御前会議と宰相の願望
お久しぶりです。今回は宰相視点で、親達の話し合いの場をお送りいたします。
その日、王城の会議室には、国の主だった名士達が集められていた。しかし、豪華絢爛な部屋の内装とは裏腹に、参加者達の表情は明るいとは言えず、場の雰囲気も緊迫した空気が張り詰めていた。
それもそのはず。今回の会議は前代未聞の婚約破棄騒動について話し合うためのものであり、彼らは皆、息子か娘が騒動に関わっている者達であった。
かくゆう私も、愚息のカラドが当事者の一人として名を連ねてしまっている。
陛下がシュザ殿下を王太子に望んでいることを事前に知れる立場だった私は、シュザ殿下と同じ年に生まれた三男のカラドを殿下の元へ送り込んだ。能力的には兄達と遜色なかったし、シュザ殿下と良好な関係を築いていた彼には期待もしていた。
だが……カラドは実績のある兄達に劣等感を抱いていた。先に産まれた彼らと経験の浅い自分を一緒にするのは無意味だと思い、いずれ吹っ切れるだろうと楽観視していたのが間違いだった。カラドは増長していった劣等感を一人の少女に解消してもらったことで、その少女に夢中になってしまったのだ。
メアリー・パリエット男爵令嬢……。彼女のせいで、息子だけではなくシュザ殿下の将来も危うくなり、王家を揺るがす可能性が出てしまった。正直、彼女に抱いている心証は良いとは言えない。だが、息子に与えた影響が決して悪いものばかりではないことや、彼らの婚約者であった令嬢達の言動に関して思うところがあるのは事実なので、内心はとても複雑である。
この会議で最も注目されているのは、婚約破棄を宣言したシュザ殿下の父君である国王陛下と、宣言された側であるアイリーン嬢の父であるマーズレン公爵だ。
マーズレン公爵家は、此度の騒動で最も被害を被っていると言えよう。愛娘が王子との婚約を(非公式とはいえ)破棄された上に、平民の間では『公爵家が王家を蔑ろにして権力を乗っ取ろうとしている』と噂が広まっている。噂を流したのは、メアリー嬢の関係者だろう。そちらに関しては現在調査中だが、事実無根なのは間違いない。
マーズレン公爵は自領の領主だけではなく、産業大臣としての役職も持っている。彼は生粋の愛国者であり、国益のためならば例え陛下だろうと意見することを躊躇わない御仁だ。そんな彼に反感を抱く者も少なくなかった。純粋に「王に意見するなど」と考える者ならマシな方だが、後ろめたさ故に逆恨みをする者は救いようがない。だからこそ、娘のアイリーン嬢の境界線ぎりぎりの行いを責め立てるような真似ができるのだろう。
その一方で、アイリーン嬢は「完璧な淑女」と呼ばれていた反面、何故かシュザ殿下を警戒し、マーズレン公爵家も彼に厳しかったのは事実だ。まさか、今回の事態を予期していたとは思えないが……。
ともかくシュザ殿下やアイリーン嬢、そして息子達は準成人の身。学園での行いは情けないが、まだチャンスが与えられるべきだ。これは、この場にいる全員の総意……のはずだ。
陛下はまず、シュザ殿下側に立った側近候補達の親──宰相たる私、騎士団総団長、主席法術士、大商会会頭(会頭は祖父で、父親は既に死去している)を集めた。
シュザ殿下を始め愚息達は謹慎となり、婚約破棄の宣言は当事者が学生であったことを理由に保留とした。だが、彼らの主張は感情が伴っていながらも筋が通っていたため、その点についても一度親同士で話し合うことになった。
それで、皆がこの場に集った訳だが……。
これまで修羅場と呼べる局面は幾度となくあったが、居たたまれない気持ちになったのは今回が初めてだ。
──実に空気が重い。
主な原因は、怒気を隠そうともしない公爵だ。陛下だけが平然とした様子だが、内心では困惑されておられるに違いない。
感情を露にした状態で交渉など、本来ならば素人のすることだ。公爵も分かっているはずなのに……。
(娘可愛さに、シュザ殿下に不敬を働いたという噂、よもや本当なのでは?)
そう疑問に思わずにはいられなくなってしまう。
もっとも、相手側でそのような表情をしているのは公爵だけだ。側近候補──つまり息子達の婚約者であり、アイリーン嬢の取り巻きであった令嬢達の親はそうはいかない。
そもそも彼女達がアイリーン嬢に迂闊な話題を持ちかけなければ大事にはならなかったのだ。ここだけの話、メアリー嬢への嫌がらせなどは「仕方のないこと」として片付けられる―─内容ではなく身分的な事情で―─ものだったから。
私達からしてみても、令嬢達の不敬とも言える行動は婚約を継続する上で疑問を抱かざるをえないし、公爵にとっても娘の不運の元凶たる令嬢達を庇うとは思えない。
(向こうは意見がまとまっていないのか……? この会議、思った以上に長引くかもしれないな)
私の嫌な予感は当たってしまった。
メアリー嬢との関係を理由に、相手の子息を加害者、自分の娘を被害者として扱いたい者。
娘の不敬を世間知らずな子供の不始末として、免罪を求める者。
全責任を押し付けようとしていたパリエット男爵が居ないことに不満をこぼす者。
彼らはバラバラの主張を繰り返し、会議は思うように進まなかった。我々の側は陛下が主に発言する手筈になっていたが、彼らの発言が度を越えかねない所までいきそうになると、総団長が耐えきれず怒鳴り返す一面まであった。
普段なら、このような事態になりかけたら進行を任された者──宰相たる私か、マーズレン公爵が主に諌めてきた。
公爵が動くとは思えない状況なので、私が陛下をお支えするしかないだろう。
そう思い立ち上がろうとした矢先、予想に反して公爵が口を開いた。
「陛下。発言をお許し願いますか」
「許可しよう」
公爵は厳しい口調と表情のまま、宣言するように発言した。
「陛下、此度の責任の一端は、娘の監督を怠った我がマーズレン公爵家にございます。その責任を取り、私は婚約の『辞退』を申し出たく存じます」
参加者達が息を呑む中、陛下は落ち着いた様子で公爵の訴えを聞いていた。こうなることを予測されていらっしゃったのだろうか。
元々、アイリーン嬢との婚約は解消する心積もりだとは伺っていたが、公爵の方から言い出すとは。
公爵が娘を――ひいては自分達を庇ってくれるものだと思っていた者達からは完全に顔色が無くなっていた。娘達が、『王子の婚約者、ひいては次期王妃の取り巻き』の地位を利用していたことはさすがに把握していたのだろう。
「マーズレン公はそれで良いのか?」
「私ども臣下が望むのは国の安寧でございます。此度のご縁と引き換えにそれが果たされるのであれば、娘も文句は言えますまい」
物分かりの良い公爵に、ある者は当惑し、ある者は安堵していた。開始前に比べて公爵の怒気も治まっていたことも手伝って、場は鎮静化していた。
――公爵の態度が表向きのものだと気付いたのは、私と陛下ぐらいだろうが。
頼みの綱を失った令嬢側は、開始当初の威勢が嘘のように消えていた。
その一人、カラドの婚約者・アンナ嬢の父親である、セルベックス侯爵を見て心が痛む。息子の行動を浅はかだったと詫びたい気持ちはあった。だが、政の重責を担う宰相家の嫁として迎えるには、失言が広まり過ぎていた。相手もそれは理解しているのか、気まずそうに視線を逸らされてしまう。
そう考えている間にも、陛下と公爵の話は淡々と進んでいった。
「――我が第二王子シュザと、アイリーン・マーズレン公爵令嬢の婚約の解消を、セントラル王の名の下に宣言しよう。両者の新たな婚約者については、改めて選定を行うものとする」
陛下の宣言は、一見するとアイリーン嬢を見放したと思われかねないが、深く考えれば全く異なる意味を持っている。
陛下の名において婚約解消するということは、「マーズレン公爵家が臣下の立場である以上は王命に逆らえない」という常識の元、マーズレン公爵やアイリーン嬢が婚約から解放されることに誰も彼ら(無論王家も含む)を表立って非難することはできない。更に、アイリーン嬢についても新たな婚約者を選定することを明言した以上、彼女には婚姻できないような致命的な非は無いと保証したことになる。
シュザ王子の件もあって国内では難航するだろうが、彼女は公爵令嬢として王族の血を引く人間として、その価値は致命的と言うほどには低落していない。
「なお、先日の騒動についてだが。学園内で起きた出来事は学園内で解決させる、という定例がある。婚約は家同士の問題故にこうして会談の場を設けたが、それ以外については各家の判断に委ねるものとする」
陛下の言葉に、セルベックス侯爵が恐る恐るといった様子で発言許可を求めてきた。
「陛下。それは、娘達の行動は、国としては咎めないということでよろしいでしょうか……?」
「そう捉えてくれて構わぬ。当事者達は皆、前途有望な準成人である。此度の失態は、今後の国への貢献を以って償わせるものとする――ただし」
穏やかに応えていたはずの陛下が、急に強い口調に変わった。
「此度の件は、彼らと同世代の王族・貴族の子女達に広く知れ渡っている。彼らの家族、学園関係者――噂を聞いた王都の住人達。彼らからの評価は厳しいものになるだろう。それを覆すのは、どちらにとっても容易なことではない。それだけは肝に銘じるよう、当事者達には言いつけておくように」
国としての処罰無し、という方向に安堵していた者達の表情に険しさが戻る。我が子の将来が決して明るいものではないことを再度自覚させられたのだから、当然と言えば当然だが。
カラドも理解できていないのだろう。
理想論を告げれば、皆が等しく好感を持ってくれるなど絵空事だということを。
厳しい立場に晒されているのは、自分達の側とて同じだということを。
現実はこれから身を以って知ることになるだろうが。気付いて悔い改めることができた者だけが、輝かしい将来を取り戻せるということを、今の彼らに気付くことができるのかどうか怪しいものである。
「陛下。最後に一つ、お伺いしたいことがございます」
「良いだろう。申してみよ、マーズレン公」
「此度の騒動で、もう一人注目すべき人物がおります……メアリー・パリエット男爵令嬢。彼女を、陛下はどう捉えておいでなのでしょうか」
それは、避けては通れない話題だった。恐らく、公爵は我々全員が落ち着いて話を聞ける状態になるまで待っていたのだろう。
陛下は、その唐突な問いに間を置かずにお答えになった。
「なかなか見上げた胆力の持ち主だな。短期間であれだけの人間を味方とし、学園の中心に入り込んだのだから。もっとも、より広く深い場所で、同じ手が通用するとは思えぬが」
「それは、迎え入れる意思は無いということでしょうか」
「今の状況ではそうなるな」
シュザ殿下は男爵令嬢を諦められないでいるようだ。このまま、彼女を正式に妃にしようと動く可能性もある。公爵はそれを牽制するつもりで話題を切り出したのだろう。
もっとも、かの娘の処遇は、私を含めた全員の気になるところではある。この点に関して、陛下からは何も聞かされていなかったからだ。
「パリエット男爵令嬢についてはこちらでも調べさせました。確かに、現時点では不審な所は確認できませんでしたが、かの娘が此度の騒動の中心であったことは事実。先程の陛下のお言葉をくみますれば、これ以上力ある家の者達に近づけない方が宜しいかと存じます」
これに賛同する者は少なくなかった。程度の差はあれ、皆メアリー嬢に思う所があるのだろう。
「マーズレン公よ。私とて娘の背後関係は調べたが、不審な繋がりは見当たらなかった。学園のことは学園で解決させると決定したばかりだろうに。たかが娘一人に何ができると言うのだ?」
余裕を見せる陛下のお言葉が気に入らなかったのか、マーズレン公爵の眉がピクリと上がる。だが、私には陛下がメアリー嬢を楽観視しているようには見えなかった。
「この国は、真央は、たかが一貴族令嬢に右往左往するような軟弱な体制ではない。常に大局を見据えるのが為政者の務めだ。それに……どう転ぼうと、あの娘は“王妃”にはなれぬ。それは、私が保証しよう」
――この会議が始まる前、陛下は私達に「今後について、覚悟を決めておくように」と告げられた。
陛下は、シュザ殿下を後継者から外すことを考えていらっしゃるのだと、すぐに分かった。無論、絶対という訳ではない。男爵令嬢との婚姻を諦めるか、王座を諦めるか。殿下がどちらを選ぶか見極めるおつもりなのだろう。
幸いにして、我々は他の子息または近縁の男子を第一王子側に送り込んでいた。いざという時の保険だったのだが、それが有効になる日が来るとは思ってもみなかった……。
令嬢側の親達もその可能性に思い至ったのか、苦々しい顔をしている。「王太子の側近」という、ほぼ確定していた要素があったからこそ、娘を婚約させていた者もいただろうに。
マーズレン公は表情こそ取り繕っていたものの、もの言いたげな視線は外さない。自分の娘だけではなく、シュザ殿下やメアリー嬢まで直接的な処罰が無いことに納得していないのだろうか。
(それとも、他に理由が? ……いや、あったとしても耐えてもらわねば。このような所で話を拗れさせたら、全てが無駄になる)
私の祈りが届いたのか、マーズレン公も他の参加者達もそれ以上の言及をすることなく、その後は細やかな微調整のみを行い、精神的にも長く感じられた会議はようやく終了した。
「宰相、学園長への通達は手筈通りに頼む。パリエット男爵家への監視は影の者に任せてあるが、シュザ達の動向についてはそなたが監視をつけてくれ。逐一報告を入れるように」
「承知いたしました。アイリーン嬢以下、令嬢達はいかがいたしましょうか」
「ほとんどの令嬢が自主休学で家に戻っておるようだ。しばらくは様子見だな」
陛下と私は執務室に戻っていた。今回の会議の内容を、正式な声明として発表するための準備があったからだ。
「ところで陛下。王妃様は、此度の決定をご存じなのでしょうか。ハルシオン公爵も何と言われるか」
「……王妃には、既に伝えてある。最初は戸惑っておったようだが、せめてシュザがきちんとした身分の娘を正室に迎えるなら、王太子に指名すると伝えたら、納得してくれたよ」
「では、今後は王妃様がシュザ殿下を説得なさるのですね」
「ああ。ハルシオン公爵家も、シュザの立太子には精力的だからな。シュザも、自分の味方である母親の言うことなら耳を傾けるだろう」
陛下はそうおっしゃるが、それが極めて楽観的な話であることは、恐らく陛下ご自身も分かっておられるのだろう。王太子候補残留の話は、王妃とハルシオン公爵家の気を逸らせるためのもの。最初から取り止め一択の場合、彼らの反発が大きくなりかねないからだ。
「シュザは、あの娘を伴侶にすれば、国を栄えさせられると本気で思っておるようだが……理想だけでは政はやっていけぬ。妃選びに失敗して、己どころか国すら滅ぼした例もあるからな」
「そうなのですか?」
「ああ、私の母方の祖母が東方の国の出身なのは知っておろう? かつて存在していた国の系譜にあたる東方諸国の上層部で語り継がれてきた話だ。民には王室の権威を守るために美談として伝わり、国の滅亡は他国からの侵略行為が原因と伝えられているが、実際は違うそうだ」
「そのことを、シュザ殿下は……」
「知らぬ。言ったとしても、あれは自分のことだとは思いもしないだろうよ…………だが、シュザが幼き頃の、兄妹の誓いを忘れずにいるならば、まだ道は拓けよう」
確かに、王家の血を引く――それも正妃腹の王子を易々と野放しにするような真似はできない。王太子にはならずとも臣籍降下の道は残されている。悪く言えば飼い殺しだろうが、この場合、シュザ殿下はメアリー嬢を妻とすることができるので、本人から見ればさほど不幸な人生にはなるまい。
何にせよ、陛下が覚悟をお決めになられたのであれば、私も──私達も腹をくくらねば。カラドにも選択を迫らねばならない。シュザ殿下へ最後まで付き従うか、否かを。
「そなた達にも苦労をかけるな……相手方との話し合いは結局させられなかった」
「お気になさらないでください。セルベックス侯爵とは、追々話をつけます。先方も娘の失言を自覚していたようですので……何とか痛み分けに持ち込めるでしょう」
虫の良い話かもしれないが、こちらも相応の責任は取る。幸い、我が家は金銭的余裕なら問題ない。あの場では私的なことだったためできなかったが、謝罪と金銭的賠償を行い、先方が望むなら新たな嫁ぎ先の仲介をする用意もある。
他の者達も似たり寄ったりだ。総団長だけは、相手が王室への不忠を詫びなければ、最低でも娘の騎士団内定は取消だと息巻いていたが、揉め事は大きくしすぎないよう忠告だけはしておいた。
「しかし、これで第二王子派閥は大きく力を落としてしまったな」
「……いくつかの家は勢いを落としてしまうでしょうね。それを考えると、家名存続の保険をかけさせておいたのは正解でしたね」
「ああ、派閥争いで大勢の貴族を路頭に迷わせるような真似は、さすがに国力低下に直結するからな。断じて避けねばならん。マーズレン公とは今後も打ち合わせをしていく必要がある。手配を頼む」
「承知いたしました」
その後、打ち合わせを終えた私は退室し、自身の執務室へと向かう。その最中にある回廊の下で、聞き慣れた声がした。
「すごい! お城の中って、私初めてです!」
「今から間取りを憶えておくと良い。ここは、もうすぐ君の城にもなるのだから」
「そんな……気が早いですよ。シュザ様!」
――頭を抱えたくなった。そこにいたのは、渦中のシュザ殿下と愚息を含む側近達、そして本来は登城許可の下りていないメアリー・パリエット男爵令嬢。
どうやら、つい先ほどまで自分達の親が深刻な話し合いをしていたことを理解していないらしい。謹慎中の身で、一体何をしているのか。
(これは、本腰を入れて対処する必要があるな……)
じくりと頭を支配しかけている痛みを何とか抑え、私は彼らの元へ向かった。
彼らの登城理由を聞いて、顔を顰めてしまうのは、その数分後のことだった――。
楽観的な面があるのは、平和な時代の弊害です。それでも、我が子への愛だけは皆人並みに持っています。とりあえず「成人ではないこと」「両者に過失が認められること」などから、刑罰的な措置は行われませんでした(補足;真央国には、婚約破棄による直接の刑事罰や不貞罪はありません。民事による慰謝料などの賠償のみです)