新たなる始まり
あれから1週間。キメラ事件が終わってようやく忙しさから開放された俺は開放されたのにも関わらず城にいた。未だに家には1度も帰れていない。事件が終わったとはいえ後始末というのは誰かがやらなければいけない。それに今回の件に関しては転生者が関わっているため終わったからと無関係ではいられない。そんなわけで今俺は城の地下。牢獄の尋問室にいた。要件は無論加賀の尋問だ。
「お前が尋問するのか」
テーブル越しに加賀が笑う。
「エリザベートたちじゃ真に大事な情報は引き出せないだろうからな。無茶言って俺に任せてもらったのさ」
さて尋問のやり方なんて専門知識はもちろん知らない。とにかく質問していけばいいのだろうか。
「まず、あの設備はどうやって手に入れた?」
「まず」と言ったが正直それ以外のことなんかどうでもいい。加賀の目的が世界征服だろうが何だろうがそんなことを知ったところで今さらなんの役にも立たない。キメラの製造方法は加賀の能力猛獣使いによるものだろう。これも細かい方法なんて知ったところで意味はない。
意外とスルーされがちだが本当に大事なのは加賀自身のことよりもあの地下施設だ。あれは加賀の能力では絶対に手に入れることはできない。キメラにあの地下施設を造れるほどの知能はない。もしあったならとっくに王国軍は全滅している。
「貰い物さ」
「誰からの?」
「仲良しからの」
「仲良し」。仲間がいるのか。あの現代技術、どう考えても転生者の能力か何かだな。加賀と同じで王国を攻めようとしたやつがいたってことになる。
「そいつらはどこにいる?」
「知らない方がいいこともある」
「何?」
「向こうはお前が思っているほど弱くないぞ。お前じゃ確実に勝てない。それに俺も死にたくない」
・・・確かにその通りだ。今回のキメラを相手にしたって結果的に見れば勝ちだが戦いの中で俺は究極人工生命体負けた。魔人王が助けてくれなかったら今頃王国軍で生きて帰れた者はいなかっただろう。言い返せないのは悔しいが認めるしかない。今の俺じゃ敵の能力にもよるがおそらく他の転生者には勝てないだろう。
「そういえば俺をぶん殴ってくれた女は元気か?」
「ああ、お前に刺された傷はすぐに治ったよ」
俺は眉間に少しシワを寄せながら答えた。話の流れがどこか妙に感じる。一体何故このタイミングでユウナの話を振ってきた?それだけじゃない。そもそも質問がおかしい。もし、加賀が本当にユウナが刺されたことの話をしているとして一体何故確認してきた?
ユウナのけがは普通に考えればそこそこの重症、だがユウナは転生者だ。転生者からすればあの程度の傷は大したことはない。俺なら一瞬、ユウナは俺ほど再生能力はないがそれでも半日あれば完治する。
それは加賀もわかっているはず。なのに何故ユウナのことを訊いてきた?単に思い出したから?イラっと来たからか?いや、それはおかしい。それならわざわざ「元気か?」なんて訊き方はしないはず。違和感がある。考え過ぎか?
だがもし、もし俺のこの違和感が間違っていなかったならば考えられることは1つ。ユウナに何かした。それもかなり良くないこと。しばらく家に帰っていないのだからどんなことが起きていたって不思議じゃない。
その結論に至った瞬間。今まで考えていたことが全て吹っ飛んだ。尋問室を飛び出してしばらく帰っていなかった自分の家へと向かう。嘘か本当かなんて、それこそ重要じゃなかった。
少しでも可能性があるのなら放置しておけなかった。
尋問室に残された加賀は1人顎に手を当てて考えるように言う。
「今のたった一言で真意を理解したか。今の話は流れとしては決して不自然ではなかったはずだが。常人を逸したその複雑な思考と身体能力。偶然か勘か、それとも本当に天才なのか。なんであれ情報通りだ。さて、あとはどう対処するのか見ものだな」
今までのどんな出来事よりも必死に全力で走った。ただ無我夢中で、今はユウナのことしか頭にない。
久しぶりに帰ってきた屋敷の扉を勢いよく開ける。
「っ‼」
たまたま近くにいたラシェルが驚いてこちらを見るが俺の顔を見ると今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ってきて俺の胸に顔を埋めた。
「ユウナは!?」
「どうか、どうかお嬢様を助けてください。とても、不憫で・・・私は・・・もう、どうすれば・・・」
「落ち着いてください。大丈夫どうにかします」
俺はラシェルの目に溜まった涙を指で拭うと「状況は?」と続けた。不憫、見ていられない。この言葉からして状況が最悪なのは間違いない。ラシェルの後に続いてユウナの部屋へと向かう。
「何人ものお医者様に見ていただいたのですが口をそろえて「こんな病気は知らない」と」
「病気?」
ユウナは病気なのか?疑問が生まれると同時にユウナの部屋に到着した。
「それについては直接ご覧いただいた方が早いかと」
そう言ってラシェルはドアをノックする。
「お嬢様、旦那様がお帰りになりました」
「・・・・・入ってこないで」
少しの間があった後静かにそう返事が返ってきた。まるで深海のように暗く、静かで重たい。いつものユウナとは思えない元気のない声だった。事態はかなり深刻なように思える。「入ってこないで」とユウナは言ったがハイ分かりましたと納得するつもりはない。俺は黙ってドアを開ける。
部屋の中は暗く、カーテンは閉め切っていた。
「入ってこないでって言ったでしょ」
ベッドの中からユウナまた力なく言う。
「入らなきゃお前を助けられない」
「助けてくれなくていい。どの医者にも無理だって言われた。・・・・・あの加賀とかいうのにやられたわ」
やはり加賀が何かしたのか。それも病気ということは毒か何かを盛られたのか。奴の能力は猛獣使い、生き物を知り、支配する能力。毒自体を作ったのは加賀ではない他の誰かだな。加賀が医療にでも詳しくない限り聞いたところで何か分かるとは思えないな。
「症状を見せてくれ」
「近寄らないで‼」
普段は冷静なユウナが声を荒げた。
「私を見ないで」
さっきとは違い弱々しく言う。今まで凛と咲いていた花が元気なくしんなりとしているような、少しでも触れれば今にも散ってしまいそうな脆さを感じた。
「それは無理だよ。『君』を助けるには『君』に近づかなきゃいけないし『君』を見なきゃいけない」
俺はまたユウナへと歩き出す。そして被っている毛布を引き剥がす。そこにはやはりいつもの風見ユウナがいた。いや、正確にはいつものではない。思わず俺は目を細める。
とても奇妙な症状だと思った。白いユウナの肌にまるで傷だらけのガラスみたいに亀裂が入っていた。
血管が浮き出ているとか、肌が蚯蚓腫れになっているとかではない。実際に亀裂が入っているのだ。
そしてその亀裂からわずかに漏れる紫色の光。明らかに普通の病気ではない。
「これは・・・?」
俺のその言葉に反応したのだろうか。頭の中の神器が声を発する。
『ふーむ。こいつぁ見たことない病気だな』
お前らにもわからない病気があるのか。
『世間一般的に知られている病気はもちろん、神が知っている範囲の病気ならともかく、これは完全に
独自に作られたものね。その子に触れてみて』
俺は言われるがままユウナの手に触れてみる。
『ふむ、どうやら症状は獣人化に酷似しているがそれとはまた違う状態のようだ』
治す手段はあるのか?
『あるにはあるけど時間がかかりそうね』
どうすればいい?俺の神器の中に直せるものはあるのか?
『ない。君の力は他人に助力することを想定していない。自身が生き残るためのもの。我々がいるから君は病気にはならない。だから解毒剤とかは必要ない。彼女を救うにはブラッドチェリーが必要だ』
ブラッドチェリー。わかった、それを手に入れよう。
『ならば急ぐのだ。図書館に行け』
図書館?・・・・・ヘルテーカ大図書館か!確かにあそこなら何かしらのヒントを得られるかもしれないし、医療系の本もあるはず。そうと決まれば善は急げ、すぐに行こう。
「ユウナ、行くぞ」
「行くってどこに?」
「俺の『友だち』のところだ」
「なるほど。事情は大体わかったでち」
ミーティは少し考えてから言う。
「一度症状を見るでち。その間お前はこれでも読んでブラッドチェリーについて調べておくでち」
そうして手を叩くと1冊の分厚い本が俺の目の前に飛んでくる。俺がその本を受け取るとユウナとミーティは別室へと移る。今のところ物事は順調に進んでいる。もしかしたら数日中に、俺が早期にブラッドチェリーを見つけられればもっと早く治せるかもしれない。そんなことを期待しながら俺は分厚い本を開く。
ブラッドチェリー。ダンジョンの第4層にて生息が確認されている。サイズはブドウ程度で赤黒く、
必ず2つ1組で実っている。あらゆる病を治す万能の実と言われているが実際は病を治すのではなく食べた者の体調を自然な状態へと戻す効果がある。味は苦く、渋い。熱に弱い。
なるほど。食べた奴の体調をまっさらに、病気でないいつも通りの状態にしてくれるのか。確かにこれならどんな病気でも治せる。ダンジョンの第4層、ダンジョンの噂は聞いたことがあったが実際に行ったことはない。何ならどこにあるのかさえもわからない。だが聞いたところによると大きな洞窟らしい。
あと難易度が高いとも聞く。
「ほほう。次はダンジョンですか」
いつの間にかエリアスが後ろから本を後ろから覗き込んでいた。
「ダンジョンについて知ってるのか?」
「まあね。これでも一応年長だし」
そういえばコイツ天使だった。天使ならある程度ダンジョンに知っていても不思議はない。
「ダンジョンってどんなところなんだ?」
ダンジョンといえばミノタウロスが守っているとかいう迷宮とか、冒険者がそこでモンスターを倒して金を稼いだいたりといろいろと思いつくものがあるこの世界のダンジョンも似たようなものなのだろうか。
「うーん。一言でいえば地獄かな」
意外とヤバかった。「一稼ぎ行こうぜ」とかそんな軽いノリでいくようなところではないようだ。
この世界のダンジョンはアニメやゲームとは違い、気軽に行けないどころか地獄と表現されるような過酷な場所なのかもしれない。
「終わったでち」
ちょうどミーティが部屋から出てきた。
「見たところあの亀裂は腹部から少しずつ体を蝕んでいるようでち」
「治りそうか?」
そう訊くとミーティは腕を組んで少し考えてから言う。
「やはりブラッドチェリーが必要でち。それも病気の進行を考えても3週間以内に」
3週間。その時間は俺がダンジョンの4層にたどり着くのに少ないのか、十分なのか。俺にはわからなかった。だが例え少なかろうが十分であろうが俺はダンジョンに行かなくてはならない。
「ならすぐに行こう」
俺はすぐにダンジョン出発に向けて準備した。といっても俺が用意したものは空っぽのリュック。ミーティは固形石鹸を1つだけくれた。本人曰く「食料は調達できても衛生面を保つのは難しいでち」とのこと。
確かに石鹸の調達は難しいな。だが固形石鹸をそのまま手渡してくるのはどうなのだろうか。そこのところいろいろ言いたいことはある。
「なあ、エリアス本当に一緒に行くのか?」
「私の知識は結構役に立つと思うよ」
うーむ。俺より詳しいのは間違いない、か。俺ではわからないようなことも知っているかもしれない。だが
「何かあっても助けれないかもしれないぞ?」
冒険には危険が付き纏う。それがダンジョンという未知の領域であればなおさらだ。どんな恐ろしいことが起きたところで助けはないかもしれない。
「ずっとそばにいるから大丈夫だよ」
「そうか。じゃあ行こう」
冒険者らしいことをするのは久しぶりだ。だが今度はただの冒険じゃない。
これは仲間を助けるための冒険。俺が乗り越えるべき2つ目の大きな試練だ。




