獲物
森の中は騒ぎなどなかったかのような静けさ。少し前までキメラがいたとは思えない。と言いたいところだが
そう感じさせるのは周りの静けさだけであった。現場はなかなかにひどいものだ。ところどころに落ちている肉片、骨そして一面に広がる赤。一体どんな殺し方をすれば人間の体内の血液でこんな広範囲を染めることができるのだろう。報告によれば遭遇したのは4人組の冒険者で生きて帰ってきたのは1人、洞窟を出たところを襲われ1人ずつ数を減らしていったらしい。
ここから洞窟まではまだ少し距離があるとなるとこの一面の赤は元は1人の人間だったってことか。
いろいろ思うことはあるが今は冷静に現場を調べることの方が大事だ。
「調べるから周り見といてくれ」
「わかった」
正直なところ今すぐにでも帰って寝たい。がこの血まみれの場所を調べないと帰ることもできないという地獄のような現実。やりたくないけどやるしかない。手を伸ばして落ちているものの一つを摘まみあげる。
ぶよぶよとしたこの赤い塊は恐らく、というか絶対に肉片だ。どこの部位なのか正確な場所はわからないが
恐らく腹部の肉。断面は綺麗に切れていることから食いちぎられたわけではない。剣か何かで切断されたのか。
初めに言っておくと俺のキメラに関しての知識はゼロではない。一週間の戦いの中で倒したキメラを泣きながら分解して奴らの体を調べたし、奴らの行動、狩りの方法、弱点、他にも想像もつかぬような恐怖を味わいながらいろいろ調べた。おそらく俺の人生の中で本当に最悪の一週間だったと言える。そんな最悪な一週間を通して少しばかりだがキメラに関する知識を手に入れた。
道具を使うキメラにはまだ出会ったことはないがカマキリみたいに両手によく切れる刃をつけているやつならば見たことがある。
おそらくそいつにやられたか。肉塊を地面に置きもう一つ別の落ちているものを拾う。ひと目でわかるそれは人間の指。
形からして多分人差し指の第一関節だった。他にもいろんな指が転がっている。どれも皮膚がなくなってほとんど骨だ。人が動物の骨を食べないようにキメラも骨は食わない。指についている肉だけを食べるのだ。人間で言うところの手羽先をキレイに食べているようなものだ。だがここはおかしい。
明らかに骨の数が少ない。落ちている骨は指の骨くらいでもっと大きな体の骨がない。
血痕はここから他のところには移動していない。ここですべてが起こったはずだ。なのにどうして何もないんだ?あいつらはお行儀良く食べたものを片付けるなんてことはしない。食べたら食べっぱなしの散らかりっぱなしだ。それなら本来ここにあるはずの大量の骨はどこに消えた?
珍しく頭をフル回転させて考える。なんでだ、何で骨がない。恐らくキメラが持ち去ったのだろうが一体なぜ持ち去ったんだ?一体何に使うんだ?骨の使い道、か。・・・・・ある!骨の使い道、そうかわかったぞ。昔ゲームで見た。骨を武器にして戦う敵を。人に限らず骨というのはそれなりに丈夫だ。無論そのままではただの棒切れ程度のものだが加工すれば武器にすることもできる。武器としては棍棒よりも刺したり、切ったりする刃物系の武器の加工には特に向いている。
キメラにそんな技術があるのかわからないしこの短時間で加工できるとは思えないがもし武器を使ってくるなら当然警戒しなければならない。というかもしキメラが武器を使い始めたなら相手はもはや人間と同じかそれ以上の生き物ということになる。身体能力が高くて、頭もそこそこよくて、魔法が使えるうえに武器も使える。圧倒的絶望、もう勝てる気がしないよ!
「あー」
本気で思った。帰りてえと。あーと言って声に出さないようにしているが心の中ではただただ本気で帰りたいなーと思っている。
「隊長、何か?」
「いや、何でもない。皆警戒を怠るな先に進む」
隊は森のさらに奥地に進んで行く。今のところ大きな問題はない。ただ1つ心配があるとすればそれは暗殺部隊の実力である。実力を疑うわけではない。いくつもの任務をこなしてきたのだから実力はあるはずだ。ただ人間を相手にするためのそれがキメラに通用するのかというのが心配なのだ。
その時、無数の物音。何かが茂みを通った。全員がその場に立ち止まり周囲を見る。
すでに完全に包囲されていて逃げることはできない。周囲をグルグルと廻って逃げ場をなくし一気に仕留める気だ。数は4、5匹くらいだろうか。四足歩行型なのかそれとも二足歩行型なのかはわからないな。
「来るぞ、油断するな」
そう言った直後目の前の茂みから俺を狙って一匹のキメラが飛び出してきた。四足歩行型のキメラだが一体何をどう混ぜ合わせたらこんな生き物が生まれるのだろうか、という見た目。だが、キメラはそのまま空中で静止した。まるで動画を一時停止したみたいに全く動かない。とても奇妙な現象だがそれも当然の事であった。空中でキメラの動きを止めているのは魔力でできた細い糸。魔力を目に集めてさらに目を凝らさないと見えないほど細いその糸は並の力では切ることができず、魔法で切るとしても高度な技術が必要だ。
相手を拘束し絶対に逃がさないことを目的としてエルシアが構築した魔法。『薔薇よ私のために咲け』捕まったが最後敵は彼女を飾るために真っ赤な薔薇を咲かせることになるだろう。
「隊長どうする?後ろでも一体引っかかっているんだが」
「・・・薔薇を咲かせてやれ」
「了解」
エルシアが手を広げるように後ろに引くと目の前のキメラがバラバラになり血飛沫が舞った。その様子はまさに散りゆく薔薇のようだった。これがエルシアの武器『薔薇よ私のために咲け』か。糸を使うとは聞いていたがこんなに強力なものとは知らなかった。絶対に敵に回したくないしこの糸に巻かれたくもない。
「後ろの奴も片付けた残りは、」
「今のにビビって逃げちまったよ」
確かに足音が消えた。当然だな。目の前で仲間がバラバラにされたら逃げるに決まってる。これで突っ込んできたらただの馬鹿だ。ある意味尊敬するわ。逃げた奴を追いかけるとするか。エルシアがこの実力ならば他のメンバーも実力はあるはず。効率よく仕留めるためにも二手に分かれたいのだがどうだろうか
(誰に聞いてんだ)。
「二手に分かれる、お前ら6人は右の方へ俺は左の方を探す。30分探して見つからなかったら森から出ろ。あとヤバいと思ったら逃げろ」
「隊長1人で探すつもりですか?正直賛成できないのですが」
「俺のことはあまり心配しなくていい。逃げ足には自信がある。ほらさっさと行くぞ」
そう促すと6人は少し納得できないようだったが捜索を始めた。俺は1人反対側の捜索を始めた。この分け方は一見アンバランスに見えるが俺なりにバランスを考えて分けたつもりだ。6人の武器はそれぞれ違う。故に必ず敵との相性関係が生まれるはずだ。俺は1人でも対処できるがアイツら1人1人は違う。だが6人いれば何かあってもよほどのことがない限りは対処できるはずだ。
それに俺1人なら危険なところに突っ込んで行っても問題ないしな。
部隊が二手に分かれる数分前、同所にて
「これがキメラね」
重力によって押しつぶされぐしゃぐしゃになったキメラの死体を見ながらユウナはつぶやいた。
この頃街で騒がれていたが実際に見るのはこれが初めてであった。キメラが出たと聞いて来てみれば
ドンピシャ、それらしきものに襲われかけた。潰されて原型を失ったキメラを見ての通り本人には傷1つついていない。ユウナとキメラの勝負は始まる前から終わっていたと言ってもいいほど一瞬のものだった。
生きているものは重力という見えない力にはどうやっても逆らえない。それはレイジ達転生者も例外ではない。
ユウナの重力操作は生き物に対しては間違いなく最強クラスの能力である。
(レイジも近くにいるはずだけど)
探して合流するのも一つの手だが相手はそこまで強敵ではないためレイジが苦労することはないはずだ。
どうしようもないくらい手ごわいキメラが現れない限りは別々に行動して倒していった方が効率的。
やれやれ、と思うがこれもまた転生者としての仕事だと思うしかない。ただ異世界を満喫するだけではだめなのだ。困っている誰かを助けるのもまた転生者に課せられた役割なのだから。
また何かが茂みを通る音。数はわからないが恐らく3匹以上いる。どうやら囲まれたようだ。なるほどまあまあ賢いらしい。ぐるぐると廻るそれらに対しての恐怖はない。この光景に昔読んだ絵本を思い出した。
「ふふっそんなに回ったらバターになるわよ」
このキメラが色からして出来上がるのはバターではなくもっと別の何かのだろうなと気軽に考える。
「バターは無理だけどせめてジャムにしてあげる」
そうして転生者による一方的な戦いが始まった。
あれから探し回って仕留めたキメラは3体。思っていたよりも森にいるキメラの数が多い。6人のことは心配だがアイツらが生き残ると信じて俺は敵を探そう。未だに道具を使うキメラにもカマキリ型のキメラにも遭遇していない。そう考えるとこの森にいる数は異常だ。エルシアが倒したのも含めると5体、更に骨を持ち去った奴とカマキリ型も含めると最低でも7体はいるになる。
おかしい。肉食動物と草食動物がいるようにキメラも種類によって食べるものが違う。大きく分けて肉食系と草食系そして雑食系だ。キメラの大半は肉食系で動物であれば何であろうが食う。草食系はほとんど見ることはない。雑食系はどちらかに混ざるため実際どのくらいいるのかわからない。
この森には大型の動物はいない。いるのはうさぎとかの小動物ばかりだ。そんなところにここまでの数のキメラが集まるか?例え獲物を探してここまで来たとしても数が多すぎやしないか?森は他にもあるのに何でここに集結したんだ?キメラはそこそこ頭が良い。
王都に1番近いこの森に来れば敵が来るのはわかっていたはず。
なのに来た。どうしてだ。ここに来るメリットはないはずだ。
頭の中を整理しよう。
・1つの森に多数のキメラ
・奴らにとってのメリットはない
・何故か敵地に1番近い森
・敵が来るのはわかっていたはず
どういうことなのかわからん。
俺らが来るのはわかって、いた、は、ず。待てよ、俺らが来るとわかった上で1つの森に集まった。獲物を求めて。
「そういう事か!!」
1つの結論にたどり着いた。何でこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。奴らの狙いは森にいる動物でもたまたま森にいた冒険者でもない。
奴らにとっての獲物は最初から俺達だったんだ。
4人いた冒険者のうち1人を逃したのは俺達を釣るため。あの血みどろの現場も俺達を森の奥へと誘い込むための罠。あの奇襲は自分達がいることを俺らに認識させるため。そうすることで俺達はキメラを狩ろうと更に森の奥へと入っていく。そして少しずつどこかに誘導していき一斉に仕留める。よくできたプランだ。
ここまで頭の回るのも恐ろしいが何より恐ろしいのはより多くの獲物を確実に狩るためならば自分を犠牲にすることも厭わないというその恐怖心の無さ。それが獣ゆえのものなのかそうではない別の何かなのか。どちらにせよ並の獣にも人間にさえ簡単にできないことである。
こうはしちゃいられない。部隊のみんなが危ない。
俺はみんなが向かった方向へと走り出した。




