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時代遅れの鯨達  作者: かわせつきひと
13/13

鯨のように

────そして四年後。阿多側港



「ヒデくぅうん、こっちこっち!」


「あっ……明美姉さん! ご無沙汰です」


阿多側まで遊びに来たヒデは、これから伊図沖でクジラウォッチングをするという親子と港で待ち合わせていた。


「わざわざどうもね、ヒデ君」


ヒデから手土産を貰った明美は、笑顔で息子を紹介する。


「修也よ。そしてこのおじさんはヒデさん。パパがお世話になってた人よ」


「ヒデさん、こんにちは」


「おっ、修也くん偉いな。ちゃんとご挨拶出来るのか。だがな、おじさんじゃないぞ? お兄さんだ。……しっかし……つくづく兄貴にそっくりだなぁ!」


「ウフフ、オニイサンね。でも似てるでしょ。私の血なんか少しも入ってないみたい」


あの後生まれた子供は、元気な男の子だった。明美はその子に修也【シュウヤ】と名付けた。


「兄貴から一文字貰ったんだぁ」


「そう、やっぱりね。紛れもなく修司の子ですから」


ヒデは修也の前に出ると大股を開いて腰を折り、右手のひらを上に向けて、大袈裟に啖呵を切った。


「おひけえなすって。お久しぶりでごぜえやす、兄貴!」


当然そんな挨拶をされたことのない修也は、慌てて明美の後ろに隠れてしまう。


「ちょっとヒデ君、やめてよぉ。私は絶対に修也をヤクザになんかしないんだから!」


修也を背中に回して、庇うように両手を広げた明美は頬を膨らませている。


「ごめんごめん。あんまり似てたんでつい、ね……でもそれがいいよ。ヤクザなんかやったってお先真っ暗なんだから。お勉強して、立派な会社に入るのが一番。ワハハハ」


腰を下ろして修也の目線まで下がったヒデは、ワシワシと頭を撫でて微笑み掛けた。


「ヒデ君の方はどうなの?」


「やっぱり……兄貴が居ないとなかなかね……まあボチボチって所かな。ああ、ところで……修也君に空手は習わせないの? 素質はバリバリ有ると思うけど」


「うん……今迷ってるとこ。でも修也があまり暴れん坊になるのもなぁ……」


これを聞いてヒデは吹き出した。


「ブッ! 姉さん、それは無理ってもんだよ。だって兄貴の息子だよ?」


「ハァ……そうだよね。放っといてもDNAがそうさせちゃうよねぇ」


「そうそう。習わせなくてもおんなじさ。でも、礼儀作法とかだって教えて貰えるんだから、やらせてみれば?」


「ふうん、作法ね……じゃあ考えとこうかなぁ……」


二人がそんな話をしていると、船で待っている船頭が明美に声を掛けた。


「そろそろ出航しますよ!」


「はぁい、今行きまぁす!」


そして明美はヒデを振り返る。


「もう一回聞くけど、本当にヒデ君は行かないの? 席は有るんだし、きっと楽しいよ?」


「いや……船は大の苦手だから、遠慮無く親子で楽しんで来てよ。それまでプラプラして待ってっから」


明美はニッコリ笑って手を振った。


「そっか。じゃあまた後でね」


「あいよ、気を付けて行ってらっしゃいやし」


デッキに立っていた明美と修也は、ヒデに見送られながら出航した。


港を離れた船はゆっくりと入り江を進み、外海に出てからは軽快に、跳ねるように大海原を航行する。


晴れ渡った青空の水色を写して、普段よりも淡い色をした海が、二人の視界一杯に広がっていた。


「キャッ!」


不意に突風が明美の麦藁帽子を襲う。飛ばされないように両手で押さえて堪えた彼女は、修也に呼び掛けた。


「ふう。危ない危ない。修也も気を付けて、海に落ちないようにね」


「大丈夫だよ。ちゃぁんと捕まってるから」


船の欄干にしがみついていた修也は、これから現れるであろうクジラを待ち切れずに、その視線を遥か水平線へと移した。


「ねえ、クジラさんまぁだ?」


「きっともう少しよ」


するとその言葉通り、一頭のクジラが現れた。


「ママぁ! 見て見てえぇ! クジラさん居たよ!」


明美は修也を後ろからギュッと抱き締めて、その肩越しに海を眺める。


「本当ね。ああ、あそこにも居るわ」


とうとう二人の前に現れたクジラ達は、十数頭の群れだった。ボスらしきクジラの後を、残りが追い駆けるように泳いでいる。


「すんごいね……すんごく、すんごくおっきいね」


「うん、大きいね。でも子供のクジラもいるみたいよ」


「じゃあ……あの一番前にいるクジラさんはパパ?」


「きっと……そうだね……パパだね……」


明美はそのクジラと修司を重ねていた。大海原を自由に、そして雄大に泳ぐ様は、まるで極道の生き方そのもののようだったからだ。


「修司……」


そんな明美の呟きをよそに、クジラ達は泳いでいく。


いつまでも……。


そしてどこまでも……。



「ねえ……パパは?」


不満そうに口をヘの字に結んでいる修也を抱き寄せ、明美は微笑んだ。


「だから一番先頭のクジラさんでしょ?」


「違うよ! ぼくのパパの事だよ」


「パパはね……仕事が忙しくてあまり寝てないの。だから船に乗り込んですぐ寝ちゃったでしょ?」


「でも、早くしないとクジラさん行っちゃうよぉ」


「そうね。そろそろ連れてこよっか、折角のクジラさん、見れなかったら可哀想だものね」


「うん!」


明美は嬉しそうにはしゃぐ修也を連れて船の中へ入っていった。


「パパぁ!」


修也は、簡易ベッドで寝ていた修司に嬉々として飛び付く。


「う……あ……な、何なんだ?もうクジラが出たのか?」


修二は寝惚けまなこで修也の頭を撫でる。


「修司。修也が一緒にクジラさんを見たいって言ってるよ、早く来て」


「おう、解った解った」


修司はベッドから降り、修也を両手で抱き上げた。


「よし修也、一緒にクジラ見るか?」


「うん!」


三人並んでデッキから海を眺める。帽子を取った明美の髪が、強い潮風に巻き上げられていた。


「修也、あのちょっと大きいクジラはな。タカシって名前なんだ。アイツはいい奴だけど、顔がちょっといかついから女にモテないんだ」


修司が指差すとクジラは、その言葉に抗議でもするかのように潮を吹き、豪快に跳ねた。着水した時の水しぶきに虹が架かる。


「わぁっ、綺麗!……じゃあ、あっちのクジラさんは?」


「ああ、あのクジラは周明だ。アイツもいい奴で、おまけに顔もいいんだけど、違う意味で女が寄り付かないんだよなぁ」


「ふうぅぅん。じゃあ……あの一番おっきなクジラさんは?」


「そんなの決まってるだろ。あれは修司クジラだ。見ろ、女に囲まれてモテモテだろ?」


修也は明美の手を引っ張って訪ねた。


「ママぁ……パパがモテモテって本当なの?」


「さあ……どうかしらね」


明美はプイッと船室に入ってしまう。


「嘘なんじゃん! パパぁ」


「ははは、でも母さんは俺にベタ惚れだぜ?」


明美は親子でじゃれ合う二人を見て微笑んでいる。


『フフフ……修司。


最近人気のある男性はね、優しくて、良く気が利いて、もちろん顔も良くて、スタイルも良い人なのよ。


お洒落だったりするともっといい。ちょっとだけ俺様な人も好かれるみたい。


それに引きかえ貴方ときたら、ズボラでぶっきらぼうで、そして少し短気。


知らない人とでも意気投合すれば、「全部俺が出してやる」って振る舞っちゃうから、いつも財布は空っぽ。


全く……しょうがない人ね。


でもね。


でもやっぱり、貴方はそのままがいい。


私が作ったご飯をいつも美味しいって食べてくれて、私達にさりげない思い遣りの込もった言葉を掛けてくれる。


決して格好は付けず、威張らず、愚痴はこぼさず、嘘はつかず、悪口は言わない。


そして笑顔は絶やさず、いつも沢山の温もりで私達を包んでくれる。


そんな貴方がやっぱり……。


やっぱり私と修也に取って、一番の宝物なのです。


修司。


どんなに私達が年を重ねても、貴方には素敵なままで居て欲しい。


そしてどんなに時代が変わっても、貴方は貴方のままで居て欲しい。


それだけが私の願いです。


修司。


大好きよ……』


心地好い陽射しが差し込む船室で、明美はいつの間にか眠りに落ちていた。その夢の中で、明美はクジラとなって修司に寄り添い、子クジラの修也を励ましている。


クジラの子はどこで生まれるか解らない。流れが穏やかで親に守られ、安全な場所で育まれるものも居れば、激流に産み落とされたまま、波に揉まれて海をさ迷い、幾多の試練を乗り越えて一人立ちするものもいる。


それはクジラに限った事ではない。生まれる場所を選べないのは、生きとし生けるもの、全てに於いて言える事なのだ。


けれど人は知っている。その境遇の良し悪しを。だけどまた人は心得ている。悪環境を憎み、嘆き、立ち止まって俯いていても、決して幸せにはなれない事を。


だから……


さあみんなで手を取り……


励まし合ってほら……


「せーの」で一緒に泳ぎ出そう。


あの幸福という名の、輝く珊瑚礁に向かって。



『時代遅れのクジラ達』







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