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7.柿の実色したT-Bird(2)

柿の実色したT-Bird(2)


サンダー・バードに乗り込むと、俺はミカに聞いたんだ。

『南にまだ行くのかい?』って。

ミカはすぐには答えてくれなかった。

俺はシガレット・ケースからロング・ピースを抜いた。

ミカはあんまりタバコ好きじゃないみたいでね、二度ばかり吹かして捨てたよ。

結構俺、女の子には気を遣うんだ。

『ね、もう少し南に行ってくれない?』

俺のライターを片手で遊びながら、上目遣いでそう頼むんだ。

俺ってそういうの、弱いんだ。

ストリート・ガールの腰で誘われるよりさ。

本当は、その辺でそろそろお目当てのことしてさ、バイバイするつもりだったんだけどね。

俺は真面目じゃないし、ワルばっかしていたけど、一回くらいは手順踏んでプラトニックの真似事くらいしたくってね。

何だよ、おかしいか?

ちぇっ本当なんだぜ、信じないかもしれないけどさ。

セル・モーターが二度で6400㏄のV8を起こしてくれた。

派手なスピンを残して南に向かったんだ。


 一本タバコくれない?あっありがとう。

セブン・スターかい?結構正統だね。

マイルドなんとかばっかりだろ、最近さ。

元々体に悪いんだから、なんでそんなの出すんだろ?酒だってどんどん薄くなってさ。

話しは違うけど、タバコって二度吹かしたら捨てるものなんだぜ。


 どこまで話したっけな、え?そうそう、それからずっと走り通しさ。

その間ずっとミカは、俺のライターを片手でつけたり消したりして、遊んでんの。

取り上げたら、急に怒ったっけ。

でもそうでもしなけりゃ、また無言のドライブになりそうだったもんな。

『お前、この辺詳しいのかよ』

俺はそう尋ねたんだ。

『うん、私の家はね、ずっと先。都井岬の近くなんだ、子供の頃よくきてたよ、この辺り』

俺はそれを聞くと『しまった…』って思った。

昔話でも始まりそうでね、でもミカはそれきりまた何もしゃべらなくなった。

実は俺嫌なんだ、昔の苦労話ってやつ。

自慢してるみたいでね、みんなそれぞれあるだろ哀しい事、だから俺もしなかった。

だけどサンダー・バード、こいつを手に入れた話しは自慢した。

『賭け』で手に入れたのさ、ダーツでね。

相手は負け知らずのアメリカ兵さ。

おっと、金は払ったよ。

きっちり400万、大金だろ。

でも俺はどうしても、欲しかったんだ。

えっ、安すぎるって。

うーん、だからあのアメリカ兵渋ってたのか。

とにかくその時の話しをね、ダーツのところをルーレットに変えてミカに話したのさ。

だって、俺をダーツで負かした時、本当に、嬉しそうだったからね。

俺が一通り話すと、ぽつんと俺に聞いた。

『ネイビーかしら?そいつ』

『さあね、でも二の腕にタトゥーいれてたぜ』

『どんなヤツ?』

『漫画の主人公さ、船乗りの。えーと』

『ポパイ…』

『そうそう、そんなヤツ。知り合いかよ』

『うん、ちょっとね…』

でもその話しはそれきりさ。

FMの入りが悪くなってきてね「ストーンズ」のテープを入れたんだ。サンダーバードにはやっぱり「ロックン・ロール」、そうだろ?


 狭い坂の上にミカの家はあってね、俺はUターン苦手だから長い坂の下で待ってた。

そのまま戻ってこない娘もいたし、ミカの親父が怒鳴り込んできたらすぐ逃げようと思ってね。

そろそろキーに手を伸ばそうとした時、やっとミカが降りてきた。

水色のワンピースに着替えて、手には柿をひとつ持っていた。

それからミカの話が続いた、その家にはもう誰も住んでいなかったってさ。

「おばあちゃんに会ってきたから、もういいんだ……」

ミカは家出したのが15の時、それからずっと一人暮らしだったってさ。

いろんな店といろんな男に世話になったって。

最高におかしいのは、壁の穴から手だけだして「ナニやら」を握るだけで結構稼げる仕事があったって。

ま、3日で営業停止になったんだとかケラケラ笑って話したっけ。

それを話した後、今度はミカは泣き出した。

「家出する前、おばあちゃんだけが味方だった。ミカが小学生の頃でおばあちゃんの時間止まってたんだ」

「柿、もいどいたよってミカのボストンバックに入れてくれた。おばあちゃんが死んだのはついこの前なのに、親たちはもうさっさと引っ越してた。ちゃんと裏のお墓におばあちゃん入ってるのかなあ」

ミカは、寂しそうにそういったよ。

庭の柿だけはあの頃と同じでよく熟れていたって、それをじっと見ていたんだ。

ミカはそっと目を閉じた、キスの催促かなと思って俺はミカに覆いかぶさった、でも違ったみたい。

ミカは首を振ってこう言ったんだ。


「今なら、きっとぐっすり眠れる。ね……」

冗談じゃない、まだ楽しんでもいないのに。

付けっ放しのラジオから「ジミー・ペイジ」のギターが聞こえたのを俺、よく覚えてる。

目を閉じているミカはもう一度俺に言ったんだ。


「ね……」


俺はしばらくして、気がついた。ミカが握っていたはずの柿が坂道を転がっていくんだ。

こんな風に、転がりながらね。

おかしいのはあれほど話していたミカが、もう何も喋らなくなっていたことさ。

俺はワンピースをきちんと整えて、ブランケットをかけてやった。

それからずっと走り通しさ、ねえ、もういいだろ?

疲れたし、眠いしさ。もう一本タバコくれない?


 ああ、そうだ。ミカならきっといい夢見てるはずだから、起こさないでやってくれよ。

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