その実を潰す者
要塞から北に少し進んだ野原のど真ん中に俺たち王国軍は佇んでいた。
「準備は?」
「いつでも」
「よし、撃て」
「アイアイサー!」
そんなふざけたような言葉とともに前方のすべてが青白い光に包まれた。予定通りカーリーに超高火力魔力弾を撃たせた結果がこれだ。ロボット系のアニメや漫画に出てくるようなレーザー砲のような超極太な魔力の塊が前方の何もかもを消滅させている。この光が消えた時、前方にどんな光景が広がっているのかはなんとなく想像がつく。
それにしてもこんな人間離れしたことができるなんてカーリーは何者なんだ?カーリーからは転生者特有の気配を感じない。この世界の人間なのは間違いない。例え魔法が得意で極めたとしても普通の人間が何もかも吹き飛ばせるほど強くなれるとは思えない。だが実際にそれは今起きている。
「お前は・・・一体なんだ?」
目の前の光が消えた。超高火力魔力弾が終わったのだ。目の前には案の定なにもない。地面はえぐられてまっすぐに道ができているし、生えていた木も何もかもが文字通り消えてしまった。
「ただの人間だよ」
カーリーは意味ありげに、それでいてどこか悲しそうに少し笑った。どうやら俺としたことが疑問が声に出ていたらしい。だがこれでわかった。カーリーは確実に普通じゃない。なにか訳ありなようだ。だが俺はそれ以上詮索はしなかった。今は関係ないし、何よりその少し悲しみを含んだような笑顔を見てしまったから。深入りしてはいけないような気がした。
「行進せよ!」
エリザベートの命令で軍が進んでいく。俺がウェイブの乗っている馬に乗ると馬はまっすぐ進む兵士たちとは違い少し右に逸れながら走り出した。俺たちは兵士たちとは一緒に行動しない。アイツらがキメラを惹きつけている間に俺たちは少し遠回りして一気にキメラの巣に飛び込む。とても危険だ、だがそれでもやるしかない。
全力で馬を走らせてといると遠くから騒がしい音が聞こえる。軍がキメラと接触したらしい。俺たちももうすぐ洞窟の位置に到着する。俺たちの存在は絶対にバレてはいけない。俺たちは暗殺部隊(今回はユウナもいるが)。本来の役職らしく敵地に潜入し、目標を倒す。もし、うまくいけば。もし、あの転生者、加賀マチヒトを倒せばキメラが造られることはなくなり自然とこの戦いは終わる。だが俺たちが失敗したら時間がかかるうえに犠牲者は増える。俺たちは皆の命を背負っている。だから絶対に失敗できない。
少し離れたところで馬から降りる。ここからは徒歩で入り口まで近づく。途中見廻りと思われるキメラが数匹いたが音を立てずに各々で始末する。手振りだけで合図しながら少しずつ地面の穴へと近づいていく。途中で超高火力魔力弾でえぐられた地面跡の中にすっかり存在を忘れていたドミネートチェーンが落ちているのを見つけた。俺は声を出すこともなく落ちているドミネートチェーンの方へ手をかざした。
するとチェーンはひとりでに飛び上がり俺の腕に巻き付いた。
結構邪魔だな。でも何があるかわからないからいつでも使えるように巻き付けておいたほうがいい。
腕にチェーンつけてるヤンキーってきっとかっこつけるために巻いてるんだろうけど本心は邪魔だと思ってるんだろうな。だってこれ飯食う時とか何かの拍子に茶碗割れそうだもん。ファミレスとか入ったら出禁になりそうだし。
まさかこんなの武器にしてるなんてことはないよなぁ(唐突な煽り)
と、そんなこと考えてる場合じゃなかった。隙あらば気が緩んでしまうのは俺の悪い癖だな。
ゆっくりゆっくりと地面の穴に近づく。穴を覆っていた膜はない。『究極生命卵』同様に魔力弾で形も残らず消えてしまったのだろう。
「入るぞ」
全員が頷く。ルネはポーチから小さめの杭とロープを、レネは金槌をそれぞれ取り出した。ルネがロープの先端で輪っかを作り、杭をそこに通す。レネが穴の近くにその杭を突き立て金槌で打つ。これで特殊部隊のようにかっこよく懸垂下降できるようになった。
だが俺はそれを使わず穴の中へと飛び降りる。ロープはあくまで部隊の皆のために用意しただけで、俺は必要ない。高さはそこそこ高い。地面は岩でデコボコとしている。これ着地をミスったら怪我するぞ。中は目の前が見えないくらい暗闇が広がっている。穴からの光がまるでスポットライトのように俺に指している。
「トーチ」
指先から照明弾のように光球が放たれ辺りを照らしてくれる。周りに敵はいない。俺は親指を立てて大丈夫と合図を送る。そしてそれを見た皆がロープを使って次々と降りてくる。
「不気味なところだな」
「ああ、広いうえに真っ暗だ。いつ襲われてもわからんぞ」
前に泥のキメラと戦った研究所だってなかなか不気味だったと思うが二人は何も言わなかった。なのにウェイブとエルシアがこう言うということはある程度不安に思っているのか。どこで俺たちを見ているのかもしれないし、俺たちに飛びかかるために今か今かと待ち構えているのかもしれない。ここは怪物の腹の中だ。食われるか、それとも内側から食い破るか。いずれにせよどちらかが食いつくされる。
ゆっくりと慎重に暗闇を進む。足元に落とすトーチの魔法が唯一の光源だ。会話できない、どこで聞かれているかわからないし敵に居場所を知らせるわけにもいかない。それに暗いせいで今はただ手で進むか止まるかの簡単な指示しかできない。複雑な指示を出して伝わらなかったり間違って伝わったら困るしな。
ほどなくして細い通路に差し掛かる。広がっていた隊列を2列にし、前後4人ずつ間隔を開けて進む。
途中で地面の感触が変わった。悪かった足場が急に平らになった。地面は変わらず岩だが明らかに人の手が加わっている。平らになった地面をさらに進むとさらに変化が現れた。光だ。それもロウソクや松明のような火の光ではない。この光は、
「蛍光灯の光ね」
「ケイコウトー?なんだそれ」
「ロウソクより安全で長持ち、そのうえ明るい光る棒・・・かな」
なんかいろいろ大事な部分を省いているような気もするが大体合ってるだろ。
目の前にあるのは扉だ。それもただの扉じゃない。鉄製のSFチックな見た目でいながら塗装は白を軽く塗ったような無機質なデザイン。取っ手らしきものがなかったり、扉の横にセンサーみたいなものがあるのを見る限り手動ではなく自動。SF映画みたいにカードキーやら生体認証で開ける扉なのかもしれない。
「ぶち破るしかないか」
扉に剣を突き刺そうとしたその時だった。プシューと音を立てて扉が開いた。拒むのではなくむしろ入れと言わんばかりに素直だ。扉の向こうは変わりなく暗い。どう考えても罠としか思えないな。どうやってか俺たちのことを監視しているようだ。
「俺が先に行く、合図したらきてくれ」
一歩ずつ足元を確かめるように進む。生き物の気配はしない。わなが仕掛けられているようでもない。ただ真っ暗で静かなのが安心と同時に不安も掻き立てる。危険はない、か。手招きして合図を送る。
プシュー
1番最後、ユウナが扉を超えたところでドアが閉まる。
『よく来たな。と歓迎したいところだが正直なところ俺もそれほど余裕がない』
加賀の声だ。スピーカーか何かから聞こえているように感じる。
周囲には何もいない。さっきから近代的なものばかりということは暗視装置付きのカメラで俺たちを観察している可能性が高そうだ。
『だが、いい機会だ。少し話でもしようじゃないか。坂下レイジ』
自分を呼ぶその声に背中を氷柱でなぞられたように寒気がした。
そして気がつくと目の前にスポットライトに照らされる加賀マチヒトがいた。ドキリと心臓が締め付けられる感覚を味わいながらも俺は剣を構える。
警戒していたのにまったく加賀の気配に気が付かなかった。コイツもしかしてそうとうの手練なのか?
「落ち着け、戦うの意志はない。今のところはな」
「?」
「まあ座れ」
そう言うとバンッという音と共にソファとテーブルがスポットライトに照らされた。テーブルの上にはご丁寧にも紅茶と菓子類まで用意されている。
「なんの真似だ?」
「さっきも言っただろ。話でもしようと思ってな」
怪しい。どう考えても怪しさしかない。俺は皆を頼ろうと後ろを向いた。だがそこには誰もいない。
「用があるのはお前だけだ。安心しろお仲間にはまだ手を出していない」
加賀は呑気にティーカップに口をつける。仕方ないか。今はコイツの話を聞くしか道はない。下手に加賀の機嫌を損ねると何をされるかわからない。
「それで俺に何のようだ?」
「なに、お前をスカウトしようと思ってな」
「なんだと?」
「お前には力がある。それも全てを覆す力が。俺はその力が欲しい」
「何をする気だ?」
「世界を取る」
その一言は衝撃的だった。加賀は一切ふざけていない。明らかな自信過剰、隠すことなき欲望。考えていることのスケールが違いすぎる。
「お前だってわかるだろ?キメラと人間とでは明らかに差がある。そしてその差はキメラの数が増すほど当然大きくなっていく。一体どこに人間の勝機がある?本来であればとっくに完結しているはずの物語だった。だがそれがどうだ!物語は終章どころか未だプロローグに過ぎなかった!!」
加賀はひと息ついて冷静さを取り戻すとまた話し始めた。
「この世界に来て5ヶ月以上経つ。俺はモンスターを使って。北の要塞を陥落させ、そこを拠点として計画を進めていた。王国軍が何度も攻めてきたが敵じゃなかった。だがある日、呆気なく取り返された」
なるほど俺が取り戻したあの要塞を攻めたのは加賀だったのか。
これで1つ謎が解けたぞ。道中で俺とルイズを襲ったゴブリンの集団のことだ。ただゴブリンにしては統率がと執れていた。頭が良すぎたんだ。まるで誰かに習ったかのように戦い方を知っていたのは背後に加賀という存在がいたからか。
「モンスターの力だけじゃ限界を感じた俺はキメラを作った。後はお前も知ってのとおりだ」
「どうやってキメラを作った?」
「俺の能力は猛獣使い。生き物を支配し、生き物を知る。キメラくらい簡単に作れる。話がズレてしまったな」
俺が紅茶を少し飲むと加賀は再び口を開く。
「俺と来い。そうすれば金も、地位も、女も、何もかも手に入る。」
俺は高そうなショートケーキとJKが好きそうなスイーツをいくつかケーキスタンドから頂戴しつつどう答えるべきか少し考える。
このベリーまみれのケーキとか絶対高いんだろうなぁ。今のうちに味わっとこ。お、この皿にスイーツがたくさん乗ってる感じSNS映えしそう(緊張感なし)。
「悪い気はしないな。だがお前のやることの先に何がある?」
「全てだ。この世のすべて」
「ふーんお前にはそう見えてんのか」
俺は少しつまらなそうに、そして失望したかのように応える。
「何が言いたい?」
「俺に見えてるのはな」
俺は表情を変えずに言う。
「死体の山だ」
白い皿の上でベリーの1つをフォークで潰す。ベリーは赤い果汁を飛ばしてグシャっとなってしまう。大きな力に押しつぶされて力なく弾けて赤い果汁を撒き散らす。
「お前は何も手に入れられない。お前が進むことで確かに道はできるかもしれない。だがお前が通った道には人も、草木も、何も残らない。お前はただ獣たちの前で王を気取るだけだ」
「くだらねえ。お前は詩人か」
「じゃあはっきり言ってやるよ」
ちょっとイラッとしている自分がいる。
「お前みたいに欲のためなら誰でも殺す、誰がそんなクズ野郎の隣を歩きてぇんだよ?」
「残念だ。本当にな」
「仲良くできなくて俺も残念だよ」
直後、俺は持っていたフォークを逆手持ちにしてそのまま後ろへと突き刺した。何かに刺さる感触。すぐ後ろで苦しそうな獣の呼吸。フォークをさらに押し込む。そして後ろの獣は息絶えた。
俺はスイーツの乗った皿を片手に後ろへジャンプした。
「逃がすと思うか?」
俺はスイーツを口に押し込みながら言う。
「ふぁふぁっふぇふふーふぉ(わかってるつーの)」
上から数十体のキメラが着地、取り囲まれた。
「ほら、皿は返すぜ」
俺は皿をフリスビーのように加賀に向かって思いっきり投げた。
ああ、人生で皿を投げたのなんて初めてだ。なんか悪いことしているような気分になる。皿はまっすぐに加賀の方へ飛んでいったが命中する直前に加賀の背後にいる何かに粉砕された。
「さあ絶望を始めよう!!」
背後の何かがのっそりと姿を現す。それはどう見てもキメラの域を超えている。おそらくキメラなんだろうけど、キメラじゃない。それに皮膚はない。理科室で見そうな筋肉の標本のように筋肉がむき出しだ。それに顔はない。目、鼻、口のない完全なのっぺらぼう。それに骨はない、触手のようにうねる手足がそれを物語っている。
前に見た、泥人形の筋肉版、なのだろう。
「コイツは今までお前に倒されたキメラの脳を合成して作った俺の最高傑作だ。前の泥人形は失敗に終わったがこのシュトレアンは違う。お前を倒すためのキメラだ!!」
なるほど、このキモいのがアイツの切り札というわけか。もしこのキモいデザインを加賀が意図的に作ったのだとすればかなり悪趣味なもんだ。もっと可愛いのとか、かっこいいデザインでもよかっただろ。美少女とかにしなさいよ。
「かかってこいよ。俺も本気でぶちのめしてやる」
「アホが。この数に勝てるかよ」
「一体いつから―――――――――――俺が一人だと錯覚していた?」
この余裕あるセリフからの渾身のドヤァ。
「ここまで来れるわけが」
直後、俺の背後の壁が破壊された。聞こえる複数の足音。幸運は我が手にある、だな。
「最終決戦って感じか?」
短剣を持った男が言う。
「さっさと終わらせて帰るぞ」
糸を武器に戦う男っぽい口調の女が言う。
「隊長、助太刀いたします」
どこから出したのだろうか、大剣を持った丁寧な喋りの優しい女が言う。
「いつも通りね」
「これでようやく休暇が取れるわ姉さん」
仲良しの双子が何やらジャラジャラと音を立てながら言う。
「うっわーなんかキモいのいるんだけど。お姉さんああいう標本っぽいの苦手なんだよねぇ」
シュトレアンを指さしながら、心底嫌そうに謎の多いお姉さんが言う。
そして最後に自分と同じ転生者が言う。
「絶望を希望に変えましょう」
全員が揃ったこの光景を見ても加賀は表情を変えずに言う。
「なぜここがわかった?」
「転生者特有の気配を追えば位置くらいはわかるわ。レイジがいい感じに気配を出してくれたからね」
ユウナは「そんな簡単なこと」と言わんばかりに余裕を見せる。
今サラッと気配を追って来たって言ってたけど俺そんなにすごい気配出てた?加賀との会話のなかで少しキレたときにオーラ出てたけど。もしかして俺が思っている以上に出てたか?
「まあいい、ならば全員ここで死ね」
そうして最後の地獄が、1つ進む。漿果を潰すのは誰だ。




