やるべきことは
「・・・・・落ち着かない」
他の地区とは違う圧倒的な華やかさ、とでも言うのだろうか。
俺のいる西区は商店街の雰囲気に近いところがあるがこの北区は貴族街というだけあって商店街なんてものではない。きれいな建物、地面。服屋のショーウィンドウに飾られた服は絶対に着ることのないような派手なドレスやスーツ、飯屋もファミレスのような軽いものではなく恋人とディナー、みたいな目的で行きそうな高級感ある店ばかり。
そして何より商品は普段ではほとんど見ることのないような値段であるということ。桁が1、2つ違う。まさに金持ちのための街だ。そんな中を王国の暗殺部隊所属の少しボサっとした髪に派手な赤い制服を着た新米隊長と猫耳フードの部下が歩く。
「落ち着きなってそんなキョロキョロしてたら浮いちゃうよ?」
「わかってるけどよ・・・」
俺がキョロキョロする以前に俺の服装が浮いているんじゃないかとずっと心配でしょうがない。周囲の人たちは別に気にしてないみたいだし大丈夫だとは思うのだがやはり普段とは真逆と言ってもいいほど違う服装ということでこれも落ち着けない。
どこを見てもいるのはヒゲのオヤジか化粧が厚めのバ、じゃなくておばさんばかり。若い人はあんまりいないな。まあ昼だしこの時間は仕事してるか。
「ねえそろそろ昼食にしない?」
その言葉に俺の頭の中で雷が落ちる音と同時に悲鳴が聞こえた。とんでもない奴だ。確かに俺も腹が減った。だがそのセリフは今1番言ってはいけないセリフなのだ。ここがどこなのかをよく考えてほしい。ここは貴族街、何もかもが貴族向けの店なのだ。さっきも言ったとおり飯屋はもはや気軽に入ることは許されないほどの高級感が漂う、しかも俺の普段食べてる飯よりゼロが1つ2つ多い。
そんな飯屋に入る勇気も金も俺にはない。
「け、携帯食料ならある」
「もっとちゃんとした物食べようよ、そんなのばっかりだと栄養が偏っちゃうよ?」
確かにそれは否定できない。
「でもこんなところで飯食えるほどの金なんてないし」
「ふふふ、お姉さんに任せなさい!!」
そう言うとカーリーはずんずん前へ進んで行った。俺は戸惑いつつもその後についていった。任せろとは言っているけどどうする気なのだろうか。奢ってくれるとは考えにくい。そんな金があるようには見えないからだ。
考えられるのは安い店を知っているとかか。都会の少し高そうなレストランがいっぱいある中にファストフード店とか牛丼屋が
あったりするみたいにこの貴族街の中にも庶民向けの店があるのかもしれないな。
「しっかり歩かんかっ!!」
「申し訳ありません」
何だ?見るとそこにいるのは太った尖ったヒゲの貴族だった。
そしてその足元に崩れて座っている女。その女の格好は俺から見れば異常、だがそこにいた誰もが顔色1つ変えない。まるでそれが何でもない日常の一部であるように。
「この家畜以下のゴミめっ!」
男はそう言って握り拳をゆっくり振り上げた。アイツ女を殴る気だ。今割って入れば止められる。俺は走ってその間に入ろうとした。
だがそこで後ろからカーリーに手を掴まれた。
「だめ」
真剣な表情でそう言われた。だがそう言われて抑えられるようなものじゃない。すぐに振り払って行こうとしたが更に強く手を握られた。振りほどけない力ではない。だがその力強く握る手は少し震えていた。本気で俺を止めたがっているがそれと同時に何か違うことを考えている、そんな気がした。
女は殴られた。俺は間に合わなかったのだ。そして貴族の男とその女は行ってしまった。何事もなかったかのように歩く人の波の中で俺とカーリーは静かにその場に立ち尽くしていた。
「何で止めたんだ」
男を止められなかったことに自分の不甲斐なさに悔しさはあった。貴族の男に対して怒りが沸かなかったわけでもない。だが
カーリーに対して怒りは沸かなかった。
「郷に入っては郷に従え、だよ。奴隷なんて当たり前なんだよ」
あの女は奴隷だった。服はボロ切れみたいなワンピース、靴は履かせてもらえず、手足の枷も外してもらえず、傷を隠すこともできない。それが奴隷。『人の形をしたゴミ』などと呼ばれる者たちだった。
「例えそうであっても俺は助けたかった」
「そうだね、君なら確かにできた。でもその後は?その報復という火の粉は。君はその火の粉を払える。でも君の払ったその火の粉は消えるわけじゃない。それは君の身近な人たちへと落ちていく」
確かにそうだ。例え助けたとして偉そうな貴族が黙っているとは思えない。きっと俺を探し出して復讐でも何でもするだろう。俺はいくらでも対処できる。でも俺の周りの人に手を出されればそうはいかない。いくら力があってもいつでも守ってやれるわけじゃない。
「理解はした。でも納得はできない。というよりしたくない」
「そうだね」
この世界は本当に残酷で無慈悲なんだとその日、思い出さされた。
「おーいおじさん、来たよー」
店のドアを開けてすぐのところにあるカウンター席に座る。そこは高級な店という見た目ではない。どちらかと言えば庶民向け、知る人ぞ知る名店みたいな感じがする。
「あぁ?なんだオメーか。またただ飯食いに来たのか?」
「はっはっはっご名答」
「男連れてきてまで来るんじゃねえ」
「いやこの人は新しい上司ね」
2人はとても親しい仲のようだった。俺は流れに身を任せて黙っておく。店主と思しき男はやれやれと言いながら厨房の方に行ってしまった。なんやかんやで飯を食わせてくれるらしい。金銭的に余裕があるとは言えない俺にとってはありがたいことである。
「ほらよ、今日の余りもんだ」
そう言って出されたのはスープとサラダだった。
「「いただきます」」
手を合わせて飯を食う。その味は余りものと言うには美味しすぎた。スープはコクがあるし味も美味しい。食材はスープもサラダも良いものを使っているような気がする。流石はプロ、と言ったところだろう。俺は何も考えずにただ食べた。
腹は減っていた。でもそれ以上にさっきのことが頭から離れなかった。あの女の奴隷は殴られただけで死んだわけじゃない。
でも、それでも許せなかった。当然男が女を殴ったとかそんな理由じゃない。強者が弱者を虐げるその光景が許せない。
それと同時に強者とはどうあるべきなのか、そう考えたとき
支配もまた強者の有り方なのだと思ってしまった自分が憎かった。強者は弱者を支配するのと、守るのと、どちらも強者の有り方なのだ。支配は強者にのみ許された権利だ。
積み上げた者だけが見下ろすことのできる高み。それが支配である。努力した奴が部長や社長になるのと同じ。頑張った奴へのご褒美と言ってもいい。
問題は手に入れた力を自分のために使うか、誰かのために使うかだ。俺は・・・・・
「何だ坊主そんな湿気た顔しやがって、不味いなら食うんじゃねぇ」
店主の声で思考の海に沈んでいた俺は現実に引き戻される。
「いや、飯は不味くない。ちょっと考え事してて」
「もしかしてさっきのこと考えてるの?」
「・・・うん」
「あぁ?何かあったのか?」
「うん、実は」
カーリーは店主にさっきの出来事を話した。店主は大きくため息をついた。
「そんなことで一々悩んでいるとはご苦労なこった。だがな星の数ほどいる奴隷に一々気をかけているようじゃこの世は生き残れないぞ?」
嫌な話だがそのとおりだ。この国、この世界には数え切れないくらいの奴隷がいる。そいつ等に会う度に悩んだり、心配したりしていたらきりがない。俺がどんなに頑張ったところで全員を助けることはできない、この世から奴隷という制度を消すことはできないだろう。
「俺は、どうすればいいんだ・・・」
「そんなの簡単だろうがよ。黙って受け入れるしかねえ」
そう簡単に受け入れられるものなのか?それは。
「いいか?奴隷だろうがなんだろうがそれは誰かが金で買ったんだ。お前の善意から奴隷を勝手に逃がせばそれは善意だろうが犯罪、窃盗や強盗と同じ罪になる。だから変な気は起こすなよ」
「それじゃあ奴隷に救いはないじゃないか」
抜け出すことのできない鎖に繋がれて死ぬまで一生人間のようには扱われず、ボロ雑巾のように捨てられるだけの人生なんて酷すぎる。
だが店主は言った。
「馬鹿だなーお前、ならお前が金出して買えばいんだ。闇市で買うか貴族に金払って譲ってもらって後は適当にやりゃいんだよ」
なるほど、確かにそれなら文句は言われないだろう。金も時間も相当かかるがそれをサブ目標として少しずつできる範囲でやってみよう。これで当分のやることは決まった。キメラを倒しつつ出来るだけ多くの奴隷を助ける。全員は助けられないだろう、だが出来るだけ多くの奴隷を助けよう。
ほんの少しの希望だが俺は少しだけ前を見ることができるような気がした。
飯を食い終わり外に出た。さて仕事の続きといきますか。再び歩き出した。正直この仕事本当に必要か?ってくらいに何もない。暗殺部隊の本来の仕事は当然暗殺だがそんな頻繁に仕事が回ってくるとは思えない。きっと普段はこんな感じで街をグルグル歩いて見廻りでもしているんだろう。そう考えるとこの部隊ってすごく退屈だな。・・・ちょっと待てもしかしてこの部隊に来たこと自体が貧乏くじなんじゃないだろうか。
まあわかっていたことではあるのだが。こうも暇だと帰りたくなる。
「サカシタレイジ!」
「ふぇ?」
後ろから自分を呼ぶ声がした。振り向くとそこにはしばらく見かけなかった懐かしい顔があった。
「なんだ、サディスじゃん。どったの?」
気の抜けた返事で返す。すごい息切れしてるけど何かあったんだろうか。いや、めっちゃ真剣な表情だし何かあったから大声で名前呼んでまで声かけたんだろうけど。
「仕事だ!」
「仕事(散歩)なら今やってるぞ」
「そうじゃない!そうじゃなくて、キメラだ」
その言葉に身が引き締まったような気がした。このところ静かだったから半分忘れかけていたが奴らも行動を開始したようだ。そして何より忘れてはいけないのは俺の本来の仕事はキメラを倒すであって散歩をすることではないことだ。ようやく仕事らしい仕事をすることができる。キメラが現れたのは良くないことだがおかげでしばらくは退屈しなくて済みそうだ。
王都、城壁前の森にて。
「はーいみんな揃ったかなー?」
「せんせー隊長がまだ来てませーん」
「お前一緒だったんだよな?」
「ちょっと目を離した隙にいなくなりました」
すぐ後ろの森がキメラ出現地点だというのに軽いノリで会話するのは暗殺部隊の面々。すでに6人は集合していたが隊長であるレイジがまだ来ていない。ついさっきまでカーリーと一緒にこの集合地点に向かっていたのだがカーリーが気が付いた時にはすでにレイジがいなくなっていた。
「おいおい敵前逃亡か?」
今までの経験上そういう人間がいなかったわけではない。今回の場合だってその可能性は十分にありえる。
今回の相手は人間じゃない、何人もの兵士をいともたやすく殺した正真正銘言葉通りの怪物。相手との実力にどれだけの差があるのかもわからない。故に例え殺しに慣れた奴が恐怖を感じたとしてもそれを責められる者はいないだろう。もしいたとしたらそれは何もわかっていない愚か者か。
ウェイブは大きくため息をつく。言いたいことはいろいろあるが先ほどの通りあの男を責められない。
誰だって死にたくないのだ。ただ少しあの男を過大評価しすぎたか。もしかしたらとも思ったのだが。
「しょうがない、俺らだけで行くか」
森の中へ入ろうとしたその時。
「まてーい!まてーい!あ、ちょっとマジで待って」
どこかから聞き覚えのある声がする。ドスンとすぐ横の木から見覚えのある赤い制服を着た男が落っこちてきた。
「痛てて、枝に引っかかっちゃった」
「隊長、逃げたんじゃ?」
「逃げる?俺が?敵を目の前に?それ俺の地元で言ったら多分そこそこウケるぞ」
制服についている枝やら葉やらを払いながらレイジが立ち上がる。そして「ちょっと必要なもの取りに行ってただけだ」と付け足した。
「さてウェイブ君、部隊はそろっているのかね?」
「見ての通りだ。皆いる」
「よろしい、では行く前に全員一つだけ約束してくれるか?」
顔を見合わせると全員が静かに頷く。
「俺が約束してほしいことは一つ。俺の指示には絶対に従え。俺が隠れろと言ったら隠れろ。逃げろと言ったら全力で逃げろ。いいな?」
「「「「「「了解!」」」」」」
「んじゃ行くとしようか」
これがレイジ率いる暗殺部隊のキメラ戦の初戦の始まりである。




