くだらない昔話
あれからしばらくしてようやくズボンが生乾きになった。正確には生乾きと乾きの間と言っていいくらいには乾燥した。この少し濡れている感じが気持ち悪いがいつまでもパンツだけなのは嫌なので我慢して履いている。残念なことに上着はまだ全然乾いていないので今の俺はパンツがズボンになっただけで上半身は裸のままである。寒い、焚き火はあんまり温かくないな。今思い返せばストーブとこたつを作った人は偉大だ。
だが今は寒いことよりももっと大事なことがある。それは
「何食べよう」ということだ。一見服が乾いていないことの方が重要そうに見えるが俺は風邪をひかないので
ただ寒いのを我慢すればいいのだ。だがどんな転生者だろうと(人間を辞めるレベルの能力の人以外)腹は減る、ならば飯を食うしかない。とにかく転生者にとっては飯の方が大事なのだ。
「まあこれしかないんだが」
虚空から現れたのは久々に見た四角いオレンジ色の箱。あのバランス栄養食の箱だ。久しぶりに見たはずなのに「またこれかぁ」と思ってしまうのは何故なのだろうか。
「あ、きゃらりー?ちろりー?めいと」
「キャロリーメイトな。知ってんのか?」
「前にルイズさんが『なんとかメイトっていう美味しいクッキーもらったんですよ』ってその箱を見せてくれました」
そういえば前にルイズにキャロリーメイトあげたことあったか。
そして皆キャロリーメイトの名前を覚えていないな。俺もキャロリーって言ってるけど本当はカロリーだし。この世界ではまともに名前を読んでもらえないのかもしれない。
一箱開けて食べてみるが食べると「またこれかぁ」感が倍増した。嫌いではない、嫌いではないがやはり
別のものが食べたいと思う。
2人にも同じものを渡すと
「おいしい」
「姉さん、これなら小腹がすいたときや長期任務での携帯食料として役に立つかも」
「ええ、おいしいうえに小さく腐りづらそうだし」
なんて可愛げのない会話なんだろうか。もっと素直においしいだの、おやつとしていいだの言ってほしかったのだがこの姉妹は任務の事しか考えていないのだろうか。これじゃ「チョコ味おいしー」みたいなことを言っていた大人のルイズの方がバカみたいじゃないか。
だがそんなバカみたいなことを考えながらふと思った。こいつらは何故こんな血なまぐさいところにいるのだろう、と。この二人くらいの年ならば今頃学校にでも行っているかそこら辺の飯屋で働いているかが普通なのだが一体何故暗殺などという似つかわしくない役目を負っているのか。そこにはきっと想像できないほどの深い闇があるのだろう。
「二人はどうして暗殺部隊にいるんだ?」
本当なら聞かないほうがよかったのかもしれない。二人の心の傷をえぐることになるのかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。
どう見てもまだ子どもの二人がいてはいけない世界だったから。
二人は顔を見合わせると黙り込んだ。やはり聞かないほうが良かったか。もう少し配慮すべきだったな。
「すまん、言いたくないならいいんだ」
「いいえ、時々聞かれるので問題ありません」
妹はいつもと変わらぬ表情でそう言う。
「少し長くなりますが私たちがこの部隊に来るまでの経緯を話しましょう。退屈しのぎになれば良いですが」
そう言って姉はバランス栄養食を一口食べると昔の話を始めた。
私たちはある小さな村の生まれでした。小さな村の小さな家で家族4人で暮らしていたんです。決して裕福な暮らしではなかったですけど、それでも家族で食べるご飯は美味しかったですし、みんなで過ごす日々は幸せなものでした。
ある日私たちは友たちと3人で森へ遊びに行きました。いつも通りおままごとをしたり花で冠を作ったりと楽しい時間を過ごしていました。
でも遊んでいる特にふと異臭に気がついたんです。その臭いは嗅いだことのある臭いだったので何なのかはすぐにわかりました。
物が焼ける臭いだったんですよ。正体は村が焼ける臭いだったんです。
私たち3人は真っ赤に焼ける村を前に立ちすくんでいました。
まだ幼かった私たちは村が焼けるのをただ見ていることしかできなかったんです。でも出火の原因は無力な私たちにもすぐにわかりました。
村を燃やしたのは盗賊ギルドの連中でした。奴らが村々を襲って略奪を繰り返していたのは知っていました。驚きですよね、まさか私たちの村のところまで来ていたなんて。自分たちのささやかな幸せがある日突然壊されるなんて誰も想像しないしわからない。
私たち姉妹は拉致されました。友達はどうなったのかわかりません。どこかで幸せに暮らしているのか、辛い生活を送っているのか、そもそも生きているのか、死んでいるのか、その後のことは一切知りません。私たちは奴隷として売られ買われ最終的に用済みになり捨てられて気がつけばどこかの暗黒街にいました。
そこには秩序はありません。あるのは血と鉄と生き物が腐り果てる最悪の臭いと力だけ。富でも武力でも何でもいい、力がある者は上に立ち、弱者はただ死を待つだけの地獄。
私たちはまだ子どもでしたしかなり酷い生活を送っていたのでとても痩せ細っていたので大した仕事はできず毎日ゴミを漁って過ごしていました。ですがやはり限界というものがあります。どれだけゴミを漁っても食べるものは当然毎日必要ですし病気になれば薬が必要です。と、言ってもまあそこにいる医者も闇医者だったりするわけですけど。
無慈悲な話ですが何をするにもお金は必要です。
隊長、暗黒街で子供がお金を稼ぐにはどうすればいいと思います?
『肉体労働、とかか?』
ええ、それも1つの手段です。でももっと簡単な方法があるんです。特に女の人は。
『おい、まさか』
私は自分の体を売りました。そうしなければ生き残れなかったですから。体を売ったのは私だけでルネにはさせませんでした。大切な妹にそんな酷いことさせたくありませんでしたからね。
お金は少しずつ集まりました。ある日私は集まったお金を使って1本の包丁を買いました。料理するためのものではありません。
そこまでの余裕はありませんでしたから。私は踏み込んではいけない領域にまで足を踏み入れてしまったんです。
私は人を殺しました。簡単でした。油断させて相手を刺すだけ。
それだけでお金や価値あるものを手に入れることができる。私はルネにも同じことをさせました。「自分たちが生き残るためだ」と言い聞かせて。私たちは殺人を続けました。お金は前よりも順調に集まりいつしかそこそこの生活ができるくらい私たちには余裕が生まれました。
そんなとき暗黒街にルイズさん率いる白百合騎士団とサディスさん率いる白銀騎士団がやって来たんです。街の人間はたちまちほとんどが逮捕されて街はあっという間に騎士団に占拠されました。私たちは白銀騎士の1人と戦いましたが10秒かからず負けました。そしてその騎士があのエリザベート様でした。
『エリザベートが?』
後から聞いた話ではこっそりついてきたらしいです。
私たちも無論逮捕されて牢獄行きになりました。でも1週間が経ったころにエリザベート様が牢の中の私たちに暗殺部隊の話を持ちかけてきました。
「どうして私たちにそんな話を?」
「目よ、あなたたちの目は恐れを知らない目。この仕事に向いてるわ」
「殺人鬼に頼む気?」
「何か勘違いをしているようだから言っておくけど私は頼んだ覚えはない。あなたたちに人生最後のチャンスをあげてるだけ」
「最後?」
「あなたたちこのままいくと死刑だそうよ」
当然です。たくさんの人を殺して、奪ってきたんですから。
これは踏み込んではいけない領域に入った私たちへの罰。目が覚めました。自分たちはなんてことをしてしまったんだろうと。私たちはその罰を受け入れることにしました。
でもエリザベート様は「もし、その悪事を償いたいと少しでも思っているなら私についてきなさい。死んで償うっていうのは馬鹿のすることよ。あれは償いでも何でもない。ただ逃げてるだけ。本当に償いたいなら生きて自分がやってきた悪事の数の百倍良いことしなさい」
今思えばただ戦力を確保したかっただけだったんでしょうけど、それでも、それでも私たちは嬉しかった。私たちは決して外れることのない罪という枷をつけられている。そんな私たちに慈悲をかけてくれた。奪われ、失うだけだった人生に生きるチャンスをくれた。確かにこの仕事は最悪です。結局私たちは悪人相手とはいえ人殺しを続けているんですから。
と、まあこれが私たちがここに来るまでの経緯はこんなものです。
果たしてこれは幸せなのだろうか。俺はただそう思った。彼女たちは不幸の中を生き、悪い方へと堕ちていくだけの人生だった。それを救ったのが自分たちを追い込んだ原因の1つである『殺し』という
皮肉。複雑な気分だ。この姉妹は本当に救われたのだろうか。
結局は何かを殺すという環境に取り憑かれているとしか思えない。だがそれが最善だったのかもしれない。エリザベートも本当はこんな形で2人を助けたくはなかっただろう。
エリザベートの性格からして本当はもっと少女らしい日常を送って欲しいと思っていたはずだ。この不幸な子どもを殺したくはない、だが2人は生かしておいてはいけないくらいの悪になっていた。ならばそれらしい理由をつけて生かすしかない、それが再び闇の世界に引き込むことだった。きっと苦渋の決断だっただろう。だが2人を救うにはこうするしかなかったんだ。
「私は最低です。人殺しでそれに妹を巻き込んでさらに何人も殺して奪った。見る目が変わったでしょ?」
「そうだな確かにお前は、お前らは最低だ。でも見る目は変わらない」
俺は本心を隠さず言った。この姉妹はやってはならない事をした。続くはずだった誰かの人生を終わらせた。それは決して許されることのない大きな罪だ。
「奪われる悲しみを知っているはずなのにお前らは奪った。許されることじゃねえ。でもそうしなきゃお前らは死んでいたのも事実だ。お前らの命は何人もの人たちの上に立ってる。だから絶対に最後まで生きろ、必死に生き残ってみせろ」
この姉妹が罪から逃れることはできないし罪を消すこともできない。ならばせめて今まで奪ってきた者たちの分必死に生きて、弱い誰かのためにその力を振るう。誰かを殺して生き残ってしまった罪悪感は今までもそしてこれからも永遠に2人を苦しめるだろう。
俺はそれを取り払おうとは思わない。優しい言葉もかけるつもりはないし、そもそも2人の過去について口を出すこともないと思う。何度も言うように彼女たちは罪を犯した。そしてその罪悪感と殺しという逃れることのできない負の連鎖、それは彼女たちが手に入れてきたものへの代償だ。だから俺は2人に慰めの言葉は言わない。
だが2人がもう失わないように暗殺部隊のみんなや国、人々を守ろうとは思う。それが転生者としてこの世界に来た俺の役目でもありるから。
「隊長」
「何だ?」
「生意気です」
えぇ・・・・。雰囲気ぶち壊すようで悪いけど俺今結構いいこと言ったと思うんだが。もちろん何か下心があってあんなことを言ったわけではない。ちゃんと本心から言ったことだ。
「でも、ありがとうございます」
そう言って姉は微笑んだ。
「そ、そうか」
どこにありがとう要素があったのか疑問だがその微笑みは作り物とかではなくて本物だったと思う。ここで馬鹿な俺は何が「ありがとう」なのかわからなくて「ちなみに何がありがとうなんだ?」と聞いてしまった。
すると今度はしばらく黙っていた妹が口を開いた。
「今まで私たちの話を聞いた人たちの大体慰めの言葉をかけるんです。私たちの罪を「しょうがない」って。無いことにしようとするそれが腹立たしくて。でも隊長はそうしなかった。私たちの罪を受け止めて叱ろうとしてくれた。それが嬉しいんです」
「そういうもんか」
「はい」
まあ本人たちが気分を害してないならそれでいいか。なんだか話を聞いているだけでこっちが疲れてしまった。だが仲間の過去を知ることができたのはよかった。少しずつ距離を縮めていくことができるからな。これを通して少しはこの姉妹とも仲良くなれるだろうか。そうだったらいいのだが。




