一文無しの俺
気が付くと俺は狭いところに胎児のようにうずくまって寝ていた。どこかはわからない狭くて暗い場所そして異臭。手探りでどこかに出口がないか探す。そこで手に何か触れた。柔らかく温かい何とも言えぬ感触。
そして自分がその柔らかい何かに全身包まれていることに気が付いた
さらに手を伸ばすとビニール袋のようなものに触れる。
どうやら柔らかい何かに包まれているだけでなく、そこからさらに何かに包まれているらしい。簡単に破けそうだがここが何処かわからない以上迂闊にこの袋を破るわけにもいかない。
「どうしたもんかね」
そうつぶやいたとき目の前に1筋の光が差した。そしてそこから一気に光に照らされる。
ネチョリと生々しい音を立てて暗闇が消えていく。光が差して最初に見えたのは草原でも、森でも、美少女でもない。
鎧を着た髭のオッサンだった。
「うわっ‼人だ‼」
オッサンは驚いて何歩か後ろに下がった。
俺は体を起こして辺りを見た。まず地面は真っ赤だった。柔らかくて赤いそして嫌な臭い。
これは生き物の肉なのか。俺はどうやら何かの腹の中にいたようだ。
そして答えが出た。
「人間だ。ドラゴンの腹の中から人間が出てきたぞ!!」
「貴様何者だ!?魔族の仲間か!?」
「いや、ただの人げn」
「待て!聞いたことがある。竜より生まれし者、世界を救い皆を導く勇者となる。って」
おいちょっと待て人の話を聞け。
「いやだから普通の人d」
「おお、勇者じゃ!勇者が誕生した‼」
後ろの魔法使いみたいなジジイが大声で言った。おいジジイ、てめえ何勝手なこと言ってんだこら。
ジジイのせいでほかの人たちも「勇者だ‼」と騒ぎ始めてお祭りみたいな騒ぎになってきた。
おかげさまでただの人間だ。とも言いだしづらくなってしまった。
一体どうしてくれるんですかね?俺転生したらのんびり過ごすつもりだったんですけどね。
もはやそんなことできなくなったよ。絶対に魔王討伐とかに駆り出されちゃうよ。
そんな俺の悲しみをよそにみんなは楽しく歌っている。
「何してんだ坊主、早く帰るぞ」
ゴリラかなと思うくらいムキムキのおっさんが俺を読んだ。他の奴らも早く来いよと呼んでいる。
お前ら馴れ馴れしいな。俺ついさっきドラゴンの腹から出てきたやべえ奴なんだからもうちょっと
警戒していこうよ!。
でも、このフレンドリーな雰囲気は好きだぞ。
暗い洞窟を騒がしいオッサンたちと歩く。
帰る途中オッサンたちから話を聞くと洞窟に住むドラゴンを仕留めるクエストを受けてここに来たらしいが
戦っている途中でドラゴンが急にぶっ倒れてそのまま動かなくなったらしい。
それで素材をはぎ取っているときに腹の中にいた俺を見つけたらしい。
運がいいのか何なのか。まあ、自分でドラゴンの腹を突き破って出てくるよりはマシなのかもしれない。
深い洞窟を出ると外は夜だった。暗い森の中を松明やランタンやよくわからん光の球体を頼りにして歩く。
辺りはしんと静まっているのにオッサンたちの下手な歌がその静かな雰囲気をぶち壊す。
「ピーマンを倒せー、ピーマンああピーマンお前ほど嫌な奴はいない。ゴーヤ、パセリ、ババアの作る野菜ジュース、だがピーマンお前は許さん」
どんな歌だよ!どんだけピーマンに恨むがあるんだこいつら。俺の経験上ピーマンよりゴーヤとかのほうが苦かったと思うんだけど。その後もピーマンの歌が続くのでさすがに気になってちょっと聞いてみた。
「なんでそんなにピーマン憎んでんの?」
「昔、ゴーヤを投げられても、食い物にパセリを入れられても、緑の野菜ジュースをがガブ飲みしても死なない最強の戦士がいた。戦士はある日、ピーマンを食べた。だが予想以上の苦さに戦士が苦しみ、地面を這いずり回っていたところに一匹のゴブリンが戦士にピーマンを投げつけた。そして戦士は命を落とした」
オッサンは長々と語った後「そして死に際に『ピーマン、貴様だけは・・・許さん‼』って言ったらしい」と話を終わらせた。
やっべー超くだらねーよ。ピーマンごときで何で地面這いずり回ってんだよ!?何でピーマン投げつけられたくらいで最強の戦士とどめ刺されちゃったの!?どんだけ剛速球でピーマン投げられちゃったのさ。
絶対ゴーヤ投げられた方が何倍も痛いと思うんだけどな。
ていうかそれ以前にゴーヤを投げられるってその戦士に一体何があった。
ただでさえアホらしい歌なのにさらにアホらしさが増してしまった。しかもピーマンの歌が終わったと思ったら今度はニンジンの歌、キュウリの歌と野菜関連の歌が止まらない。
オッサンが顎に手を当てて「昔最強と呼ばれた戦士がいてな(以下略)」と求めてもいない説明も止まることを知らなかった。結局街に着くまで野菜の歌が終わることはなかった。
・・・この世界では最強の戦士になると野菜に殺されるという運命を背負うのかもしれない。
街に着いて最初に立ち寄ったところは『黄金の鹿』という金色の鹿と樽が描かれた看板がオシャレな酒場だった。中は広くキレイで酒場というより食堂と言ってもいい感じの店だった。
「いらっしゃいませー‼」
フリフリのついた服を着た女の子定員さんがお出迎えしてくれる。オッサンたちが勝手に座り始めるので取り残されないよう俺もいそいそと椅子に座る。
「お決まりになりましたら呼んでくださいね」とメニューをおいたところで俺は気が付いてしまった。俺、今一文無しやん。でも腹減ってるじゃん?どうすんだこれ。
「あの」
「はい何でしょう?」
「ここ、ツケ効きますか?」
定員さんは一瞬ぽかんとした顔をしたがすぐに「大丈夫ですよ。ただ、名前とか教えてもらいますけどね」笑った。
良かった。ツケが効かなかったら確実に餓死して早くも異世界生活終わるところだった。
ここで死んだら天使たちに何言われるかわからん。まあ、とりあえず料理頼むか。
「じゃあこの魚定食1つ」
「魚定食1つですね。了解しました」
魚定食が90ルド(日本で言う90円)と一番安かった。この魚定食が何でこんなに安いんだろうか。そう考えると本当に頼んでしまってよかったのか少し不安になる。
その後、運ばれてきた魚定食は思ったより普通の魚料理だった。
料理を食べ終わり周りを見るとオッサンたちはすでに酒に酔いつぶれていた。
そして夕食を食べた俺はまた気が付いてしまった。俺、一文無しじゃん?それだけでも十分ヤバいじゃん?
しかもすでにツケてもらってるじゃん?そこにさらに追い打ちとしてある問題がある。それは
今日どこで寝るの?宿屋にはツケとか多分ないだろうしこのままじゃ野宿確定だよ。
ここが日本ならまだ1日くらいは生きていられると思う。けどここのことはまだ全く知らない。夜に寝てて変なのに襲われる可能性だってないわけじゃない。
一体どうしようか1人お冷を見つめながら考えていると
「あのどうかしましたか?もしかしてお料理おいしくなかったですか?」
とさっきメニューをくれた娘が心配そうに声をかけてきた。
「いや、飯はおいしかったよ」
「そうですか。良かったです。アレ私が作ったのでうまく出来てなかったらどうしようかと思って」
笑ってほっと胸をなでおろした。・・・控えめに言ってめんこい。
「じゃあ何か悩みごとでも?私もこの酒場の娘ですから悩みを聞くくらいはできます!」
何だこの娘。めっちゃいい人なんだけど。けどさっきツケてもらったばっかりなのにこの娘相談するのも申し訳ない。
「俺一文無しだから今日泊るところないからどうしようかなって」
「ふむふむ、ちょっと待っててください」
そう言うと厨房の方に小走りで入っていた。しばらくして厨房から超ゴツいオッサンとともに出てきた。
よく見るとオッサンの胸のところに『店長』の名札がしてあった。
店長は俺の顔と体を交互に見て納得したように頷くと手を合わせて言った。
「あら、けっこういい顔してるじゃない。気に入ったわ」
えぇー店長そっち系?そのなかなか男な顔でそっち系だったか。いや、まあ別にいいけどさ。
性格は人それぞれだしな。
「ね、言ったとおりだったでしょ?お父さん」
お父さん!?この人お父さんなの!?ごめんなんていう俺、もうなんてコメントしたらいいのかわかんないわ。
この世界来てから驚くことしかない。ツッコむところが多すぎる。
「じゃあ約束通り泊めてあげるわ。はいこれ部屋の鍵。ちょうど空き部屋だったから好きに使っていいわ」
へ?店長はそれだけ言うとまた厨房に戻ってしまった。
「一体どういうこと?」
「お父さんに『泊るところなくて困っている人いるんだけど』って相談をしたら『イケメンか童顔の子ならうちに泊まっても、いいえ住んでもらってもいいわよ無料で!』って」
「はーそりゃもう本当にすいませんね。そんな良くしてもらっちゃって」
「いえいえどうせ一部屋余っていましたし、力になれてよかったです」
と笑う。気のせいだろうか彼女の後ろに光が見える。天使や、天使がおる。これが本当の天使であったか。
きっと俺が最初に出会ったのは天使の見た目をした悪魔だったのだろう。そうでなければこの神々しさの違いを説明できない。
そんな彼女に感激しつつ俺は気が付けば店の階段を上り、部屋のドアを開けベッドにダイブしていた。ツッコみに疲れたのか何もしていないのにすごく眠たい。今日はさっさと寝させてもらうとしよう。明日は・・・飯代、とか払わなきゃいけないからな。俺はそのまま眠りに落ちた。
次の日、午前5時30分起床。世界観以外いつも通りの朝。着替えようと思ったがそういえば昨日そのまま寝落ちに近い形で寝たんだった。外に出てランニング、店の周り6、7周くらいでいいか。次に腹筋50回、腕立て50回、背筋50回。部屋の掛け時計を見るともう7時をちょっと過ぎていた。
俺はベッドに座って自分の右手首を見る。そこには天使にはめられた腕輪の後、入れ墨みたいなよくわからんデザインが刻まれていた。まだ神からもらった神器は使っていないが使い方は大体わかっている。
この世界に来た時から何故か「あ、そういう感じね」となんとなくわかった。
試しになんか使ってみるか。そう思って剣でも出してみるかと思ったら気が付くと手に黒と赤の近未来感がすごい剣が握られていた。神が持っているとは思えないデザインだな。これどう見てもSFアニメとか漫画に
出てくるようなデザインだぞ。・・・てかこれよく見たら持ち手のところに値札みたいのついてるけど大丈夫か?このSF剣。
まさかと思うがアニメショップに売ってるやつじゃないよな。ただ結構しっくりくるから悪くないのかもしれない。問題は切れ味だがそれは後で試そう。もう7時過ぎてるしさっさと稼ぎに行きますかね。
ん?朝飯はどうしたって?フッ今の俺にあるのはこの食べれない無数の神器だけなんだぜ?食えるわけないだろ。
とりあえず一発稼いで機能のツケと朝飯分の飯代稼いで借金生活を脱出しよう。
そう心に決めて外に出た。
外に出て最初に向かう場所は仕事を受けに行く場所。俗にいうギルドというやつだ。
西部劇にでも出てきそうなスイングドアを開けて中に入る。朝早くにもかかわらず中にはそれなりに人がいた。朝から洞窟やダンジョンに潜って誰よりも早く良いものを手に入れたりするのだろう。
受付近くの掲示板に埋まるくらいクエストの張り紙がしてある。俺は張り紙に手を伸ばす。
ように見せかけてその傍のテーブルに置いてあったパンフレットを手に取る。パンフには『これから冒険を始める冒険者へ』と大きく書かれていた。
えーと何々『冒険というのは命がけです。なので万全の準備をしてから冒険に出ましょう。まず必要なのはポーションです。ポーションは傷ついた体を癒す魔法の薬です。色が濃ければ濃いほど効果も大きいですがその分値段も高くなっていきます。
※冒険を始めたての人は一番安価であるピンクポーションがおすすめです。ただし回復力は一番低いので無理せず冒険しましょう。
次に防具です。これも冒険には必須です。ないと死にます。
※初心者の方にはデネリー商会の武具をおすすめします』なるほど。今は一文無しだがそのうちポーションくらいは手に入れたほうがいいかもしれない。防具は・・・もらった神器の中に一つはあるだろきっと。
改めて掲示板を見てみるといろんなクエストがあるな。
『ゴブリン討伐』や『スライム討伐』とかの簡単そうなクエストから始まり、
『ドラゴン討伐』や『エンシェントオーバーロード討伐』みたいなヤバそうなクエストまである。
俺はその中から『スライム討伐』と『ゴブリン討伐』のクエストを選んだ。やっぱり最初はこういう簡単なのからの方がいいと思う。
俺はさっそく張り紙をはがすと受付にそれを提出した。受付のお姉さんは「簡単なクエストですけど気を付けてくださいねー」と笑って送り出してくれた。町を出て森の方へ入っていく。森の中は元の世界とは違って見たことのない鳥や小動物が結構いた。元の世界じゃ小動物なんて見たこともない。
しばらく森を歩いているとスライムを見つけた。オレンジやら緑やら青やらいろんな色のスライムがいて
すごいカラフルな光景が広がっていた。
さっさと倒すか。スライムとかもうただの雑魚だろ。俺は例のSF剣を装備して近くにいた電子レンジくらいのサイズのスライムを切った。だが切ってもすぐにくっついて元に戻ってしまう。今度はもうちょっと細かく切り刻んでみたが結果は同じだった。
そこで俺はこれでもかってくらい切り刻めばいけるとでも思ったのか本気でスライムを切り刻んだ。
腕も剣も速さのあまりに人間ではついていけないほどになった。スライムを切り刻みながら自分の身体能力が格段に上がっているのを実感した。
気が付けばそこにはもうスライムはいない。あるのは飛び散った小さなスライムの一部だけ。
今度こそやっただろと思って安心したその時、飛び散った一部が逆再生でもしているようにまた一か所に集まり元のスライムの形に戻った。
どうすんのこれ。コイツもしかして無敵なんじゃないだろうか。コイツ全然やられる気配がしないんだけど。いや待て、なんか聞いたことある。アニメかなんかでやってた。スライムってなんか体の中に小さな石みたいなコアがあるって。
それがあればもしかしたら倒せるかもしれない。俺はさっきのでかいでかいスライムをあきらめてもっと小さいのを探すことにした。万が一のこともあるからな安全を考慮して小さいので試す。
またしばらく探して今度は手のひらサイズのスライム見つけた。このサイズなら何とかなるだろう。
俺はさっきの剣をしまって今度は適当なナイフを装備した。
さっきのSF剣と違い今度は神器っぽい金色のナイフだった。
俺は逃げないようにスライムを押さえつけてサクッ、サクッと何度かナイフを突き刺した。
なんか俺が悪いやつみたいになっているんじゃないだろうかと少し心配だ。
しばらくサクサクしているとペキッという音とともに一瞬スライムの色が変わった。
今度こそ倒したかと思ったが形が崩れることもなければ動きが止まることもなく手の中でもぞもぞ動いている。何だこのスライム。気のせいかなんか普通じゃねえぞ。なんかヤバいことしたのかもしれない。
俺はそのスライムを逃がして、また大きめのスライムをSF剣で他のスライムも同じようにコアを潰した。
今度はむやみに刺したりせずちゃんとよく見てコアの部分を切った。するとスライムの形が崩れて液体になった。後には飴玉サイズの宝石みたいのが残っていた。おそらくこれをギルドで換金したりするのだろう。
俺はそれを拾ってポケットに入れた。さてと後何匹か倒してゴブリン倒しに行こうかな。
俺はまた森の奥へ入っていった。