対立する2つ
大聖堂の建物そして敷地の周囲は兵士たちが巡回していた。白い武装に身を包んだ集団。この兵士たちがエルドニアの聖騎士団だ。警戒は厳重で文字通りネズミ1匹通さない態勢だと言える。ここに忍び込むのは地上からは難しいだろう。やはりエリアスの予想通り地下から侵入するつもりなのかもしれないがこの厳重な警戒態勢は地下にも及んでいるはず。そう簡単に騒ぎを起こすことはできない。
「どうにも腑に落ちないな」
少し離れたところから大聖堂とその敷地内の様子を観察していた俺だったが1度収まったはずの心のもやもやとした感覚が再発した。
「また?」
「情報不足だからな。いろいろと引っかかることがあるんだ」
これは仕方のないことだ。情報の不足から生まれる疑心というのは拭いようがない。
今俺が疑っていることはやはり「これが敵の真の目的なのか」ということだ。何度も考えていることだが首脳、もしくはそれに近しい存在の抹殺。それ自体は考えられないことではないがそれをする理由は一体なんだ?いや、そもそもなぜこんなコソコソとやっている?さっきまでの俺は自分たちの動きを悟られないためと考えていたが悟られたところで何の問題がある?
キメラの力を使えば一気に奇襲して目的を達することもできるだろう。なのになぜこんな回りくどい方法を選んだ?何か派手に動けない理由があるのか?だとしたらそれは何だ?
「派手に動けない理由、動きたくない理由。・・・悟られたくない動きがある、のか?」
「見て‼様子が変だよ‼」
考え込んでいた俺だったがエリアスの声に顔を上げた。見ると確かに大聖堂付近の兵士たちの動きが慌ただしい。敷地を巡回していた兵士たちも大聖堂へと集まっているようだ。そして俺の頭にビリっと静電気のような感覚が走る。
「レイジ!敵が近づいてくる気配は感じた!?」
「いや、注意していたが敵の気配は一切感じなかった!突然現れやがった‼」
敵が近づいているような気配も魔力も一切感じなかった。俺が気が付かなかったというわけではない。突如、大聖堂の中から複数の嫌な殺気のようなものが現れたのだ。それは隠れていた殺気がゆっくりと姿を現したという感じではなくまるでそこになかったものが急に現れたかのような不自然かつ突発的なものに感じた。どうやらそれはエリアスも同じようで敵の気配を一切感じられなかった。
俺とエリアスは大聖堂へと駆け出すがその目の前に2体のモンスターが立ちふさがった。自然界の生物ではまずありえないほど歪に結合された手足や頭、凶暴さを隠すことなく低く唸りこちらに見せる鋭い牙。こちらの嫌悪感を引き出させるその姿は初めて戦ったあの日から決して忘れることはない。
キメラ
存在してはいけない禁忌の生物。創られた怪物。
俺は剣を手に取るとキメラたちを容赦なく斬り殺す。残念だがこいつらに構っている暇はない。今はエリザベートと神官太子、国のトップに立つ2人を助けることを考えなければ。でないとキメラを追い払ったところでミスクスは指導者を失い、ハイデンは騎士団の指揮官と第二王女を失うことになる。それは政治のバランスが大きく揺らぐことになるはずだ。政治の揺らぎは国の揺らぎ、国の揺らぎは崩壊へとつながる可能性がある。それだけは避けなければ。
俺たちは襲い掛かるキメラたちを突破しながらエリザベートたちがいるであろう大聖堂内へと進む。大聖堂の広い廊下には天井や壁など様々な場所に壁画が描かれていた。本来であればとても神聖なものを現していたのだろうがそれらも今ではキメラによって引き裂かれ、誰かの血がべっとりと塗られた不気味な雰囲気のものになってしまっている。
大聖堂内にもすでにキメラが侵入しているという確かな証拠だ。俺たちは大聖堂の中を突き進む。大聖堂内でも人々の悲痛な叫びと猛獣のような咆哮があちこちから聞こえている。騒ぎが起きてからまだ5分も経過していないというのにすでにかなり混乱した状況だ。
「見て‼」
エリアスの指さす方にはキメラに囲まれた兵士たちがいた。兵士たちは円陣を組み、キメラたちに対抗しているようだが今にも殺されてしまいそうなほどに劣勢だ。俺は兵士たちを囲むキメラたちを瞬く間にすべてバラバラに斬り殺した。
「大丈夫か!?ってエリザベートか‼」
兵士たちで見えなかったが円陣の中央にいたのはエリザベートだった。その隣には豪華な装飾をした老人がいる。身分も高そうに見えるしおそらくこの老人が神官太子だろう。兵士たちは互いに背中を守るために円陣を組んでいたのかと思っていたが最重要人物であるこの2人を守るために円陣を組んでいたのか。
「間一髪だったわ。どうやらあなたの推理が当たったみたいね」
「残念なことにな。脱出するぞ」
「どうやって?出入口はキメラだらけでしょ?」
敵が出入口を警戒、密集するのは当然だ。大聖堂を出入りするには必ず正門を通る必要がある。俺たちの出入りはそこしかない。そして窓からの侵入を除けばそれは敵も同じことだ。敵の鉢合わせ、もしくは襲撃、戦闘は避けられない。重要人物を守ることを考えれば戦闘はできるだけ避けたい。
現状の答えはとても簡単なことだ。敵が予測していないところから出ていけばいい。俺が剣を一振りすると後ろの壁が崩れる。壁に空いた大穴から外の明るい光が差し込む。
「修繕費は今回の騒ぎの首謀者に付けといてくれ」
外は文字通りの戦場だ。今も兵士たちがキメラと戦っている。この戦場を無事に切り抜けられるのか、それが1番の問題だ。やること自体はとてもシンプル。まずここを抜けて、馬車を目指す。人の足ではキメラからは逃げられない。何が何でも移動手段が必要だ。次にミスクスを出る。手順はたったの2つだが成功率はとても低い。一体何人が無事に脱出できるだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
「馬車の場所は?」
「ここの裏手よ。でもそこまでたどり着けるかどうか」
「やるしかないさ。でなきゃ全員死ぬ」
戦闘の規模が予想以上に大きい。大聖堂の周辺だけなら何とかなったかもしれないが戦闘は既にこのミスクス全体に広がってしまっている。俺の実力では最早どうにもできない。悔しいが今できることはせいぜい逃げる、エリザベートと神官太子を逃がすくらいだ。
「おやおや、もうお帰りかな?」
コツコツと石畳の地面を歩く音とともにそいつは、いやそいつらは現れた。この騒がしい戦場の中で余裕を感じさせるその気迫と足音は混沌としたこの状況では異質そのものだ。その集団には戦場を駆け回る獣のようなキメラたちとは違い二本足で立つ人型のキメラ数体を護衛についていた。集団の先頭に立つのは忘れもしないすべての元凶。
「よぉ。数か月ぶりか?」
加賀だ。数か月ぶりに見ても相変わらず俺の気に障る男だ。剣を握る手に思わず力が入る。今度こそはこいつを仕留める。
「おっと、今日の相手俺じゃねえぞ?」
「なにっ!?」
加賀が一歩横にズレるとすぐ後ろにいた護衛のキメラたちも同じように道を開ける。そしてその奥からコツコツと短く靴底を鳴らしてソイツはゆっくりと前に進んだ。そいつの顔を見た時、俺は今まで持っていた戦意というものを一瞬で失った。そして息をするのを忘れた。
「バカな」
小さく俺の口から漏れた言葉だった。
「3年ぶりか。最後に会ったのは俺が日本に来た時だったな」
ソイツは俺とは対照的に余裕の笑みを浮かべる。この異世界に来てからかつてないほどに俺の頭は混乱している。いや、もはや混乱すらできていないのかもしれない。頭の中が真っ白になって何も理解できない。考えることを何もかも忘れてしまっていた。忘れていた呼吸を思い出して息が荒くなる。
「ありえない」
「そうでもない。お前がいるんだ。俺がいたって不思議な話じゃないだろう?」
そう言われれば不思議なことではないのかもしれない。しかし、ここでこうして出会ったのは遠からず運命ということなのだろうか。最悪だ。俺はゆっくりと剣を構える。失っていた戦意が再び心に灯る。
「お前はいつでも俺の前に立つんだな。ユリウス」
「ああ。この時をずっと待っていたぞ。レイジ」