6.柿の実色したT-Bird(1)
柿の実色したT-Bird(1)
クリーム・ソーダで乾杯してね。
イカレた友達とおさらばしたのさ、昨日の夜の事さ、俺もいい加減、疲れちゃってね。
あの子は外の車でずっと待ってたんだ。
俺の車かい?「サンダー・バード」62年型。
赤い、フル・オープンのヤツさ。
何だ、あんた知らないのかよ。
あの子?ミカっていうのさ、まっ赤な皮のシートにちょこんと座って待っててくれた。
髪はまっすぐに伸ばしたままさ、うん、まるで一本ずつ数えられそうに、揃えてたっけ。
俺?
その時はグリースで髪を後ろにまとめてた。ちょうど「ジェイムス・ディーン」のように。
仲間は笑うけど、結構似合ってた、本当さ。
まだ陽は西に残ってて、サンダー・バードのボンネットはいくらか暖かかった。
俺は一番海よりのバイパスを選んだんだ。
そう、時には波が道路を洗ってくれるっていうバイパスさ。
ソテツの林の間を走り抜け、南へ走った。
何にも目当てなんか無かったけどね、ただ走りたかっただけなんだ。
もう二十年も前のアメ車だろ、結構熱い視線浴びてそりゃあ気持ちよかった。
となりのミカはそんな事おかまい無し、スースー寝息をたてていた。きっと徹夜のゲームの疲れだろうな、俺だってそうだったんだ。
ゲームってのは、ダーツさ。
ミカはへたくそのくせに「俺に勝つまでやめないって」さ、結局それで徹夜だよ。
俺クラブに入ってたし、結構うまいんだ。
負け惜しみなんか言わないよ。
話し相手もいないし、俺はダッシュボードから、良く色づいたリンゴを取り出して、かじったのさ。
ジーンズで良く拭いてね。
姉貴は「薬とかがいっぱいついているから、良く洗いなさい」っていつも俺に怒っていたけどね。
一人じゃ食いきれなかったけど、ミカは眠ってるし、途中で外へ放り出した。
さすがに少し暗くなってきたんで、俺はサングラスを取り替えた。
お気に入りの「レイバン」さ。
そしてFMのラジオのスイッチを入れた。
懐かしいロックン・ロール、俺ストーンズ好きなんだ。
あの子はやっと目が覚めたみたい、目はつむっていたけどね、ちゃあんと膝でリズム取っていた、そうだなこんな感じ。
俺はサンダーバードのライトをつけ、やっとミカと口がきけた。
なんて言ったと思う?
「ミカ、コーヒー飲むか?」って。
無難なセリフだろ、あの子はこくりと頷いたんだ、そのうなずき方がイカしていた。
途中のサーヴィス・エリアに滑り込んで、俺はサンダーバードを降りた。
こういうとき、オープンカーは便利さ。
塀を乗り越える時みたいに、ドアをあけなくったって飛び降りれるんだ。
コーヒーはもう十月だろ、あったかいのにしようかとも思ったけど、わざわざ冷たいのにした。それをミカに放ってやった。
少し横にそれたけど、ナイス・キャッチ。
リップがなかなか開かなくってね、つい力入れたら少しこぼれちゃった。
おかしくてね、二人とも笑った。でもその時のミカも昨日と同じ、何処か寂しそうだった。
突然、ミカはなんて言ったと思う?
「青島」が見たいってさ、もう夜中だぜ。
でも、別に断る理由も無かったし、二つ返事で引き受けたよ。
途中ガソリン・スタンドで満タンにしてさ。
大食いのサンダー・バードは一リッターで3キロも走れればいい方なんだぜ。ま、俺が乗ってもそのくらいさ、6400㏄もあるしさ、仕方ないよ。
夜だからイカレたヤツらがいっぱいいてさ、とくに俺の車はオープンだろ、ヤツらにとっちゃあきっと珍しいんだろうな。
車高をいっぱい落とした、スカGやセリカがとなりに並ぶんだ。
別に張り合うつもりなんて無かったけど、あの品のない音が耳障りでね、二度三度思いっきりアクセルを踏み込んでやった。
そしたら元通りV8の音だけになったよ。
青島はね、俺は三回目くらいかな、道は良く知ってるよ、夜は初めてだったけど。
俺、本当は弱虫なんだ。
小さい頃は、良くシーツを被った姉貴が「お化けだぞー」って俺を脅かしてた。
その度に泣いてたからね、正直今でも暗いところとかは好きじゃない。
歩道橋の向こうにあった空き地にサンダー・バードを止めたんだ。
土産物屋の前さ、店は閉まってたし、ここから青島までの道はまだ何百キロもあるみたいに思えた。
あれじゃあ、いつ『お化け』が出てきてもおかしくなかったよ。
青島にはね、砂浜からでも、橋を歩いて渡っても両方から行ける。
俺はもちろん、橋さ。
砂浜なんてとんでもない、いつ足でもつかまれて、真っ暗な海の中に引っぱりこまれるかも知れないだろ?
島には小さな神社があるんだ。
昼間なら賽銭でも投げ込むんだけど、とても怖くてね神社までは行けなかった。
でもミカは平気で一人で行ったんだ。
情けない話しだけど、ミカが戻るまで俺はずっとライターつけていた。
五分ほどしたら、ふいに目の前にミカが現れたんだ。
ぞっとした、ちょっと笑ってたんだ。
帰り道なんて行きの何倍も怖くて、ほとんど駆け足、夜って本当に怖いね。
サンダー・バードはあのまま、ちゃんと待っていてくれた。
当たり前だけど、それを見て俺は本当に安心したよ。
まるで自分の家みたいに思えたよ。
う〜ん、やっぱり『キリマン』にして良かった、心配しなくてもちゃんと金払うからさ。