∮私が次期魔王です 共通① 契約の悪魔
「―――――悪魔はね、人間の心の中に住んでいるものなんだって」
「じゃあ、悪魔にも優しい心はあるんだね」
「どうして?」
「人間はどんな悪人でも、僅かに良心を持っている。だから、そんな人間の中にいる悪魔だってすべてが悪なわけじゃないでしょ?」
「でも悪魔は人間の悪い心のカタマリじゃないのかな」
「じゃあ、悪い人の心から生まれた悪魔は、良い悪魔ってことになるよね!」
「そっかー」
「次の魔王は誰になるんだろう。楽しみだなあ」
闇がすべてをつつみ、魔で構成された混沌世界。
そこには悪しき力を持つ者達が幾多も存在する。
長きに渡りその世界を管理、支配してきたのは魔王。
だが彼の命は今にも尽きようとしていた。
「666名の悪魔を人間界へ」
魔王を決める戦い。
最後は残った者が魔王となる。
―――――――――
あの人間、魂に強い輝きがある。
「面白い人間もいるのだな――――」
どれ、方陣でも描いて、呼び寄せるか。
―――――
「ふあ…」
何気ない朝、私はいつもより5分早く目が覚めた。
私はぼやける目をこすりながら、リビングへおりる。
テレビの音、暖かい朝食の匂い。
「おはよう」
「お早う」
いつものように両親に挨拶をして、食事をとる。
「お、華澄は卵かけご飯か」
「だって美味しいんだもん」
いつもは卵黄をほぐす前に、醤油を垂らしている。
今日は時間があるため、ほぐしてからまぜられた。
【今日の天秤座の運勢は――――】
食べながらテレビを観ていると占いがおわる。
父がチャンネルをニュース番組に変えた。
占いの結果はどうだったのだろう。
いまやっているのは通り魔事件の話。
複数の現場で同時に起きており、不自然なことから“悪魔”の仕業だろうと言われていた。
「事件がそんなに起きているなんて…こわいな」
父は悪魔も怖いと震えた。
「悪魔なんてこの世界にいるわけないじゃん」
神様の存在だって目に見えないのに、いるわけない。
本気で怖がる父に、クスりと笑う母。
「悪魔はね、人間の心の中にいるのよ」
「そうなのか…?」
「さ、二人とも早くしないと遅刻するわ」
私はテレビに気をとられて、着替えるのを忘れていた。
部屋に戻り、急いで制服に着替え、走って家を出た。
「華澄、おはよう!!」
「すっごく疲れてるわね…寝坊した?」
なんとかクラスメイトの二人に追い付いた。
「寝坊はしてないけど、テレビ観てて…」
やっとまともに息が出来た。
「へー。テレビと言えば、今日のニュースみた?」
「みたよ最近悪魔が出たんだってね」
二人は同じ内容のニュースを見ていたようだ。
『悪魔はね、人間の心の中にいるんだよ』
ふと、母の言葉を思い出す。
悪魔の存在なんて、私は信じない。
今日は先生の気まぐれで、予告の無いテストだった。
当然テスト対策など皆していないので、クラス内はブーイングの嵐。
幸い内容は大体教科書を読んでいたら解ける問題だった。
テストも終ったので、二人のところにいく。
「二人ともどうだった?」
「最悪だよ~」
「教科書見れば分かる問題だったじゃない。ね?華澄」
「うん、まあ、さすが余裕だね」
放課後、家に入る途中で不思議なものをみた。
多分気のせいだろう。
手洗いを済ませてから部屋の扉を開くと、壁中に怪しげな円形の絵が書かれていた。
「なにこれ…」
母を呼び、部屋を見てもらった。
しかし、何も見えていないようだ。
「あれ…」
もう一度壁を見ると、ほんとうに何もなかった。
翌日、普通の時間に家を出られた。
そう思って、公園の時計を見る。
8時50分・登校時間を20分のオーバーしていた。
明らかなる遅刻である。
部屋の時計が紛らわしい時間で止まっていたのだろうか。
「ニンゲンだぁ」
後ろをふりかえると黒くて蚊のような針を持つ変な生物と普通の男性がいた。
「うそ…」
宙に浮いて言葉を話す。あんな生き物を今まで生きてきて、初めて見た。
「わ、たし…急いでるんで!!」
「おっと、この通り魔様からは逃げられねーぜ」
「通り魔!?人を呼ぶから!!」
私はニュースで話題になっていた通り魔に遭遇してしまった。
必死で走るも、人はいない、
変だ。ここは人も多い都心なのに、なんでだれもいないの。
「助けを呼んだって誰にも見えないし聞こえないんだぜ」
通り魔の漠然とした言葉に、私はただただ、その場で立ちすくむ。
私はこの男に殺されるのだ。
そう直感して、言葉を失い、全身が震えてなにも話せない。
「なんでかって?おしえてやるよ
こいつはすげー力をくれる悪魔なんだ」
男は蚊のような化物を、誇らしげに指さした。
悪魔なんていないと思っていたのに、こうして目の前にいると知って、信じざるを得ない。
「死んでもらうぜぇ」
目の前にいる気味の悪い悪魔の針が、私の頭上から降りてくる。
「お母さん…悪魔は…人間の心だけにいるんじゃなかったの…?」
私は目を閉じ――――。
《眼を閉じるな。死にたいのか?》
「死にたくない…!」
聴いたことのない誰かの声が、頭に聞こえた。
「無駄でもなんでも、このまま死んでたまるもんですか」
私は針が刺さる前に、横に倒れ込んだ。
電信柱に右手をぶつけたが、不思議と痛みがない。
悪魔は地面に刺さったまま、身動きがとれないようだ。
私は走ってまた逃げる。
「くそっ」
男が悔しそうに、こちらへナイフを投げた。
それは私に届かないまま、道路側へ。
あそこに男性がいる。
どうしてここに居るんだろう。
通り魔が言うには、ここには誰もいない。
悪魔の力で入れない。そう言っていた。
……むしろそんな力があるってことが嘘で、これは何かのアトラクションか夢ならいいのに。
ナイフは彼を、居るはずのない“人間”の身体をすり抜けた。
「下等悪魔を殺すより先に…契約者を消すのもアリだな」
ロングコートの男性は、体から変なオーラを出し、転がったナイフを宙に浮かせる。
それを通り魔に向かって飛ばした。
蚊のような悪魔が、通り魔を庇い、代わりに刺された。
「クソ…キサマ…ニンゲンではないな」
悪魔は男性のいるほうを向く。
後ろの通り魔は気絶しているようだ。
私もあの変な力はただの人間じゃないと思った。
悪魔という化物に、対抗する。
そんなありえない力を持つ彼は何者なんだろう。
じっと男性を見ていると、私のほうを向いた。
よく見ると、綺麗に整った顔をしている。
男性が優しげに微笑む。少しだけ安心した。
彼にまかせて逃げてもいいのではないか、とさえ思う。
普通じゃない力を使っていたこともあり、悪魔や通り魔を倒せるくらい強そうに見える。
「さようなら…」
きっと待っていればなんとかなる。
「おい。そこの人間、何処へ行く気だ」
先程見せた笑顔からは、想像も出来ないほど鋭い声で呼び止められた。
―――どこかで聞いた声。
「あなたもしかして…!」
「うっ…」
いきなり男性が背後から、悪魔の針に貫かれて、吐血した。
「きゃああああ!」
私が驚いて悲鳴を上げると、男性は何事もなかったかのように、立ち上がって口元をぬぐった。
「あ…」
普通なら死んでしまうところだが、彼は平気なようだ。
…生きててよかった。
「…逃げましょうよ!」
「フン…俺は下級悪魔などにやられはしない」
「さっき思いっきり刺されてましたけど!?」
「奴は正面からまともにやり合って、俺に勝てる相手ではない
…しかし、このままでは奴を消せん」
…煮えきらない。
「あなたが強いならあいつを追い払えますよね
どうしてできないんですか!」
彼に八つ当たりしてもしかたないが、苛立って、つい言い方がきつくなってしまった。
「何故怒っている」
「ごめ…すいませんでした」
冷静に返されて、苛々していたのがバカらしくなった。
「仲間割れか!?」
通り魔が意識を取り戻した。
「おい。人間」
「なんですか?」
「あの悪魔を倒さねば、ここから出ることは出来ない」
つまり蚊悪魔が私を閉じ込めたなら
やっつければ出られるということか。
「どうすればいいんですか!?」
「…俺と契約しろ」
「契約?」
そういえば、さっき男性は蚊悪魔に、“契約者のを倒す”と言っていたような。
あの悪魔が人間である通り魔の男と一緒にいるのは、契約が必要だからなのかもしれない。
悪魔なのが抵抗あるけど、躊躇していれば、私が殺されるのは時間の問題。
それに、どのみち契約しないとここを出られないのだ。
「契約します!」
「お前の名は?」
「…華澄です」
「華澄、俺の名はリヴレだ呼べ――――!」
頭の中に言葉響く。
「《魔公爵リヴレ!契約者の名の元に、奴を架れ!!》」
リヴレが手を上に向けると、一つの大きな紫の槍が空から降った。
頭上から貫かれた悪魔は、跡形もなく消し飛んだ。
悪魔を木っ端微塵にして、同時に空間の周りをおおっていたと思わしき、ガラスのようなものが粉々に砕ける。
危ないところを私はリヴレに抱えられて空中に避難出来たが、通り魔は巻き込まれたようだ。
その衝撃波で意識を失っていた通り魔は、警察に捕まって事件は片付いた。
頭の中に駆け巡った不思議な力。
あれは…いったいなんだったのだろう。
ちゃんと、リヴレと契約して、無意識に言葉を唱えた記憶はある。
あれは夢なのではないか、まだ実感がわかない。
「知ってのとおり、…俺は悪魔だ」
「え…はい」
彼もあの蚊のようなのと同じ、悪魔。
認めたくない…だけど、妙に腑に落ちた。
「俺のいた魔界で、死にかけの現魔王の代わりに新たに魔王を即位させることになった」
「はあ…」
「魔王の候補として選ばれた666の悪魔がいる」
「悪魔は666人しかいないんですか?」
「いや、何かとそういう決まりなだけで、悪魔はわんさかいる
年功序列で666きっかりと選ばれたんだ」
「へー。ファンタジーちっくな悪魔にもそういうのあるんですね」
悪魔がそんなに人間界に来ているということは…。
「…もしかして、これからもついていかないとだめなんですか?」
わかってたけどつい聞いてしまう。
魔王になるために戦っているとかで、戦うには契約している私が必要みたいだし。
仕方ないのかもな…。
「ああ、言い忘れていたが、契約者は他の契約者に狙われる。」
「それを最初に言ってください…」
「契約している間、俺が衛る」
「はい」
まもるなんて、初めて言われた。
でも利害関係ってヤツだし…。
「俺はあと、664の悪魔を始末する必要がある」
リヴレと蚊を抜いたらそうなるけど…。
「他の悪魔同士が私たちの知らないところで戦った数が減りますよね?」
「…それは考えていなかった」
それはそうと、命を狙われるんじゃこの人を傍から離れられたら私間違いなく死んじゃうよ…。
「リヴレさん」
「さんは要らん」
「じゃあリヴレ様」
「様もいらん」
「取り合えず学校に来てください」
時計を見たら、私がいつも登校している時間だった。
あの空間が時間をおかしくしていたのかも。
不幸中の幸いだった。
「…姿って他の人に見える?」
「基本は契約者、あるいはエクソシストの類いのみだ」
「エクソシスト…アーメンとかやるやつですか?」
「悪魔を祓う武装修道院だと思え」
「エクソシストと言えば西洋からこの国に移り住んだ悪魔祓いの兄妹がいるらしい」
「なんで嬉しそうなんですか?」
「悪魔が減るからな」
「リヴレさんが悪魔祓いされたらどうするんですか」
「俺達は契約している間、対等な立場だ。そのようにヘコヘコするな」
リヴレはそう言うけど、そんな事を言えるのは彼が悪魔だから。
人じゃないから彼は強いし、彼から見た人間は弱い。
気が変わったら私をサックリと殺めるくらい悪魔には赤の手を捻るように簡単なんだろう。
そんな相手に、さも友人のような態度をとれるかといったら答は否だ。
「……気にしないでください(だから契約終了しても殺しにこないでください)」
学校につくと、何事もなかったかのように振る舞うつもりだったのだが―――――
「みーたーわーよー」
「なっなにを!?」
クラスメイトの女子達が、私を囲んだ。
「チョーカッコいい人が、貴女と一緒に学校へ入るところを見たわ!!」
血走った目をした女子達が言うことに、心当たりがあるとすれば、今ここにいるこいつ。
まさか、姿を消し忘れていたのか。
《悪いな》
頭にリヴレの声がきこえる。
契約したからか、と納得。
ということは、彼女達が見たのはリヴレ、すぐにもやもやがスッキリした。
どう弁解すべきかいいごまかしを練っていると、先生が教室へ入ってきた。
なんとか放課後まで愛想笑いで乗りきり、家に戻ることは出来た。
「これなんなんだろ…」
変な模様が相変わらず壁にある。
「これは俺の召喚陣だ」
「えええ!?」
原因はリブレだった。
―――――――――
『今日もつまらぬ雑魚をミンチにしてやった』
『いやはやお流石ですな…次代魔王の座は、リヴレ様のものでしょうぞ』
『ふん馬鹿なことを…』
―――――――
私は自室でリヴレとお茶を飲んでいた。
悪魔様に紅茶とお菓子を献上してビクビクしながらお菓子を食べる。
だが、リヴレは小一時間は、紅茶にガムシロを入れて、手はつけずぼうっとしている。
「……どうしたのリヴレ」
おそるおそる声をかけた。
「何がだ」
不機嫌そうに返事をする。
「いやあの、さっきから紅茶にガムシロが……」
「……」
テーブルに空になった容器が30個たまっている。
リヴレはそれを平然と飲み干した。
「魔界にでも行くか……」
「え、なんで!?」
バトル中は帰れないとか、そういうルールはないのだろうか。
「バトルの制約って……」
「ああ、もちろん魔界へはかえれない」
ならだめじゃない。
「魔界は一つではないんだ」
「へー」
じゃあ魔王もたくさんいるのかな。
不安だけどしかたない。一人でいたらそっちのほうが危険だしついていこう。
リヴレがいればきっと大丈夫。
「メルヘンな魔界もあった」
「そうなんだ」
なんだかちょっとわくわくしてきた。
リヴレはゲートを開いて、すぐに閉じた。
「あれ?魔界は?」
「そのつもりだったが魔力が足りないようだ。敵をバンバン倒して蓄える必要がある」
「そんな……」
ちょっと期待してたのに、残念。
「ピンポーン」
誰だろう?部屋なのにチャイムが鳴った。
「よっカスミ」
「って家の中にいたんかーい!?」
「誰だこいつ」
「……あんた誰だっけ?」
リヴレに話しかけると怪しまれるので、名前を忘れたフリをする。
「ひっでー! オレは、お前の幼馴染のタイキだろうが!」
「あーそうだったー。で、なにしにきたのよ」
「暇だから窓から遊びに来た。幼馴染といえば窓からくるのが約束のパターンだろ?」
「……そうなの?」
「幼馴染といえば、魔界にもそう呼べるやつがいたな」
悪魔にでもそういうのあるんだ。
リヴレの幼馴染……どんな人なんだろうな。
――――今日は両親の結婚記念日らしい。
「じゃあいってくるわね」
「いってらっしゃい」
両親が出て、しばらくするとチャイムが鳴る。
――悪い人だったらどうしよう。まあリヴレがいれば平気だよね。
――――扉を開ける。
「祟志さん!」
幼馴染の大学生、大柳祟志<おおやなぎただし>さんだった。
「今日は仕事も終わったし、最近は物騒と聞いて様子をみにきた」
彼は大狐柳神社の次期神主候補。どうやら私が一人なのを心配してやってきてくれたようだ。
「なんだろう……この部屋から邪気を感じるんだ」
――――さすがは神社の息子。
「様子をみにきたはいいが、いくら気心が知れた相手であっても、男女が部屋で二人きりというのは世間体が悪い。
というわけで“シャチョサン”にでもいかないか?」
「あ、はい。ファミレスといえばドリア食べたかったんです」《ファミレス?》
空気だったリヴレが訝しげに聞いてくるが、彼がいる手前では答えられない。
―――ファミレスにやってきた。
メニューを見ると閻魔フェアをやっているらしく、奇抜な見た目、変わった名前のが並んでいた。
どこかの神社には地獄・魔界への道があるとかテレビでやってたのを思い出す。
「私はこの【血の池ドリア】(トマトソースです)にしようかな」
「なら俺は【紅蓮地獄へ誘いたる氷山】(苺を分断に使ったアイスです)にしよう」
たしか紅蓮地獄は炎の赤じゃなくて氷で皮膚が赤くなるからだってテレビでやってたなあ。
《……人間をなめていたな》
祟志さんとは食事を終えて家の前でさよならした。
―――――そろそろ両親が帰ってくる頃だなあと思っていると、嫌な気配を感じた。
「来るぞ、外に出ろ」
家を破壊されたらたまらない。こくりとうなずき庭へ出た。
「ククク……久しいなぁリヴレ」
「貴様は―――――――!」
――――――――
「誰だ?」
「……ぷ!」
私はつい笑ってしまった。
「耳ン穴かっぽじってよく聞け。俺様は“ジャグラック”次代魔王にもっともふさわしい悪魔だ」
「なっなんか強そうな小ボスみたいな敵がきちゃったよ(しかもイケメン)リヴレ、どっどうするの!?」
私は大慌てでそこらをぐるぐるしてしまう。
「落ち着け」
とリヴレが私の額を指で軽く弾いた。
このままいくと少年漫画ならリヴレが早くも苦戦して謎の新キャラが助けにくるパターン!!
いやまさか強そうなリヴレがそんな早くからピンチなんてないよね。
「捕まえた~」
気がつくと私の後ろに、大きな三又槍を持つ少年がいた。
「チッ!仲間がいるとは油断した」
悪魔が仲間を連れて共同で戦うなど滅多にない。
「敵が一人だといつから錯覚していた?……と言いたいが、その獲物は俺様のだ渡さんぞ!!」
どうやら仲間でも手下でもない新手らしい。