ここは、どこだーーーー‼
暗闇の中で目が覚めた。寝心地は悪くなかったがやはり部屋全体が少し埃っぽかったな。
まあそれはそのうち掃除するとして問題はやはり地下ということか。地下には当然のことながら窓はない。
あったとしても開けたところで何かあったとしてもモグラさんとこんにちはするくらいだろう。
あれから何度も「地下室は嫌なんですけどー!」と抗議したのだが「部屋がない」とバッサリ切り捨てられてしまった。この屋敷、部屋は多いが人の部屋として使えるものは少ないという致命的な欠点がある。
なんだこれ最悪じゃん。まあいいさ、それは理解していたから抗議する前からなんとなく「あ、これ無理だ」とは思ってたさ。だがその程度(部屋がないと言われた時点で17個中の16個の計画が潰れた=すでに重症)
のことで諦めるほど俺は甘くない。どうしても地下室から脱出したい俺は窓がないことについて熱く語ったが
青空が描かれた絵と掛け時計を渡されて話し合いは終わった。
・・・今からでも引っ越してやろうかな、お金ないけど。なら増築するか、お金ないけど‼
頭の中で一人勝手に世の中は結局金、という残酷な結論に到達した。階段を上り部屋を出る。
ドアを開けると目が潰れるんじゃないかと思えるほどの日の光が目を直撃した。よかった、もしかしたら夜なんじゃないかと思ったぞ。時計だけだと朝なのか夜なのかまったくわからん。
朝飯を食おうと思ったところでいくつかの疑問が生じた。
えっと飯食う場所はどこだ?食卓で食べるんだよな。そもそもここどこだ?俺のこの部屋って屋敷のどのあたりにあるんだろうか。前に見に来たときと構造が違うためこの屋敷のことが何もわからない。
ココドコー、ダレカタスケテー。さっきから屋敷の中ぐるぐるしてるけど玄関にすらたどり着けないんだけど。ここさっきも来たような気が・・・する。すでに通った道なのかもわからないという絶体絶命の状況、自分の家で道に迷ってそのまま白骨化しそうで怖い。さらに進んであっちこっちぐるぐるして気がつくと俺は
図書館みたいなところにいた。
おかしいですわ、私のお屋敷に図書館なんてありましたっけ?
そもそもこんなに広かったか?豆腐みたいな外見に対して俺の歩いた距離は長すぎやしないか。幻術か?そう思って近くの本棚に手を伸ばす。本を1冊取って中身を見る。感触は本物、この本の知識も俺の知らないものだ。
つまりこれは
「現実・・・?」
当然そういうことになる。だがそうなると俺は今屋敷のどこにいるんだ?こんなファンタジーな世界に出てくるような馬鹿でかい
図書館なんてあるはずがない。天井は確実に屋敷の天井より何倍も高いし、360度どこを見ても本がある、広さもそれこそ屋敷1個分以上ある。どんなに急いでも1週間でこの図書館が建つとは思えない。
サグラダ・ファミリアだってまだ完成してないんだぞ?
それなのにこんなのを本当に1から作ったら建物とこれだけ大量の本を集めるのに何年かかるか検討もつかない。今度は図書館の中をぐるぐるし始める。本、本、本、本しかない。しかも俺みたいな馬鹿が読んでも絶対に理解できないような難しい本ばかり。
図書館なら『かいけつゾノリ』とか『ズッコケ9匹のおばはん』みたいな本を置いとけよ。
それなら馬鹿な俺でも多少は楽しめるから。そんなことを思いながら歩いていると喫煙所みたいな他とは違う部屋で区切られている場所を見つけた。書庫、か。とりあえず中に入ってみる。書庫なので残念ながら本だらけの光景であることには変わりない。そろそろこの光景にも飽きてきたぞ。近くにあった本に手を伸ばす。うわー表紙が禍々しいな。これ何の本なんだ、ダークファンタジーとかに出てきそうな魔導書だよこれ。開いてみると集団恐怖症の人なら畏怖嫌悪を感じるくらい文字が書いてあった。
普通に気持ちわりぃんだけど‼もう文字が多すぎて頭痛いんだけど。これはダメだこの本は確実に人類には早すぎる。例えるならブリタニカ国際大百科事典を幼稚園児に読ませるのと同じくらいのレベルで早すぎる。
やべぇ本当に頭が痛くなってきた。なんか目がかすむし、少し目が痒い。ここは少し埃っぽいのか。
目をこすってもこすっても視界がぼやけてうまく見えない。どうなってんだ?埃にしてはおかしい。
視界が悪いだけじゃなくて見える色がおかしい。赤っぽくなってきている。
まさかっ!そう思って恐る恐る目をこすっていた手を見た。手にべっとりとついたそれは見慣れていないわけではないがそれが溢れ出た部位と手を染めた薔薇よりも赤く、水よりも濃いそれの量は眠っていた恐怖という感情を目覚めさせるには十分すぎた。恐怖、嫌悪という暗黒が一瞬で脳を埋め尽くすのがわかった。
だがその暗黒の中でも冷静さを手放すことはない。原因は恐らくこの本か。何かの罠が仕掛けられてあったわけじゃない。これはもっと何か単純なもののような気がする。『針を指に刺すと血が出て痛いと感じる』のと同じような単純なもの。
もう少しで結論に、もしくはそのヒントにたどり着けそうなのに意識がはっきりしないせいで思考がまとまらない。膝から力が抜けてその場に倒れる。まずいな、このままだとこんなわけのわからんところで本当に
天国へゴーイングしてしまう。立ち上がろうにも手も足も動かない。てか治癒能力がぜんぜん仕事してくれない。この本は神器クラスの何かだったのか・・・?そのままゆっくりと目を閉じた。
冷静さを手放さず意識を手放してしまったってか?なんてこったい。
誰かが泣いている。誰だ、泣いているのは。周りを見てもその世界は真っ暗で何も見ることはできない。
誰なんだ泣いているのは、声の高さからして子供っぽいな。この声には聞き覚えがある。とても、自分の命と同じくらい大事な人の泣き声だったような気がする。泣き声は止むことなく聞こえているがその声とは別に誰かがしゃべっているのが聞こえる。
「・・・てる」
なんだ?
「・・・ついてる」
もう少しではっきり聞こえる。なんて言ってるんだ。
「俺が、ついてる」
そうかこれは、こいつらは
目が覚めるとベッドの上にいた。見たことない天井、俺の部屋じゃない。俺は確かいろんなところから血を出して倒れたんだよな。あれから誰かが血まみれの俺を見つけてベッドまで運んでくれたのか。体を起こして周りを見るとベッドの周りにはニューヨークの高層ビルみたいに山積みになった本がいくつも出来上がっていた。この部屋を一言で表すなら「汚い」が一番適切だと思う。
俺も時々読んだ本を戻すのが面倒くさくて重ねていっちゃうことあるけどここまで重ねたことはない。
俺の本タワーが高層マンションだとするとここにある本タワーはブルジュ・ハリファと言っても過言じゃない。わざわざ重ねなくてもよくないかってくらいの高さはあるな。
「やっと目を覚ましたでち」
でち!?でちってなんだよ。目の前にはとんがり帽子を被り、杖を持っているどこからどう見ても魔法使いにしか見えない少女が立っていた。
「お前誰だ?」
屋敷の人間じゃないよな、こんな子供がいるなんて聞いてないしそもそもいるのもおかしい。
「失礼なヤツでちね、名前を聞くときは自分から先に名乗るものでち」
正直そのルールについて思うことがあるのだが別にどっちが先でも良くないか。そう思っているのは俺だけなのだろうか。
「オッスおらレイジ。ワクワクすっぞ」
自分でやっておいて言うのもアレだがなかなかに適当な自己紹介だな。まず一人称おらじゃないし、ワクワクすっぞって一体何にワクワクしてるんだろうか。しかもワクワクの言い方が全然ワクワクしてない。内容の70パーセントが適当なんだよな。
「ミーティでち。でっちでちにしてやるでち」
お前も俺と同じかそれ以上に適当だな。最後のところ完全に棒読みだったぞ。そもそもなんだでっちでちって。どういう現象なんだよでっちでち。語尾がでちになる病気か何かなのか。
「書庫で顔中血まみれになって倒れていたお前を助けてやったでち」
「その件についてはありがとう。でも俺って何で倒れたんだ?」
俺がそう聞くとミーティはため息をついてやれやれと首を横に振った。
「どうしようもないヤツでち。中に入る前に外の表示を見なかったでち?」
「表示?」
そう言うとミーティは「お前マジでどうしようもないみたいでちね」とでも言いたげにため息をついた。あんまりため息ばっかりついていると幸せどころか魂もどっか飛んで行っちゃうぞ。
「あそこは魔法禁書の書庫でち」
「禁書?」
「お前なんにも知らないでちね」
それについては心の奥底からごめんなさいとしか言えない。
勉強とかしないから未だに知らないことが多いもんで。自慢じゃないけどおかげで時々常識すら怪しいくらいだからな。
「禁書というのはよくわからないが俺の知識が間違っていなければ禁忌の魔法とかが書いてある本ということでよろしいか?」
「だいたいあってるでち。あれは読むだけで死に至る呪いの本、普通の人間ならとっくにあの世行きでち」
ミーティは胸元から手帳を取り出して開いた。
「寝ている間お前の体を調べたでち。」
その言葉にサッと自分の身を抱きしめた。こいつ、寝ている間に調べたってことは無防備な俺のあんなところやそんなところを見たということか!終わった。今まで誰にも見られることはなかったのに、ついに見られてしまった。もうだめだ、何もかもおしまいだ。嫁もしくは婿に行けへん。
「安心しろでち。お前の想像しているようなことはしてないでち」
何か大事なものを失ったような表情の俺に「アホじゃねえの?」みたいな顔でミーティが言った。
いや、まあ、うん。知ってた、だからそんな見下す感じの顔をやめてくれ。
「お前の体、一言で言うと普通と違うでち」
「はあ」
だろうね、そう言われても別に驚くことはない。普段から傷がついてもすぐ治るし、人間以上の身体能力もある。何より1回転生してるわけだし体のどこかが普通の人間と違っても全然不思議ではない。むしろ外見以外同じ部分の方が少ない可能性すらある。
「具体的には何が違うんだ?」
「まず魔力の流れ方が特殊でちね。魔力の流れは本来血みたいに一方通行のはずなのにお前の魔力の流れには規則性がないでち。どうなっているのか時計回りになっていたりその逆になっていたり」
「それ大丈夫なのか?」
血液が逆流すると大変なことになるように魔力の流れがそんなにメチャクチャで大丈夫なのだろうか。
いつか突然血が噴き出したりするんじゃないだろうな。
「普通なら魔力の逆流により体内魔力が暴走、内側から爆発したりして死ぬでち」
その言葉に体温がスッと抜き取られたかのように寒気を感じた。
今の俺の顔はきっと真っ白だろう。内側から爆発という普段なら聞くことのないその言葉を想像するだけでも恐ろしい。ある日いつも通り過ごしていたら突然空気を入れすぎた風船が割れるみたいに内側から爆発してその後は辺り一面大変なことになる。どんな痛みかは想像もできない。
「そう怯えるなでち、生きてるってことは大丈夫ってことでち。それにこんな複雑だと魔力暴走が起きる可能性はないに等しいでち」
「まじか!」
つまり死ぬ原因が一つ減ったってことだもんな。これは大きなアドバンテージになる。少なくとも内側から爆発、という悲劇は回避することができたということだ。不安から開放され、胸を撫で下ろす俺をよそにミーティは話を続ける。
「次にお前の体の治癒の速さを見たでち。まず倒れてるお前を見つけたときお前はドン引きするほどあちこちから出血していたでち」
確かに顔面が「サッカーの応援にでも行くんですか?それとも部族の方ですか?」と言われてしまってもおかしくないくらい真っ赤に染まっていたし、床は「トマトジュース5本くらいぶちまけたのか?」ってくらいに赤く染まっていたのを覚えている。間違いなくとんでもない状況だ。でもな、ドン引きはするな。
一応俺の命かかってるからな?それにどれだけドン引きしていたとしてもドン引きしたことを本人に言うな。俺達幼稚園から一緒の仲良し幼馴染じゃないから、つい数分前に初めてお互いを認識した程度だから。やっぱり礼儀みたいなものがあると思うのよ。
「でもお前をベッドに連れて行ったときには傷口はなくなっていたでち」
かなり血まみれだったはずだが流石の回復力ってことか。すぐ治ったってことは禁書の呪いは神器とかの類には含まれていないということか。危険であることには変わりないがそれでも傷が治るなら生き残れる可能性は大きい。禁書に今後関わることがあるかどうかはわからないが対策を考えておいた方がいいのかもしれない。
「そういえばここはどこなんだ?」
ミーティは俺の体についていろいろ語っていたがそれを無視して聞いてみる。俺からすれば自分の体の事よりこの場所がどこなのかの方が重要である。前に見に来た時にはこんな場所はなかったしそもそも屋敷自体道に迷うほど広くはなかった。
「ここはヘルテーカ大図書館でち」
「何でそんなものが俺ん家と繋がってんの?」
「?この近くには家どころか道すらないでち。窓の外を見るでち」
窓の外を見るとそこにはあるはずの自然も街並みも何もない。広がっているのは一面の青。
窓を開けると町とは思えないような潮の香りとカモメの鳴き声が聞こえる。ザザーン。
波の音まで聞こえてくる始末である。ここは、ここは一体っ!
「ここは、どこだーーーー‼」
それは坂下レイジにとってこの世界に来てから初めての魂の咆哮であった。




