帰ってきた途端にこれだよ
「俺ちょっと用事できたからしばらく遠出するわ」
「あそ」
「反応薄っ!!」
そんな大したことない会話から1週間と少し、あのバカが帰って来ない。家の改修工事は終わり家は新品同様のピッカピカになった。私はそんな綺麗な豪邸のリビングで紅茶を飲んでいる。別にアイツがいなくて寂しいとかアイツが心配だとかそういうわけではない。
ただアイツが1週間以上も帰って来ないとなると常人では解決できない何か面倒なことに巻き込まれたか。
もしくは何処かで遊んでいるのか。それが少し気になるだけだ。
遊んでいるなら逆に帰って来なくていい。この家は私がもらうだけだ。だが面倒なことに巻き込まれているならば私も警戒しなければならない。アイツが手こずるようなものが近くにあるということはそれはいつか私にとっても障害になるはずだ。物事が悪い方向に進まなければいいのだが。
ここ最近あまりいい噂を聞かない。最近聞くのは冒険者がモンスターに襲われて死んだだの重症だのという話ばかり。前からそんな話がなかったわけではないが確実に多くなった。新種のモンスターが現れたという話も
噂も時々聞く。それが本当だとするとあの男が帰って来ないのはそのモンスターにやられたか、狩りに出かけて手こずっているということになるがやられるとは考えにくいので今もモンスターを追いかけているのだろう。
さて私もそろそろ出かけるとしよう。アイツがいるいないに関わらず生きるためには金が必要だ。私も一応冒険者なのだからそれらしく冒険に行かなければならない。玄関ドアを開けて外に出た。いや待てそういえば今日は特売日だったはず、市場行かなきゃ。金も大事だが食料も同じくらい大事なのである。
特売日は買い物であり戦場でもあるのだ。近所の奥様達には負けられない。
そうして私は市場という名の戦場へと赴くのだった。
ユウナが市場という名の戦場に向かった30分後。王都防壁前にて。
「兄ちゃん、本当に大丈夫かい?」
そう声を掛けてくれたのは口周りに白髭を蓄えた爺さんだった。
「気にしないで下さい」
そうは言っても服はあちこちが破けてボロボロ、穴の空いたところには血のシミがついているという状態。傷口はふさがっているがその様子からとても無事には見えない。そんなボロクソ状態の
俺、坂下レイジは帰る途中で偶然通りかかった農家の爺さんの荷車に乗っていた。
あれから1週間と少し、あの周辺のキメラを追ってあちこち彷徨っていたわけだがその間何事もなくスイスイ物事が進んだわけではない。見ての通りボロクソになるくらいの危機にも何度か陥っている。おかげで全世界に1つしかない大事な星ノ空学園女子の男子用制服がボロ雑巾みたいになってしまった。
「ありがとうございました」
そう言って俺は荷車を降りた。エリザベート達にこの事を報告してさっさと家に帰りたい。改修工事はもう終わっているはずだから綺麗なお家が俺を迎えてくれるだろう。
「坂下レイジ、ただいま帰還しました」
エリザベートの部屋の前で帰還報告する。するとドアが勢いよく開き腰にドアノブ、顔にドアが激突し俺は吹っ飛ばされた。倒れた俺の姿は完全にヤムチャである。ドアと襖は勢いよく開けるなって子供のころお母さんに習わなかったのだろうか。
「良かった。ずっと帰って来ないものだから心配したわ」
「珍しく優しいな」
普段はとんでもねえくらい鬼畜なのに。近々雨あられでも降るんじゃないだろうか。
「厳しくはするけど死んでほしいわけじゃないの、もしあなたが死んだらそれはそれで悲しいのよ?」
泣けるわー、久しぶりに人の優しさ温かさに触れて坂下さん心の涙が止まらねえわ。エリザベートはただの鬼畜じゃなくてツンが強めのツンデレでした。
「何で生き別れの家族と再会したような顔してるのよ」
「何か久しぶりに感動しちゃって」
目尻にも少し涙が浮かんでいる。だがいつまでも感動している場合ではない。こんなふざけた感じではあるが実際はもっと深刻な事態の中にいることを忘れてはいけない。このところ固い地面に座ることが多かったせいでエリザベートの部屋のふかふかソファにちょっとした違和感を覚える。だが変なことを言うと尻が幸せであることは間違いない。
「それじゃあ報告を聞きましょうか」
「ああ、結論から言うとあのモンスターはキメラらしい」
「嘘でしょ」
エリザベートは頭を押さえる。神の法に逆らう存在してはいけない生き物が実在し、すでに事件を起こしている。要するに全ての物事が最悪な方向に向かっているわけだから無理もないだろう。
俺はそれから最初のキメラと戦った時のこと1週間キメラを追いかけていたことなどを話した。
エリザベートは黙ってその話を聞いていた。
「やけに物分かりがいいな」
普通いきなりキメラとか言われても信じられないと思うんだがスイスイ話が進む。
「ええ、実は」
エリザベートがパチンと指を鳴らすとドアが開いて召使たちが荷台を押して入ってくる。何そのかっこいい技。その指パッチンドア越しに聞こえるほど大きな音じゃなかったよな。ドアに耳当てて出番が来るのをずっと待ってたのか?俺も昔、妹とそんな感じの事やったことあるけど全然うまくいかなかったぞ。
荷台には何かデカいものが乗っている。大きな黒飴?無論そんなものではない。それは大きな眼だった。
何というのが正しい表現なのかわからないが簡単に言うと黒い眼だった。恐らくモンスターの眼球というわけではなくこの眼自体が一種のモンスターなのだろう。気持ちわりぃモンスターだな。遭遇したくないランキング現在1位に認定しよう。
「こいつは?」
「あなたがいなかった間に他の冒険者が遭遇したモンスターよ」
この近くにこんな気持ち悪い見た目のモンスターなんていただろうか。今まで過ごしていてこんな奴に出会ったことはないしこんな目玉がいるなんてことも聞いたこともない。まあ話の流れからこいつもキメラの一種なんだろうけども一体どんな生き物を組み合わせたら黒飴みたいな目玉ができるんだろうか。
「このモンスター1匹に4、5人やられてるわ」
「これからどうするつもりだ?」
「まずキメラを全滅させて次に作っている奴を見つけて罰を与える」
エリザベートは少し間を空けると紙に何かを書いて召使たちにその紙を渡した。
「王都全土にキメラ警戒報を発令。我々騎士団はキメラの殲滅を開始する!」
そう宣言したのだった。その一言から王都騎士団によるキメラ殲滅の準備が始まった。
さっきのエリザベートの一言から城の中が騒がしい。あっちこっちで召使やら騎士やらが走り回っている。
本格的に計画が始まるのは明日から。それほど急がないといけないほど物事は良くないらしい。
そんな慌ただしい中で俺は呑気に自分の新居を見に行く。
やはり工事はとうに終わっていた。あれほど汚かった家が新居と見間違えるくらいに綺麗になっている。
一応俺の家だが鍵を持っているのは俺ではなくユウナの方なので勝手に入ることはできない。
玄関のドアを叩く。アイツこんなバカでかい家に1人で今頃寂しくて泣いてるんだろうな。(絶対にない)
ガチャっとドアをが開いて出てきたのは猫耳であった。
「どなた様でしょうか?」
いや俺のセリフだよ。お前誰だし。
「ここの家の住人だが」
「冗談にしてはあまり面白くありませんね。それでは」
そう言って猫耳は玄関のドア閉じようとする。俺は隙間に足を挟んで閉まるのを防ぐ。
「待て待て待て!何そのまま流れで終わろうとしてんの!?」
あれ?ここ俺ん家だよね?なんで俺は自分の家から締め出されてんだよ。つーかお前本当に誰なんだよ。
俺のいなかった1週間に一体何があったんだよ。ユウナさんは一体何をしているの?ガバなの?家の管理ガバガバのガバなの?そのせいで泥棒でも住み着いたか。
「申し訳ありませんが存じ上げない方を入れるわけには」
そう言って猫耳は全力でドアを閉じようとする。
「じゃあせめてユウナに会わせろ!それで何とかなるから!」
「お嬢様はただいまお出かけ中です!」
そんな感じで猫耳とぎゃあぎゃあ騒いでいると後ろから
「何してるの?」
という冷めた感じの懐かしい声が聞こえた。後ろを見るといつも通りの軍帽を被ったダサファッションのユウナが紙袋を抱えて立っていた。買い物帰りかよ。
「お帰りなさいませお嬢様」
さっきからスルーしてたけどお嬢様ってなんだよ。そんな疑問はその2秒後にバッサリと解決された。
猫耳はドアから飛び出しユウナのもとへ駆け寄ると紙袋を受け取った。今まで顔と猫耳しか見えていなかったがその実態があらわになった。その黒と白を基調にした服装はまるでメイド。よく秋葉原とかにいそうなフリフリしたメイドであった。
「何かあったのかしら?」
「あの男がお嬢様に会わせろと」
「知らない男ね。お帰り願いなさい」
俺はユウナとの距離を一気に詰めると両肩を掴んだ。
「俺たち出会ってまだ1か月も経ってないけど一緒に冒険した仲間じゃん?そんでもって嘘で書類上仕方なくとはいえ夫婦の設定じゃん?何そっと見捨てようとしてんの!?」
この状況を他人が見たら「うわ・・・アイツらの絆、脆すぎ・・・?」ってなるぞ。
「夫婦!?お嬢様!独り身だったんじゃ」
「てかそいつ誰!?」
なるほどこれが修羅場ってやつか。こういうのって普通は男が追いつめられるものだと思ってたけど
女が男と女に問い詰められる事ってあるんだな。ここからさらに俺と猫耳による問い詰めが炸裂。ユウナが追いつめられるという珍しい展開が繰り広げられている。これは1000年に1度の出来事かもしれない。気のせいかもしれないがそんな気がする。
「あーもうっ‼2人ともうるさいっ!順々に話すから静かにして!」
そんなこんなでガチャガチャしながらもリビングに置いてある高そうなソファに机を一つ挟んで俺とユウナはそれぞれ座っていた。こんな高そうなソファ買っちゃってまったくもう、これだから金持ちは。てか家の中綺麗になりすぎだろ。あんなお化け屋敷みたいなところだったのに一体何がどうなってこんなゾンビが出てきそうな洋館になったんだろうか。本当に同じ家なのかすら疑問に思うほど内装が変わっている。
外は胡麻豆腐、中はどう見てもバイ〇ハザード。そんなお家になってしまった。
「オホン、まあ簡単に説明するとこの2人はメイドで猫耳はモニカ、こっちのメガネをかけた方がメイド長のラシェルさん」
紹介された2人は礼儀正しくお辞儀してくれる。そんなに財政的余裕がないのによく雇えたな。その勇気にある意味感服しますわ。確かにこんなに広い家だし使用人雇わなかったらやってられないけどよ。今じゃないと思うのよ。もうちょっと後でも良かったんじゃないかな。俺何か問題が起こっても知らないよ?
本気で逃げるよ?
「2人とも、こっちのボサボサした感じのバカは坂下レイジ。私と同じこの家の所有者よ」
ねぇねぇお前俺のことを紹介するときに必ず悪口言う気か。なんでお決まりのパターン、お子様ランチの
ライスに刺さってる旗みたいに当然のセットになってるの?言わないと気が済まないのか。日々のストレスを俺にぶつけないでくれるかな。牛乳飲め、もしくは運動でもしてストレスを逃がせ。
久々に帰ってきた途端にこれだもんな。出掛けてもトラブル、帰ってきても罵られるとかもうこっちはやってらんないよ。ただの地獄じゃん俺の異世界生活。・・・いや、待てポジティブに考えるんだ。今回は新品同様の豪邸が手に入って男のロマンであるメイドが2人も入ってきてその上ふかふかのベッドで休むことができるじゃないか。そんな喜びに比べたら多少の罵りなんて大したことない、今までの人生の中でひどい時は家族にも『チートアホバカ鈍感ハーレムシスロリコンエロオタク大バカ野郎』と呼ばれたことがあったじゃないか。バカが2つも入っているんだぞ?それに比べたらマシな方だ。
「これからよろしくお願いします。旦那様」
ラシェルさんが頭を下げるとモニカもそれに続いて頭を下げる。旦那様、慣れない呼ばれ方に少しこそばゆい感じがする。
「レイジでいいよ。これからよろしく」
さて自己紹介も済んだことだし少し寝たいな。ここのところほとんど寝れていない。
問題は山積みだがどんな時でも体調の管理は大事だ。やる気があっても結局のところ体調が悪いと何にもできないからな。今は寝よう。今後もきっと忙しくなるはずだから。
「俺の部屋は?」
「準備してあるわ。こっちよ」
案内されてついて行ったのは階段の前の部屋、ではなく階段の下の扉。こんなところ前にはなかったはずだから新しく付け足したのか。いくら広いとはいえ倉庫はこういう階段の下なのか。
「そいで何故階段下の倉庫に?」
「鈍いわね。ここがあなたの部屋よ」
そう言ってギィっとドアが開き地下へ続く階段が姿を見せる。一応壁には足元が見えるくらいの光る球体がくっついているがそれでも暗いんだよな。というかこの光る球体は何?何故かマリモを連想してしまう俺がいるんだけど。そもそもここが俺の部屋なのか。いやなんていうかもうコメントする気すら起きないんだよな。もはや牢獄だぞこれ。俺は吸血鬼か何かなのか。
最初階段下ってところで某メガネをかけた魔法使いが主人公の映画が頭をよぎったけど俺は地下室か。
もっとひどいじゃん。いじめられてるのレベルを超えてただの捕虜、拷問の一種だよ。
階段を下りてみるとそこには机、よくわからん本で埋まった本棚、ベッド、クローゼットなど家具一式がそろっていた。広さもまあまあ広いし広さだけならメガネをかけた魔法使いに勝っている。(他は多分負けてる)
この部屋の中で一番悲しいのは窓がないことくらいか。精神崩壊を起こさなければいいが。
ベッドに座ってみるとフカフカであった。良かった、ベッドはまともなものだったみたいだ。
これでぐっすり寝られる。(ただし安心して寝られるとは言ってない)
「はいこれ」
ベッドに座り勝手にほんわかしていた俺に1枚の紙が渡された。俺がそれを受け取るとユウナは逃げるようにその場を後にした。何だアイツ。そう思って渡された紙を見た。
『コトリ家具店 請求書 坂下レイジ様
ふかふかベッド4台、ふかふかソファ6台、机セット4台、本棚4台、フライパン、鍋、食器その他24点
計160万ルド』
請求書じゃねえかこの野郎‼
無論地下にいる俺の情けない悲鳴が外に聞こえることはない。




