ヒロインと攻略対象者
◆本日、二話目になります。よろしくお願いします。 2/4
「メアリーは今日も綺麗だね」
「君がいてくれて、僕は幸せだな」
「騎士の名にかけて、俺がそなたを守る」
「貴女が笑うと、私も嬉しいです」
「メアリー。君と一緒なら、私も前を向いて歩けそうだよ」
そうやって、彼らが私を褒めたたえ、愛の言葉を囁いてくれるたびに幸せな気持ちになる。
画面越しとは違う。目の前にいて、耳に届く範囲で声をかけられ、何より彼らの視線が私をとらえている。
(そう言えば、「私」の周囲にいた人達が言っていたわね。現実を見なさいって。鬱陶しいだけだと思っていたけど、今回ばかりは同意するわ。現実で愛されるって素敵だもの)
ゲームでは感じられなかった温もり。それがあるだけで、寂しかった「私」の記憶が和らいでいく。
十五歳になり、王立学園に入学した私は、「私」の持っていた情報を元に攻略対象者達との距離を縮めていった。
このゲームのメイン攻略対象者は、舞台である真央国の第二王子と、その側近候補で構成されているグループだ。
彼らは生徒会役員を務めており、全員が異なるタイプの美形で家柄も能力も将来有望の若者である。
大商会会頭の孫息子ジャターユ。
小柄で甘い顔立ちが特徴のおじいちゃんっ子。家は国内でも指折りの商会を経営している伯爵家。
物の良さをアピールするのは得意だけれども、根が素直な性格故に駆け引きが苦手。そのせいで自分は家業に向いていないのでは、と悩んでしまう。
主席法術士の長男ハンサ。
軟派な性格をしている遊び人で、軽薄そうな外見とは裏腹に繊細な法術を扱う天才法術士。
幼少期のご両親の離婚が原因で、真剣な人付き合いが苦手な一面があるけれど、本当はシュザ様以外の人達とも深く関わり合いたいと思っている。
騎士団総団長の次男ニックス。
寡黙ではあるが、騎士道を行動理念としている体育会系。
ご実家が騎士一色だから、「家族がそうだから自分も騎士に」と無意識に考えている所があるけれど、ヒロインとの交流で「自分らしさ」や「目指す騎士道」を見つけていく。
宰相の三男カラド。
真面目で冷静沈着な参謀タイプ。
お兄様が二人いるのだけれど、優秀な彼らと自分をついつい比較してしまって悩んでいる。彼自身、シュザ様からも他の仲間からも頭脳役として認められて信頼されているというのに。
そして、メインヒーローであり、第二王子のシュザ様。
温厚で穏やかな雰囲気の美少年であり、学問も武術も他の能力も秀でている王太子有力候補。家族思いであるが故にお兄様である第一王子様との派閥争いが起きなければ良いと考えているけれど、祖国を愛する愛国者でもあり、責任感も強い人だ。
昔はもっと勝気で「俺様」な性格だったらしいけど、ある理由から一歩引いてしまう性格になってしまったの。そんな態度を「卑屈」「威厳が無い」と揶揄する人もいるけれど、それが間違っていると私は知っているわ。
彼らはシュザ様を中心に良好な関係を築いているが、将来のことや家族のことなどで悩みを抱えており、そこからヒロイン――つまり私が悩みを解決する形で解放していく。
その後、彼らを問題ありの婚約者達から救い出し、最終的にシュザ様を真央国の王太子として認めさせることができれば、二人が国王と王妃として戴冠式を迎えるトゥルーエンドを迎えられるのだ。
他にも、物語を手助けしてくれるサブ攻略対象者がいる。もちろん、彼らとの恋愛も楽しめるが、ゲームとしてはお楽しみの色合いが強い。
「私」がシュザ様やメイン攻略者だけでなくサブ攻略者達も攻略しにいっていたのは、彼らとの物語も気に入っていた、というのもあるが、彼らの好感度をある程度上げておかなければ、婚約破棄も立太子も難易度が一気に跳ね上がってしまうからだ。このゲームはメイン攻略者達だけでなくサブ攻略者や脇役達の評判も良くなければ、トゥルーエンドに辿りつけない仕様になっていた。
「私」はそれを面倒だと感じていたが、私は周囲の評価というものは一度味方につければ心強い武器になると知っていたからか、さほど違和感は無かった。
(もしかして、ヒロインになった私が失敗しないように配慮してくれた……なわけないか)
メイン攻略者が第二王子派なのに対し、サブ攻略者はシュザ様の兄弟である第一王子や第三王子とその派閥の学生、派閥外の学生や教師などで構成されている。
派閥外の人間は難しくなかった。彼らとは協力関係を築く程度だったが、それだけでトゥルーエンドには十分。第一王子派はどちらかと言うと宮廷での物語が中心だから学生の間は気にしなくても大丈夫だろう。
第三王子派は……正直あまり進めたくない。第三王子の物語はドロドロした要素が倍増してしまうから「私」も苦手だったし、側近の彼……あの人の境遇は仕方ないにしろ、攻略対象者の中で「残念な美形ナンバーワン」扱いを受けるほどの趣味はお断りしたかった。とにかく、第三王子派の物語は攻略対象者が悪役同然の役回りだった上に物語が大きくズレてしまうので、人気はあまり無かったのを覚えている。
幸いだったのは、第三王子派は私に対して静観の姿勢を貫いてくれたこと。一度だけ彼らと会話した時に探りを入れたけれど、ゲームのような事件が起こる心配は無さそうだった。念のために距離は置いていたけれどね。他の好感度が高いから、それ以降は特に気にすることも無かった。
私にとって大切なのは彼らではなかったから。
「殿下、皆様、ありがとうございます。私、とても嬉しいです」
微笑みながら礼を言えば、全員が頬を赤らめながら微笑み返してくる。大勢の人から好意を向けられるのは、とても幸せな気持ちになれる。
「私」の情報と私の容姿を用いれば、シュザ様も他の四人も簡単に物語を進められた。
王立学園では、「サロン」という部活動のような制度がある。これは家同士の派閥や所属学科での交流を図ることを目的としており、基本的には茶会を催したり、競技会や研究会などの学科での成果を発表し合ったりする。
ゲームのメアリーは孤児院での体験をもとに学園で独自のサロン――教会や孤児院での奉仕活動を企画・実行する会――を始め、下級貴族や裕福市民層の学生達から注目される。それが一部の上級貴族の学生の反発を買い、「サロン運営費を不正運用している」という疑いをかけられてしまう。そして生徒会として調査に来た攻略対象者達と出会い、彼らに自分の主張や活動内容の正当性を堂々と説明することで興味を持たれるのだ。
当然私はゲーム通りにサロンを始めるが、せっかくなので、そこにひと手間加えることにした。
活動内容を奉仕活動だけでなく、「私」の知識を利用した新商品(パリエット男爵家の家紋にある花をモチーフにした印付き)や、参加者の実家が運営する領地や商会などの商品を実際に持ち寄って紹介し合うプレゼン会も行った。これは情報収集の意味合いもあるが、私が利用できるものがないか探したり、実益重視の学生を引き込んだりする目的もあった。
結果は上々。サロンにはより多くの学生が集まり、攻略対象者達からの第一印象も訝しさは全く感じなかった(第一印象が良くない攻略対象者もいたからね)。
そして物語通りに攻略対象者達と交流を重ね、彼らの悩みを解決し、どんどん親しくなっていった。
自分の憂いを理解し、受け入れてくれる存在がよほどありがたいらしい。傍から見ても分かりやすいくらい私に夢中になってくれた。それがもっとも顕著なのがシュザ様だ。
「メアリー、経済学のことで意見を聞きたいことがあってね。時間を取れないかい?」
「はい、殿下」
私達のやり取りを聞いた四人は、苦笑しつつも見守ってくれる。私の本命はシュザ様なので、他の四人とは「親しい友人」止まりにしてある。明言は避けているが、何気なくシュザ様に気がある素振りをして、彼らには思いとどまってもらったのだ。
五人全員から愛してもらえるのは嬉しいが、さすがに王子以外と深い仲になったらトゥルーエンドじゃなくなってしまう。
彼らの好意には感謝しているし、ゲームでは彼らの内の誰かと結婚する物語もあるが、私はシュザ様以外と結婚する気は皆無なので、申し訳ないが遠慮させてもらう。
――ああ、それにしても。
(シュザ様カッコいい! 微笑む姿も民を思う真剣な姿も憂いを隠しきれていない姿も何もかも全部!)
やはりシュザ様は魅力的だ。初めて直にお会いした時から、ずっと心躍ってしまうくらい夢中になってしまった。
王子ということもあって群を抜いた美形で、誰よりも優しく、まさにメインヒーローと呼ぶに相応しい人。
私の気を引こうと、不器用ながらも一生懸命になってくれる所は、とても嬉しかった。
「私」にここまでしてくれる人なんていなかった。
ヒロインとなった今だって、彼以上の人はいない。きっとこれがヒロインの特権なのだろう。
「シュザ様。私、貴方をお慕いしております。心から、本当に……」
嘘じゃないわ。だって、貴方は私に一番の幸せをもたらしてくれる人だもの。
大丈夫。私はこの世界の幸せを約束されたヒロインで、彼らは私に愛を捧げることで幸せになるのだから。
……けれど、一人に戻ると何故かそわそわしてしまう。何かが違うと感じてしまっていた。
それが何かは分からないけど、気付かないとだめだと、誰かが言っている気がするのだ。
(何がおかしいっていうの。私はヒロインよ。シュザ様は私の王子様で、皆は私に愛を捧げてくれる攻略対象者なのよ)
この時の私は、シュザ様のことも他の皆のことも「私が幸せになる物語の登場人物」だと、何の疑いもなく思っていた――。