2.「pre mini」
2.「pre mini」
「あっ、これ、あなたが昔使ってたわ!」
「古い携帯電話」の特集TVを見て、女が懐かしむ声をあげる、誘われた彼はPC デスクを離れた。
もうじき引っ越すこの住み慣れた家。部屋の真ん中にデンと鎮座する、PCデスクに彼は戻る。
「あった、これだろ?」
サイドデスクの引き出しから、彼はそれを取り出した。丁寧に何重も薄いビニルで巻かれていた。
「そうそう、まだあったのチビ?」
「ああ、いつか高く売ろうと思ってな」
「まったあ、あなたが不要なものをどんどん売り払っていたなら、とっくにこの家片付いてるわよ」
「そうだなU子」
それは彼が衝動買いした「世界最小携帯電話」として登場したものだ。それほど長く使ってはいない。
「そういえば、さっき……」
せっかく詰めたビニルのゴミ袋から、彼は専用の充電器を引っ張り出した。
「久しぶりに充電してみようか」
サファイアブルーの光が輝き始めた。通信の回線が変わって久しい、だが通話以外は今でも使えそうだ。
「こいつは、ずっとあの頃のままだな」
彼は着信履歴を見た、それは「あの日」で終わっている。
「まあ、そうだろ。使えないようにしたのは俺だし……」
あの日は忘年会だった。
「おい、さあもう一軒行くぞ!」
部長が腕をつかむと同時に、K子からの発信音が聞こえた。
「おい、先に行くぞ」
「はい、すぐ行きます」
「なんだ、今日は忘年会なんだ、K子」
「……」
「オイ、どうした。何かあったのか?」
すすり泣く声の後、それでも彼女ははっきり彼に言った。その日が彼女とのサヨウナラだ。
翌日彼のアパートに包みが届いた。彼のジャケットとシルバーのリング、そして手紙。どうってことない一つの別れは陳腐な「遠距離恋愛」の果てだ。別れは初めてではない、それに隠していたが彼には別の彼女がいた。
「トシは優しいから、私の方からバイバイしてあげる。今までありがと、楽しかったよ」
今思えばその手紙に、あの夜のすすり泣きは似合わなかった。しかし彼は深く考えることもせず、翌日には早々と電話番号ごと「K子」を引き出しにしまい込んだ。
「懐かしいな、あいつもいいお母さんかな、おや?」
メッセージが一件残っていた、あの日の深夜だ。彼が電源を切った後のものだろう。
まだ再生できるはずのK子のメッセージを消去し、彼はゴミ袋の中に「チビ」を深く埋めた。
「ああ。もう昼か片付けが終わらない……」
ゴミ袋の中から正午のアラーム曲が流れた。
K子の着信音にもしていた「愛しのエリー」が似合いすぎ、彼は苦笑いをして、台所へ向かった。