第10話 いじめ
――弾かれる剣。
――都合、十度目。
剣術の授業。学園の授業の一つ。貴族ならば出来て当たり前。平民は出来ないのが当たり前。だからこそ、アイラが出来ないのは当然だった。
だが、貴族か富裕層ばかりの学園。できないのはアイラただ一人。もとより才能もない。あるのは癒しの力とまだ目覚めていない聖女の力だけ。それもまた戦うものではない。
だからこそ、ナタリアにとっては容易く剣を弾くことが出来る。
「これで十度目。何度死ねば気が済むのでしょうね、この平民風情は。ああ、平民だから手加減がいるのでしたっけ。ごめんあそばせ、私では、どんなに手加減してもこれが限界ですの」
そう、王子がいない場所で、貴族たちの前でアイラを馬鹿にする。それに同調して笑う貴族たち。そいつらは例外なくあとでぼこぼこにすると決めて、顔を覚えておく。
「(ぐぅううう、演技だとわかっていてもむかつくぅうう! 拳なら負けないのにぃい。お父さんのバーカ!)」
小声でアイラがそう言う。シャレになっていないのでナタリアはこっそり冷や汗をかいた。妻直伝の鉄拳。あれが受け継がれているのであれば、ナタリアとて危ない可能性があるのだから。
そして、最後の一言がかなり傷つく。内心で吐血して四肢を地面について号泣するレベルのダメージ。もう瀕死である。いや、即死である。
「(死にたい。娘にバカって、バカって言われましたわ。こちらはお前の為にどんな気持ちで必死でやってると思って、グスン)」
「(あああああ、嘘、嘘だから、冗談だから! こんな嫌な事引き受けてくれて本当に感謝してるから。あとで肩揉んであげるから! お願いだから、泣かないでお父さん! その顔で泣かれると罪悪感で死にそうだから!)」
そんなやりとりを小声でしつつ、バレないように魔法で認識阻害をかけて剣戟を合わせる。心得のないアイラは何度やってもナタリアに剣を飛ばされて馬鹿にされる。
貴族にとってできて当たり前のことが出来ていない。それでも無駄に足掻く平民が面白くて仕方がないのだ。
――とりあえず、今笑っている連中は全員、お説教ですわね。
「はい、二十回目。本当、学習能力がありませんわね。平民っていうのは本当に人間ですの? 猿の間違いではなくて? ああ、はいつくばってらっしゃるから犬ですわね。ほうら、ワンって鳴いてみなさい」
今回一の笑い、そこでナタリアとアイラの試合は終わる。それからナタリアの連続試合が始まる。
「さて、行きますわよ」
――豚のような悲鳴をあげろ。
笑顔のまま、背後に嚇怒の焔を浮かべて鋭い剣術がクラスメートたちを吹き飛ばしていく。アイラを笑った奴を重点的に、肉体言語でのお説教。
「他人を馬鹿にする腐りきった根性を叩き直してさしあげますわ」
ぶっとばされる貴族たちは何が何だかわけがわからないが、剣戟とともにその言葉が刷り込まれていく。終わる頃には、人を馬鹿にすると恐怖を感じるようになっていたとかいないとか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
剣術があれば魔法の授業もある。アイラが編入してから数日。行われる魔法の授業。
それは、貴族にとっては6歳の頃から習い続けている学問。世界の深淵から湧き出す魔力。世界に充ちたその力を組み合わせ、組み換え新たな法則とする固有技法。
――魔法機関と人は呼ぶ。
それは、貴族と一部の富裕層にのみ許された力。
「魔法機関――森羅万象」
名を紡ぎ、魔力を組み合わせ、組み換え、書物として新たな法則と成す。学園始まって以来の天才と呼ばれた少年ディン・クローゼンの魔法が成る。
「さあ、来ると良いお嬢様、僕がどれほど修練したのかを見せてやろう」
「魔法機関――アウレオラ・ニンブス」
言葉と共に紡がれる黄金の光輪と一対の翼。
「まあ、それは良いのですけれど。なぜ、私なのでしょう。クリスのでも良いのでは?」
「僕に敗北を味あわせてくれたのは貴様だけだからだ」
「はあ? まあいいですわ。そこの平民に格の違いというのを見せつけてやりましょう」
あまりわかっていないが、ディンは始める気であった。魔法の授業。魔法の完成品を見せて、他の奴らを刺激するという名目の模擬戦。
「――飛翔――」
光輪が回転し、魔法を組み上げる。それと同時に、ナタリアの身体は空へと飛翔する。落ちる煤は全て魔法で防ぎ、天高く昇って見せる。
「さすがです、ナタリア様。いけ好かない眼鏡をボコしてやってください」
その様をクリスが賞賛し、ディンへ隠さない敵意を送る。
「フンッ、メイド風情が吠えるな。僕に負けた分際で。負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ」
――ピキピキ。
そんな擬音が聞こえてきそうな下の雰囲気にナタリアは思わずため息を吐いた。唯一の癒しは、飛翔したナタリアを感心して見てくれるアイラのみ。
娘が見ているのである無様なところは見せられない。
「本気で、行きますわよ。最初から、全力で。ふふふ、あとでアイラに褒めてもらうんですの」
娘にかっこいいと言われることこそ全父親の望み。それは前世からの経験であるし、ガウロンにもことあるごとに言ってあげてとても嬉しそうにしていたので間違いない。
魔法書森羅万象に飛翔の術式を綴り、飛翔するディン。彼の魔法もナタリアの魔法に負けず劣らず万能性を持っている。
アイラが聞いた時は卒倒しそうになったくらいだ。曰く、彼はゲームで使えるユニットキャラというものらしく、魔法使いで複数の魔法を扱える強キャラだったらしい。SLGでは、遠距離キャラが最強なのだよとは娘の言葉。
ともかく、ゲームに置いては、ある程度の魔法が使えるくらいのキャラだったのか、魔法書として顕現した魔法に式を綴るという時間はかかるにせよ全魔法を扱えるようになっている。確かに性能が段違いだろう。
「さあ、来い」
そんな彼はナタリアの前まで来る。昔とあまり変わらず、背も伸びなかったようで、小さい。今でも子供に間違えられるような可愛らしい眼鏡の彼が目の前に。
凛々しく、宣戦布告。それに応えるように、
「行きますわよ」
光輪が回転する。組み換わる。
――極大魔法
天へと掲げた腕。生じる重力の刃。全てを引き裂く刃は、大気圏すら抜ける。長大な刃によって突き抜けた雲間から太陽の光が降り注ぐ。
その中に飛翔する自分。客観的に見てかっこいいだろう。そうナタリアは分析してちらっとアイラの方を見る。さぞ、かっこいいと思ってくれているに違いない。
「うわぁ、お父さん。大人げない」
――なんか、ドン引きしていた。
「…………」
急速にやる気が削がれた。魔法を切り替えて火の球を生じさせて、ディンへと投げつける。すっかりやる気を失っている為、火の球もへろへろと飛んで行く。
しかし、込められた魔力が段違いなので、爆裂した際の威力は馬鹿にできない。しかも追尾機能まである。
いくらディンが魔法で逃げようが追うし、防御しようとしても防御面を避けてくる。全面を防御しようとすれば魔力が足りない。
それだけ魔力密度が濃いのだ。数分粘ったが結局、ナタリアの勝ちで終わった。
「くっ、まだ勝てんか。覚えていろ。次こそは、勝ってやるからな!」
そう宣言して黒衣を振り乱してディンは走り去って行った。
――なんだったんだろう。
「流石ですナタリア様」
「別に、何もしてませんわよクリス。それじゃあ、クリス、次は貴方ですわよ。あの平民に魔法というものを教えてあげなさい」
「御心のままに」
「た、だ、し! あくまでも、ええ、あくまでも、あくまでも! 本気でやるふりをするだけですわよ! 適度にぼこぼこにして這いつくばらせて馬鹿にするくらいです。絶対に、怪我だけはさせないように、良いですわね! 絶対ですわよ!」
「こ、心得ております」
思わず凄まじい剣幕でクリスに迫ってしまったが、彼ならば大丈夫だろう。想定通り、アイラは打ちのめされることになる。
それでもめげないのが、彼女だ。原作ではそんな様に王子は惹かれていったのだという。そもそも原作のナタリアが相当我儘でクズいので、そっちに惹かれるのも当然だろう。
そのクズを演じなければならないのが痛いところである。今は魔法も使えない平民に魔法が使える従者を嗾けるという構図。
――うん、クズですわぁ
己の所業にへこみながら、魔法の授業は終わる。
その後も、いじめは続行。わざとぶつかる。何か持っていれば落とす。教科書に細工したりなどなど。自分の娘にやることではない。
内心での葛藤と戦いながら今後の為だと必死に言い聞かせてナタリアは、アイラをいじめる。無論、傷が残ったり、怪我したりと危険なものは全て回避。
ついでに、ナタリア以外がアイラをいじめようとしたらその場で捕えて教育的指導を行ってアイラをいじめないように丁寧にお願いをする。
その理由は、
――あれは私の獲物だから手を出すな、というそんなもの。
なにせ、編入してから数日しか経っていないのに王子とアイラは知り合いになり仲良くしているのだ。無論、これも策の一つである。
武神、魔導王、戦場の悪魔、美の女神と言われる女ですら嫉妬する女だと知らしめる為の行為。元が夫婦だから、仲良くなる必要などなくいつものようにしていればいい。
仲良くなる為の切欠もきちんと用意しておいたので不自然さはなくしている。もっとも、不自然であっても詮索する者はいないだろう。
王子とそれにまつわる者。その逆鱗に触れればどうなるかは、明らかだからだ。そのため、詮索はしない。表向きには。
裏向きには、多くの情報が行き交っている。ナタリアも女で、嫉妬に狂いアイラをいじめていることもすぐに学園中に広まるだろう。
ナガレにわざわざ情報を流させているのだから広まらないわけがない。
――本当、便利ですわねあいつ、無礼ですけど。
「お褒めいただき恐悦至極」
噂をすれば何とやら。誰もいない屋上で煤避けの大きな黒い傘をさしながら立っていると、いつの間にかナガレがそこに立っている。いつも通りの軍装姿。今は、煤避けにインバネスと軍帽を被っている。
軍属の姿であるが、隠密と言った方がしっくりくるのは黒ずくめだからだろうか。あるいは、その雰囲気からだろう。
「勝手に人の心を読まないでほしいものですわ」
「いえいえ、別に人の心など読めるはずもございません。ただ、褒められた気がしたので」
「そう、相変わらず察しがいいですわね」
「いえいえ、お嬢様ほどでは。それにしても、良いんですか、今、アイラさんに向かって貴族の御令嬢方が徒党を組んでいく計画を立ててましたけど」
「大丈夫ですわよ」
その言葉と共に、火柱が上がる。クリスがやったのだろう。
「焼いて、アイラ様には手を出すなと忠告してきました。火傷などのけがは治しておいたので問題はないでしょう」
獣人特有の身軽さで壁を蹴って屋上へと上がってきたクリス。メイド服そのままで外に出ていたというのに煤汚れ一つない。
「ええ、良くやりましたわ」
「おお、怖い怖い。嫉妬の為には、誰であろうと害す恐ろしいお嬢様なんて、そんな噂が広まっちゃいますねぇ」
「むしろ、広めるのでしょう。貴方は」
「もちろん」
悪びれることもなく彼はそう言う。
「竜人は高潔と聞きますが、ナガレだけは別ですね。殺していいですかナタリア様」
「おや、下賤な獣人如きに自分を殺せますか?」
「やりますか」
「どうぞ、ご自由に」
一触触発の空気を醸し出す二人。
「はいはい、仲が良いことは良いことですからじゃれ合うのもその辺にしてください。そんなことしている暇はありませんわよ」
「ナタリア様。こんな蛇と仲が良いなどと言わないでください」
「おや、気が合いますね猫。自分もあなたのような男のくせに女の恰好をしている者と仲良くしているなどと思われたくありません」
「はいはい、そう言う事にしておいてあげますから、さっさと次の手に行きますわよ。まずは、私の評価を落とせるだけ落とすのですわ。噂話として私の悪いところを学園の職員たちにも流しなさい。どうせ去る人間ですから、気にせずに。これは命令です」
「御心のままに」
「面白ければ、自分はそれでいいですよ。長い命の時間、楽しければそれで。今は、お嬢様についてるのが楽しいので従わせていただきますとも。盛大に、やりますよ」
そのためのいじめと裏工作である。気に入らないものにはいちゃもんをつけ暴力と権力に訴える。今までのナタリアそ知る者からは違和感しかないだろうが、王子が平民と仲良くしてるのが気に入らないから不機嫌なのだということにすれば、誰も疑わない。
むしろ、今までの方が異常なくらいで親近感が出るほどとかいう話もあって悲しくなったほどだ。
順調に事は推移していることだけは確かである。日が進むにつれてナタリアの悪評が段々と上がってきている。評価は順調に下がっていた。
逆にアイラの評価は段々と上がってきていた。ただ、まだ足りない。
「さて、次はどうしましょうかね」
娘の評価をあげる方法。もうすこしアイラが戦えれば人助けなどをしたりして民衆の正義の味方とでもしてやれば良いだろう。
王子は民草とも距離が近い。そのおかげで、そういう人物に惹かれることはありえる話だ。
「んー」
傘をくるり、くるり。
その時だった、
「お父さああああぁぁああああん――!!!」
「こら、叫びながら走ってこないはしたないですわよ。それに、外に出るときは煤避けの傘をさすこと。女の子なんですから、髪の毛が痛みますわよ。あなた、ただでさえ癖毛で、煤が絡みつくと本当に取れないのだから」
「ごめんなさい、ってそうじゃない。お願いがあるの! 本当、色々とお父さんにやってもらってる上に、こんなことまで頼むなんて虫のいい話なんてないと思うけどお願い!」
「何? 言ってみて。私があなたのお願いを断るわけないでしょう?」
「うん、えっと、ね、その――」
指をもじもじとさせてから、
「ヴィルと、デートしたい」
そう彼女は言った――。
みなさまのご愛読のおかげで日刊ランキング10位以内にはいってました。私の作品が日刊ランキングに載るのは二度目ですね。
流行りの力ってすごい。こんな作品を読んでいただき本当にありがとうございます。
さて、ナタリアの評価をさげてアイラの評価をあげる為の作戦開始ですが、ちゃんと茶番っぽくなっているか不安です。
次回はデート。ナタリアは裏で色々とこそこそ動き回ります。
次回をお楽しみに。
私のもう一つの作品。とある中堅冒険者の生活もよろしければどうぞ。
ではでは。




