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第4話 魔法と剣

 声が響く。少年の声。そちらを見ると、眼鏡にローブをまとった青い髪の少年が立っていた――。

 ナタリアがまず思うことはなぜこんな見知らぬ少年が、今、自分の部屋の中に入ってきたのかということだった。


 年の功は同じくらいか。どこか生意気そうな、いや、人を見下しているかのような目をした少年だった。まだ幼いはずだが、そんなでは将来絶対に苦労するだろう。

 先ほどの物言いも生意気そのものだ。それに対して怒ることはない。所詮は子供の言葉である。


――うん? そう考えると自分も大概生意気なことを言っているような気がするが。


 それはそれ、という理論で処理をして、今は目の前の少年である。分厚い本を抱えて大き目のローブを身に纏った姿は、背伸びをしたい子供のようにも見えた。

 良く見れば顔は整っているし、将来はさぞイケメンになるのだろう。今は可愛らしい顔。けれど、仏頂面がマイナスポイントと言える。


 子供は笑っているのが一番だ。娘の笑顔に何度も救われてきたナタリアとしては、子供には笑っていてもらいたいのだ。

 だからこそ、仏頂面をしている理由が気になった。


(もしかして、迷子かしら。男の子ですもの。正直に言い出せなくてあんな顔しているに違いありませんわ)


 ならば、自分がそれとなく聞き出して行きたい場所に連れて行ってやろう。そう考えたナタリアは少年に視線を合わせる。

 幼少期は女児の方が成長が早い為、まだナタリアの方が背が多少なりとも高いからだ。視線を合わせて、なるべく優しげな声で、


「貴方はどこから来たのかしら? どこに――あたっ!?」


 そう言ったのに殴られた。強くはないが、分厚い本で頭頂部をごつんだ。痛くないもののどうして殴られたのかとナタリアは目を白黒させる。


「無駄口を叩くな。これから魔法の授業をする」

「はい!」


 有無を言わせぬ口調に、身体の方が勝手に了承してしまう。条件反射による了承。了承したので少年は名乗る前にさっさと説明を始めていた。


「良いか良く聞け。魔法とは一つの機関だ。大気中、体内、ありとあらゆる場所にある根源の力である魔力を、機関(エンジン)を形作る歯車のように組み合わせ、組み換えて、まったく新しい法則を与えた力のことだ。原則一人に付き魔法は一つ。まあ、一人で複数の魔法を使える奴もいるが、そんなことができるのは僕のような天才くらいだ。

 普通は一つの魔法だけだ。例外は身体強化とかそこらへんだ。あれは魔法というより武技(クラフト)と同原理だ。魔力を動かせるなら誰でも使えるから安上がりだな。さて、話がずれたが、魔法だ。魔法は自らで生み出さなければならない。それには適切な知識と適切な修業が必要だ。この六年でお前のような奴が魔法を習得できるとは思わんが修業はつけてやる。光栄に思え。さあ、やるぞ」


 その説明は早口でナタリアが聞き取れたかなど一切気にせず、少年はナタリアに言う事だけ言って、見えない力で彼女を吊り上げ連行された。

 これが魔法なのだろうと、なんとなーくナタリアは思いながら大人しく連れて行かれる。彼が魔法の先生なのだろう。少年ということに驚いたが、魔法を目の当たりにしてそんなものは吹き飛ぶ。


 魔法である。発達した科学は魔法と同義という言葉を耳にしたことはあるが、見えない力に宙吊りにされるという体験は人生は初だ。

 その原理もなにもわからない。力の根源があの分厚い本だということはわかる。見えない力をなんとか見ようとしてなんとなく何かが感じられたのだ。


 それは流れのようなもので、どこにでもある空気のようなものだった。おそらくこれが魔力というものなのだろう。


(不思議な力ですわ。これで何でもできるのなら、あいつらに会えるかも)


 そう考えてしまえば、真剣に魔法という大樹を読み解こうとする。枝の先の葉だろうと、全ては根源に繋がっていることをナタリアは知っている。

 一を知り十を知れとは言わないが、一を知って五くらいは理解できて実践できるようになれと強要されてきて20年以上のブラック企業勤めの生活。


 妻が口下手であり、そういう裏の意図なども読まなければならなかったナタリアにとって、一を見て十を知ろうとすることは慣れたものだった。

 それに先ほどの説明もある。聞き取りにくいがそんなもの関係ない。効率至上主義で聞き取れないのはお前たちの責任だと言って憚らない漆黒(ブラック)企業の上司に付き合わされていればあの程度の早口など早口のうちにも入らないのだから。


(うん? うーん? うん……。蒸気機関学が役に立つとは思いもしませんでしたわ。これ、そのまま歯車機関のようではないですか)


 まあ、それは少年も言っていたことだが、少年の小さな歩幅で広い城館の中の修練室と呼ばれる場所に運ばれるまでの間にナタリアは魔法の理に触れていた。

 魔法とはそのまま少年の言葉にもあるように機関だ。歯車(魔力)を組み合わせ、組み換えて作り上げる一つの機関。


 魔法は蒸気機関から生まれた。レディ・ジャスミンの言葉だが、まさにそれはその通りだったのだろう。蒸気機関学がそのまま魔法理論の基礎だ。

 歯車を組み合わせて機械を駆動させる。そんな機関の基礎はそのまま魔法にも利用できるわけだ。何も知らなければ苦労するが、基礎があるならば話は早いそこから辿る。


「――わきゃぁ!?」


 しかし、良いところで修練室について分投げられた。それなりに柔らかい床なので問題はないが、受け身も取れなかったので身体が痛い。


「もう、何をするのですか」

「着いた。早速始める」


 文句を言っても少年は聞く耳を持たない。


「まずは魔力の鍛え方と扱い方だ。一度しか言わんから覚えてそれを実践しろ。それを続けて己の扱える魔力を知れ。それを組み合わせて魔法をつくれ。良いな、一度しか言わん」

「はい」


 少年は言うだけ言って、見せるだけ見せて、さっさと去って行った。


「あれがディン・クローゼン。稀代の天才魔法使いと謳われる少年ね」

「知っているのですかレディ・ジャスミン」


 いつの間にそこにいたのか。初めからついてきていたのか。ともかくとして、レディ・ジャスミンは去って行った少年――ディン・クローゼンについて語る。


「ええ、知っているわよ。天才。あなたとほとんど変わらない歳で魔法を極めたとされる。まごうことなき天才。学園(アカデミー)始まって以来の生ける伝説の再臨とすらも言われているわ」

「なるほど」


 そんなにすごい子だったのか。ナタリアは思った。これまたそんな子供を追い出そうとしている自分が酷く嫌な奴に思えてくるが、ぐうたらの為である。

 頑張って魔法を使えるようになってさっさと授業を終えてもらおう。全てを終わらせればあとの憂いなしにぐうたら出来るというものだ。


 さっそく取りかかろうとしたとき、


「――カカッ、面白いお嬢ちゃんじゃ」

「――――」


 またもそこで声がかけられる。しわがれた老人の声。好々爺のようにも見えて、その眼は鋭い鷹のようである。

 それを前にした時、ナタリアが感じ取ったのは明確な死だった。胴体を真っ二つにされて死ぬ。一歩引けば次は首が飛ぶ。


 そんな明確な描写(ビジョン)が脳裏に浮かんだ。思わず胴体と首を確かめたほど。それと同時に放られるのは剣だ。

 軽い短剣。ナタリアにも扱えるような代物ではあるが、包丁などではない明確な凶器を手にした時、全身にかかる重みを感じ震えた。


「ほほほ、悪くない。良いセンスだ。貴族の嬢ちゃんにしておくんが勿体ないくらいじゃわい。さあ、やろうや嬢ちゃん。わしは、ベルクルス。ただのベルクルスじゃ。お主の剣術の師ということになる。いやはや、ガウロンどのも人が悪い。わしのような老骨の剣術を娘に叩き込もうとなさるとはなぁ」


 腰に帯びた機構剣を彼は抜いた。歯車機関を要した特殊な剣。レディ・ジャスミンの授業にも出てきた武装の一つ。

 シリンダーがないことから共鳴剣(オルゴールブレード)ではない。あれは、ただの剣では受けることすらできないからだ。


 詩響けばあとに残るは斬れたものだけ。蒸気機関が駆動し、シリンダーが回転を開始すれば最後、詩による刃の高周波振動によってありとあらゆるものは溶断され尽くす。

 だからといって安心できるわけがない。何一つ習っていないというのに、戦えというのか。結果など見えているに決まっている。


――結論

――不可能


 剣の理など何一つ知らない。せいぜい大河ドラマなどで殺陣を見るくらいのものだ。ただの貧弱一般人に何が出来るというのか。

 無理。死ぬ。確実に。相手は真剣。こちらも真剣。確実に死ぬ。死の恐怖がナタリアを支配する。無様に格好悪く震えて泣き叫ぶのは男としての沽券に係わるゆえにそれはないが、やせ我慢しても全身の震えは停まらない。


 その間にも老人は準備を着々と整えていく。薄く身体が発光している。それが魔力を流して身体で循環させていることだと気が付く。


「――――ぇ」


 そして、その瞬間、目の前に白刃が迫っていた。明らかに老人とは思えない速度。目で追えるはずもなく、ただ恐ろしいという感覚に従って飛び退いていた。

 手加減されていたのだろう。刃がナタリアを傷つけることはなく、修練室の床に深々と突き刺さる。破片が飛び散った。


 一度死んだ分、二度目は死にたくない。恐怖が勝る。ゆえに、その集中力は、極限まで高まって行く。本能的に、そうしなければ死ぬとわかっていたのだ。

 老人が構えるように短剣を構える。模倣する。ここで剣の理を盗め。そうでなければ、死ぬ。その上で、まるで自分を背中から見ているいかのような錯覚をナタリアは感じる。


 極限状態での錯覚だろうか。だが、丁度良い。その状態のまま、ナタリアは必死にこの状況の打開策を考える。

 死にたくない。ただその一心で。


「ほれ、行きますぞい」


 その心を読んだかのように、老人が再び体に力を入れる。めぐる魔力。同時に老人の筋骨に力が張るのが見て取れた。


――身体強化。

――ならば真似をしろ。


 生存本能がナタリアに己の中にある魔力を動かさせる。ぶっつけ本番だが、やる以外に手はない。身体の中をなぞるように老人の真似をする。

 不格好で老人には及ばないが、それでも身体強化を成す。それでも死の恐怖、死神が付き纏う。それは待ってくれない。


「――――っ!」


 首を駆るかのように振るわれる薙ぎ。振りおろしの次は薙ぎだと言わんばかりに首へと一直線に大気を裂いて刃が走る。

 受けたとしてそのまま受けた刃ごと斬られるのだと本能は悟った。だから、そのまま前に倒れ込むように潜り抜ける。


 背後の壁に一直線に刃傷が走った。子供にやることではないぞ。虐待だ―! と内心で叫びながら、ナタリアは修練室の扉へと走っていた。

 ただの一歩。全力の一歩で扉を蹴破って廊下へと出た。その瞬間、地を這うような一撃が来た。振り上げ。地を這うかのように低い位置。股下から身体に入る様に。


 思わず転がるように前に飛び込んだ。回転し宙に浮く身体。視線の前を斬線が通り過ぎていく。老人は笑っていた。

 ナタリアは逃げた。その上で、剣の理を盗む。身体強化を最適化する。ただ流していては無駄だ。流す経路を最適化して無駄なくロスなく循環させるのだ。


 更に、効率よく強化する。全体ではなく必要な場所を。骨、筋繊維。身体強化をそれらの強化だ。だからそれら事態に直接流し込む。

 医学が発達した現代日本人。人体模型くらいは見たことある。必死にナタリアはそれを思い出して自らに適応する。


 結果。身体強化の効率が跳ね上がる。強化だけでなく補強も施し、身体の悲鳴を抑え込んで逃げる。振りかえればそこにいる死神の斬撃を無我夢中で躱しながら。

 そんな決死の鬼ごっこを続けていれば老人が手加減をしてくれていることにも気が付く。しかし、それがなんだというのだ。手加減をされてなお死ぬ感覚は消えてはなくならない。


 ここに至って、忘れていた死の感覚をナタリアは思い出していた。


(痛いんだぞ。ああ、でもほとんど一瞬だったからわからないけど、一瞬でも痛いんだ)


 素に戻りながら、死を回避すべくナタリアの身体は本能で動いていた。


「シッ――」


 息を吐くように、剣閃が迫る。音すらも切り裂く一撃。それを躱したところで、老人が、ベルクルスが止まった。


「見えたかのう。お嬢ちゃん。わしの剣は全部見せたぞい。見えなかったならもう一度最初からじゃが」


 全力でナタリアは頷いた。嘘を付けばおそらく最初からだったのだろうが、辛うじて全ての剣をナタリアは見ていた。

 その天稟は父譲りなのだろう。ベルクルスは面白いものを見るようにナタリアを見る。荒削りながら、自分で考えて最適を突き進む。


 更に一を見て十を知ろうとする。惜しい。貴族の娘にしておくのが実に惜しい娘だった。剣の型を教えるだけなのが、実に口惜しいが、


「良かろう。修羅になりたければ、自分でこちらに来る」

「?」

「嬢ちゃんは気にせんで良い。見せた型を反復することじゃ。時々見にくるからの」


 そう言って、ベルクルスは笑いながら去って行った。


「はあぁぁぁ」


 ナタリアは息を吐いてへたり込んだ。どっと疲れが押し寄せてくる。というか腰が抜けた。どうして自分が生き残っているのか。そっちの方が不思議なくらいだ。


「大丈夫かしら?」


 レディ・ジャスミンがやってきて汗などをぬぐってくれる。


「なんとか。ただ、……腰が抜けて歩けません」

「大丈夫そうね。あなた子供らさしくないわ。子供なら泣き叫ぶところよアレ」


 そうなのだろうが、精神年齢が40代なナタリアからすれば人前で情けなく泣き叫ぶのは恰好が悪い。それを言うわけにもいかず黙っていると、


「まあいいわ。連れて行ってあげましょう」


 背負われてしまう。良い匂いがした。これはこれで役得だが、背負われるというのは恥ずかしいものだった。しかし、本当に良い匂いがした。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 それから数か月。ナタリアは、黄金の光輪と翼を背負っていた。


「お、い、それは」


 それを見たディンは驚愕を隠せない。


「ああ、先生。見てください、(わたくし)の魔法ですわ。一つに決めるのは難しかったので、全ての要素を組み込めるように拡張性を強めてみたら、こんなふうになりました。あと翼には大気中の魔力を吸収して変換するようにしたり、色々としてみましたのよ」


 ありえない。その言葉がディンの思考を捉えていた。普通、組み合わせる魔力には個人差がある。いわば相性だ。誰も彼もが全ての歯車を使えるわけではない。使えないものもあれば、使えるのもある。

 そういうものだ。だが、ナタリアの魔法には例外なく全ての魔力が使われている。しかも、無駄を排し、拡張性に富んでいることは言われなくても理解できた。


 この魔法はありとあらゆることを可能とするだろう。いわば、万能を魔法にしたのと同義。そんなことが可能な者などもはや人間と言えるのか。

 それも、未だに成人すらしていない6歳の少女がそれを成したと信じられるか。信じられるわけなどなく、ディンの中にあった自負を打ち砕いて行った。


 膝を屈し、見上げる。そこには輝く魔法の翼と光輪を背負ったナタリアが立っている。天才ともてはやされた自分。

 望んでいた好敵手。あるいは自分すらも超えるような相手。そんな相手などいないと思っていた。だが、今、ここに遭遇した。


「なんだ、これは」


 だが、期待したような高揚はない。好敵手とめぐり合えた高揚などなく、あったのは――


――悔しさだけだった。


 初めて感じる悔しいという感覚。久しく忘れかけていた研鑽の必要性。戻っていた。彼は求道者に戻っていた。


「フォッフォッフォ。これはこれは、お嬢ちゃんは本当に凄いのう」


 それを見ていたベルクルスは笑みを深めていた。つくづく貴族の娘なのが勿体ないことだ。平民の娘ならばそのまま攫って魔法と剣術を極めさせたものを。

 剣術の型もこの数か月の間に覚えてしまっていた。あとは反復を欠かさなければいっぱしの剣士だ。才能が凄まじい。


 そして、その才能の使い方を心得ている。つくづく子供ではない。その印象は強まるばかりだ。本人が一番わかっていないのだろう。

 自分が一体なにをしているのかを。


「どうなるんじゃろうなぁ。お嬢ちゃんは」


 化け物になるか、あるいは、別の何かになるのか。


 そんな独白は、風に消えて雲が覆い尽くす空へと昇って行った。


書けたので更新。展開が遅いですが、ここともう一話くらい超えてしまえばあとはさっと行けるはす


ディン君はそのうちまた登場するので今回は顔見せ程度です。

さて、あと一話で六歳終了。12歳は2話くらいで、あとは18歳で本番開始ですかね。

まあ、予定は未定です。

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