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4.計画

 私が復讐の提案を受け入れた後、オーレンはまるで最初から私が承諾すると分かっていたかのように話を進めた。いや、用意周到な彼のことだ。私が了承した場合、しなかった場合に備えて、事前に様々なパターンの対策を練っていたに違いない。

「私はクリスから、あなたが日に日に弱っていくのだと相談を受けていた。あ、これは本当のことだよ。あなたの兄上はあまり態度には出さないけれど、とても妹想いだね」

 オーレンからそう聞いて、正直、少し驚いた。まさか兄が、他人に相談するほど私のことを心配してくれているとは思わなかったのだ。

 所属は違うけれど、同じ騎士団の上役に当たるアルベルト様との関係が悪くなってしまったことで、兄は辛い立場に立たされている。てっきり、私の事を恨んでいると思っていたのに、兄は密かに私のことを案じてくれていたのだ。

 それにしても、その相談した先がよりにもよってオーレンだなんて。兄は、彼がリリィ嬢の崇拝者の一人だったと知らなかった訳ではないだろうに。

「オーレン様は、兄とは親しいのですか?」

「年齢も近いし、私は王太子殿下の側近に取り立てられるまでは騎士団に所属していた。クリスとは叙任されて二年間部署が同じで、今でも親しくさせてもらっているよ」

「知りませんでした。兄は私に一言もそんなこと言いませんでしたから」

 まさか、私と同様平凡な兄が、社交界でも目立つ存在のオーレンと親しくしているだなんて夢にも思わなかった。

 意外な事実に驚きを隠せない私に、オーレンは苦笑した。

「やはりクリスは、私と親しいことを家族には黙っていたんだね。こんな手の早い男を友人だと家族に紹介したら、良縁に恵まれた妹に手を出されかねない、と心配していたんだろうな」

「そんなの、余計な心配ですわ。私がアルベルト様以外の方に靡く訳がないのに」

 この場にいない兄に憤りを覚えてそう言ってしまった後で、今自分が口に出した言葉の意味に気付いて唇を噛みしめた。

 そう。私にはアルベルト様だけだった。例え、兄の友人としてオーレンが我が家を頻繁に訪れていたとしても、私が愛していたのはアルベルト様唯一人。他の男性など目もくれなかっただろう。

 ……それなのに、アルベルト様は。

 俯いて、込み上げてくる負の感情に顔を顰める私の耳に、オーレンの飄々とした声が届く。

「そうだろうね。あなたが婚約者一途だったことは、誰の目から見ても明らかだった。…………だから、そうだね、筋書としては、私が一方的にあなたのことを想っていたことにするのが自然かな」

「え……?」

「けれど、あなたにはすでに、こちらが対抗できない格上の婚約者がいた。私は叶わない恋に悩み、あなたを諦める為に不毛な遊びの恋にのめり込むようになった。……ふふ、どうかな? これなら、私のこれまでの女性遍歴とも合致するし、世間の同情も引けると思わないかい?」

 ……なるほど。これまでの女遊びの原因は叶わない恋を忘れる為。そして、恋の障害であった男は抗いようのない上位貴族。

 苦しい胸の内を一切見せず、遊んでいるように見えて、実は心の中では叶わない恋に身を焦がしていた美青年。……まさに、女性が飛びつきそうなストーリーだ。

 ただ、その恋い焦がれていた相手というのが私というのは、少し無理があるのではと思う。

「自分で言うのもなんですけど、私はあなたからそんな風に想われるような要素を何一つ持っていません。それは、他者から見ても同じことだと思うのですが」

「そう自分を卑下してはいけない。あなたは自分が思っているよりもずっと魅力的だ」

 甘い笑顔でそう囁かれ、社交辞令と分かっていても思わず顔が赤くなる。

 誤魔化す為に咳払いを一つすると、私は更に突っ込んだ質問をした。

「けれど、こう言っては何ですが、あなたはリリィ嬢の取り巻きのお一人だったではありませんか。それは、どう説明するおつもりですか?」

「あなたを手に入れる為に、邪魔なアルベルトをリリィ嬢とくっつけようと画策していた」

 しらっとそう言い切った後で、私があんまり情けない表情をしていたのに気付いたのか、オーレンは頭を掻いた。

「駄目かい?」

「それでは、あなたはこれまで目的の為に周囲を欺いていたと吹聴することになってしまいます。そうなれば、私との関係も何かしらの目的のための演技ではないかと疑われてしまうのでは?」

 なるほど、とオーレンは顎に手を当てて目を細めた。

「そうだね。……では、あなたを忘れる為に、これまでと同様リリィ嬢にも手を出したけれど、思ったように靡いてくれず、ムキになって追いかけ回しているうちに、呆気なく別の男に盗られた、ということにしておこうか」

「私としては、別に恋に破れた二人が慰め合ううちに、という設定でもいいのですが」

「駄目だよ。負け犬同士の傷の舐め合いなんて、羨ましがられるどころか嘲笑されるだけだ。それじゃあ意味がない」

 オーレンの語気が荒くなる。確かに、そんな状況などオーレンのプライドが許さないだろう。でも。

「いいのですか、それで」

「え?」

「あなたがリリィ嬢を愛していた訳ではなかった、というその設定は、いずれ彼女の耳にも入るでしょう。そうなってもいいのですか?」

 振られた後、私のように未練たらしく想い続ける者がいる一方で、別に好きではなかったと負け惜しみを言う者もいるだろう。ただ、オーレンの設定通りの情報がリリィ嬢の耳に入れば、彼女のオーレンに対する感情は最悪なものになってしまう。

 本当にそれでいいのだろうか。私は、アルベルト様を憎らしく思う一方で、今でも彼に憎まれたくないと思っているのに。

 けれど、オーレンは事もなげに私の問いかけを鼻で笑った。

「別に構わない。寧ろ、その方が好都合だ」

 やはり、リリィ嬢に振られたと認めることは、彼のプライドが許さないのだろう。

 話が逸れた、とオーレンはそこでその話題を終わらせた。

「とにかく、クリスから話を聞いた私は居ても立っても居られなくなって、王太子殿下に休暇を申し入れ、あなたを見舞った。すっかり塞ぎこんでしまったあなたを、私は献身的に励まし、やがて心を開いてくれたあなたに恋心を打ち明ける。あなたは、婚約破棄されたばかりだからと最初は渋るけれど、私の熱意に負けて愛を受け入れてくれる。どうだい?」

 私は思わず手を叩いた。

「凄いですわね、オーレン様。小説家になれるのではなくて?」

「母も姉も昔からこういう話が大好きで、私も子供の頃から無理矢理読まされてきたんだよ」

 うんざりした表情を浮かべながら苦笑するオーレンは、これまで見せたことのない素の彼だった。

 もし、本当に彼の立てた筋書通りに物事が進めば、恋敵を虐めて婚約破棄された令嬢から、オーレンほどの男に愛されていた特別な女性へと、世間の私を見る目は変わるだろう。

「でも、正直、自信がありません」

 弱音を吐いた私に、オーレンは眉根を寄せる。

「どういう意味?」

「私があなたのような素敵な方にずっと想われていたとか、熱心に愛を囁かれるような女性だなんて、あまりに現実離れし過ぎていて、私にその役ができるかどうか……」

 自信なげに肩を竦める私に、一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたオーレンは、深い溜息を吐いた後、まるで厳しい教師のような口調になった。

「それは、努力して貰わなければ困る。あなたは私に愛されている。そう自信を持つことが重要だ」

 そして、オーレンは不意に手を伸ばして私の手を取った。驚いて振り払おうとしたけれど、逆に更に強く握り込まれてしまう。

「ほら。こういった触れ合いにも慣れて貰わないと、目敏い人には私たちの関係が嘘だとすぐバレてしまうよ。ああ、後ろで怖い顔をしなくても大丈夫。君の主人の名誉に傷が付くような真似はしないから」

 後半は、私の後ろに立っているナタリーに向けて投げかけられた言葉だった。

 確かに、愛し合う二人なら、手を繋ぐどころか抱きしめあったりキスをしたりもするのだろう。

 けれど、子供の時ならいざ知らず、成人になってからはエスコートやダンスの時以外、アルベルト様と触れ合うことなんて一切なかった私には、はっきり言って免疫が全くない。

 それどころか、大して親しくもない男性にこうやって手を握られることさえ、身体の内から震えがくるほど厭わしいことだった。

 優しく私の手の甲を親指で摩るオーレンのにこやかな顔を上目遣いに伺いながら、心を落ち着けるように何度も深呼吸を繰り返す。

 ……本当に、私にできるのかしら。

 復讐の誘いを了承したことを、早くも後悔する自分がいた。



 私との恋物語を一通り作り上げ、思いつく疑問点について話を詰めると、オーレンは満足げな表情で帰って行った。

 玄関で彼を見送った後、母が興味津々な表情で、随分話が弾んでいたようね、と探りを入れて来た。

「オーレン様は、お兄様と親しいのですって。私の事も随分と心配してくれて、気分が晴れるようにと楽しいお話をたくさんしてくださったの」

 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んでみせると、母は少し涙ぐんで「良かったわね」と喜んでくれた。

 その泣き笑いのような表情を見て、母を騙してしまったことに良心が痛んだ。

 けれど、私はもうすでにオーレンの提案に乗ってしまったのだ。今更ここで勝手に与えられた役を放棄する訳にはいかない。

 オーレンは、私が元気になることで、両親は私達が付き合うことを許してくれるだろうと言っていたが、さてどうだろう。婚約破棄されたばかりだというのに、すぐに別の男と付き合うなんて節操がない、なんて叱られないだろうか。

 そんな不安はあるものの、少なくとも母はオーレンの来訪を不快に思っていないようだ。

「彼があなたを気に掛けてくれて良かったわ。また来てくださるといいわね」

 そう言いつつそっと目元を拭う母の姿を見て、私は自分がどれほどこの人に心配を掛けていたのか、今更ながらに気付いた。

 アルベルト様に婚約破棄を告げられてから、私は両親や兄から掛けられる慰めの言葉を全て否定的な意味に捉えて、部屋に引き篭もり泣き暮らしてきた。瘦せ衰えていく一方の娘に家族はどれほど心を痛めていただろう。

 例え復讐の為の一時的な関係とはいえ、オーレンが私に構ってくれることで母が安心するのなら、それだけでも彼の提案を受け入れた意味はある。嬉しそうに微笑む母の顔を見ながら、そう思った。


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