5.最初の一枚
彼は誰でも知っている、大手の出版社を半年前にクビになった。今の彼はリゾートホテルの専属カメラマンだ。田舎のホテルだが、結構流行っていて「ブライダル」の際には披露宴会場に張り付く。しかしそんな仕事がいつもあるとは限らない、大抵は季節ごとの料理や改装した客室など、パンフレット用の写真を撮る。一枚数万円のものから、スナップ写真までが仕事の範囲だ。愛用の一眼レフは結構年季が入っている、彼はここに来るまでは三宮にいた。そこには恋人もいた、彼女は遊んでいるようでそうでもなく、ドライなようで面倒見よく彼の拾った子猫の世話をする様な女だった。失業した彼はそれでもカメラを手放さず、二人の中に日ごとに気まずさが増していく。そしてある日彼女は実家に連れ戻され数日後に彼は故郷に戻った。
「贅沢プランはいりまーす」
予約係がおどけて彼に報告した。彼はカメラを肩に掛け、個室の宴席に向った。
「またスィートが埋まったのか、こんな田舎でも金持ちは案外来るんだな……」
贅沢プランとは、スィートルームに泊まる客用の特別プランだ。料理も特別なものが用意され、ナイトクルージングもある。彼はカップルの写真を撮り、それをラベルに加工した記念日の特製ワインを宿泊したカップルにプレゼントするのだ。
「どんなカップルかな?」
個室の前でいつも彼はそう思う、大抵は皆同じ様な顔だ。彼はカップルの顔を見ると「訳あり」かどうか解るようになっていた。もちろん確証などはないのだが……。
彼は、ぎこちなくシャッターを押した。目前のカップルの顔はまだこわばったままだ。カメラマンは相手の緊張をほどかねばいい写真は撮れない。しかし彼は適当に撮影を切り上げた。
「明日、フロントに心ばかりのものをご用意しておきます」
いつものように彼は事務的にそう言って、ぺこりとお辞儀をしてその場を立ち去った。ラベルの制作が始まる。その様子を見ていた仲居がモニターを覗き込んで彼に言った。
「あなたはすごいわね、どんな写真もデジタル補正してしまうから大好評よ」
「まあね、ご希望があればちゃっちゃと10歳は若返らせるよ」
「あら、じゃあ今度私を撮ってよ」
「高校生なっちゃうよ」
「まあ!」
彼は作業を続けた。彼の上手いフォトレタッチは出版社仕込みのモノだ。
カップルの回りに季節の花が置かれた。円形に写真は切り取られ周囲にはぼかしが入る。今日の日付としゃれたコメント、それをテンプレートに配置して出力されるラベルをワインに貼付ける。その一連の作業は10分後には終わった。フロントの女の子はワインの入った袋を彼から受け取ると、赤いリボンを使って器用にそれを縛った。
このホテルで最後の仕事が「贅沢プラン」のラベル作りだったのだ。彼はひと月前に退職の意志を告げていた。私物の整理を終えると彼はようやく駐車場に向った。
「やけに星が多いな」
彼は夜空を見上げた、すでに日付は変わっていた。
彼のカメラが最初に写した彼女は今夜の彼女より数倍輝いていた。それが彼にはただただ嬉しかった。