第5層の悪夢 その1
ある時、ある場所にて
「いやぁ、まさか君の方から会いに来てくれるとは思わなかった。まあ僕はこんな状態だし、会う場合は君が来るしかないんだけど」
陽気な態度で男が喋る。男がいるのは檻の中。牢屋のようなものではない。大きな鳥かごのような檻。男はここの生活になれてしまったのだろう。ニコニコと明るい笑顔を見せながら鳥かごの外にいる人物に一方的に話しかけている。
「それにしても焦ったよ。危うく壊されるかと思った。戦闘能力は低くして耐久性を上げて作ったんだけどあの強さは予想外だったよ。まさか両手を壊されるとは思わなかった」
『・・・』
「ああ、心配しなくても君の指示どおり彼らを第5層へと運んだよ。アーティファクトもすでに回収済みだ」
『ならばよい』
鳥かごの外の誰かがようやく声を発した。
「それにしても君も酷いヤツだね〜。大切な女の子を助けるために命をかけてダンジョンに来っていう少年の邪魔をするなんて。いや全くもって悪だね。君は最善だけど同時に最悪だ」
男は腕を組んでうなずきながら言った。
「彼を『1柱』に加える気かい?」
『その資格を手にする可能性があるというだけだ』
「なるほど。これはそのための試練か。彼が目的を達成すればそれが力の証明になる。例え失敗しても彼の性格からして自らの無力さを悔いて強くなる、と。どう転んでも彼の成長へとつながるわけだ。実にやらしいねぇ」
試練を乗り越えれば実力が証明され、失敗しても憎しみをバネにして強くなる。悪質極まりない手段だ。鳥かごの外の人物はそこまでしてあの少年をその「1柱」というものにしたいのだろうか。
「それはそうと君、第4層のアレ見たかい?」
『無論だ』
「どうするんだい?あれはどう見たって異物だが」
『手は打つ。あれは本来あるはずのないものだ』
「その様子からするとアレが何なのかはわかっているようだね」
『アレは地上に運んでおけ』
「了解した」
鳥かごの中の男は楽しそうに笑う。
「話は変わるけど師匠は元気かい?」
男はコロコロと話を変えていく。鳥かごの外の人物は特に何も言わずに男の話を聞いて、静かにそれに応える。
『相変わらぬ。貴様と同じ、鳥かごの中だ』
「そいつは良かった。でも師匠はいいよねぇ空の上で。僕はこんな殺風景な場所でずっと1人なのに」
鳥かごの外の人物は興味がないがなかったのか気がつくとその場から音も無く消えていた。まるで初めからそこにはいなかったかのように。話を無理矢理終わらせたのだ。
「はぁ。お任せください我が神よ」
鳥かごの中の男はそういって胸に手を当て礼をした。
ダンジョン第5層、【虚無の白域】にて。
アーティファクトに運ばれて5層まで来てしまった俺たちはあれから何もない真っ白な空間を宛もなくただ彷徨い歩いていた。かれこれ1時間は歩いただろうか。未だ上へとつながる道はない。景色も対して変わらないし、相変わらず音もない。ときどき聞こえる何かが近づいてくる音に怯えながら同じ方向へと進み続ける。
「何もないな」
「うん。ここにあるのは白い岩と少数の生き物だけ」
確かにこんなんじゃ精神的におかしくなって当然だ。今俺が正気を保っていられるのはちゃんとした目的があるから、そしてエリアスがいるからだ。どちらもとても大事だ。もし、どちらかが欠けてしまったならきっと今頃精神的に疲弊して、もしくは精神崩壊でも起こして人生に幕を下ろすことになっていたかもしれない。
暇だし歌でも歌いたいがそれはモンスターにこちらの居場所を知らせるようなものだ。ここは地上とは違う。モンスターのスケールも強さもここはマンモス級だ。せめて音楽プレイヤーでもあればいいんだけどなぁ。ついつい持ち歩きたくなる現代人特有の癖のおかげでスマホはいつも持ち歩いてはいるけど当然電池切れ、今ではただの高級な板だ。
こういうときやっぱり文明の利器はすげぇって思うわ。
「少し休憩しない?疲れちゃったよ」
「そうだな、だいぶ歩いたし。どこかに休めそうなところは」
辺りを見回すと少し遠くの方に豆腐のような四角い建造物が見えた。この第5層特有の建造物だ。結構あちこちにある。
そこはまるで家のように見えた。昔は誰か住んでいて、捨てられたようなそんな気がする。
「ここなら休めそうだ」
窓の役割なのか大きく切り抜かれているところがあるが壁もしっかりしているし身を隠すことはできそうだ。俺はすみっこに空っぽのカバンを置いて角に寄りかかって座った。座って初めて自分が疲れていることに気がついた。ダンジョンに入ってまだ3時間も経っていない。1時間歩いた程度でこんなに疲れるなんて、普段の俺ならこんなことで疲れることはない。これもダンジョンというプレッシャーのせいなのか。
「ふぅ疲れた疲れた」
そう言ってエリアスは俺の隣に座る。
「それなりに歩いたはずなのに未だ何もないな」
「それがこの階層が「虚無の白域」と言われる所以だよ。いくら歩いても何もない、ただ白いだけの空間。挑む者はその精神を消され、その身はいずれ白き灰へと還る」
「ここまで辿り着いた冒険者って本当にいるのか?」
「一応今のところ5層までは行ける、って話だけどね。でも来れるのは本当に上級の冒険者だけみたい」
エリアスはそのままダンジョンについての説明を始めた。
ダンジョンのことについてはよく知らないし聞いておいたほうが良さそうだ。それに何より暇だしな。
この世界のダンジョンっていうのはゲームに出てくるダンジョンと同じで、モンスターがいたり、ちょっとレアな素材があったりするような場所なんだけど、このダンジョンは他とは違うんだ。ここは7層からなる巨大な地下空間。ここまで大きなダンジョンは今のところこの1箇所しか発見されてないの。
ちなみにそれぞれの階層にちゃんと名前もあるんだよ。
第1層
胎動の魔窟
そこはすべての始まり、超えられぬ者に産み落とされる資格なし。
第2層
結晶回廊
そこは美しき世界、天には多色の星星、地には魅惑の宝石。
惑わされることなかれ、それは汝の魂、摘み取る者から摘み取られていくのだ。
第3層
草原の揺り籠
そこは穏やかな世界、鳥は歌い、草花は汝を優しく包む。油断することなかれ、優しさの裏には悪意が眠る。汝の目覚めは彼らの眠り、汝の眠りは彼らの目覚め。
第4層
混沌の森
そこは深き森の世界、木々は汝を迷わせ、獣は汝を惑わす。信じることなかれ、心乱れしとき森は汝に牙をむく。
第5層
虚無の白域
そこは虚無の世界、白き天地は心を蝕み狂わせる。失うことなかれ、すべてが虚無へと還るとき、それは汝が白へと染まるとき。
第6層
誘引の氷獄
そこは氷結の世界、すべては凍てつき、闇へと消える。決して恐れることなかれ、汝の恐怖があらわとなるとき霜は抱いて慈悲を与えるのだから。
第7層
地下世界
別名、果ての死界
そこは新たな世界、すべての恐怖が集いし地獄。希望を持つことなかれ、希望は無意味、すべては絶望の前に消える。命を散らす覚悟をせよ。
って感じに。
「救いはないんですか!?」
「ないんです」
マ・ジ・で?
聞いた感じとりあえずこのダンジョンには絶望しかない。1番最後なんて言った?「希望は無意味、命を散らす覚悟をせよ」とかもう絶対に無理じゃん。それまで油断するなとか、恐れるなとか
アドバイスしておいて最後の最後で「死ぬしかないから」みたいな感じで一切アドバイスないじゃん。
しかも今俺らがいるのは7層ある中の5層。もうラストすぐそこじゃん。この下がナンチャラの氷獄っていうすごい寒いところでそのさらに下が地獄。そう考えるだけでクラっとする。そう考えるとここはかなりヤバい。ヤバイくらいヤバいバルなヤベンヤバイバレスト(訳:とにかくヤバい)な場所なんじゃないだろうか。
「でも噂では7層よりも下があるって話だよ」
エリアスが面白がって小悪魔な笑顔で言う。
「もうこれ以上俺を絶望させるのはやめて・・・」
希望を捨てろみたいなことを言っているところよりもさらに下の層があったら俺は本当に全力で泣くぞ?
「でもよくよく考えれば行けるところとしてはまだ5層が限界なんだろ?なんで最後までわかってるんだ?」
「ダンジョンの調査をしたのは魔人王らしいよ」
また出てきた魔人王という単語。最近よく聞くような気がする。
「その魔人王っていうのはそんなすごいのか?」
「すごいもすごいよ。魔法作った魔人だし、強いし、てかこの世界の神だし」
「語彙力が急に酷くなったけどメッチャすごいってことはなんとなくわかった」
魔法を作った、この世界の神。そりゃ弱いわけはないよな。究極人工生命体をあっという間に倒したっていう話もある。俺の何倍も、何百倍も、もしかしたらそれよりも強い最強の存在。そう考えるとそんな神がなぜ俺たちの前に現れ助けてくれたのかますます謎だ。神の慈悲、もしくは神の気まぐれというやつなのだろうか。
「まあ覚えておくよ」
気まぐれでも助けてくれた恩人の言葉だ。覚えておいて損はない。第5層では「失うことなかれ」って言ってたっけ。つまりどんだけ景色が白くても絶対に精神崩壊を起こすな、自分を見失うなってことだろう。ただでさえ時間がないかもって焦ってるのにさらにこんな頭がおかしくなりそうな空間だ。俺の精神状態も今のところは大丈夫だがそれも含めて全ては時間の問題だろう。
全てにおいて時間の問題か・・・。
いつもみたいにため息をついた。そろそろ本当に俺の中の幸運が空っぽになるんじゃないだろうか。
ため息をつきすぎだな俺は。
「ねえ」
「ん?」
「どうしてあのとき」
エリアスが何か言いかけたその時だった。
カチカチカチ、ブブブブブ。
何かが歩く音と羽音だ。さっき遭遇したモンスターとは違う羽音、そしてさっきとは違って歩いている。
さっき遭遇したあのデカい虫ではないらしい。もっと小さな虫なのか?
建物の陰から気づかれないように少しだけ頭を出して様子を見る。近くにはいない。ただ少し離れたところに黒くて丸っぽいフォルムの何かがいる。そしてそれがカサカサとあたりを歩き回っている。
その見た目と動きに思わず顔を引っ込める。一言だけ言っておこう。あれはヤバい。本気で戦いたくない。あの動きとフォルムは
どう見て、考えても俺の嫌いな感じのものにしか見えない。
「真っ青だけど何がいたの?」
どうやら俺の顔色は良くないらしい。
「ゴキブリとカブトムシが合体した、みたいなやつ」
要するに巨大な虫だ。そして俺は虫が苦手である。
カブトムシとかなら大丈夫、コガネムシとかでもまだ我慢はできる。でもゴキブリとか芋虫レベルまで気持ち悪くなると流石に耐えられない。まあ本物のゴキブリは見たことないんだけど。
胴体部分はカブトムシのような丸みを帯びた形だが羽はどう見てもゴキブリのそれにしか見えない。頭に関しては本当にカブトムシとゴキブリを足して2で割ったかのような見た目だ。
あれは確実にダメな部類に入るモンスターだわ。動きがキモい、羽音もキモい。無理!
「うわっ、あれは確かにキモいわ」
エリアスも覗いて同じ感想をもってくれた。あんな虫が台所にでも出てきたら多分俺は失神するぞ。
「てかアイツだんだんこっち来てない?」
「何っ!?」
俺はまたそっと顔を出してさっきの虫を見てみる。確かにあちこちを歩いているように見えるが少しずつこちらに近づいてきている。ああ最悪だよ本当に。そう思ったとき虫の頭がこちらを向いた。一体どこに目があるのかわからないが間違いなく目と目が合った。俺とエリアスは瞬時に顔を引っ込める。だが時すでに遅し、カチカチカチとすごい勢いでこちらに走ってくる音が聞こえる。
相手の移動速度が速い。どんなに走ったとしても逃げ切れないな。正直戦いたくはないがやるしかない。俺たちは家を出ると同時に虫と接触した。俺はいつも以上に力強く剣を振るう。初撃は当然外れた。剣が地面にぶつかりえぐれて粉塵が舞う。普段なら地面がこんなことになることはない。今の俺がどれだけ全力でこの虫を倒したいのかわかるだろう。
すぐにまた次へ次へと剣を振るが攻撃が当たらない。確かに今の俺はいつも以上に力んではいるがそれでも攻撃を雑にしているつもりはない。この虫の反応速度が速すぎる。虫特有の異常な反射能力だ。根本から反応速度が強いんじゃ話にならねぇ。さすがは人類の限界点と言われる5層で生きているモンスターだ。地上のモンスターよりも強い。
だけどよかった。もし、一人だったならここで終わっていたのかもしれない。でもそうじゃない、今の俺は1人じゃない。
「氷塊開花‼」
氷がものすごい勢いで地面を這い、虫に向かって進んで行く。そして虫の足元を氷に変えたかと思えば串刺しにするかのように巨大な氷柱が勢いよく生えた。氷柱は直撃することはなかったが虫の胴体の側面とでも言おうか、足と足の間にかすり傷をつけたようだ。
「エリアスちゃんを舐めないでよね!」
エリアスはそう言って指をパチンと鳴らした。すると先程虫の受けた傷口が徐々に凍り始め氷が全身へと広がり始める。
たった10秒程度のことだっただろうか。氷がそのまま虫の全身を包み込むと虫は動かなくなった。どうやら完全に凍りついてしまったらしい。
「本当はこんな魔法じゃないんだけど、まあ派生技ってことで」
エリアスは頭を掻きながら笑っているが傍から見ていた俺からすれば笑い事じゃない。少し、ほんの少しかすっただけで全身が凍りつくなんて・・・。強すぎやしないか?言葉が見つかんねえぞ。
エリアスってふざけたフリしてるけどもしかして本当はメッチャ強い?というか俺が弱いのか?
よくよく思い出してみればエリアスは一応本物の天使だ。
それに対して俺は天使の力の一部を使えるというだけで天使には追いつけない。そう考えるとエリアスは相当強いということになる。
「でも本来の力の3割程度で本調子じゃなくてもどうにかなるもんだね」
このダンジョン探索エリアス必要不可欠なのでは?いや絶対に必要な人員だよ。なんならこれからの冒険で必須の人員なのではないだろうか。いやいやそれよりもまずは主人公交代の可能性もあり得るのでは・・・?。ワレ、困惑ヲカクセズ。
「って危ねえ!!」
俺はエリアスに覆いかぶさるようにしてその場に倒れた。もちろん困惑のあまり俺の気が狂ったわけではない。
「え、嘘、こんなところで・・・?」
おい、やめろ漫画とかで見るその目を逸らしたテレ顔。無論こんなところで風紀を乱すようなことはしない。ちなみに今のところ自分の大事なものを捨てる予定はない。
「そんなわけあるか馬鹿!!」
直後俺の真上を巨大なものが通過する。巨大なそれは氷塊となった虫を喰らいながら進む。巨大なそれが完全に通り過ぎるのに何秒かかっただろうか。長すぎる胴体、聞こえる無数の羽音、不快感を覚える鳴き声、そして特徴的なドリルのような頭部。
そう、最初に出会ったあの巨大なムカデ型のモンスターだった。




