伝わっていなかった。
「この大剣でお前をモンスターのいるところまで文字通りぶっ飛ばす。その後はキャッチしてやるから心配すんな」
「いやいやいや、『心配すんな』じゃないよ!!死んじゃうよ!!」
「大丈夫、俺も投石機で空高くぶっ飛ばされたことがあったけど生きてた」
「私とレイジじゃいろいろ違うよ!?」
「これしか決定打になる手がないんだ頼むよ」
こればかりはもう必死にお願いするしかない。無理矢理やらせるようなことはしたくない。もし本人がどうしても嫌と言うなら危険だがここは全力で逃げることにする。
「あとでおんぶしてくれる?」
横目でこっちを見ながら聞いてくる。
「あ、ああそれぐらいしてやるよ」
「今日添い寝していい?」
「う、それは」
そんなふしだらな行為を許せるとでも思っていr
「やっぱり無理かなぁ」
「あーあ今日何か寂しいなー!!誰か一緒に寝てくれないかなー!!」
くそう覚えとけよこの野郎。はぁ、妹がこの世界にいなくて本当に良かった。彼女でもない女と一緒に寝たなんて知られたらなんて言われるだろうか。俺の予想では「兄さん、最低」か「兄さんに寄り付く虫、駆除しなきゃ」のどちらかだと思うわ。「兄さん、最低」までなら致命傷で済むがその後「嫌い」なんて言われようものなら俺はたぶん即死する。本当に妹がここにいなくて良かった。
「じゃあいくぞ」
俺は野球バットでボールを打つように大剣でエリアスを思いっきり吹っ飛ばした。人を天高く飛ばすというのは何とも不思議な感覚だ。まあ当然か、人をぶっ飛ばすことなんて普通に生活している限りは絶対に見ることもなければやることもないだろう。というか、もしあったならそれはそれで困る。さすがの俺も「えぇ...(困惑)」ってなるぞ。
飛んでったなーなどと呑気に飛んで行ったエリアスを見ているが実際の状況はそんな呑気ではない。
この攻撃が失敗すれば次はないかもしれないのだ。うまくいくかはエリアス次第だが俺もじっとしてはいられない。すぐにエリアスが落ちてくるである地点まで走る。
「荒れ狂う水の如く!!」
上空ではエリアスが超ド派手な大技を繰り出していた。それは名前の通り水の刃、その大きさは人よりも大きい大剣、その時点で強力な技だとわかるがそれだけではない。そんな巨大な水の刃は1つではない。見る限りでは8個、それぞれの切先は全てムカデのモンスターに向きながらエリアスの周りを浮遊している。
エリアスが腕を上げてそのまま振り下ろす。全ての刃が一斉に
ものすごい速さでモンスターに向かって飛んでいく。回避することもできずモンスターの体に次々傷がついていく。全てはほんの10秒程度の出来事だっただろうか。モンスターが血を流し始め、
無数の脚が切断され、長い体が切断され、羽はボロボロになり
散っていった。落下してきたエリアスを受け止めると同時にモンスターも落下してくる。モンスターはすでに死んでいた。
ピクリと動くこともなく。あの空中にいた間、あの10秒間の攻撃の中で死んだのだ。そう考えるとエリアスの使ったあの技がどれだけ強力な技なのかがよくわかる。俺はただ呆然とモンスターの死体を見ていた。
「ふう、どうにかうまくいったね」
腕の中のエリアスが言う。
俺は今まで自分はそこそこ強い位置にいるんじゃないかと思っていた。だが俺は自分がどれだけ小さな存在だったのかをそこで思い知った。
一方その頃ハイデン王国 宮殿では
ハイデン王国の国王はかつてないほどイライラしていた。
「ええいあの者はなぜ来ないのだ!」
「陛下、サカシタレイジは今王都にはおりません」
イライラを隠せない国王に対して第二王女のエリザベートが冷静に答える。
「何!?」
「どうやらダンジョンへと向かったようです」
それを聞いた国王は頭を抱えて唸る。
「それでいつ戻ってくる?」
「わかりません。3週間以内に帰ってくるそうですが」
「ノォォォオオオ!!」
普段は冷静な国王が頭がおかしくなりそうだと言わんばかりに苦しんでいるという珍しい光景である。
「えいっ☆」
ボカンッという金属がぶつかるような音とともに国王が倒れた。
見ると一体どこから持ってきたのだろうかフライパンを持った女王が立っていた。どうやらフライパンで国王の頭を殴ったらしい。エリザベートは一瞬何が起きたのかわからず呆然としていたが事の重大さを思い出した。
「お母様何を!?」
「だって毎日イライラしてるし、唸ってるし、この人こうなったら止まらないから」
女王はいつものように「あらあら」と言わんばかりに頬に手を当てる。
「しかしなにも殴ることは・・・」
「いいの、たまには頭冷やしてもらわなきゃ。ごめんなさいね、仕事の邪魔しちゃって」
「いいえ。それでは私は部屋に戻ります」
そう言ってエリザベートは自分の部屋へと向かった。
後ろから「このことは皆には秘密よ〜」という母親の声が聞こえる。言われなくてもこんなブッ飛んだこと誰にも言えない。
「レイジ、早く戻ってきて。このままじゃ王都が」
エリザベートは静かにつぶやいた。
ダンジョン第5層
「でくしっ」
一応言っておくが今のはくしゃみだ。くしゃみっていろんな種類というか言い方みたいなのがあるだろ?「でくしっ」もしくは「えくしっ」「くしゅんっ」「ちゅんっ」「拍手っ!」みたいな感じで。今はたまたま「でくしっ」だったというだけだ。
「風邪でもひいた?」
約束通りおんぶしているエリアスが聞いてくる。
「いや、誰かに名前を呼ばれたような気がする」
「ヒュー人気者〜」
「はいはい」
適当に受け流しつつ俺は辺りを確認する。未だ上に続く通路のようなものはない。エリアスによるとダンジョンの一番端っこの壁のどこかには絶対に通路があるということなので俺たちはダンジョンの端、壁を目指して進んでいる。運が良ければ道中にもあるらしいがこの感じでは絶望的だな。さらに歩くが相変わらず嫌というほど景色は白い。あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。実際にはまだ数時間なのだろうがもう何日も彷徨っているような気がする。
退屈だ。そう退屈なんだ。お前人の命が懸かってんのに何言ってんだ、と批難されそうだがそれはそれ、これはこれだ。確かにユウナの命が懸かってる。それを忘れたことはないし、焦ってもいる。だけどね?やっぱり最初から最後まで重苦しいのはダメだと思うんだ。心に負担がかかるような気がするから。だから探索はちゃんとして時間を無駄にしないようにしつつ、ある程度楽しくやろうと思う。
「退屈ならこの私がバイノーラルごっこをしてやろう」
「心読まないでくれる?あとバイノーラルごっこって何?」
知らない人のためにすごく簡単にわかりづらく説明するとバイノーラルってのは耳元で物音がしたり、囁かれたり、まるでその場にいるように聞こえるように録音された音声のこと、なのか?(自信なし)
異世界転生してない人は是非インターネットで調べてくれ。転生しちゃった人は・・・諦めろ。ここに電波はない。
「つまり、こ・う・い・う・こ・と」
エリアスが耳元で喋る。こそばゆいこの感じ。別に何ということはないが少し恥ずかしい。
「このまま耳舐め音声に」
「お前それやったらこのまま後ろに思いっきり倒れるからな」
俺たちこんな調子で大丈夫なのかすごく心配になってきた。というか主に今日の寝るときが心配である。下手したら俺は今日大事なものを失うかもしれない。添い寝の約束なんてするんじゃなかったなぁ。後悔すでに遅し、ため息を付きながら、そしてバイノーラルごっこをされながら俺は真っ白な大地を進んでいく。




