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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なんてことはない日常は大切な物でした。

作者: 瓜姫 須臾

 連載用に考えていたのですが、今回はこういう形で投稿することになりました。

 元連載用ということや作者の実力不足により、展開がおかしかったりとかは色々とあるかと思いますが、どうぞご容赦を。

────俺には、生涯、そばにいて守ってやると心に誓った奴がいる。

 そいつはいつも、俺がいないと、何もかもがダメだった。


 内気で、臆病で、泣き虫で……。


 結局、俺はそいつに惚れたんだ。


 いつからわからないけど。


 気づいたら好きになっていた。


 でも、俺はまだ、何も知らない「の中のかわず」だった。


 俺以外、そいつの事を、そばにいて守ってやれる奴なんていないし、俺がずっと守ってやろうと思ってた。


 それに、俺以外に脇目を振る事もないだろうし、俺がそいつ以外に脇目を振るなんて事もないと、思い込んでて。


 だからいつまで経っても、ずるずると幼馴染の関係を続けて、はっきりとした気持ちを伝えようとして来なかった。


 それで良いと思ってたし、俺も関係性を壊したくなくて、伝えられなかったんだ。


 恋人も結婚ももっと遠い先の事だと思って。


「明日、明日こそは……」と、伸ばして、伸ばして。


 それがまさか、俺があんな目に遭って、気づかされる羽目になるとは……。


 なんてことはない日常は、いつ何時終わるともしれない危うさがある物であり。

 俺らは今この時、この瞬間に、突然死んでもおかしくないって事を。

 平凡な明日が必ず来るとは限らないって事を。


 だからこそ、人は一瞬一瞬を精一杯生きているんだって。


 そして、心に秘めた想いは、伝えられるときにちゃんと伝えないと後悔をするって。



 こんな当たり前そうに見えることさえ、気づけていなかった。


 今日、こんな目に遭うまでは。



 だから、もしまた目を覚ませるのなら────。


────いや、絶対死なずに生きて、また目を覚ましたら、俺は伝えなきゃいけない。



 この正直な気持ちを。



 俺の目覚め(かえり)を待つ、あいつへ。


******


「かのーんっ!

 今日の帰り、新しくできたクレープ屋さんに寄って行こうよっ」


 帰りのホームルームも終わり、みんながそれぞれ帰りや部活の準備をし始める時間の教室。

 荷物をまとめていた私へと声をかけてきたのは、幼稚園来の親友である黄昏たそがれ宵乃よいのだった。


 いかにもお嬢様然とした黒い長髪に、白いカチューシャをつけている。


 もちろん、着ている制服は、私と同じ高校の女子用制服だ。


 私こと、宝城ほうじょう花音かのんの通うこの高校は、ここらへんでも人気の高い県立高校だ。


 人気の理由としての一つは、県立には珍しく、複数の部活の強豪校として有名であり、設備が充実していること。


 二つ目は、制服のデザインが人気だから。


 三つ目は、難関大学の現役合格実績がとにかくすごくて、進学率も高いから。


 という理由などにより、近年稀に見るくらい生徒不足とは無縁の学校となっていた。


 そんな比較的恵まれている学校に通っている私は、よく考えてみれば普通に比べてとにかく恵まれて育ってきたと思う。


 そばにはいつも、宵乃とか、幼馴染とかがいてくれて。


 いつもいつも、誰かしらに助けられてきた。


 だから最近は、よく思う。


「私も、いつも助けてくれる大切なヒトの助けになりたい」


 と。


 でも、結局は助けられる側になってしまう。


 そんなこんなで、いつもどおりの日々は過ぎていく……はずだったのに。


 まだそのときの私は、その日に起こってしまう悲劇を予想だにしていなかった。


 だから私は、


「ごめん、宵乃。

 今日は、要と約束があるから……」


 と、いつものごとく要との約束を優先させてしまう。


「また、群青くんと~?

 もぉ、仲良すぎだわ……。

 しかたないなぁ。 今度は絶対だからね?」


 と渋々、了承してくれる宵乃。


 その態度は本当に残念がってもいるが、若干冷やかしも入っているような気がする。


 私は少し申し訳ない気持ちになりつつ、


「本当にごめん……。

 今度は絶対に行くから」


 と何度も謝る。


 しかしさすがに、


「いいよ、いいよ。

 そんなに何度も謝らなくたってさ。

 当日に言われたって、都合つかないのは当たり前だし。

 今回は、事前に誘っておかなかったあたしも悪いしね?」


 と、謝る私に顔を上げてとばかりに言ってくる。


 その言葉に顔をあげながら、


「本当にごめん……。

 今度は、絶対だから……」


 と言う。


 それを聞くと宵乃は、


「うん。

 それじゃあ、また明日ね」


 私から離れて他の親しいクラスメイトの所へと向かう。


 おそらく、私が行けないので誰か他のクラスメイトを誘いにいったのだろう。


 そこへちょうど私のところへと近寄って来たのは、話にも出ていた私の幼馴染の少年、群青ぐんじょうかなめだった。


「おーい、花音。

 今日はどうする?」


 私の席まで歩いてくる。


 私は、


「今日は、あの……街を一望できる丘の公園に行きたい」


 と素直に、行きたい場所を告げた。


 要とは幼稚園よりも前からの幼馴染。

 物心ついた頃には、すでにいつも一緒だった。


 そのせいなのか、私はいつも要と何気ない会話をするだけで、もうふわふわとした心地よい気分になる。


(でも要は、私のことをどう思っているのかな……)


 そんなふうに思ったのは一度や二度ではない。


 でも、聞く勇気を持てなくて。


 今まで聞いたことは無かった。


 今日もまた、その思いを抱く。


 でも、


「そっか。

 いいよ。

 今日はそこで、俺らの仕事をしようか」


 柔らかい表情を浮かべた要の顔を見ていると、この関係を壊したくなくて。


 この日々を失いたくなくて。


 その微笑を見ていると、もうどうでもいいとも思えるようになってくるし。


 結局、今日もまた、先延ばしにしてしまう。


 それでも、


「あのさ……

 今日はウチで夕飯食べてってよ……

 ……いいでしょ……?」


 勇気を振り絞り、思い切って誘ってみる。


 それに、


「おっ、いいのか?

 珍しいな、花音の方から誘ってくるなんて」


 驚きつつも嬉しそうな顔をする要。


 こういう表情を見ると、なんだか心が温まってこっちまで嬉しくなる。

 この表情を見れただけでも、満足してしまいそうになる。


 勇気を出したかいがあったと思う。


 でも心の中では喜んでいても、現実での要に対する返答は、


「別に……め、珍しくないよ。

 ……ただ…………」


 こうしてぼそぼそと呟いて、うつむくのが今の私には精一杯だった。

 きっと今の私は、頬がほんのり朱く上気しているだろうな。


「……?

 まぁいいか。

 じゃあ、いくぞ花音」


 要が踵を返すのと同時に私は、すでにまとめ終わっていた荷物を手にして立ち上がる。


「うん」


 歩き出す要の後ろへとついていく。


 学校を出て、あの、街を一望できる場所へ。


 あの、丘の公園へ。


 そこで私は、要と一緒にいつも通りの仕事をする。


 仕事。



 それは、絵を描くのだ。


 それは、話を書くのだ。



 私と要は、挿絵も含めた小説を二人で一緒に作っている。



 もちろん、家族や親しい友人以外は誰も知らない。



 作業場所なら、ふたり以外は誰も知らない。


 ふたりでやれば、なんでも怖くはなかった。


 そう。


 私は、要さえいれば、どんなことにでも頑張れた。



 ふたりで作る物語。



 その世界観は多くの人を誘い込んで。


 魅了して。


 今や街中の書店で一番売れているベストセラーとなっていた。


 その作品が注目を集めている原因は、世界観だけでなく、作者の素性が不明だからだ。


 出版社も一切作者の素性を表に出していないのだ。


 その世界観も人気でありながら、正体不明の作者。


 学生なのか、社会人なのか。


 それすらもわからない謎の作者の本ともなれば、かなりの注目を集める。


 でも、私はそんなことより要とこうして一緒にいられて、何かをできるのが────


 なにより、要のやりたいことの手助けをできているのが────


────何より嬉しかったのに。



 私は結局、ダメだった。


 いつも通り。


 何も変わらない日々。


 そんなものの大切さは、わかっていると思っていた。


 けど、その大切さは思っている以上に重かった。


 そう、実感することになるなんて。


******



「おい、大丈夫か?」



 そう言われて目をあける。



 なかなか焦点が合わないがぼんやりと見える、誰かの顔。


 知らない人の顔。


 その顔は、こちらをのぞき込むようにして見つめてきている。


 おそらく、私を助けた人。


 助けた人?


 なんで私、助けられたの?


 そんな状況、身に覚えがない。



「……おい!!」



 その声で、私のぼんやりとしていた意識は急速に覚醒した。



 そして、


「……か……な……?」


 声にならない声で、大切なヒトの名前を呟く。


 でも、今、目の前にいるのは、その人じゃない。


 見ず知らずの少年。


 その少年から、


「……意識は戻ったみてぇだな。

 で、お前。 自分の名前とかはわかるか?」


 と聞かれても、答える余裕のなかった私は、何も言わない。


 あれ……?


 なんで、余裕ないんだっけ。


 確か、丘の公園に行く途中だったのに。


 そういえば、要はどうしたのだろう。



「……とりあえず、救急車は呼んだ。

 だから、落ち着けよ」



 救急車?


 なんで、この少年はそんなことを私へ向かって言っているんだろうか。



 そこで私は、自分が今、歩道の真ん中に倒れていることに気づいた。



 急に、嫌な感じがした。



 チラッと、車道へ目を向ける。



 そこで私は、目を疑った。


 眼前に広がる光景を信じられなかった。


 ついさっきまで、微笑んでくれた大切なヒトが……


 言葉を交わしていた大切なヒトが……











 血まみれで車道に横たわっていたのだから。



 それを見て、私はパニックに陥る。


「嫌ぁぁぁああああああああっ!!!!」



 喉が張り裂けんばかりの悲鳴。


「おい!! 落ち着けって!!」


 先程から私のことを介抱してくれていた、見ず知らずの少年に肩を掴まれる。


 そして私の視線は、大切なヒトが横たわっている方向ではない方へと変えられる。


「ここに救急車が向かってる。

 それなら、お前にできるのはあいつの応急処置をすることだろ!!」


 その一喝に、呆然となる私。


 そうだ、少しでも要の命を繋ぎ止めるために、何か……何かしなきゃ。


 ぼんやり、未だに纏まりきらない思考の中、周りを見渡せば、あの少年が移動していた。


 いつの間にか横たわってる大切なヒトの近くにいるあの少年は、



「……ここじゃ通行の邪魔だな。

 今は事故直後で車も避けているが、もともとの往来が激しい。

 ……あまり動かしたくはないが、移動させるか」


 なにやらブツブツ呟きながら、私の大切なヒトを安全な場所まで動かそうとし始めていた。


 その意図を、少し間があったもののなんとか理解し、素直に従う。



「…………か……なめ」


 再び、移動させるついでに、呼びかけてみる。



 でも、安全な場所に移動するのに動かしても、呼びかけても、私の大切なヒトはピクリとも動かない。


「かっ……要……」


 三度呼びかけても、手を握っても反応がない。


「下手に動かすな。

 ……息をして、ないか……。

 仕方ない、俺が人工呼吸と心肺蘇生を試みる。

 お前はそこのスーパーにあるAED……電気ショックの奴、持ってこい」


 と、冷静に支持を出す少年。


 私は頭が真っ白で何も思いつかなかったから、素直にその少年の支持に従った。


 AEDを持ってくる最中に、曖昧で、ぼやけていた記憶がフラッシュバックする。


 どうしてこんな状況になったのかを思い出す。



 そうだ。



 私が、青信号で横断歩道を渡ろうとしていたとき、信号無視のトラックが突っ込んできたんだった。


 それを、私の大切なヒトが私を歩道へと突き飛ばして、庇った。


 そのときの要の表情は(私の気のせいかもしれないが)、私がちゃんと歩道へ入ったのを見て、微笑んでいたように見えた。


 でもその直後、要はトラックとぶつかった。


 刹那、辺り一帯に鮮やかな紅のしぶきが舞う。


 私の顔にも、とびはねた血のりがつく。


 そして、そんな状態で突き飛ばされた私を偶然、受け止めてくれたのがこの少年だった。


 私の目の前で、大切なヒトはトラックにひかれて、数十メートルもフッ飛ばされた。


 しかも、頭をアスファルトに強く打ちつけていて。


 全身を強打していて。


 体中の至るところから出血していたし、骨も折れてしまって腕や足も変な方向へと折れ曲がってしまっている。


 明らかに、生死も危うい状態だ。


 しかも悪いことに、特に頭からの出血が酷かった。


 それは見るに堪えかねないほど凄惨な光景だった。


 それで私はショックのあまり、気絶してしまったのだ。


 交通人の誰もが目をつむって見て見ぬふりをする中、この少年が救急車を呼び、冷静に対処してくれた。



 今もこうして諦めずに、心肺蘇生を試みてくれている。




 でも、もう手遅れらしい。




 そんなことを、ぼんやりと考えてしまう私がいた。





 諦めない少年の瞳にも焦りの色が混じる。








 結局、救急車が到着したとき、大切なヒト────群青要は、息をしていなかった。


******


「要……。

 私、まだ要に聞きたいこととか色々あったのに……」



 私は要の、包帯で包まれた手を握る。



 要は、顔以外の全身が包帯でぐるぐる巻きになっていた。


 あの事故後、緊急搬送された病院で緊急手術を行った結果、奇跡的になんとか一命は取り留めたのだ。

 おそらく、あの少年の素早い判断による応急処置が幸いしたのかもしれない。


 もし会う機会があったらお礼をしなければいけない、と思う。


 でも医者には、「一生、要さんは目を覚まさないかもしれない」とも言われた。

 事故を聞きつけて、病院へ駆けつけた要の両親もそれを聞いて泣き崩れていた。


 要の弟である桔梗もどこか暗い表情をしている。


 それを見て私は申し訳なくなってくるが、何かできるかというと何もできない。


「私は……」


******



 いつの間にか、あの事故から一年経った。




 この一年、色々な事があった。



 私は、一年間で嫌と言うほど要の大切さを、要との日々の大切さを思い知らされていた。


 そして、何より、要は私の身代わりになって轢かれたのだ。


 要の家族へ申し訳なくて、罪悪感で押し潰されそうで。


 宵乃が励まそうとしてくれたりもしたが、私はとても前向きになることができないでいた。



 そんな折、あの事故の時に助けてくれた少年が同じクラスへ転入してきた。



 少年もとい西条(さいじょう)曉也(きょうや)は、私のことを覚えていたらしい。


 塞ぎ込んでしまった私を見ていることしかできずにいた宵乃以外のクラスメイト達とは違い、曉也は事故の時の状況をよく知ってたために、抵抗なく話し掛けてくれた。



 宵乃や曉也のおかげもあって、最近になって私も少しずつ立ち直り始めてきている。



 そんな様子を見ていた宵乃や周りからは、曉也とくっつけば良いんじゃないか、なんて思われているみたいだけど。



 だけど、どんなに曉也から助けられても。



 私は要が好き。



 要だけが好き。




 ちゃんと、要がこんなことになる前に伝えておけばよかったな、なんて。


 もうしても遅い後悔を、あの事故のあとからずっとずっと、抱えている。


 だから、事故後は一日も欠かさずに要の病室へ足を運んで、その日あったことを報告している。



────もし、また要が目を覚ますことがあるなら、今度こそ逃げないで伝える。



 そう、心に決めているから。




 例え、関係性が変わってしまうとしても。



 例え、断られるのだとしても。





 伝えないでいる方が、こうして後悔することになるから。





 そう、私は身を以て体感したから。



 今もこうして、意識が戻らない要のことを考える度に、涙が出そうになる。


 でも、その涙をぐっと堪えて、今日も私は要の病室へ向かう。


******


その日の夜。



 花音は要の病室から、一旦トイレへと来ていた。



 そして、病室へ戻ろうとしたとき、


「……兄貴。

 なんで目ぇ覚まさねぇんだよ……」


 病室の中からそんな声が聞こえた。


「兄貴は、花音姉ちゃんを守るんだっていつも口にしてたじゃねぇか。

 なんで、目を覚ましてやらねぇんだよ……。

 もう、一年だぞ……」


(この声は……桔梗くん……?)


 それは、どうやら要の弟の桔梗が、要へ向けて話しかけているようだった。


「兄貴、花音姉ちゃんのこと好きなんだろ……?

 確かに事故からは守ったかもしんねぇ。

 けど、兄貴が死んじまったらこれから先、花音姉ちゃんは誰が守るんだよ……っ!!」


 涙声が隠し切れていない桔梗は、声からも分かってしまう通り、涙を浮かべながら目をつむったままの兄へ話しかけ続ける。




 まさか、花音に聞かれているとも知らずに。



「兄貴、いっつも花音姉ちゃんのこと俺に話すときは笑顔だったよな。

 花音姉ちゃんのことが愛しくてたまんねぇって顔してた。

 でもよ、その話聞かされてた俺の気持ちに、兄貴は気づいてたか……?」



 なおも桔梗の独白は続いていく。



「俺の心のうちに気づいてなかっただろうなぁ。 兄貴は」



 そういって天井を仰ぎ見る。



「……兄貴、目ぇ覚まさねぇと、俺が花音姉ちゃんもらっちまうぞ」



 花音はドアの目の前で固まったまま、意識を桔梗の言葉に向けていた。


「ずっと一緒にいたのは兄貴だけじゃねぇんだかんな。

 兄貴と一緒にいるってことは、俺だって一緒にいた時間多かったんだから。

 花音姉ちゃんほどかわいかったら、長くいたらほぼ確実に虜になっちまう」



 桔梗の言葉を、花音は理解できない。


 否、理解できるが、花音の頭は理解することを拒否していた。



(桔梗くんは一体何を言って……?)



 花音は、桔梗の言葉の意味を咀嚼できず、尚更混乱していく一方だった。



 しかし、


「兄貴。

 花音姉ちゃんを悲しませたら俺が許さねぇ。

 もし目ぇ覚まさなかったら、俺が花音姉ちゃんを兄貴から奪って、兄貴よりも幸せにしちまうかんな」


 そこまで言われたらさすがの花音でも、桔梗の気持ちに気づいてしまう。


 花音でさえ、桔梗が何を言わんとしているのか理解してしまう。



 だから、「これ以上聞いてはいけない」と頭が、本能が、理性が、警鐘を鳴らす。



 聞いてしまったらきっと後戻りできない。



 そうわかってるのに。



 わかってるのに、体はそこから頑として動かない。



 まるで、石になってしまったような、自分の体じゃないみたいな。

 足も手も、呼吸さえも自分の意思では動かせなかった。



「改めていうぜ、兄貴。

 俺は花音姉ちゃんが好きだ。

 きっと花音姉ちゃんは兄貴のことが好きなんだろうと思う。

 悔しいけど、今は大好きな兄貴の弟って認識しかされていないだろうよ。

 さっきから俺がもらうとか言ってるけど、全部兄貴の目ぇ覚まさせるための脅しだ。 安心してくれ」



 花音の意識がその言葉を認識した途端、体中を電気が流れたようだった。


 瞬間、なぜか花音の視界は歪んだ気がした。



 しかし、病室のすぐ外に花音がいるとは思いもしない桔梗の言葉は止まらない。 



 少し自嘲的な笑みを浮かべながら桔梗はなおも、眠ったままの兄へ言葉を投げかける。



「本当なら、今すぐにでも兄貴から奪って自分のものにしてぇよ。

 だけど、やっぱ、想い合ってる二人を引き裂くのはよくねぇだろ?

 それに、やっぱ好きな人には幸せでいてほしいんだ。

 兄貴と結ばれることが花音姉ちゃんの幸せというのなら、俺は素直に身を引いて遠くから兄貴と花音姉ちゃんの仲を応援しよう。

 それに、やっぱ、血を分けた兄貴にも幸せになってほしいしな」



 桔梗は、そういって少し微笑む。



 その表情は悔しさをにじませながらも、辛そうには見えない微笑だった。



「だから、さっさと目を覚まして花音姉ちゃんにちゃんと想いを告げろよ。

 花音姉ちゃんのこと、抱きしめて、ちゃんと離さないでいてやれよ」



 すぐに顔を引き締めて、桔梗は言葉を続ける。



 花音は病室の外でその独白を聞いていたために、その表情の変化を見てはいないが、桔梗の声音や言葉、そして言葉と言葉の間から、その気持ちがなんとなくは想像できてしまう。



「じゃねぇと、俺がいつまでたってもこの叶わないとわかってる初恋に縛られたままになっちまうだろ。

 お願いだ、兄貴。

 いい加減寝てねぇで、目ぇ覚ましてくれよ……頼む…………。

 俺の好きな人を悲しませないでくれ……。 幸せにしてくれよ……。

 俺じゃ幸せにできないんだ……選ばれたのは兄貴なんだよ……」



 急に感情があふれ出したように涙声になる桔梗は、なんとかそこまで言うと、堪えきれずに涙をこぼしてしまう。



「あーあ……。

 ……やっぱ、俺に似合わねぇことはすんじゃねぇなぁ……。

 柄にもなく泣いちまったぜ……。

 でも少しすっきりしたわ」


 そこで一旦言葉を句切った桔梗。


 息を吸い込むと、今日一番の真剣な顔を作る。


「兄貴。 俺は兄貴のことを信じてる。

 だから、花音姉ちゃんのこと頼むぜ」


 そういった桔梗の声はまだかすかに涙声のようだが、表情は幾分かすっきりとしたものになっていた。


 そこまで聞いた花音はようやく、体を動かせるようになった。



「さて、俺は明日学校があるからこのへんで。

 それじゃあ、いってくる」



 そういい、立ち上がり病室の外へ向かう桔梗。



 そのまま病室から出て、学校へと向かい始める。

 その顔には、先ほどまでの泣き顔も暗い顔も、欠片も残ってはいなかった。



 そんな後姿をぼんやりと見送る花音。




 結果的に独白を盗み聞きしてしまったことに後ろめたさを感じた花音は、桔梗が病室から出てこようとしてるのに気づいた途端、すぐさま近くのトイレに駆け込んでいた。



 そして、桔梗が通り過ぎたのを見てトイレから出てきたのだった。


「桔梗くん……が私のこと……」


 呆然と呟く花音。


 花音にとってそれは夢であると言われた方が、まだ信じられることだった。


 その場に少しの間立ち尽くしていた花音。


 ずっとそうしていても埒が明かないということはわかっていたので、とりあえず当初の目的どおりに要の病室へと足を踏み入れる。


「要……」


 呼びかけてみても、要は目を覚ますはずがない。


「さっきの桔梗くんの言葉最後まで聞いちゃったよ……。

 好いてもらえるのは嬉しい……。

 でも、ね……。

 桔梗くんには見破られてたけど、私は要がずっとずっと小さいころから好きだった。

 いつからかなんてそんなの……覚えてない……」


 私は今更もう届くことはないかもしれない、遅すぎた言葉を言う。


「大好き、要。

 愛してる……世界一愛してる」


 その言葉は、もう届くことのないその想いを体現するかのごとく虚空へと霧散する。


 もう届くことがないのなら、


「少しくらい……いいよね……?」


 一瞬くらい大丈夫だろうと考えた花音は、要の酸素マスクを外して少し横にずらす。


 露わになる傷だらけになった要の唇。


 徐々に要へと顔を近づけて、その唇を労るように自分の唇で覆う花音。


「んっ……。

 これで目が覚めてくれればいいのになぁ……。

 そんな、御伽話みたいなことなんて起こるわけない……よね」


 短い接吻の後、酸素マスクを元に戻した花音は、そう一人ごちた。


「それに、要は男の子だから御伽話なら王子様だし……」


 失笑しながら独り呟き続ける。


「……ねぇ、起きてよ。

 私、まだ要にちゃんと気持ち伝えてないし、要から気持ち聞かせてもらってないよ……。

 こんなことになるなら……勇気出して気持ち伝えて答え聞いておけば良かった……」


 失笑から一変して、悲痛な表情を浮かべて自身の勇気の無さを呪う。


「桔梗くんにばれちゃってたくらいだから、きっと周りも早くくっつけって呆れてたのかなぁ……。

 桔梗くんの言葉で要の気持ちに気づくなんて……。

 でも考えてみれば嫌われてるはずないよね……」


 段々と涙が目にたまってくるのを感じた花音は零すまいと、必死に踏ん張った。


 しかし、無情にも、涙はぽろぽろと零れてしまう。


「要がいてくれればそれだけでよかったのに……。

 要がいて、宵乃がいてくれて、楽しくて、平凡で、いつも通りの何の変哲もないそんな毎日が続いてくれるだけで良かったのに……」


 何でこんなことになったのか、その悲しみをどこへぶつけたらいいのかわからず、とりあえず呟き続けていた。


「要……。

 私は、もうすでに前を向いていた桔梗くんほど強くないから、きっとずっと前を向けないかもしれない……」


 そう、桔梗はもう、まっすぐに前を向いていた。


 トイレからのぞいていた時に見えた横顔には陰りなど一片もなく、前を向いた顔をしていた。


「もし、要がこのままだったら、あるいは死んでしまったら、きっと立ち直れないよ……」


 本格的に泣き始める花音。


 頬を伝い続ける涙を拭おうとしたとき。

 ふと自分の手じゃない物が花音の頬に触れた。


「……えっ?」


 花音は、その触れてきた物を見て驚く。


 自分の目を疑ってしまった。


「……か、要……?!」


 本当は腕なんて動かせるはずのない、包帯巻きになった要の手だったのだ。


「……か、のん……。

 なく、な……よ……」


 しかも、何の奇跡か、要の口がかすかに動いて、言葉を紡ぎ始める。


 切れ切れながらも、その声は間違いなく花音の大好きな要の声だった。


 気づけば、目もほんの少しだけ開けられていた。


「かっ、要?!

 意識が……戻ったの?!」


 要の意識が戻ったことを確認した花音は、慌てながらも看護婦さんを呼びに行こうとする。


 でも、次に聞こえてきた要の声に、


「ずっ、と………きこえ、てた……。

 き、きょうのこと、ばも……かの、んの、ことばも……」


 全部聞かれていたのだと、少し恥ずかしくなってしまい、足が止まる。


 そこへさらに要の追撃がくる。


「…………あ、と……か、のんに、キス……され、たのも……きづい、てた……」


 キスをしていたのに気づかれていたと知り、花音は顔を真っ赤にしてしまった。


「かの、ん……。

 ごめん、な……いっ、ぱいなか、せて……。

 これ、じゃあき、きょうにおこられ、ちゃうな……」


 体中の痛みはきっと尋常ではないものなはずなのに、それではなく、花音や桔梗に対しての感情が表にでている要。


 それに気づいた花音は、


「謝らないでよ……要……。

 目を覚ましてくれただけで、それだけで充分……。

 一生目が覚めないと思ってたから……」


 そういうと、要の手をそっと握った。


 要の手の温度をしかと感じた花音の瞳から、今度は嬉し涙が出てくる。


 心配そうな顔をする要に、花音は泣き笑いしながら言う。


「大丈夫だよ、要。

 これは嬉し涙だから」


 そして、要に涙を拭いてから微笑んでみせた。


 その花音の様子に、少し安心したような顔をした要を見た花音は、病室の扉へ手をかける。


「じゃあ、看護婦さん呼んでくるね」



******


 その後、要が目を覚ましたことに大喜びした要の家族や友人達が要へ抱きついたりとかいろいろあったが、大凡何の問題も起こることなく、要は驚異的な速さで回復していった。


 今では、すっかり元気になってしまった。


 ちなみに、あの事故の犯人はちゃんとその場で捕まり、今は刑に服している。




 あの事故のおかげで、私と要は大切なことに気づかされた。

 想いは、素直に伝えるべきだということ。

 今、こうして過ごせているこの平穏な日々は決して当たり前ではなく、必ず明日が来るわけでもない、ということ。

 

 もしかしたら、明日……いや今日この時に、突然、死が訪れるかもしれない。


 だからこそ人は、精一杯、今を生きてる。


 そして、突然の死が訪れたとしても悔いのないように生きなければ、人生はとてももったいない、ということもわかった。



 一度は事故によって失いそうになった、この平穏だけど、大切な人達に囲まれた日々。

 それを、再び享受できてる私は幸せ者なんだろう。


 特に、要は私以上にこれらのことを実感したらしい。


 そのおかげなのか、今はもう事故以前の元通りの生活を送っている私達だけれども、一つだけ変化したことがある。


 それは、要と私があの事故を機に付き合いだしたということだ。

 要は、私へ気持ちを告げずに自分が死にかけたことでとても後悔したらしい。

 退院したその日に、私へ「付き合って欲しい」と告げてきた。


 それから私と要の生活は、以前よりも輝きに溢れている。


 相変わらず、私が要に助けて貰うことが多いけど。

 それでも、悔いのある結果にならないように生きると決めた私も、前よりは結構、積極的になった。

 自分から要へ、素直に好意の言葉を告げられるようになったのは、褒めて貰っても良いと思う。


 あと、悔いなく生きようと決めて、要と付き合いだした頃から、私は心なしか明るく前向きになれた。


 それもこれも、こう言っては何だけど、あの事故と要の命の危機を経験したからだと思う。


 今回の事故は、奇跡的に日常を奪われずに済んだ。


 おかげで色々成長できたし、きっと神様がいるのならチャンスを与えられたのだろう。


 だって、事故から366日目にしてようやく要が目を覚ましたのは、奇跡としか言えないから。





 だから────




────いるかわからないけど、神様へ。



 私は、この奪われずに済んだ日常を。



 そして、与えられたこの幸せの日々を、決して無駄にせず要と共に生きていきます。

 この度は、お読みくださりありがとうございました。


 大切な物って、近くにあるときは中々気づかないものですよね。

 できれば、失ってしまう前に気づいて大切にしたい物だと、作者は思っております。


 それでは、感想、お待ちしております!

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― 新着の感想 ―
[一言] 失ってから初めて気付く大切な物の価値。 失わなければ大切さに気付けないのは、それが『有って当たり前の物』と認識してしまっているからかもしれませんね。
2016/09/11 21:36 退会済み
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