誰か助けてください
暇になってしまった俺たちは腹ごしらえも兼ねて黄金の鹿に行くことにした。
この前帰ってきたばっかりのはずなのに数ヶ月ぶりに帰って来たかのような懐かしさがある。
ドアに手をかけて開くとまず最初に飛び込んできたのは店長だった。この人もほとんど出番ないから懐かしいな。飛び込んできたっていうのは目に飛び込んできた、というのもそうだが何より俺に飛び込んできた。
「レイジ君ようやく帰ってきたー‼今までどこ行ってたのよ!こっちは変な二人組が部屋を占拠しに来るし怖い顔した人たちも来るしで大変だったのよ!?」
「わかった、わかったから!店長!このままだと俺のSE☆BO☆NE☆GA!」
背骨がミシミシと本来鳴るはずのない音を立てている。ちょっと待ってこれは本当にアカン。
やられる!この坂下レイジがやられてしまう!こんなくだらないところで!そしてグキリと絶対に鳴ってはいけない音が鳴った。あ、これ折れたな。今まで感じたことのない痛みが背中に広がっていく。
こんな時でも一言だけ言っておくぜ。皆は絶対に人を強く抱きしめすぎたらだめだぞ。俺の場合は多分数十秒後には治っているだろうけど普通の人はその時点でおし・・・ま、いだから、な。
「あれ?レイジ君?レイジ君!?しっかりして!」
店長は人形みたいにグラングランになった俺の体を揺らす。もはや心配しているというよりかはとどめを刺しに来ているようにしか見えない。お願いだからもうほっといてください。本当に旅立っちゃう。
何度も言っているような気がするが転生者だって不死身じゃない。運が悪ければあっという間にサヨナラする可能性もある。だからみんな俺にも多少は優しくして?
「店長、落ち着いてください。レイジ君も帰ってきたばっかりで疲れてるだろうしゆっくりさせてあげましょう」
そう言ってダルンダルンのグラングランになっている俺を揺らしてる店長を止めたのはこの店の
ほんわか系お姉さんのレディーだった。ナイスです先輩。
「そ、そうねレイジ君ごめんなさい。最近忙しかったみたいだしたまにはゆっくりしてって」
店長はそう言うと俺を椅子に座らせて厨房の方に戻ってしまった。
嵐のような人とはきっとああいう人のことを言うんだろうな。嵐の域を超えて天と地がひっくり返ったと言ってもいいほど騒がしかった。
「せん・・・ぱい」
背骨は大体治ってきているが俺の体は人形のようにダルンとしていて動かない。意識があまりはっきりしていないせいでうまくしゃべることもできない。無意識のうちにレディーの方に左手を伸ばす。
レディーの方は伸ばされた手を優しく握った。
「大丈夫?まあ店長の本気のハグを食らったわけだから気分は良くないと思うけど。ってよく見たら手にも怪我してるじゃない。ダメよ放っておいたら」
そういえば俺って左手怪我してたっけ。神器で付けた傷だからあれから数えてもふさがるのにあと3日4日はかかるだろう。おかげで手のひらには大きな切り傷が付いたままだ。しかも包帯とかも一切してないから
傷はむき出しの状態だった。
レディーはそこに白いハンカチを巻いてくれた。うわー高そうなシルクのハンカチじゃないですか。
そんな高級なものじゃなくていいですよ。すぐ汚しちゃうんだから。もっと安いぼろきれみたいな布でいいんですよ。
意識が少しずつ戻ってきた。
「すんません。洗って新しいの買って返します」
「ふふっそこまでしなくていいわよ。でもこれからは無茶はしないで」
「わかりました」
誰とは言わねえけど見ろこの御方を。殴ることも踏んでくることもなく怪我をした俺の手にハンケチを巻いてくれるだけでなく優しい言葉までかけてくれるこの優しさを。なんて良い人なんだろうか。少しは見習って欲しいものだ。レイジだから、チートだから大丈夫じゃないのよ。
レイジ+チート=もはや無敵とかいう公式は当てはまらないからな。正しい式はレイジ+チート=無敵ではない=多少は優しさが必要、だ。これ試験にも出るからしっかり覚えておくように。
その問題の誰かさんは興味なさそうに座るとメニューを見ていた。
駄目だコイツ早くなんとかしないと。このままではコイツはただの無慈悲なダサファッションチート女になってしまう。
そうなる前に(もう手遅れなような気もするが)この性格を直さないと。
「もし転んで怪我した子供がいたらどうする?」
一応優しさがあるのかチェックしておく。
「とりあえず怪我の具合を見て手当して元気づけたりするんじゃないかしら」
あら意外とそういうことはできるのね。
「じゃあもし俺の足がぶった斬られて大変なことになったら?」
「そんなこと起きないとは思うけどもし、万が一そうなったらその時は『唾でも付けときなさい』って言うわね」
「鬼畜!?」
てかそんな大怪我に一体何リットルの唾をつければいいんですかね。治るどころか悪化しそうだけど。俺に対して心配という気持ちはないのだろうか。
「真面目なところどうすんの?」
「正直なところ分かんないわ。あなたが足を斬られるような怪我をした場合私は何をするのが正解なの?止血?助けを呼ぶ?無理よ。あなたの足を斬れるような相手を前にそんな事やってたらその間にやられるに決まってるもの」
確かにそう言われると言い返せない。俺みたいな転生者の足を切り落とすってことは相手は少なくとも雑魚ではない。その場合相手は必ず高難易度クエストのモンスターか転生者のどちらかになってくる。どちらも前にすれば背を向けて逃げることはもちろん負傷者に構っている暇なんて多分ない。手遅れになる前に敵を倒すか、それとも負傷者を置いて逃げるか、その2つくらいしか思いつかない。
え?担いで逃げるってのはないのかって?
残酷な話だがそれは最も愚かな行為になるかもしれない。
負傷者を担いでいる分負担は増える。そのせいで動きは鈍り少しずつ追い詰められるだろう。もし、全力で走って逃げたとしても
足の切り口から垂れる血は相手に「ここを通った」と言っているのと同じだ。結果は2つに1つ、二人とも死ぬ。
もちろん可能性の話ではあるが十分有り得る。
「もし本当にそうなったらその時は迷わず俺を置いて逃げろよ」
「バカじゃないの?そんなことするわけ無いでしょう。絶対に連れて帰るわ」
これもなかなか意外。正直あっさり置いていかれるかと思っていたがやっぱりそういうときは流石に助けてくれるのか。安心した。緊急事態の時は少しくらい頼ってもいいってことか。
「そっちはどうなの?私がそうなったらどうするの?」
「無論助けるよ。担いで逃げてやる」
「それ1番危険よ?」
「そうかもしれない。でも俺からすれば置き去りにする方が後悔がデカイからな。俺だけは後悔したくない。何もせず後悔するくらいならやって後悔した方が多分マシさ」
それもまた危険な考えだけどそれでも目の前の仲間を簡単に置き去りにできるほど俺は勇気ある人間にも残酷にもなれない。
だってそうしたら後から心のモヤモヤが取れなくなる。そんな気持ち悪い感覚はごめんだ。
俺たちにできるのはそうならないようにヤバイときはお互い助け合うことだろう。元の世界でも今の世界でも結局助け合わなければ生き残ることはできないのか。この世界は漫画やライトノベルのように甘くはない。チートだから死なないという優しい設定はない。
もっと優しい世界に転生したかったな。今更嘆いたところでどうにもならないが。
「肉定食2つとサラダ、鶏の丸焼きとスープと野菜スティック全部大盛りで」
相変わらずすごい量食べてるな。普通こんなに食べたら吐くか途中でリタイヤすると思うけど。こんなの食べるのって大食いの選手くらいだぞ。これだけ食べていても太らないというのがまたすごい。あの能力の燃費の悪さがどれだけひどいのか一目瞭然だ。
俺はいつもは節約のために魚定食を食べているが今回はオーバーロード討伐の祝いとして肉定食を食べよう。たまには贅沢しないとこの冒険者という職業はやっていけないものだ。
ようやくまともな飯にありつける。そう思ったとき勢いよく店のドアが開いた。店にいた人が全員扉の方を見る。そこに立っていたのは一人の女、その後ろには鎧を着た騎士達。
その女を見た瞬間俺は血の気が引いた。今の俺の顔色は真っ青だと思う。
「見つけたわ」
完全完璧究極的に忘れていた。自分が遠征の時に何をしたのか。
ユウナとこうしているのはそれのおかげだということを。
あっという間に俺達のテーブルは騎士たちに囲まれた。逃げ場なし、万事休すってやつか。
「レイジ、来てもらうわよ。そっちのあなたもね」
出会ってはいけない2人の鬼畜がついに出会ってしまった。
「行く義務はないわ」
お前はなんでそこで喧嘩腰なの!?お願いだからこれ以上問題を起こさないで!こういうのって最終的に怒られるのどういうわけか
俺なんだから。
「それでも来てもらうわ。なぜあの要塞の中にいたのか詳しく聞かせてもらうわよ」
それでも喧嘩腰のユウナが立ち上がろうとする。
あ、コイツ完全になんかやる気だな。目がそれっぽいもん。
立ち上がろうとするユウナの足を踏む。ユウナがこちらを見る。
それに対して俺はやめろと首を横に振る。
だがそれに対して関係ないと立ち上がる。
はぁー。お前飯を邪魔されたから怒ってんの?それとも王国騎士になんか恨みでもあるのか?ちょっと落ち着いてよ。本人はもうやる気満々だしエリザベートたちもやる気満々なんですけど。
お前ら血の気多すぎだろ。こいつら人間というよりかはカカオットだがササロットだったか忘れたがそいつら同じサイなんとかとかいう戦闘民族なんじゃないだろうか。だが今回だけはこの坂下レイジが全身全霊すべての勇気を振り絞って止めさせてもらう。
恩人の店で騒ぎを起こされちゃたまらん。ここを出禁になったら困る。俺は立ち上がった。
「お前らピリピリしてんのはわかったから落ち着け」
すでに騎士たちも含めて全員の周りに魔法陣が出現しそこからいくつもの神器の剣先が出てその首を狙っている。
一体いつから神器を魔法陣から出せないと錯覚していた?と言いたいところだが誰も魔法陣から神器が出ていることについて突っ込んでくれないのでそれを言うこともできない。
ユウナの方は知らんがエリザベートたちがピリピリしてる理由は明らか。モンスターだらけの要塞の中から騎士を吹っ飛ばしてきたことだ。正体がわからないうえに何故あそこにいたのかも
不明。しかもユウナは王宮騎士とわかっていながら敵対し戦った。
そりゃ敵対視されてもしょうがないか。
「すまん、用があるならここで済ませてくれないか?」
まあ状況的には誰にも拒否権はないが。
「・・・分かったわよ」
どこかの重力バカと違って物分かりがよくて助かった。重力バカの場合恐らくプライドが優先されるので
こうすんなりとはいかなかっただろう。俺、ユウナ、エリザベート、あと知らないおっさん(騎士)は同じテーブルに座る。すぐに気まずい沈黙が始まる。
頼んだ料理もなかなか来ない。それも当然だユウナとエリザベートが睨みあっているせいで誰も近づいてこない。2人が睨みあうことで視線がぶつかり合い漫画のような稲妻が発生し、それに加えて負のオーラが漂い始めている。その負のオーラを間近で浴びている俺とおっさんは時々「これ、ヤバくね?」
「どうしよう」と顔に少しばかりの汗をうかべて目で語り合っていた。
店の中が完全に負のオーラに包まれ静まり返る。喋った者に命はない。そんな気さえしてしまうような状況。魔法の類は一切使われていないのにこれほど強力な効果があるという事実。俺たちは今毒の霧の中にいるのとそう変わらないのかもしれない。本気で誰か助けてください。このままだと俺はストレスで死ぬ。
沈黙の中ミーシャが料理を運んできた。
「おまちどうさま」
その声にいつものような明るさはない。いつもはアイドルか?と思うくらい明るく喋るのだが今は『兄さん、ロリコンだったのね。でも大丈夫人それぞれだし。私はそんな兄さんを応援するわ』というくらい気まずそうにしている。
あ、別にこの例えは俺の経験じゃないからな!そ、そこんとこ勘違いしないでよねっ!
「どうもありがとう」
「ひぃっ」
ユウナの静かだがどこか迫力のある「どうもありがとう」に
ミーシャは恐怖を隠せていなかった。
涙目で俺に助けを求めてくる。そんな目で俺を見ないでくれ。
俺にもどうにもできないんだよ。
虎の喧嘩に割って入るような勇気は俺にはない。
そんなことをすれば虎の牙、今回の場合は重力と剣に襲われて俺はあっという間に粉微塵になるだろう。
こんな状況で騎士のおっさんには本当に申し訳無いと思っているが運ばれてきた料理が冷める前に食べてしまおう。俺はひとまず先に現実逃避させてもらう。あー明日からどうしようかな、金に余裕はできたし、家はしばらく改修工事があるから使えないし、
特にやることがないな。
その時食っていたキャベツが喉に詰まった。
今のこの現実から逃れたいあまりぼんやりしすぎた。
ごふっ!あ、この音なんか吐血してそうだな。
「何やってるのよ」
エリザベートが水を渡してくれる。
「ちゃんと噛んで食べなさいよ」
ユウナも水を渡してくれる。
そして新たな争いが始まろうとしていた。
「あ?」「は?」
え?
やめて!俺の事で争わないで!優しくしてくれとは言ったけど
優しさから争いを生まないで。キツくあたられても辛いが
優しくされてもその優しさが辛い。どうされても俺は幸せになれないらしい。何ですかこの扱いは。あんなトン麺のやかんとかいらないからその分俺の幸運パラメータを上げてくれないだろうか。
仕方ない。ここは俺が上手くまとめるしかない。書類をまとめたりはできるけど虎を上手くまとめたことはない。失敗すれば食い殺されるのは俺だ。慎重に言葉を選ばないと。
「あのー」
「「何?」」
怖っ!落ち着け俺。最初が大事だここでつまずくようでは虎を飼いならせない。ここで虎を繋ぐ鎖を持つのは俺だ!
「まずエリザベートは何しに来たんだっけ?」
「あなたへのお説教とこの女の尋問よ」
「ユウナに何が聞きたいんだ?」
「何故あそこにいたのか、我々の敵なのか味方なのかそれだけよ」
ユウナの方を見るが本人は答える気はなさそうだ。
「そちらさんは何でそんなに不機嫌なの?」
「嫌いなのよ王国騎士が」
「どうして?」
なんとなくわかってはいたがやっぱり王国騎士を嫌っていたか。
「私が前にいた街は酷かったわよ。本来王国騎士は国民を守るためにいるのよ?それが平気で下の立場の人間に集り、時に非合法な取引をし何食わぬ顔で過ごしている。それも贅沢にね。そんな奴らを見て嫌いにならずにいられる?」
確かにそれを聞くだけだと王国騎士が悪い奴らのように聞こえる。本来人を守り、国を守り、秩序を守るはずの騎士が弱い人に集る。時には非合法なこともやる。そんなのは騎士として、人間として駄目だ。ユウナが王国騎士を嫌いになった理由もわかる。
きっとエリザベート達のこともそんな汚い連中だと思っているのだろう。
「そう、そんなことが」
エリザベートは少しうつむいた。自分の知らないところで自分の部下にもあたる騎士たちがそんな酷いことをしているとは思ってもみなかったのだろう。それは他のテーブルの騎士たちも感じているようだった。
王都の騎士たちがここまで紳士的であるのは近くに宮殿があるからというのもあるが何よりもエリザベートという正しい道を歩く信頼できるリーダーがいるからだろう。そしてそれについていく限り王都の騎士は正しくあり続けるはずだ。
だがエリザベートのようなリーダーのいないところでは「これくらい大丈夫だろう」という人間の悪いところが出てくるのだろう。
人間の悪い心がカビならばエリザベートという信頼できるリーダーは太陽だ。なければカビは増え放題。だが日光の当たる間は死ぬことなく隠れている、例え1度死んでも良心に何度でも生える厄介なカビ。
エリザベートはユウナの前で膝をつくと
「知らなかったとはいえ騎士のそのような悪逆を野放しにしていたことを騎士団、いえ王国を代表してお詫び申し上げます」
頭を下げて謝罪した。座っていた他の騎士たちもそれに続いて頭を下げる。ユウナは変わらぬ態度で足を組んだ。
「私は別に謝罪してほしいわけじゃないの。あなたたちがいくら謝ったところで状況は変わらないんだから。ただ正しくあってほしいだけよ。それが分かっているなら私は何も言わない。むしろ謝罪すべきはあなたたちを疑っていた私よ。ごめんなさい」
ユウナも頭を下げた。これでユウナと騎士団たちは和解できたということでいいのだろう。
こうして一つの争いの火種が消えた。今のところはめでたしめでたしと言って良いんだよな。




